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タングートの一日

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タングートの一日
タングートの一日 タングートの一日

リアクション

「騒ぎが起こってた間は大変だったから、ゆっくり町を見てまわれなかったしね」
「まぁ、そうだけどな」
 こちらは、大通りをやや外れた、専門店などが並ぶ街だ。路地に誘われるようにして散歩をしているうちにたどり着いた小路を、二人の長身の青年と、おかっぱ頭の少年が歩いていた。
「ね、ほら。思ったよりは、楽しいでしょう?」
「…………」
 上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)に、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)はなにも答えないまま、いつもの癖のように前髪に手をやりくしゃりとかきまぜた。
 渋るカールハインツを引っ張り出したのは、唯識だった。余計なお世話かとも思ったが、余計なお世話をやかねばこの親友は自分から動きたがらないのだ。かつては、レモも同じようにカールの手をひいたものだけども、このところ、二人の間の距離は妙にちぐはぐなものになってしまっていることを、唯識はちゃんと察知していた。
 もちろん、カールは最初はごねたのだ。しかし、「女ばっかりの国だから嫌なんじゃなくて、薔薇の学舎の仲間に迷惑かけたことを思い出したくないから行きたくないのでは?」という戒 緋布斗(かい・ひふと)から真顔で指摘され、さすがにぐうの音も出ずに、しぶしぶ了承したのだった。
 そうこうしているうちに、とある武器屋の前を通りかかり、唯識は足を止めた。どうやら、タングートの武器が色々とあるらしい。
「少し、寄っていっていいかな」
「はい。……唯識、僕も近くの店で買い物をしてきてもよいでしょうか」
「いいけど、気をつけてね」
「はい」
 きまじめに頷き、緋布斗は綺麗に切りそろえた髪を揺らしてかけていく。
「あいつ一人で、大丈夫か?」
「緋布斗はしっかり者だから、大丈夫だよ」
「……まぁな。可愛い顔して、時々おっかねえ」
 ぼそりと呟いたカールハインツに、唯識は苦笑を漏らした。
 実際、タングートにおいては、緋布斗のような幼い外見のほうが好意的には見られやすいだろう。唯識とカールハインツのほうが、どちらかというと肩身が狭いのは相変わらずだ。
「こんにちは。見せていただけますか?」
 丁寧に唯識がのれんをくぐりつつ声をかけると、店の奥にいた店主は二人の姿にやや驚き、それから無言で頷いたのみだった。
「青竜刀の類いが多いのかな……ああ、こっちは弓矢か」
 女性型が多いせいか、武器は軽量なものが多いように見受けられる。また、細工などに凝った意匠が施されているのも特徴だろう。
 時折それらを手に取り、ためすがめつしている唯識を、腕を組んでカールハインツは意外そうに見ていた。
「どうかした?」
「いや。唯識は、あんまり武器には興味がないと思ってて、さ」
 カールハインツの指摘に、唯識は目を細め、「不向きだからとばかりは、言ってられないと思って。せめて、自分の身くらいは自分で守れるくらいには強くならないと」と答えながら細い長剣を手にした。磨き抜かれた刀身に、唯識の真剣な表情が映る。
「レモはこれからイエニチェリとして、色々大変だろうから。何かあったときに、レモの手伝いができるようにしたいしね」
 今回、タングートの街をわざと路地を選ぶようにして歩いたのもそのためだ。大通りだけではなく、その端まで、できればどんな風になっているのか把握しておきたかった。
「カールだって、そうでしょう?」
「まぁ……そうだな」
 カールハインツは、どこか決まり悪げに頷いている。
 もしかしたら。お互いの距離を測りあぐねているのは、レモよりもむしろカールハインツの方のままなのかもしれない。
 なんにせよ、本当に、器用にみえててんで不器用なオトコだ。
 そんなことを思いながら、唯識はさらに、まっすぐにカールハインツを見つめて言った。
「僕はカールにもイエニチェリになって欲しいと思ってる」
「……え?」
 カールハインツは、鳩が豆鉄砲を食ったように、瞬きをする。
「お、おい。なんで俺が……」
 だが、カールハインツの狼狽しながらの反駁は、そこに戻ってきた緋布斗によって遮られた。
「お待たせしました」
「ううん。捜し物は、見つかった?」
「はい」
 緋布斗は、欲しいものがあるのだと事前に唯識に話していた。満足げに両手に抱えている風呂敷が、どうやらその「捜し物」らしい。
「どうぞ、カールハインツさん」
 店を出て風呂敷をとくと、そのうちの一つを緋布斗はカールハインツに手渡した。
「見てもいいか?」
「どうぞ」
 緋布斗からのプレゼントは、茶碗だった。カールハインツの手には若干小ぶりだが、落ち着いた緋色の、上品なものだ。
「……私の国では、魂がつながっている二人には夫婦茶碗を贈ることになっているので」
 至って真面目な顔つきで、緋布斗はそう口にすると、もう一つの包みを大切に抱えなおしている。
「これは、イエニチェリになったお祝いとして、レモに渡す」
「…………」
 そちらのほうがサイズが大きいように見えることや、夫婦茶碗って一体とか、カールハインツには突っ込みたいことが多すぎた。が、やめた。
「……ありがとうな」
 正直、少し、嬉しかったのだ。
 レモは、自分を選んでくれている。それを、本当はカールハインツもわかっているのだ。ただ、その手を本当にとっていいのか。その踏ん切りが未だにつかない。
 もう、レモは何も知らない子供ではない。
 そして、自分ももう、レモを『ただの子供』だなんて、見ていないから。
 それに――レモに比べて、自分はこれといった実績もなければ、もとはただの泥棒でしかない。能力だって、飛び抜けているわけでもない。そんな引け目も、若干はある。
 だからこそ、緋布斗に、当然のようにレモとの関係を肯定されたことが、嬉しかった。
「唯識」
「なに?」
「俺って、ひょっとしてかなり女々しいか?」
「…………」
 そうかもしれないね、と少しだけ思って。でも、心優しい親友はただ微笑んで沈黙を守ったのだった。


