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リアクション
【7】
「夏に呼ばれ、ワタシはここに」
どこで話を聞きつけたのか、ケセラン・パサラン(けせらん・ぱさらん)は雲島を漂っている。
雲釣りの釣り場を眼下にふわふわ……とその時、投げられた釣り針がそばをかすめた。
驚いたケサランはそこから急いで離れた。毛針にされてはたまらない。
「夏の思い出を求め、ワタシはたゆたう」
意訳、自分も出来るレジャーはないものか。
風の向くまま気の向くまま漂っていると、真下の雲海に、ふとそこだけ柵に囲まれたところがあるのを見つけた。
そこは“雲遊び”用の雲だ。
魔法をかけられた雲は、綿のように柔らかく、けれどぎゅっと力を入れると固まる不思議な性質を持っている。
「辿り着いた約束の場所に」
ここなら存分に遊べそうだ、とケサランは雲の中に紛れた。
「すっごーーいっ! ふかふかぁー!」
「んきゅー」『ふわぁおおきいわたあめのなかにいるみたいです』
フランカと胡桃は、トランポリンのように雲の上で飛び跳ねた。
この“雲の遊び場”は子ども達の格好の遊び場になっていて、親子連れの姿がたくさんあった。
2人の保護者のミーナも、父兄達に混じって、遊んでいる2人をカメラで撮影している。
「フランカちゃんも胡桃ちゃんもかわいいな。ミーナのパートナーは世界一かわいいの」
遊んでる2人を見てると、思わず口元も緩んでくる。
2人は他の子どもと一緒に雲で大きな山を作ったり、細長くした雲を腰に巻き付けて尻尾尻尾と駆け回っている。
「くるみおねえちゃんのまね〜ふかふかしっぽ〜♪」
「んきゅ」『わぁおそろいです』
お互いの尻尾を追いかけてくるくる回る。
「あーしっぽいいなー」
子ども達が羨ましそうに2人を見た。
「しっぽほしいの? じゃあつくってあげるー」
「んきゅー」『しっぽしっぽー』
「ネコさんのしっぽー」
「んきゅ」『犬さんのしっぽー』
尻尾を付けてあげると、子ども達はこぼれ落ちそうな笑顔で喜んだ。
「わぁありがとー」
まん丸のウサギの尻尾に筆のような象の尻尾、いろんな尻尾を付けた子ども達は楽しそうに雲の平原を走り回った。
コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』として芸能活動する、
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の2023年の夏は多忙を極めた。
アイドルとしては嬉しい限りだが、年頃の女の子としては夏の思い出が何もないのは寂しい。
まだ大学の課題も手つかずだが、ようやくとれたこの休み。課題は期限ギリギリで悲鳴を上げる覚悟で2人は雲島に来た。
「というわけだから、今日は思いっきり楽しむわよ、アディ」
「ええ、もちろん。せっかくのバカンスですもの」
有名人なので2人は変装している。空着のかわりに着ているのは蒼学の公式水着だ。
「学校指定なのに下手なビキニより露出してるのよね」
外で着てもあまり違和感がない。
「ま、露出度の高いコスはしたこともあるから、別に気にならないけど」
「見てください、さゆみ。あの雲の山」
アディは子ども達が作る雲の山を指差した。
「へぇ小さい子もたくさんいるのにすごいなぁ。これは負けてられないわね、アディ」
子ども達の作った山に負けじと、2人は雲のお城作りに挑戦してみた。
地面からべりべりと剥がした雲を一カ所に集めて、固めて、盛ってを繰り返し、大きな大きな雲細工を作る。
そうして完成した雲のお城を前に、2人は仲良く並んで、ううむと唸った。
「……うん。まぁ」
「……アートっぽくはありますよね」
