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 第4章 年頃の娘に聞きたいことは

(あれ、自衛隊ってことはもしかして防衛省の技本かな)
 資料を手に持ち廊下を歩きながら、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)はふとそう思った。
『枝本』とは、防衛省技術研究本部のことだ。天御柱学院は、パラミタの中でもイコン関係を専門に扱う、イコンの最先端を行く場所だ。その関係か世界各国のイコン関係者が会議や研修などにやってくることも多く、今日も外来者への対応の為に真琴は会議室へ向かっていた。会議や研修への参加は、生徒への指導の他に義務付けられた整備科教官の仕事の1つだ。上からは『自衛隊の関係者が来る』とだけ伝えられていたが、予定されている内容を考えると技術研究本部が来る可能性が高い。
 そして、そこには真琴の母親、長谷川 由美がイコン技官として所属している。予感がもし当たっていたら、担当者は――
 少人数用の会議室の前に立ち、ドアを開ける。室内で待機していたのは、黒髪ショートヘアのどこか色気のある女性だった。年齢は40〜50代に見える――というか48歳であることを真琴は知っている。
「……やっぱりお母さんでしたか」
 資料を持ち直し、特に動揺もせずに彼女は笑う。由美もまた、包容力を感じさせる余裕のある笑みを浮かべた。
「なんだ、もっと驚くかと思ったのに」
「考えてみたら、他にはいない気がしたし。技本でイコン関連で、こういった会議とかに参加するのはいつもお母さんの仕事だものね。でも……」
 真琴は会議室正面、板書用のホワイトボードの前に立つと澄ました顔で言ってみる。
「お母さん、ここが私の仕事場です……って、なんか変な感じですね」
 我慢できず、つい笑ってしまう。親子である自分達がこうして公の立場、関係で向き合うことにくすぐったさを感じないかといえば嘘になり。
「そう? 私は訪問した方だからあまり感じないけれど。こっそり、この日を楽しみにしていたし」
「もう。教えてくれてもよかったんですよ」
 娘の反応が面白いのか、一緒に笑いながら言う由美に真琴は少し膨れ面を作ってから表情を戻した。
「でも、こうやってプロ同士で話すのは初めてですね。いつもはイコンの話を禁止にしてるから。それでは……説明します」
 仕事でのこととはいえ、久しぶりの親子の時間だ。共通の話題で意見をやりとりできることを楽しみながら説明しよう。
 こほんと空咳をしてから、真琴は一応まとめた資料に軽く目を落とした。今日の自衛隊の用向きは、ストークを初めとした次期採用予定のイコンの研究及び関係者会議だ。内容自体は頭に入っているが、資料は順序立てて分かりやすく説明する時の助けになる。
「まず言えるのは、『第三世代機が第二世代機の性能を全て上回る』というわけではないということです。故に現状、自衛隊で採用されているジェファルコンやブルースロートをベースとしているイザナギとイザナミに比べると瞬発力に劣ります。しかしその上でストークの特徴はツインリアクターシステムによる持久力は高いもので、今まで問題となっていたリアクターのエネルギー生成ペースの限度を超える消費を行った際に、一時的にエネルギー切れを起こす現象は解決される形になっています。ただ、ツインリアクターを積むために機体自体も大型化してしまいますが結果的には大型武器を扱いやすくなった面もあります。
 今後は後方支援特化の機体に仕上げていくと自衛隊でも使いやすくなるのではないかと……」
「ねえ真琴、仕事の話よりあなた、恋人は出来たの?」
「え?」
 由美の突然の発言に、真琴は眼鏡の下で瞬きした。お互いに多忙な社会人だ。仕事相手としてだけではなく、由美はこの時間を親子としても過ごすつもりらしい。
「もう20歳だし、いつ結婚してもいいわよね。いい人はいるの?」
 にこにことした笑顔を向けられ、真琴も力を抜いて娘として言う。
「まだ私には早いよ。まだまだ、やらなきゃいけないことが多いから。それに……」
 母相手でもこういう類の話は恥ずかしいもので、照れくささを感じつつ彼女は答える。まだ早いと思うのも本心ではあったが、同時に思い浮かぶ顔もある。
「あの人以上の人はいないから」
 だから。
 ほんの少しの寂しさを込めて、真琴は言った。