「それにしても、本当に良く似合ってるね」
「そうかなぁ? ……あ、あくまで仮装だからね。女装じゃないんだからね!」
 念を押す清泉 北都(いずみ・ほくと)に、レモは「うん、そうだね」と笑って答えた。
 北都は、可愛らしい和ゴス姿だ。着物をアレンジした独特なドレスは、北都によく似合っている。あくまで仮装と北都は言うものの、どこから見ても可愛らしい女の子に見えていた。そのため、狼姿の白銀 昶(しろがね・あきら)とタングートの街を歩いていても、全く警戒心はいだかれていない。
「でも、おかげで買い物がスムーズで助かった。ありがとう、北都さん」
「どういたしまして」
 先ほどまで、三名は大通りにある呉服店にいた。カルマたちと別れてから、レモはすぐ北都たちに出会い、一緒に買い物をしていたのだ。
「カルマも気に入ってくれるかなぁ」
「きっと気に入るよ。いや、絶対」
 カルマに買ったのは、浴衣だった。「夏はもう終わったけど、これから秋祭りとかあるし、一つあると便利だよ」と北都がすすめたからだ。
 ついでにレモも、サイズが変わったため、せっかくなので新調することにした。自分のセンスに自信がないというレモのかわりに、見立てたのは北都と昶だ。
「カールさんはお留守番だっけ?」
「ああ、……でも、たぶん唯識さんが連れだしてくれるんじゃないかな」
 穏やかにレモは答えるが、微かに拗ねた調子を感じ取り、北都と昶はひっそりと目配せする。
「彼は自分から動こうとしない性格っぽいから、レモさんが引っ張っていかないとだね。きっと積極的に振り回すタイプの方が、彼には合ってると思うよ」
「それはそうだろうけど、でも、別に僕はカールとつきあってるわけじゃ……」
 レモはそう言い返し、唇を尖らせる。その頬は、微かに赤く染まっていた。
(僕は別に恋愛については話していないけど、そっち方面に取るって事は、レモさんには思う所があるんだろうね)
 ただ、それをあからさまに口にすることは、北都はしなかった。
「その、イエニチェリになった以上、みんなに平等に接するべきだとも、思うし。あんまり、カールさんにばっかりかまうわけには……いかないよ。迷惑みたい、だし」
 どんどん口ごもり、俯くレモの横顔は、幼い姿の時そのままだ。
 しかし、なるほど、そういう理由もあって、強くカールハインツを誘い出さなかったのかとも北都たちは納得する。
(でも、ねぇ……)
「あのね、レモさん。当たって砕けろとは言わないけど、今のパラミタでは何があるか分からないんだし、後悔しないようにやるべき事はやっておいた方がいいよ」
「…………北都さん」
 心からの忠告だった。真剣な北都の瞳に、レモは吸い込まれるように言葉を無くす。
 そう話していると、やおら、昶が北都の着物の袖をくいくいと引っ張った。
「どうしたの?」
「あ……」
 気づいたのは、レモのほうが先だった。
 視線の先にいたのは、カールハインツたちだ。あちらもレモたちに気づいたらしく、片手をあげて近づいてくる。ただ、カールハインツは、決まり悪げではあったが。
 そして同時に、タイミングのせいだろう。咄嗟にレモの頬がさらに赤くなる。
「レモ、会えてよかった」
 緋布斗が、嬉しげにさっそくプレゼントを手渡す。
「あ、ありがとう。お茶碗?」
「そう」
 こっくりと頷き、緋布斗はカールハインツにしたのと同じ説明をレモにもする。
「そ、そうなんだ。……ありがとう、大事に、するね」
「レモ」
 カールハインツが、レモを呼ぶ。
「な、に? っていうか、結局来たんだ」
「気が向いた。それより、カルマはどうしたんだ?」
 姿がないことを訝るカールハインツに、簡単にレモは事情を説明する。
「でも、そろそろ迎えに行かなくちゃね」
「それなら、僕たちが行ってくるよ。浴衣も早く手渡したいから。パーティ会場で合流すればよいんだよね?」
 北都の提案に、昶も隣で尻尾を揺らして賛成する。さらに唯識たちも、そちらに一緒に行くといいだした。
「レモさんは、もう少しタングートを楽しんできて?」
「え、……」
「おい、それなら俺も」
 レモとカールハインツは慌てたが、別れの挨拶のふりをして飛びついた昶の重みで、とっさにレモはよろけてしまう。その身体を、すぐさまカールハインツの腕が抱きとめた。
「あ……ありが、と」
「……しっかり立ってろ」
 久しぶりの至近距離に二人が戸惑っているうちに、北都たちは人混みに姿を消してしまった。
「…………」
 四人の魂胆はわかっている。二人で少し、話し合えということなのだろう。
 お互いにちらちらと相手を見やりつつ、二人は仕方なし、ぎくしゃくとした空気のまま、歩き出したのだった。


