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チョコレートの日

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チョコレートの日

リアクション

 ホストクラブの室内は薄暗く、落ち着いた音楽が流れている。
「……あれ? 誰もいねぇじゃん」
 指名があったと聞き、席に訪れたゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)だが、席には誰もいなかった。
 そのまま戻ってしまおうと思った彼だけれど。
「ミーが指名したノヨ!」
「……」
 ソファーから聞こえてきた声。
 声を発したモノを見て、ゼスタはしばらく沈黙。
「これ、御近づきの印に持ってきた『山吹色のお菓子』ヨ。ドウゾ〜」
 それは、笹の着ぐるみだった。
 どうやら飾りじゃなくて、ゆる族らしい。
 そして「ああ、あいつか」と、ゼスタは気づく。
「ま、いいか」
 ゼスタは少し迷った後、その着ぐるみ――キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)の隣に座った。
 キャンディスのパートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は、れっきとした百合園のお嬢様だが、キャンディスは百合園の校門を通過するのもままならぬ存在。
 無論お嬢様でも、当然ゼスタの好みでもない。
「指名ありがとー。でもせっかくなら、茶色のお菓子の方が良かったぜ」
 貰ったお菓子に早速手を伸ばしながらゼスタは言った。
「それも持ってきたヨ〜。最後にあげるネー」
「おー、サンキュ」
「ところで、ゼスタさん。百合園への男性教員としての採用、オメデトウ。お友達のアレナさんも喜んでるのカシラ?」
「……まだ俺の口からは話してねーけど。アレナはもう百合園生じゃないし、あんまり気にしてないかもな」
「でも、アレナさんの大切な、優子さんにより近づくわけだしネ」
「ヴァイシャリーにはあんまりいかねぇよ。生徒が順応するまでしばらく時間かかるだろうから、あまり来るなって言われてる」
「勿体ないワヨ。でも、作戦自体はポイントが高いので師匠と呼ばせてネ」
「まーな」
 ゼスタがキャンディスと自分のグラスにワインを注ぐ。
「師匠にカンパ〜イ!」
「ああ、乾杯」
 カンパイをして、赤いワインを飲む吸血鬼とゆる族。
「……で、何が目的なんだ」
 山吹色のお菓子を美味しそうに食べながらゼスタが尋ねる。
「その前に、これもドウゾ。『アレナのクッキー』、美味しいヨ」
「おお、これは幻のクッキーじゃないか。どれどれ」
 ゼスタはアレナが焼いたと言われるクッキーを口に運び、満足そうに頷く。
「それでネ、ミーも百合園の教師への道を開きたいと思ってるのだケド、ゼスタさんの助手という事で研修を摘ませてもらうのはいい考えだとオモワナイ?」
 お菓子を食べているゼスタの耳元で、キャンディスは囁く。
 鞄の中から、高級チョコレートをちらちらのぞかせたりしながら。
「ふむふむなるほど」
「師匠が望むのなら……好きにしてくれてもイイノヨ?」
 着ぐるみの胸元を開いて見せたり。
「ほうほう。で、そのチョコはどこのメーカー?」
「空京で有名な高級お菓子のお店で買ったモノヨ。お口に合うカシラ?」
「ふーん、今すぐ食べたいとこだけど、これはとっておかねぇとな」
 キャンディスが取出したチョコを、ちゃんと渡すより早くゼスタは受け取って。
「これ、俺の分。よろしくな」
 ゼスタは内勤の立場の若葉分校生にチョコレートを預けて立ち上がった。
「次の指名があるんで、回ってくる。菓子美味かったぜ。百合園にいる時に美味いスイーツの差し入れに持ってきてくれたら、校門の中に腕だけは入れると思うぜ」
 そんな言葉を残して、彼は次の席へと移っていった。
 ちなみに菓子は全部平らげている。
「……腕だけじゃ渡せないお菓子を持っていけば、いいってコトネ! 例えば、着ぐるみの中に入れて、ミー以外の人がチャックを開いたら爆発するヨ! トカカシラ?」
 キャンディスはポジティブに、考えていく……。