西欧のお城のような優雅で立派なものをイメージしたのだが、出来上がったのは沈没した戦艦のようなボロボロの“何か”だった。
それが“何か”は作った本人たちすらもよくわからないほどに“何か”だった。
「美術、あんまり得意じゃないんだよね……」
さゆみは足元の雲を両手に抱えてとると、それをぎゅっと押し固めてボールを作った。
どっちかと言えば、身体を動かすほうが得意なのだ。
「ワタシという存在が、今球形となり、変化の季節を迎えている」
「ん?」
さゆみは固まった。
「どうしました?」
「今、なんか言った?」
「いえ、何も?」
「気のせいか。声が聞こえたような気がしたんだけど、まぁいっか」
掴んだ雲の中に紛れたケサランに気付かず、ぎゅっぎゅっとボールをこしらえる。
アディはネットを作り、2人はビーチバレーを始めた。
「それっ!」
「はいっ!」
「えいっ!」
「はいっ!」
青空を真っ白なボールが弧を描いて飛び交う。
「それっ!」
「はいっ!」
「えいっ!」
「はいっ!」
2人とも下手ではないが、別に上手くもない。
なので決定力のないゆるぅーーいボールの往復が途切れることなく続いてしまう。決着はつきそうにない。
「ビーチバレーってこんな長いラリーするスポーツだっけ……?」
「まだどっちも1ポイントもとってませんよぉ……」
「……ここはとても平和ですねー」
監視員のアルバイトをする沢渡 真言(さわたり・まこと)は、流れる雲を見送りながらそんなことを呟いた。
空着にパーカーを羽織った真言は雲の遊び場にある監視台に座っている。
「それにしても奇麗な島……」
不思議な観光スポットとして今後注目されるかもしれませんね。
執事たるものいつでもご主人様の期待に応えるため、興味がありそうな観光スポットは下調べしておきませんと。
「今度一緒にこれたらいいですねぇ……」
「お疲れさまです、マスター」
そこに、隆寛が休憩から戻ってきた。
「そろそろ交代しましょう。飲み物をお持ちしましたので、どうぞ」
「ありがとうございます」
歌菜と羽純の空の家から買ってきた“雲島メロンソーダ”を、真言は喉を鳴らして飲んだ。
冷たいソーダと、弾ける炭酸の爽やかさが、夏の太陽のあてられた身体をリフレッシュさせる。
「ぷはぁ。美味しい……。生き返るようですね」
天音とブルーズは誰かの作った雲のオブジェを見ながら雲の遊び場を歩いていた。
掌の上で魔法の雲を転がし、しげしげと観察する。
「なんだか変な感じだね。手でちぎれるし、力を入れたら固くなる。綿菓子より質量があるね」
指先で形を整えウサギを作ってみた。
「……ねぇブルーズ」
「なんだ?」
ふと何か思いついた天音は、ブルーズの身体にぺたぺたと雲を貼付けていった。
「……何の真似だ、天音」
「夏の休みの工作さ」
大まかな形が出来たところで、ブルーズのバスケットにあったカトラリーでディティールを作り込む。
「ん……我ながら、良く出来た気がするね」
少し離れ、顎に手をあてながらまじまじと見つめる先には、雲に固められ身動きの取れない状態のブルーズ。
首から下を、古代ギリシャのグラマラスな美女像のようにされてしまっている。石像ならぬ雲像だ。
「ここから出さないか! 何故、こんなことをする!」
「奇麗だよ、ブルーズ」
とその時、雲の遊び場のすぐ横を、壮太とファン子が凄まじい速さで泳ぎながら通り過ぎた。
「か、勘弁してくれ!」
「壮太きゅん。待って〜」
「へぇ熱烈だな。ひと夏のアバンチュールを求めてる人も多そうだね」
天音はクスリと笑った。
だが追いかけられている当人には笑いごとじゃない。
「フ……ファン子さん! き、聞いてくれ! 言わなくちゃならねえことがあるんだ!」
「え? 言わなくちゃならない……こと? え? え?」