「さて、どうなるかなっと」
 珊瑚城にいた女官に、北都と昶は無事カルマたちのところまで送り届けてもらった。唯識と緋布斗は、ああは言ったものの、もう少し街中を散策してくるそうだった。
 他に一般人はいないということで、一端昶も人の姿に戻っている。
「しっかし、じれったいったらないよなー」
 本能の赴くままなタイプの昶からすると、見ていてもどかしいったらないのだ。わざと抱きつかせてはきたんだから、少しは互いに気づけばいい。
「ちゃんと、素直になれればいいよね」
 北都も微笑む。
 到着した頃、カルマはようやくお昼寝から目覚めた。
「おはよう、カルマ」
 さっそく北都が挨拶すると、カルマは眠たげに目をこすりながら、「おハヨう……」と返事する。
「プレゼントは、もう少し後のほうがいいかな?」
 まだ寝ぼけている様子のカルマに、北都が苦笑する。
「プレゼントですか?」
「そう。さっき、浴衣を買ってきたんだよ」
 それは素敵ですね、とエメは目を細める。
 一方、昶はカルマの隣に座ると、傍らに置いてあった羊のぬいぐるみを手に取る。
「カルマはこれが好きなのか。でも、オレのも負けてないぞー?」
 そう八重歯を見せて笑うと、カルマの前にふかふかの尻尾を差し出す。
「もフもふ……?」
 ぱた、と小さな手が尻尾を撫で、その感触に途端にぱあっと瞳が輝いた。
「〜♪」
 レモも好きだったように、昶の尻尾に嬉しそうに頬ずりして、カルマは途端にご機嫌だ。
「お? 気に入ったか」
 昶もそのまま暫くは、カルマの好きにさせてやる。ついでに狼姿に戻って、ツメを出さないように肉球で頬に触れると、ぷにぷにした感触がさらに気に入ったのか、カルマは歓声をあげて笑った。
「すっかり気に入ったようだね」
 リュミエールが、お役御免になった、と肩を軽くすくめてみせた。