○     ○     ○


「ゼスタ先生。私たち実習生一同からのチョコです」
 次にゼスタを指名したのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 現在彼女は、百合園女学院で教育実習をしている。
「お前、気が利くじゃねぇか」
「はいー」
 にこにこ笑顔で、祥子はゼスタにチョコレートを8個も手渡した。
「これは……」
 しかしそのうちの7個は全く同じもので。
 しかも、義理と一目で分かるようなチョコだった。
 開けてみたら、もっと義理だと分かるようなチョコだった。
「……うん、義理でも嬉しいよ」
 ゼスタはちょっと遠い目をして笑っていた。
「それは良かったです。あ、これなんかゼスタ先生にお勧めですよ。食べても無くならないんです」
 祥子は残りの一つの袋をあけて、取り出したものをゼスタの口に押し付ける。
「ん? 柔らかいけどチョコ味」
「そうそう、チョコ風味のお菓子ですよー」
 祥子はその……チョコスライムを少しだけ手の中に残して残りをゼスタの口に押し込めた。
「不味くはない、んだが。なんか嬉しくないぞ」
「そんな! 私たちうら若い教育実習生皆で選んだものですのに!」
「そうかそうか。俺が勝った暁には、お返しは同等なものを2倍にして贈るんでよろしく」
 にやりとゼスタは笑って、チョコスライムを飲み込んだ。
「それは楽しみです。あ、こちらもどうぞ」
 祥子は頼んであったチョコリキュールを、ゼスタに勧める。
「やっぱりお前、気が利くな」
「そうですか? ふふ」
 ホストクラブらしく、祥子は甘えるようにゼスタに身を寄せた。
 そして、お酒の入ったグラスを持ち、見つめ合いながらグラスを重ねる。
 その後、2人はなんだかおかしくなって笑い合った。
「で、なんで女子校の教員を希望したんですか?」
 チョコリキュールを飲みながら祥子が尋ねる。
「毎日美味い食事にありつけると思って」
「食事って……女の子の血とか?」
 その言葉にゼスタは当然のように頷く。
「駄目でしょう、先生が生徒をそういう目で見たら! 赴任早々クビになりそうな気がしますよ?」
「うん。……正直、ほとんどなんも考えてなかった。その場のノリで、そんな願いにしたら、賞をとっちまったんだよ」
「つまり本気で、叶えるつもりはなかったと?」
「確かに賞は狙ったが、まさかヴァイシャリー家……というより、ラズィーヤ・ヴァイシャリーが俺を採用するなんて言うとは思わなかった」
「なるほど、想定外だったわけですね……。でも、辞退はしないんですね?」
「まー、採用してくれるんなら、それはそれで面白い事になりそうなだ、と」
 グラスを置いたゼスタの瞳の奥が、怪しく光る。
「何か良くないことを考えていますね?」
 くすりと微笑んで、祥子はゼスタの瞳の奥を見つめる。
「純真無垢な生徒たちがワルイコトを教えこまれないようにワルイ先生を監視しなきゃいけませんね。朝となく夜となくみっちり監視して差し上げますよ?」
 祥子はゼスタに顔を寄せて、手を太腿に添え、甘い息をゼスタの頬にかける。
「それこそ生徒に手を出そうなんて考えられなくなるほど(ストレスで)頬がコケてしまうくらいに」
「前科がつくと面倒だし、生徒には手を出したりしねーよ。学校では、な。あと、血を貰うのは弁当もらうのと一緒だから、手を出したうちには入らん」
 そう言い切り、祥子の首から後頭部に手を滑らせて、彼女を引き寄せて。
 ゼスタは祥子の首に唇を寄せた。
「生徒からもらえない時には、教育実習生からの弁当の差し入れも大歓迎なんで、よろしく」
 ちくりと痛んだが、血を吸われることはなった。
 首筋への軽いキスの後、ゼスタは内勤に呼ばれて次のテーブルへと移ることになった。
「今日はモテモテね、ゼスタ先生」
 艶やかな目で祥子がそう言うと。
「実習生に骨までしゃぶられねぇように気を付けるよ」
 笑みを残して、彼は離れていった。
 ……大量の義理チョコを抱えて。

