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第4章 欲しいモノ


 縁日風になっている55階の射的場にも、パラ実生や若者達が沢山訪れていた。
「すみません、上の方にある有名人のぬいぐるみですが」
 雪遊びを楽しんだ後に訪れた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、射的場の上の棚にあるぬいぐるみに目を付けていた。
「はい」
 ぬいぐるみの補充など、雑用を手伝っていた樹月 刀真(きづき・とうま)が返事をする。
「各学園の校長や、代王とか、有名な契約者の方のぬいぐるみが多いですけれど……もしかして、御神楽環菜様のぬいぐるみもあります?」
「……ありますよ」
 軽く笑みを浮かべ、刀真は棚の奥にある環菜のぬいぐるみを見せた。
「わあ、可愛らしい」
「置き場所が出来たら出しますね」
「はい、それじゃ頑張ります! 可愛いのであれを……」
 舞花はエイミングで慎重に狙いを定めて、大きなクマさんのぬいぐるみを撃ち落とした。
「おめでとうございます。では、ここに置きますね」
 刀真は御神楽環菜のぬいぐるみを取出して穏やかな目で見てから、出来たばかりの空間に置いた。
「さっきのぬいぐるみよりずっと小さいけれど……当てます!」
 舞花は再び狙いを定めて、銃を撃つ。
 が、そう簡単には撃ち落とせなかった。舞花は契約者であることをちゃんと申告してあり、契約者用の小型の威力の低い銃を用いているから。
 当てることはそう難しくはないのだけれど、撃ち落とすのはなかなか難しい。
「……次こそは! えいっ」
 何度もチャンレンジしてようやく、舞花は環菜のぬいぐるみをゲットする。
「おめでとうございます。かさばりますので受付で預かりますよ」
「あ、はい。帰るときに受け取りに来ます。でも、こっちだけは持っててもいいですか?」
 舞花は環菜のぬいぐるみだけ、先に受け取っておくことにした。
(ふふ、サングラスもちゃんとついています。可愛らしいぬいぐるみですね……。陽太様大喜びしそうです。環菜様は照れそうですけれど)
 自分の祖先である御神楽 陽太(みかぐら・ようた)と環菜のことを思い浮かべながら、舞花は微笑む。
「ご参加ありがとうございました。ささやかですけれど、プレゼントです」
 射的場の受付けでは、風見 瑠奈(かざみ るな)達、百合園の白百合団員が、外してしまった客や、チョコレート引換券を渡してきた客に、小さなチョコレートを手渡していた。
「入口で貰ったのと違いますね」
 荷物を預けながら舞花は入口でもらったチョコレートを見せた。
「はい。こちらでお配りしているのは、白百合団員の手作りチョコです。といっても、小さな百合の型に流し込んで固めただけですけれど。量と美味しさでしたら、入口でお配りしているチョコの方がお得ですよ」
 こっそり、瑠奈が教えてくれる。
 舞花が入口でもらったチョコレートは市販のピーナッツチョコだった。
「そうですか。私はこちらで十分ですけれど、白百合団員の手作りチョコが貰えると知ったら、モヒカンの男の人の来店が増えそうですね」
「そうかな? でも、モヒカンの方にはピザ屋をお勧めする使命があって」
「ピザ屋をお勧め?」
「パラ実生さん限定裏メニューというのが実はあるんです」
 なんでも、幻想を打ち砕く強烈な料理だとか。
 舞花はそんな他愛無い雑談を、瑠奈や受付にいた白百合団の子達とした後。
「面白そうですね。私もお昼は屋上で戴きますー」
 環菜のぬいぐるみと共に、屋上に向かってみることにした。

