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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 始祖の水】


 道中の魔法使い達を蹴散らしながら、辿り着いた、その場所。
 シェリーが一度来た時は開かれていた扉は、今は堅く閉ざされていた。途中合流した敵手脱出支援部隊が、先んじて配置につく中、姫子が振り返る。
「この向こうか?」
「確かよ」とシェリーは答えた。
 扉の外から攻撃がきた場合は、部隊が引き受けてくれる手筈になっている。この先からはまた、契約者達だけの戦いの場だ。
「よしっ、じゃあ、強引に開けちゃいましょう!」
 ナオが覚醒型念動銃を構える。
 二つ名【貫く念衝】の、一度だけ爆発的に念動の威力を上げる能力を使い、扉に向かって撃った。

 そこは広間になっていた。
 中央が噴水のようになっていて、その手前に、二人の人物がいた。
 背を向けて、噴水を見ていた二人は、扉が破壊されたことで驚いて振り返る。
 何故だかその二人を見て、どきりとかつみの胸がざわついた。
 魔法使いではないようだった。闇の衣もまとっていない。
 振り向いた二人の人物は、品の良さそうな、優しそうな二人の男女で、この場にそぐわない雰囲気である。
 二人の方も驚いた様子でいたが、彼等が何者かと見渡して、ナオを見たところで目を見開いて固まった。
「まさか……」
「まさかあなた、ナオ?」
「えっ!?」
 名を呼ばれて、ナオはぽかんとする。
「信じられない……まさか、本当なの? ずっと……ずっとあなたを探していたのよ」
 涙ぐむ女性に、まさか、とナオは呆然とした。まさか、この二人は。
「……お父さん……お母さん?」
「ナオっ……」
 二人は駆け寄る。
 見守るかつみは目を細めた。ずっと探していた、ナオの両親がこんなところで見つかるなんて。
(よかった……)
 ほっとしかけたところで、ちくりと針が刺すように、違和感に気付いた。
「……違う」
「えっ?」
 エドゥアルトが、かつみの剣呑な声に驚く。
「ナオ、それは違う! 夢だ!」
「えっ」
 正に今、手を取りあおうとしていたところで、周囲の全ての風景が一瞬止まり、ガラスが砕けるかのように崩れた。
 その向こう側に、同じ風景がある。ただ違うのは、二人の男女の姿はなく、前方の噴水の前には一人の少女がいたことだった。
「――夢」
 エドゥアルトが、白昼夢から醒めた思いで呟く。
「……そうだよね……ナオの両親が、この世界にいるわけがない」
 まるで催眠術にかかっていたかのように、惑わされていた。
 ほう、と息をついて、エドゥアルトはかつみを見た。
「でもよく解ったね、かつみ」
「……本当の両親だったら、ナオって呼ぶわけないだろ」
 そう、ナオというのはかつみ達で付けた名だ。両親なら、自分達も知らない、彼の本当の名前で呼ぶはずなのだから。
「……」
 成る程と思いながらも、エドゥアルトは首を傾げる。
 かつみの様子がおかしい気がした。
 気になったが、今はそれどころではない。
 エドゥアルトは、固まっているナオの手をぎゅっと握って、今目の前にしている現実に対峙する。





 噴水の前に立つマデリエネ・ビョルケンヘイムの姿を見て、エリシア舞花達が走り寄った。
 周囲に、他の者の姿は無い。マデリエネは、うっすらと笑った。
「くたびれた。待ちくたびれたわ、契約者達」
「マデリエネ!」
 エリシアがさりげなく、フィッツ・ビンゲンから預かった仮面を取り出す。
 マデリエネの双子妹、インニェイェルドが非業の死を遂げた時、身につけていた、形見の品だ。
 フィッツの彼女への思いが、自分達のマデリエネの思いが、伝わってくれればと思いながら、エリシアは口を開こうとして、微笑むマデリエネに虚をつかれる。
「有難う、嬉しいわ。あなた達の気持ちは解ってる。ヴァルデマール様も解ってくださったの」
「え……?」
「ええっ?」
 ぽかん、とノーンが目を見開いた。
 見れば、マデリエネの背後にある噴水から、シェリーが見たような、黒い水が湧き出ていない。
「支配ではなく共存を。
 あなた達の思いを、ヴァルデマール様は聞き届けてくださったのよ」
「……罠……?」
 舞花が、慎重にマデリエネの表情を読もうとする。
 くすくすと笑い声が聞こえ、見れば、柱の影からヴァルデマールが現れた。
 全員が緊張しつつ、身構える。
「罠じゃない。これでも、君達の誠意と行動に、色々と考えた。それ位の分別は在る。
 全く、君達は天晴れだよ! この僕の意識を、変えてしまうのだから!」
 ふ、とヴァルデマールは肩を竦めて笑む。
「話し合いたい。アッシュのところに案内して貰えるか?」
 ――罠ではない。
 エリシアも、舞花にも、それが解った。ノーンは悲しそうに唇を噛む。
 罠ではない、これは、
「夢ですわ!」
 途端、世界に亀裂が入り、砕け散る。
 砕け散った向こうには、全く同じで、決定的なところが違う、現実の世界があった。

