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リアクション
【8】
「ちょっと。イイ男を捕まえられる方法ってこれ!?」
ブルタがアゲハに言ったその方法とは、空の家(ネージュの)でバイトをすることだった。
アゲハはビキニの上にエプロン。ブルタは鎧の上にエプロン。お揃いのエプロンで自動的にペアルック。
「何か問題でもあるのかい?」
「めちゃくちゃあるだろ! 何で遊びに来て働かなくちゃなんないのよっ!」
「わかってないね」
ブルタは鼻で笑った。ちょっとムカツク。
「初めは気付かなかったけど、一緒に働くうちに次第にイイところが見えてくるものさ。恋ってそういうものだろ」
「……え?」
よく見ればブルタの身体がテカっている。この匂い、アゲハは知っている。
前にブルタがプレゼントしてきた“スーパー美容液パラ実乙”の匂いだ。
そして一方的にスキル“ひと夏のアヴァンチュール”を使って恋の予感をしきりにアピールしている。
別にアゲハはこのスキル持っていないのに。
一方的に。
愛のままにわがままに。
「まさかここに来りゃ見つかるイイ男ってのは……」
「もちろん、ボクだよ」
薔薇学の美少年ばりのカッコイイ顔(ブルタイメージ)&点描を飛ばしながら言った。
ふざけんじゃねぇ、このスクラップが! とボコボコにしようとアゲハは思ったが、寸前で思いとどまった。
よく見りゃこいつ……すげえインパクトじゃね?
彼女の目的は、マジすげえ男を捕まえること。その基準でいうとブルタは条件を満たしている。
まぁパートナーにゴキブリがいるのは頂けないけど、それは殺処分すればいいだけの話だ。
「……ふぅん。彼氏にすんのは別にあんたでもいいんだけど一個訊いてもいい?」
「なんだい?」
「あたしのどこが好きなの?」
「ああ。なんだそんなことか。そんなもの決まってるじゃないか」
ブルタはフッと笑った。
「そりゃ屑なとこだよ」
彼はよどみなくはっきりと言った。
「屑は屑を知る。ボクの第六感が稀に見る屑だと告げているんだ。
でも、ただの屑では皆が付いてこないから、友達想いの部分もあるだろうけど、きっと打算で動いているんだろうね。
お馬鹿に見える事を計算に入れて、お馬鹿に見えるように振舞ってるとか。
可愛げのある馬鹿の方が今の世の中、生きやすいって事を直感でわかってるんだよね」
「おい……」
「あと、豚のように動かずに毎日ポテチとファストフードをむさぼり喰らう様はまさにニートの鏡だよね。
今度タイムコントロールで10年後の姿を見せてあげたいね。きっと肉団子のような図体をしてると思うから。
暴飲暴食でスタイルキープが出来るのは若いうちだけだって知らないと。
まぁそれでも止めずに豚になると思うけどね。そういうどうしようもないとこもほんと屑でいいと思うよ」
ブルタはアゲハの肩を抱いた。
「……そんなわけだから、キミと釣り合うのは同じ屑であるボクしかいないのさ。相性は完璧だろ」
「誰が屑だ、こら!!」
次の瞬間、アゲハの右ストレートがブルタの顔面に突き刺さった。
「ちゃんと働いてくれないかなー」
店の隅で一方的な暴力が振るわれているのを横目に、ネージュはため息。
そこに、崩壊する雲の遊び場から逃げて来た、さゆみとアディがやってきた。
「あ、いらっしゃいませー」
「はぁ酷い目にあった……。冷たいトロピカルジュースふたつ下さいな」
2人は立ったまま乾杯。
「あー逃げるのに疲れた。まさか、あんな怪物が雲海にいるとはね。危ないところだったわ」
「ええ。でも風に流されて怪獣が沖のほうに行ってくれて助かりました。意外と軽い怪獣だったんですね」
「そう言えば、頭の上に誰かのってた気がするんだけど、見た?」
「え? 本当ですか?」
「あれ? 気のせいかな?」
とその時、浜辺にあるステージが目に入った。
「あれ何かしら?」
「イベント用の特設ステージだよ。ライブとかショーをするために作ったんだって」
