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リアクション
【9】
「……雲島か、一流の夏を過ごすにはいいところだ」
一流の冒険屋であるレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、一流の夏休みの過ごし方を知っている。
景色のいい場所で、気心の知れた仲間と、美味しいお酒とBBQ。これに勝るものはない。
とは言え、そのためにはまず必要な食材を調達しなくては。
冒険屋を名乗る者としては、食べ物は現地の、そして自分で獲ったものにこだわりたい。
リンダ・リンダ(りんだ・りんだ)とガウル・シアード(がうる・しあーど)と一緒に、砂浜の先にある岩場に来た。
冒険屋の勘とガイドブックによれば、この辺りが釣りポイントとのことだ。
レンは赤い海パン……ならぬ空パンに。ガウルも青い空パンに着替え、釣り竿の準備をする。
黒の大胆な空着になったリンダは準備体操を始めた。
「何をしてるんだ、リンダ?」
「此処はひとつ、魔界で“地獄のマーメイド”と呼ばれた私の潜りをお見せしようと思ってな」
「じ、地獄のマーメイ……ぷ」
思わぬ二つ名に、レンは口元が緩んだ。
「お前、今、笑っただろ?」
「ま、まさか」
「笑いを堪えようと必死に口元を抑えても無駄だ」
野球のバットを突き付け、リンダは危険な目付きで睨んだ。
「罰としてお前には風になってもらう」
「か、風? 何の話……ぐわっ!?」
言いかけたレンをリンダはおもむろにバットで殴打。
「目がっ!?」
サングラスを粉砕され悶える彼に、大量の機雷を紐で縛り付ける。
「な、何を……うおっ!?」
わけもわからないまま人間大砲に押し込まれたレンは、次の瞬間、ズドーンッ! と雲海に発射された。
雲面に触れる直前に大爆発。白い雲の上に、真っ黒な爆煙が広がった。
「……だ、大丈夫なのか、あれは?」
とガウル。
「大丈夫。きっと沖で大物を捕まえてくるさ」
スッキリした顔で言うと、んじゃウニでもとってくるわ、とリンダは雲海に潜った。
ひとり残されたガウルは竿を置いた。
「BBQの準備でもするか。どこかで機材を借りられると聞いたが……」
「……なんだあれ?」
JJの蟻研究に付き合って、島の外れに来たアゲハはそこで妙なものを見つけた。
誰もいない小さな入り江に、ガス欠で動かなくなった格安の自動車が置いてあるのだ。
「誰かが家代わりにしているようですね」
車中には生活用品が並び、後部座席には毛布が敷かれていた。車のそばには三匹のジャイアントポメラニアンの姿も。
誰かが暮らしているのは間違いない。
「けど、どんな奴がここに……ん?」
そう言いかけて、岩場に釣り糸を垂らす男がいるのに気付いた。
くたびれたトレンチコートに、髪はボサボサ無精髭、気力のない目の男だ。
「なぁちょっと聞きたいんだけど」
声をかけると男はビクッと身を震わせた。
「オっオレに話しかけるのは止めろッ!」
「!?」
「このオレに誰かが会いに来るのは決まって悪い話だッ! 悪い事が起こった時だけだッ!」
「別に大した話じゃ……」
「聞きたくないッ! 帰れッ!」
アゲハはむっ? と眉を寄せた。
随分ボロボロになっていてわからなかったが、この男の顔に見覚えがあった。
「お前、弥涼 総司(いすず・そうじ)だろ?」
「いすず……? お前は俺を知っているのか?」
アゲハとJJは顔を見合わせる。
「思い出せない。記憶がないんだ」
総司は記憶喪失だった。
どうしてこうなったのかそれも思い出せない。気が付けば全てを失い、ここで世捨て人の暮らしをしていた。
「自分を取り戻すきっかけがほしい。オレはどんな人間だった?」
「おっぱいが透けるの見たさに女子を橋から川に突き落とそうとしたり、あとなんかマジいきなりカンチョーとかしてきた」
「……え? オレがあなたに?」
「そうだよ、マジふざけんなし」
「ほ、ほかに何かエピソードは?」
「え?」
アゲハは考え、
「そんだけ」
「……今のところ最低の人間のような気しかしないのだが」
「そんだけわかりゃ十分だろ」
総司はうなだれた。
「……ところでお前たちは何しにここに?」
アゲハのマジすげぇ彼氏調達計画を話すと、
「……なら、そこのゴリラと付き合っちゃえば?」
「はぁ? JJと?」
「マジスゲェ男という意味では他の追随を許さないと思うけど?」
「確かにすげぇヤツだけど、センター街の奴ら、もう見慣れてっからな。今更こいつを彼氏つっても誰もビックリしないよ」
「記憶がないんでわからんが、このゴリラと付き合ってもダメってどんな町に住んでんの?」
その時、海のほうから物音がした。
静かに、と言って総司を様子を窺う。白い海原の上に一艘の小舟が浮かんでいるのが見えた。
「へぇ雲の中に魚が?」
舟にはセレンとセレアナの姿があった。
「ええ、BBQにうってつけでしょ」
セレンはそう言って、釣り竿を構えた。
「BBQいいわね。こんな素敵な島で、夜火を囲んで……」
「ロマンチックよね。腕によりをかけて美味しいBBQを作るわ」
「……ええっ!?」
セレアナは青ざめた。
実はセレン、“ナラカ人が二度死ぬ”とか“教導団公式認定生物化学お料理兵器”と評される程の料理ベタ。
それでいて自分は天才料理人と信じて疑わない超厄介な女の子なのだ。
「なによ、変な声だして」
「え、ええと……料理なんかいいからもっと2人で過ごしたいなぁと……」
「?」
セレンは視線を彷徨わせ、
「こういうこと?」
セレアナの唇にキスをした。
「ん……」
初めは軽く、けどだんだんと舌を絡ませ濃厚に。2人の息は荒くなっていく。
「……なんだあいつら、いちゃついてやがらぁ」
アゲハは舌打ちして、写メで2人の情交をパシャパシャ撮った。
「と、盗撮はよくないですよ。ねぇ総司さん? あ、あれ?」
ふと見ると総司の姿がない。
舟の上の情事は更にヒートアップする。
激しくキスをしながらセレンは胸や太ももを優しく愛撫していく。セレアナの頬は高揚し、瞳はトロンと溶ける。
そしてセレンの細い指先が這うようにセレアナの股に伸びた。
「あ……」
甘い吐息をもらしたその時、
「!?」
背筋に冷たいものが走った。
嫌な予感がして振り向くと、セレンは舟の縁にしがみついてじーっとこっちを見る総司と目があった。
「だ、誰っ!?」
「……はっ!」
総司は我に返った。
「わ、わからない。身体が勝手に……」
記憶を失った彼は煩悩も一緒に失ってしまった。2人のラブシーンを見ても何の感情も湧いてこない。
けれど身体は違った。身体はこんな時どう動けばいいのか覚えていた。
それがロクでもない“のぞき行為”だとしても!
「何故、オレはこんなにも物音を立てず動くことが出来る? オレはどういう人間なんだ? 誰か教えてくれっ!?」
「知らないわよっ! てか帰ってよ!!」
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