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タングートの一日

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タングートの一日
タングートの一日 タングートの一日

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 パーティはさらに盛り上がりを見せている。
 とくに一階部分は、入りきらない客が外にまで簡易テーブルを広げ、思い思いに大騒ぎだ。
「タダ酒とは、ラッキーだな」
 ダグ・ニコル(だぐ・にこる)が呟きつつ、香りの強い酒がなみなみと注がれた盃に口をつける。
「誘ってくれて、ありがとよ」
「いえ」
 パーティ会場にダグを誘ったのは、ひとりの女悪魔だ。黒いローブを頭からすっぽりとかぶっているため、顔はほとんど見えない。そのため、好みかどうかもわからないが。
(まぁ、いいか)
 ダグはタングートへとナンパと酒目的で来たものの、ナンパのほうは見事に全滅した。声をかければとりあえず答えてはくれるものの、口説こうとするなりすげなく逃げられる。男は眼中にないというのは、どうやら本当らしい。
 仕方なし、せめて酒でも……とぶらついていたところで、彼女にここを誘われたのだ。 たしかにタダのわりに、飯も美味いし酒も極上だ。ほとんど話さない連れには若干不満はあるものの、まわりで笑いさざめくのはほとんど女ばかりなわけで、それはそれで色とりどりの花に囲まれているようで、悪くはない。――そう、己を慰めるダグだった。
「飲め飲め!」
「こっちにもおかわり」
 歌うものあり、踊るものあり、脱ぎだすものまであり、なんでもありの大騒ぎだ。
 一応、店の前の通りまで私用することは、許可を事前に藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がとりつけてある。
「タングートの復興の、いわばお祝いのイベントにふさわしいと思いますの」という優梨子の意見は、かなりあっさり通った。なにせ、あの『羅刹門』の制作者ということで、優梨子はタングートではちょっとした有名人なのだ。
「そういえば、あんたの乗り物、イカしてたね」
「冬鼓号ですか? ありがとうございます。私が手を加えたものなんです」
 優梨子が乗り回しているのは、首無しの八脚馬だ。野生のスレイプニルを優梨子が斬首し、死霊術でアンデット化させたもので、彼女の可愛い愛馬である。
「さっそくマネしてみようかな。いいかい?」
「ええ、もちろんですわ。でも、できたらそのときの首はいただけます?」
「ああ、そういえばあんたの趣味だっけねぇ」
 すっかり親しくなった女悪魔の一人が、豪快に笑いつつ、快諾する。また干し首のコレクションが増える予感に、優梨子も愛らしく微笑んだ。
「仲が、良いんだね」
 皆川 陽(みなかわ・よう)が、優梨子に言う。
 陽は、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)ユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)とともに観光に来ていたのだが、散歩していたところを、せっかくのパーティだからと半ば強引に路上宴会に引っ張り込まれていた。
 優梨子にそう口にしたのには、理由がある。タングートでは、男性はまず嫌われているが、そもそも外部の人間をそう歓迎していないと聞いていた。それがいつの間にか、観光をしていてもほとんど危ないこともなく、むしろこうして宴会に引き入れられるほど歓迎されるようになっていたことに、驚きが禁じ得なかったのだ。
 そんな簡単に、感情は変わるものだろうかと思うせいもある。だけど今実際、目の前で、タングートの人々と楽しそうに話す優梨子の姿があった。
「みなさん、良い方ですし」
「優梨子はここがあってるんだよ。なんたって、あの羅刹門の作者だ」
「羅刹門?」
「タングートにある門のひとつさ。優梨子が彫った塑像が飾られてるんだけど、あそこのまわりにいくとなんでか血がたぎってねぇ」
「ま、流血沙汰も多いところだから、ボウヤは近づかないほうがいいよ!」
「あら、それでしたら、そこでパーティをしたほうがよかったですね……」
 そうしたら、まさに流血と酒の宴になったろうに、と優梨子は残念そうだ。
「すごいね」
 色々な意味で圧倒され、陽は思わずじっと優梨子を見つめる。
「どうかしました? あ、干し首、ごらんになります?」
「あ、いえ。それは……遠慮しておくけど」
 優梨子の申し出には慌てて首を振って、それから、陽は尋ねてみた。
「どうして、ここで協力しようと思ったの?」
 それは、無私の心なのか、あるいはなにかしらの賞賛のためだったのか。
 すると、優梨子は小首を傾げた。
「そうですね……楽しい、からでしょうか」
「楽しい?」
「ええ。皆さん、興味深い方々ばかりですし。もっと親しくなりたいと思ったからですね」
 タングートの民が、優梨子の特殊な倫理感と親和性が高かったせいもあるだろうが、結局はそういうことだろう。
 好意をお互いに持ったから、協力しあい、そしてそのことによって、絆ができた。
「そっか……」
 陽は頷き、改めて、優梨子に尊敬の眼差しを向けた。