ネージュは言った。
「まだ出演者は見つかってないらしいけどね。島を創った魔法使いの人たちが出てくれる人を探してたよ」
「へぇそうなんだ」
それを聞いたさゆみはアディに耳打ちした。
「……ねぇ出てみよっか?」
「……え?」
「ビーチにお集りの皆様。本日急遽、ビーチステージでのライブが決定しました!」
海パンにとんがり帽子をかぶった魔法使いの人が、ステージに立ってMCをしている。
「出演してくれるのは大人気コスプレアイドルデュオ『シニフィアン・メイデン』のそっくりさん、大学生の女の子2人組です!」
ステージに登場したさゆみとアディをお客さんは拍手で迎えた。
ただ、待ってました、ではなく、頑張れよ、の拍手である。
「そっくりさんって……」
「だってお忍び中だもん」
「これじゃ全然忍んでないと思いますけど……」
一応、正体がバレないよう、いつもより調子を落として歌う。
けれどステージ慣れした舞台巧者ぶりは隠そうとしても自然と出てしまうものだ。
素人とは思えない伸びやかな発声、そしてダンスのキレもただの女子大生のそれではない。
冷やかしで見ていた人もだんだんとパフォーマンスに引き込まれていった。
「何かすごく上手くないか、この子たち……」
「実はどっかの事務所に入ってるアイドルのたまごとか?」
「いや、そういうレベルじゃなくてこれは……」
「シニフィアン・メイデン!」
アゲハにボコられながら、ブルタは声を上げた。
「そっくりさんだろ? 芸能人があんなしょぼいステージで歌うかよ。マジ話逸らしてんじゃねぇぞ」
「いや間違いない。本人だよ。デビューイベントにも行ったし、握手会にも毎回並ぶボクが言うんだから間違いないよっ!」
どよめきに包まれる浜辺に、さゆみは満足そうだ。
「もしかしてバレちゃいそうな感じ?」
「それを面白がらないでください。騒ぎになったりしたら大変なんですから」
「じゃあ次の曲で最後ね」
時間にして20分。3曲ほど歌っただけだが、本物に時間は関係ないのだ。
最後の曲を終え、お辞儀したその時、2人にさっきとは違う、惜しみない拍手と歓声が送られた。
「まったく、貧乏人共はバカンスの過ごし方も忙しないな」
変熊 仮面(へんくま・かめん)は喧騒をよそに、ビーチパラソルの下、一輪の薔薇を愛でビーチベッドで寛いでいた。
日焼け跡が残らないよう仮面を外し、ドレスコードにもしたがって、ちゃんとブーメランパンツを着用している。
町中ではほとんど変質者の彼もここでは麗しき薔薇の学舎の美少年だ。
髪をかきあげながら、空の家の店員を呼び、まわりにいる女の子に、
「あ、こちらの皆さんにトロピカルドリンクを差し上げて」
とイケメン王子ぷりを発揮して、女子たちをドキドキさせている。
「む……?」
変熊は顔を上げた。
変熊の目に、アゲハにボコボコにされているブルタ、が映った。
ただ真実はそうだが、彼の目には嫌がるアゲハに言い寄るどうしようもない不細工な鎧に見えた。
「そこの君、彼女が嫌がってるではないか。暴力はやめたまえ」
「ぼ、暴力を振るわれてるのはこっちだよ!」
ブルタの鎧部分はボッコボコにへっこんでいた。
「でもアゲハ。平気で人を殴るところもいいよ。大丈夫、ボクならどんな理不尽なDVにも耐えられる」
「うるせぇ!!」
「そこまでだ」
変熊はロイヤルガードエンブレムを見せた。
「……くっ国家権力……」
よく職質されるので、ブルタは国家権力は苦手だった。
「また会おう、アゲハ。次に会う時は、キミがボクのものになる時さ」
ブルタは捨て台詞を残して去った。
「これで大丈夫。この私がビーチにいる限り、あの鎧人間も手出し出来ないだろう」
「あ、ありがと」
「何かあったらいつでも私に相談したまえ」
そう言って、変熊はクールに去って行った。
次の瞬間、その美しい後ろ姿を眺めるアゲハの目が猛禽類の如き鋭さを帯びた。
「イケメン、薔薇学、ロイガ……なんだあいつ、完璧人間か? マジ彼氏にすんのに申し分ない物件なんですけど!」