○     ○     ○


「遊びに来たよー。ぜすたん大人気だね!」
 ゼスタが次に向かったテーブルには、普段より少し大人っぽい格好をしたリン・リーファ(りん・りーふぁ)がいた。
「お陰さまでー。ただなんか、普通の指名はほとんどないというか、リンちゃんが初めてかも?」
 苦笑しながら、ゼスタはリンの隣に座った。いつもより近く、身体が触れ合う距離に。
「何飲む? 俺が勝ったら来月奢ってくれた分の倍くらいのお礼はするぜ?」
「勝ったら……って、ぜすたん総長さんと勝負してるんだってね。それじゃ、お勧めのお酒お願い。あ、ぜすたんにはトマトジュース奢ってあげるね」
「今日のお勧めはチョコレート酒。リキュールにしておく? 俺もリンチャンと同じのがいいんだけど?」
「じゃ、あたしもトマトジュースにするよ」
「そうじゃなくて、チョコが欲しいんだけど……」
「それじゃ、チョコフォンデュを頼もう!」
 リンは、チョコリキュールとチョコフォンデュを注文。
 ゼスタ用にはやっぱりトマトジュースを頼んだ。

「うん、チョコリキュールは甘くておいしいね。チョコビールは苦いのかな?」
 届いたお酒を飲みながらリンが尋ねた。
「苦みがあるけど、甘いぜ」
「そうなんだー。次は挑戦してみようかな。あんまり飲むと眠くなるから、今日はこれだけにしておくね」
「眠ったら、上の休憩室に姫抱っこで連れていくぜ? お休みのキスつきでどう?」
「あははっ、それじゃ寝ちゃったときにはお願い」
「了解。代わりに、モーニングティーと、おはようのキスを頼むぜ」
 そんなことを言い、ゼスタはリンの肩を抱いてくる。
「ところで、未憂チャンと、プリムチャンは一緒じゃないのか? 3人がどっちにチョコを上げるのか、気になるんだけど」
「みゆう達は今はコンビニを手伝ってるんじゃないかな。どっちにというか、あたしたちが持ってきたチョコは若葉分校生に配ったよー」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は普通のチョコを、リンは血世孤霊斗を用意して、ラッピングして配ったのだ。
 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)や百合園生も若葉分校生用の義理チョコを用意してくれており、それと混ぜて、適当に若葉分校生に配ったり、作業場に広げておいた。
「あたしも普通のチョコもらってきたよー。ぜすたんももらいに行ったら? もう残ってないかもしれないけど」
「分校生用は、もらわなくてもいい。義理でもなんでもいいから、俺個人へのチョコがほしいんだけど」
 ゼスタはチョコフォンデュに手を伸ばしたリンの顔を自分に向けさせる。
「十把一絡げにされちゃうのはヤだから今日はあげない」
 ぷいっとリンはゼスタから顔をそむける。
 それから、バナナにチョコレートをつけて、ぱくっと自分の口に運ぶ。
「うーん、幸せな味が口の中に広がるよ〜」
 もう一つ。今度はイチゴにチョコ―レートをつけると、ゼスタの方へと運ぶ。
「はい、あーん?」
「どうも」
 くすっと笑うと、ゼスタは自分からは近づかずに、リンの背に腕を回して引き寄せて、イチゴを自らの口の中にいれた。
「君はいつだって、欲しいときに欲しいものをくれないんだな」
 くしゃくしゃっとリンの頭を撫でながら、ゼスタは小さな声で呟いた。
「ゼスタさん、そろそろ時間です」
 若いホストがゼスタを呼びに来た。
 ゼスタはリンの肩に手をかけて、立ち上がった。
「それじゃ、また後で」
「うん、いってらっしゃい。またねー」
 リンは笑顔で見送る。
(あたしが天邪鬼だから? それだけじゃないよ。だって……あなたの欲しがっているもので、あなたのこころの隙間は埋まらないと思うから)
 吸血で相手の心を奪っても。
 貰ったチョコレートの数で優子に勝っても。
 喜びは一瞬で、心からの満足は得られない――彼の心に残るのは、虚しさだけではないかと。
 そんな風にも思えた。
「お待たせー」
 ゼスタの代わりに、ヘルプの男の子がリンの隣に座った。
「はいどうぞ」
「ん?」
 男の子はリンの前にトリュフの乗せられた、生チョコモンブランを置いた。
「ゼスタさんから。『これ逆チョコだから、濃厚なお返しよろしく♪』だって」
「逆チョコかー。すっごく美味しそう!」
 スプーンで一口食べてみた。
 ふわっとした、柔らかな感触。舌がとろけてしまうような甘さの絶品スイーツだった。