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【4周年SP】初夏の一日

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【4周年SP】初夏の一日

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29.いつでもどこでも、世界平和


 こんなはずじゃなかった。
 と、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は思った。
 程よく温まった砂浜の上、彼はさっきからずっと、ボールを追いかけていた。
 難なくレシーブし軽く弾き返せば、すかさずアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)が手を振り上げる。
「まだまだこれからですよ!」
 至って真剣な表情だ。しなやかに振られる白い腕による全力のアタックが、人工皮革の――そう、例の、ポリ塩化ビニルでできた、スイカなんかの形をしている可愛らしいものなんかじゃなく――ボールにぶつけられた。
 周囲に人気はなかったが、恭也はその様子を客観的に見ていた。
 不良が委員長に教育的指導を受けているように見える。
 或いは、不良部員が部長に、立ち直らせるための特訓をしているように見える。
 それとも、彼女の方が年下なのだから、不良兄貴に妹が遂に堪忍袋の緒を引きちぎった、くらいか。
 ……不良なのは事実だった。と言っても昔の話で、今はせいぜい不良っぽく見える程度だろうと自分では思っている。
 いずれにしても、だ。
(俺、「特訓」じゃなくて「遊び」に来たんじゃなかったっけ……?)
 頭に浮かんだ疑問は、顔面めがけて飛んできたボールによって吹き飛ばされた。



 事の発端は、七月も後半に入ったある日、恭也がアイリを“原色の海”へ誘ったことだった。
「パラミタ内海に綺麗な場所があるって聞いたんだよ。一緒に行ってみねぇか?」
 いや、それは発端なのか? そもそも相手がアイリであったのが運の付きというべきか。いやいや、そんなことを言うならば、こんな風変わりなお嬢さんと友達になった自分に原因があるのか(尤も、彼女の来たという“未来”からすれば必然性があるのだろうが)。
 ともかく、アイリが快く承諾してくれたためこうしているというわけだが、
「いいですよ。現在の内海の様子を把握することも必要ですから」
 この言葉を軽く考えていたのだ、さっきまで。
 恭也とアイリは船で原色の海中央部にある港町・ヴォルロスへ訪れると、早速ヌイ族とかいうゆる族の遊覧船で眺めを楽しんだ。
「ふーん、ここはまだ来た事が無かったんだが、来て正解だったなー。こんだけ綺麗な海は今まで見た事無かったし」
 空の青と、海の青。空も抜けるような色をしていたが、特に海の幾重もの青には透明感があった。
 それから白い石造りの街から少し足を延ばして、人気のないビーチに来たのである。
 二人は暫く、打ち寄せては返す波の音に耳を傾け、キラキラ輝く海面と白い波を眺めていた。
「水、冷たいかなー」
 恭也は眺めているだけでは飽き足らなくなって、恭也はビーチサンダルをはめた足を海水に浸した。太陽はもう夏のような輝きで、砂浜も程よく熱せられている。ひんやりとした水が心地良かった。
「いやいや、こういうのも悪くないもんだなー。アイリ、せっかくだから泳いでみようか?」
 足の甲を洗っては引いていく波にちゃぷちゃぷと音を立てながら、振り返った時だ。
 肩の力を抜いてごく自然に振り返った恭也の目に映ったのは、既に服を脱ぎ終えて、水着姿になったアイリの姿だった。
 月並みな表現だが、青い空に白い雲。白い砂浜、青い海。それと同じく、アイリの白く透けるような肌に青い髪と瞳がよく映えていた。
 几帳面な性格だからか、水着は天御柱学院指定だったが、それなりの恰好をすれば人魚かセイレーンか、はたまた精霊のようにも見えただろう。
「へぇ、用意がいいな。ちょっと俺も着替えてくる」
 関心した恭也は、自分ものんびりと陸の方へ戻ろうとしたが――が、アイリは、
「世界平和のための視察、そして訓練は欠かせませんよね」
 言ったかと思うと、彼を置いて海に突進していった。
「おい、ちょっと、待て!」
 慌てて羽織っていたパーカーとビーチサンダルを脱ぎ捨てて、水着で後を追う。
「あ、恭也さん、始めは25メートル10本からですよ!」
 波間の間から、笑顔でアイリが手を振る。
「初めて来た海なんだから無茶するなよ」
「はい、遠くには行きませんから」
 他に何か言うことがあったんじゃないか、と恭也が言葉を捻り出す前に、アイリは既に波の中に潜っていた。彼も慌てて再び、後を追う。



(……それから、えーと、クロールと背泳ぎとバタフライと……)
 やっと海から上がったと思ったら、アイリはビーチバレーのボールを出してきたのだ。
 それが競技用の本格的な奴で、不良とはいえど元教導団の彼も熱心さに驚いてしまった。
「ほら、次は恭也さんの番ですよ!」
 アイリが声をかけてくる。
 眼前でレシーブしたボールが、ぽーんと空に跳ねた。
「ああ!」
 アイリは普段通り生真面目な表情だったが、目元は笑っている。
(……そうだな、友達とバレーの練習、ってところか)
「全く……」
 恭也は苦笑した。嫌な笑い方ではなかった。どちらかというと自分に呆れたような、それがとても嬉しいことのような……。
「手加減しないからな、覚悟しとけよ!」
 恭也は腕を上げ、アイリ目がけてボールを打ち込んだ。