「すっげぇ髪!!」
通りかかったにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)は、アゲハのそびえ立つ髪を見上げて、目をぱちくりさせた。
「あ? なんだお前?」
「すっげぇのっけ盛り! 鯛みたいなのもあるし、あ、これも飾っちゃえ!」
にゃんくまはその辺に落ちてたワカメやらヒトデやらを勝手にアゲハの頭に飾った。
「のせんなっ!!」
「わっ怒った」
怒鳴りつけると、にゃんくまはあっという間に逃げた。
「なんだよ、あのガキ。マジ躾がなってないし、どうせろくな親じゃないって言うか」
「こういうパフェあるよね」
速攻で戻ってきたにゃんくまは、今度は花火を髪に飾った。しかも火を点けたままで。
「あっちぃ! 何すんだこのクソガキ!!」
「あ、また怒った。おもしろーい」
「はぁ!? マジブッコロだかんねっ!!」
胸ぐらを掴んで持ち上げた。するとにゃんくまはしおらしく目を潤ませた。
「おねえさん……」
「な、なんだよ……?」
ゲンコツを握ったアゲハの手が止まった。
「おねえさん、鼻毛でてる」
プチッとアゲハの中で何かがキレた。
「ウガーッ! ふざけんなっ! これだからガキは嫌いなんだっつーの!!」
「それ、逃げろーっ!」
にゃんくまは空飛ぶ箒で雲海に。
アゲハは「マジ絶対逃がさねぇ!」と追っかける。
ところが上ばかり見ていて足元を見ていなかった。アゲハが向かった先は、ちょうど雲が薄いところだったのだ。
島の端っこ、島が途切れたところに魔法の雲はなく、彼女は空に投げ出された。
「大変だっ!」
監視員の桂輔とアルマは魔法のサーフボードで急行する。
しかし、それよりも速く彼女のもとに向かう影があった。
でゅわっっっっ!! と赤い羽マスクとマントで変身した変熊仮面だ!
「これに捕まるんだ!」
そう言って差し出したのは一輪の薔薇。
慌ててそれを掴んだアゲハはトゲにやられ「ぎゃああ!!」とまた悲鳴を上げた。
救助アイテムとしては完全なるチョイスミスである。
「お、落ちてたまるかっ」
間一髪、アゲハは別のものを掴んでピンチをのりきった。
「げぇっ!」
彼女の指先はがっちりかかったのは、変熊のブーメランパンツだった!
だがパンツは脱げるもの。どんどんズリ下がって、アゲハも一緒に落ちていく。
「こなくそぉぉぉぉ!!」
パンツを全力で下げた反動で、彼女は身体を押し上げると、別のものを掴んだ。
「っ!?」
変熊の身体がビクンとのけぞった。
アゲハが掴んだもの、それは変熊の秘密の花園に咲く一輪の薔薇(詩的表現)だった。
「な、なんて積極的な……あ、あまり強く握らな……あっ!」
アゲハはしがみつくのに必死で、自分が何を掴んでいるのか見ている余裕はなかった。
「な、なによこれ? ふにゃふにゃだったのがだんだんと固くなって、マジ持ちやすい感じになってくんですけど……!」
「う、ううう。お、溺れる者はマ○をも掴む、か……!」
「そりゃあああああああっ!!」
再びアゲハはさっきと同じように反動で身体を押し上げた。
その結果、彼女と入れ替わりで変熊は雲のない地上ウン万kmの空にダイブすることになった。
変熊の悲鳴が、うわああああああああぁぁぁぁーーー……と遠ざかっていく。
駆け付けたアルマは声を上げた。
「桂輔!」
「なんだよ、あと少しで半裸のギャルをお姫様抱っこ出来たのに……」
正直者の桂輔はチッと舌打ちした。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。早く助けないと」
「ヤだよ、全裸の男なんて! 何が悲しくて全裸の男をお姫様抱っこしなくちゃならないんだ!」
「私だってヤです。桂輔が行ってください」
「俺ばっかりあんまりだっ!」
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