ファン子の頬がピンクに(まぁ元々ピンクなのでよくわからないが)染まる。
「男の子が女の子に言わなくちゃならないことなんて……き、期待しちゃうよぉ(どきどき」
頭の中には完全に“プロポーズ”の文字が踊っていた。
だから、次に壮太の口から出てきた言葉にファン子は液体窒素もかくやと言うほど凍り付いた。
「オレ、もう付き合ってる奴がいるんだ」
「……え?」
ファン子はピタリと動きを止めた。
「だから、あんたの気持ちには答えらんねえよ。ごめんな」
「う、うそ……。うそよーーーっ!!」
悲劇。いや、悲劇と言うかファン子が勝手に1人で盛り上がってただけだけど。
ぱーおぱおぱお、とファン子は大粒の涙をこぼして泣いた。
こんな時、ドラマなら土砂降りの雨が降るところだが、あいにくの快晴。しかしその代わりに人間が降ってきた。
「な、なんだぁ!?」
どぼん! どぼん! と次々に落ちてくる女の子に壮太もファン子も困惑の表情。
それはさっきフウセンウニの爆発で吹っ飛ばされた森ガールたちだ。
「わぁみて、みーな。そらからおんなのこがふってくるよ」
「ほんとだぁ。しかもお洒落なかわいいかっこの子たちばっかりなの。どうしたんだろー?」
フランカの指す空を、ミーナと胡桃は不思議そうに見つめた。
「ど、どうして空から人が……」
さゆみとアディは呆然と空を見上げた。さゆみの落としたボールが雲の平原を転がって行く。
ここで事件は連鎖する。
そのボールはころころと転がり、雪玉が斜面を転がる間に大きくなるように、雲のボールもみるみる巨大化していった。
子どもの作った山を、出来損ないのお城と融合し、よくわからない“何か”となったケサランの姿は完全に“怪獣”だった。
「新たなるステージへの到達」
本体とおぼしきものが出来損ないのお城。そこから長く太い腕なんだか脚なんだかよくわからない長いものが三つ出ている。
所謂、火星人っぽい何かだ。
一見すると間抜けだが、その大きさは既にビルの5階よりも高く、そばで見ると恐怖しかない。
ケサランがいつものようにふらふらするだけで、魔法の雲をばりばり剥がして取り込んでしまうのだ。
漂うばかりの毎日だったケサランがどっしりと構え、尚かつこんなにも注目を集めている。
ケサランは気分が良かった。
だが、雲怪獣ケサランの足元は大惨事だ。魔法の雲は彼の身体にあらかた取り込まれ、雲の遊び場は半壊状態。
崩れた足場から転がり落ちていく人を、真言は空飛ぶ魔法で救出していく。
「足場のあるところまで運びます。隆寛さんは皆を連れて安全な場所に」
「かしこまりました、マスター」
とその時、空から美羽が降ってきた。
「!?」
続いてジョージも降ってきた。
気を失っているが、幸い雲の上だったので怪我はなさそうだ。まぁちょいちょいウニのトゲが刺さってるけど。
そしてもうひとつ、ひと際大きな影が落ちてくるのが見えた。そう、ニコリーナだ。
しかし、彼女は雲の上には落ちず、怪獣となったケサランの頭に落っこちた。
「な、何がどうなってるんですぅ。こ、ここはどこなのかしらぁ」
ぐるぐる目を回すニコリーナ。
だが、次第に平静を取り戻し、ここが得体の知れない怪獣の頭の上であることがわかると、目を輝かせた。
「な、なんですか? この巨大な生き物は? こんなの見たことないですよぉ!」
見たことない=稀少動物=保護しなくては!
クレイジーなエコロジストである彼女にとって、稀少動物保護は自然に愛された崇高な行為なのだ。
「一時、クモイルカ保護活動を停止ですぅ。目標変更、この怪獣さんを保護するのですよ、ゴリアテ!」
「358962!」
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