「……瑠奈、仕事が終わったら少し時間もらえるかな?」
「え? うん」
「それじゃ、また後で」
 それだけ言うと、刀真は射的の手伝いに戻っていった。
「……」
 瑠奈は刀真の背を目で追っていた。
 彼女の左右には、刀真のパートーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)がいる。
 2人は、瑠奈の側で、仕事を手伝ってくれている。
 百合園内でもなければ、白百合団の任務というわけでもないから。
 今日のような仕事なら、他校生でも一緒に行う事が出来るけれど……。
「元旦の時のことだけどね」
 刀真から受付に視線を戻した瑠奈に、月夜が話しかける。
「自分だけみてくれなくても……私は、刀真と一緒にいたい」
 そんな月夜の言葉を聞いて、瑠奈は彼女に目を向けた。
「でも私は刀真の剣でパートナー……刀真の『剣の花嫁』だから。刀真が剣士として在るなら、私は剣として一緒に居なきゃいけないって答えになる」
「……」
「そして、私は変わらず刀真の剣である事に満足して、その時刀真は私だけのものって感じて女としても嬉しくなるの」
 月夜は目を細めて瑠奈を見る。
「この答えはきっと、瑠奈の欲しい答えじゃないよね? ごめん」
「ううん。欲しい答えなんて、ないの……。ただ、私が同じ立場だったらきっとダメだから。辛いと思うから。月夜さんたちが辛くないのなら、それでいいんだと思う」
「うん。こういう話をしていると、私は刀真や瑠奈とは違う種族なんだなって感じるよ」
「そうね。でも、同じ人だって、考え方は随分違うものだから。パラミタに来て……特に最近、恋愛とか、結婚とか……家族って枠組みとか、解らなくなってきたかも」
 瑠奈は軽く苦笑した。
「私達は刀真と契約をしているパートナー……例え、刀真が私達以外の人に愛情を向けたとしても、私達のパートナーという関係が変わる事はない。
 その、どうしようもないほど強い繋がりが今の私達の関係を作っている。
 他の人から見たら、私達の関係は変だよね? でも、これからもあまり変わらないと思う」
「私にも大切なパートナーいるから、パートナーとの関係については、解らなくはないんだけれど……。樹月さんは、パートナーの皆だけじゃなくて、色々と噂聞くから」
 瑠奈は複雑そうな顔をしていた。
「刀真は自分が人殺しだって事を結構気にしているから、人殺しの自分は人から怖がられることはあっても、愛情とかを向けられる事はないって思っているんだよね。
 だから、自分が大切って思っている人以外の人の事はあまり気にしないんだ。その分、助けようと決めた人はどこまでも全力で助けようとする」
「それが恋愛的に見えちゃうのよね。わかってるつもりだけど、つい誤解しそうになるくらい強いんだもの……」
「気になるなら刀真に色々と聞いてみると良いよ、瑠奈になら話してくれるよ」
 月夜の言葉に頷き、前が口を開く。
「我らは契約という繋がりに依っている。この契約がある限り、刀真が他の者に愛情のようなものを向けても、今までと変わらず一緒にいられる。いや、居るしかない……か。
 刀真のただ一人の女でいたい、という気持ちは契約という繋がりで諦めることになる。
 だから、限定的な所で妥協をする」
「妥協……本当は独り占めしたいのに?」
「刀真は我らのする事をそのまま受け入れ特別だと思っている、だから我らにだけ驚くほど隙を見せる。
それが分かるから、妥協できる所があるんだがな……」
「それで、大丈夫なら、それがいいのかもね。だって4人一緒の時、4人共幸せそうだもの。ずっとそのままでいてほしい」
 瑠奈は微笑みを見せた。
 だけど、その微笑みが少し寂しそうだと、月夜も前も感じた。
「刀真に気があるのなら、お前の好きなようにしろ、我は構わん……」
 前がそう言うと、瑠奈は目を見開いた。
「ち、違う。どこからそんな誤解が……っ。た、確かに友人として私も白百合団の皆も樹月さんのことが好きだし、それは伝えてあるんだけど、それはあくまで仲間としてってことだから! 勘違いしないでねっ?」
 すっごく慌てながら瑠奈は早口で言った。
「そうなのか? それは残念だな。お前が刀真に近付けば、我がお前を愛でる機会が増えるというのに」
 艶然と前は微笑む。
 瑠奈は月夜の腕をぐっと掴んだ。
「め、愛でるってな、何……? ここにとっても可愛い子がいるじゃない。存分にどうぞー!」
 月夜を前の方に引っ張って、瑠奈は月夜の後ろへ隠れるようにひっこんだ。
「からかわれてるだけだよ、瑠奈。愛でるっていっても、大したことじゃ、な……いとは言い切れないけど。それより、刀真に注意した方がいいかも? 刀真、変なテンションになるとケダモノになるから。2人きりの時は気を付けてね?」
「け、ケダモノ……」
 瑠奈がちらりと刀真に目を向ける。刀真はすぐに視線に気づいてこちらに目を向けてきた。
 瑠奈はちょっと赤くなって俯く。
「……見境なしは大嫌い。大丈夫自分で対処できるっ」
 瑠奈は拳をぎゅっと握りしめていた。
「でも、いざという時にはすぐに呼んでね。ゴム弾で頭撃って止めるから!」
 それから、月夜は瑠奈にアドレスを記したメモを手渡した。

 刀真は瑠奈と自分のパートナー達が話をしている様子を、時々見ながら考え事をしていた。
 良く分からないのだけれど……なんとなく、瑠奈に忘年会で言われたことが気になって、今回の瑠奈へのプレゼントは、自分一人で手作りしてきた。
 彼女の精神状態が不安定だと、聞いたから。少しでも元気になってほしくて、チョコレートを作ったのだ。
 瑠奈が心配だったから。彼女のためだめに……。
(どうやったらこれからもっと、側で瑠奈の手伝いができるのだろう)
 ゼスタの例が出来たし、ラズィーヤに相談してみようかと、刀真は思う。
(瑠奈が俺を頼れないのは俺が不甲斐ないせいだからな、もっと頑張ろう)
 瑠奈が抱え込んでいるものを、少しでも軽くしてあげられるのなら、女装でもなんでもやるつもりだった。
「あんちゃん、女の子に贈って喜ばれそうなぬいぐるみ、どれ?」
「あの受付の子達にあげたいんだけど!」
 モヒカン、リーゼントの男達が刀真に聞いてきた。
「さっき、射的の受付で一発いくら〜? へー、その値段でやらせてくれるんだ、キミ。って言ったら、真っ赤になっちゃってさ。白瓜弾だかなんだか知らないけど、スゲー純な反応でさァ、ぎゃはははははっ」
「あーゆーのは、可愛い贈り物で簡単にズキューンと落とせるぜ!」
「……」
 何故かすごく腹が立ったので、刀真は無言で契約者用のエアガンをそのモヒカン達に渡した。

 仕事が終わった後。
 刀真は手作りチョコを瑠奈に渡した。
「パートナーのみんなにもあげたの? 手作り?」
 瑠奈は遠慮がちに、刀真に尋ねてきた。
 刀真は、手作りチョコをあげたのは瑠奈にだけだと話した。
「気を使わせてしまって、ごめんなさい。帰ったらパートナーの皆に沢山サービスしてあげてね」
 瑠奈は何故か謝ってきた。
 だけれど、とても嬉しそうで……少し、切なそうで。
 刀真には瑠奈が何か思い詰めているように見えてしまう。