「……しぬ。ほもがないとしぬ」
 女悪魔だけの空間で、息も絶え絶えなのはユウだった。
「だから、ついて来ないほうがよかったのに」
「そんなこと言って、オマエらの思い通りになんかさせてやるものかー! べ、別に心配だったからとかそんなことないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「しないよ」
 そっけなくテディは言い返す。そして、一瞬は顔をあげたものの、やはり女だらけの空間に、再びしおしおとユウは頭を垂れた。
「しぬ……ほもくれ……ホモォ……」
 禁断症状を訴える中毒患者のようなユウを、馬鹿じゃねえのと思いつつ、テディはため息をついた。
 陽は、優梨子や他の女悪魔たちと、それなりに和気藹々としているようだ。そんな陽についてきたものの、テディは積極的に話しかけられずにいた。
 陽に問われて以来、「自分の意志」というものの有無を、テディは自問自答していた。
 そんなもの、言われるまでもなく、あるものだと思っていた。意志もなく動くような、ただの木偶の坊ではないつもりだった。
 でも、もしかしたら、それはただの思い込みだったのかもしれない。『騎士として』という言葉に頼り、行動規範をそれだけに依存していると指摘されれば、違うと、テディは強く言い切れなかった。
「自分の、意志、か……」
 呟き、ため息をつく。が。
「あ! ほもだ! ……なんだ、オカマかぁ〜……」
 特殊なセンサーが反応したのか、がばりと顔をあげたユウは、再び萎えた様子でうなだれる。……ユウを見ていると、ろくな意志というのも存在すると、テディは思わずにいられない。
(けど、オカマ?)
 誰が来たんだろう、とそちらに目をやったテディは、息を呑んだ。

「賑やかねぇ」
「サカリのついた雌犬みたーい」
 そう言いつつ、平然と現れたのは、ドレス姿のラー・シャイとニヤンの二人だった。
 ソウルアベレイターとして、タングートと闘っていたのはつい先日のことだ。その生々しい記憶が蘇り、女悪魔たちは一様に表情を険しくする。
「よくもいけしゃあしゃあとやってきたもんね」
「犬は犬でも、そっちは負け犬だろうが」
 酒の勢いもあり、次々と武器を構える悪魔たちの目は、らんらんと不気味に光っている。
「まぁ、素敵!」
 大喜びなのは、優梨子だけだ。テディは咄嗟に陽を庇うためにそちらに向かおうとしたが、つい、迷ってしまう。
 その間にも、悪魔たちの怒りのボルテージはじりじりとあがっていく。一方、ラー・シャイは「面倒ね」と呟くなり、その姿を黒い靄となって消してしまった。残ったのは、好戦的な笑みを浮かべるニヤンだけだ。
「えー? まだやるのー? せっかく直ったとこなのに、またぶっ壊したいなら別にいいけどぉー?」
「ほざけ!! ぶっ殺してやる!!」
「頑張ってくださいねー!!」
 優梨子は干し首を手にやんやの応援だ。陽も唇を噛み、ニヤンに対して警戒をあらわにしている。
「まとめてかかってきてもいいわよ〜」
 ニヤンを中心に、悪魔たちが輪を作り、その距離を縮めていく。
 だが、そのときだった。
「やめてくださーーーい!!!!」
 大声とともに、ばっしゃーーーん!と派手に水がぶっかけられる。が、ほとんどがニヤンたちを外し、むしろかぶったのは水をまいた本人だけだった。
「つめた!! え、ええと、今日はお祝いの席ですので、お客様といえど、ケンカはご遠慮くださあいい!!」
 真っ赤になって震えながら、それでも花魄はそう声をはりあげた。
「アンタ、こいつの味方するっての?」
「招待したのも、アンタかよ。この店は、裏切り者か!!」
「ち、違います。違いますけど……っ」
 猛烈な剣幕で罵られ、花魄は半泣きになりつつも、必死で抵抗する。
「やめな。今日だけは停戦ってことで、いいだろうが」
 カールハインツと、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が口を出す。
「そうそう。か弱いお嬢さんに、よってたかっては感心しないぜ?」
 ダグもさっそうと花魄を背に庇い、そう割って入った。しかし。
「よそ者はひっこんでな!!」と彼女たちは聞く耳を持たない。
「では、主ならばどうじゃ?」
 ……するりと、そこで初めて、深くかぶっていたローブを外した女悪魔が口を開いた。
「共工様!!!」
 花魄を始め、一同が驚きの声をあげる。ダグも同じく、あっけにとられてしまった。
 共工といえば、名前くらいは知っている。このタングートの、女王だ。
「皆の者。この場は我が預かろう。なにか異論は? ……あるならば、我の腕で答えるまでじゃ」
 共工の口元だけが笑みを浮かべる。畏怖に撃たれ、恐慌状態になりかけていた悪魔たちは、次々と彼女の前にひれ伏した。
「お忍びでもぐりこんでたってワケ? 趣味悪い……でもまあ、助かったわ」
「こちらに来るが良かろう。ああ、連れもな」
 共工はそう言うと、ラー・シャイとニヤンを伴い、店の中へと入っていく。
「それでは、な」
 そう、ダグに艶やかに微笑みかけて。
「……一本とられたぜ」
 そのわりに楽しそうに、ダグはくつくつと肩を揺らして笑った。
「残念です」
 殺戮を楽しみにしていた優梨子だけが、若干残念そうだ。
「よかったな。……着替えて来たほうがいいんじゃないか?」
 半ば呆然としつつ、安堵に胸をなで下ろしている花魄に、カールハインツがそう声をかける。
「よかったら、使って」と、かつみもタオルを差し出した。
「ありがとうございます」
 タオルを受け取り、花魄は涙を拭うと、ようやく震えながらも笑みを返した。
「あんたも、大丈夫だったか?」
 カールハインツが、陽に尋ねる。
「うん。びっくりしたけど、大丈夫だよ」
「まぁ、驚くよな、普通。あいつらも平気な顔してよく来るよ。……まぁ、そういう奴らなんだろうけど」
 つくづく理解不可能だ、といったように、カールハインツは顔をしかめて呟いた。