 闇を吸ったような黒い水の溢れる噴水の前に、マデリエネが立っている。
 マデリエネは、昏く、重い表情を更に歪ませて、信じられないものを見るように、エリシア達を見た。
 睨むその表情は、けれど敵意ではない、と、エリシア達は思う。
「……愚かだわ。何て愚かなの、あなた達。あれが、あなた達の望む夢だというの?」
「そうだよ!」
 とノーンが叫ぶ。
 敵も味方も皆仲良く幸せになれればいいと、そう思っていた。けれどそんなの、絶対に叶わないことだということも、解っていた。
 解っている、けれど、せめて。
「観念なさいな、マデリエネ・ビョルケンヘイム。この人数差であなたに勝ち目はございませんわ」
 説得はしない。今、マデリエネを説得することは、ヴァルデマールを裏切らせること、何処で見ているか解らない彼に、粛清の機会を与えることだからだ。
 エリシアの言葉に、ふ、とマデリエネは嗤う。
「ヴァルデマール様はインニェイェルドを粛清した。魔法世界へ戻された後……それでも私は一族が信じたあの方を、信じるべきだと……そう思ったわ。
 けれど…………インニェイェルドの【永続】と【夢】を奪い取ったと知った時、私はあの時、目が覚めた!!
 ヴァルデマールがこの世界に作り出していたのは、悪夢よッ!!」
 迷いと確信を内に孕んだまま杖を握りしめるマデリエネに、舞花が、非物質化で不可視化させていたラピッドショットを構えた。
 弾丸は、非殺傷用のものだった。
 気絶射撃で、舞花はマデリエネの昏倒を計る。
 エリシアに向いていたマデリエネは、はっと舞花を見たが、身体は動かなかった。
 撃った瞬間、【思念を読むもの】の二つ名を持つ舞花は、マデリエネの次の行動を読む。
「――え」
 そして驚愕した。
 マデリエネは、何の動きも為そうとしていなかった。
 次に自分の身に訪れることを、理解しているのに!
「駄目……!」
 思わず、舞花は叫ぶ。逃げて、と、その次を言うよりも、先に。
「――全く、困った下僕だね」
 銃弾を受け、仰け反るマデリエネのその背後に、いつの間にか、ヴァルデマール・グリューネヴァルトが立っていた。
「この僕を裏切るなんて、全くあってはならないことだ。解っているだろうね?」
 微笑みを浮かべ、手を伸べるヴァルデマールを振り返り、それでも、マデリエネは動かない。
 その瞳から、一滴の涙が零れて、舞う。
(――インニェイェルド……)

「さ、せ、ません〜〜ッ!!!」
 姫星が、幻槍モノケロスを手に、二人の間に割り込むように飛び込んだ。
「おっと」
 ヴァルデマールは身を引く様子を見せ、そこへ走り込んだエリシアが、倒れたマデリエネに封印呪縛の魔法を掛ける。
 持っていた魔石に封じ、それをノーンに預けた。
 ノーンは魔石をしまったウエストポーチを非物質化させ、ヴァルデマールの目から隠すと、ぱっと部屋の隅まで後退して距離を置く。

「成る程、やってくれる」
 ヴァルデマールは目を細め、慇懃に嗤った。
「……本当に、煩わしい羽虫だ」
「支配が悪いわけじゃない……でもね、命を蔑ろにするのは許さない。
 ヴァルデマール、あなたは許さない!」
「ヴァルデマール、お前の世界は何よりも醜いネ!」
 墓守姫とバシリスが、ヴァルデマールを糾弾する。
「やれやれ、何様のつもりだろうね。この僕に、そんな口を利くなんて」
 ヴァルデマールは、冷たい笑みで二人を見下した。
「あなたの勝手な理屈なんて、分かりたくもありません!」
【煌く姫星】の二つ名を持つ姫星の槍が輝き、攻撃力を増大させる。
「これが私の全力全開、プリンセッセスタートゥインクルバースト!」
 バーストダッシュで一気に突撃する。
 自分の想い、皆の想い、マデリエネの想い、そして、姉に生きて欲しいと願ったインニェイェルドの想い。
 全てをこの槍の一撃に乗せて。
「絶望を打ち貫けっ!! うぉぉぉぉ――――っ、チェェストォォォォ――――ッ!!」
 ヴァルデマールは薄く笑い、それを防ぐ魔法を発動しかけて、ぴく、と何か別のものに反応した。
 構わず、姫星は突進する。
 槍がヴァルデマールの身を貫き、尚勢いを止めず、そのまま彼の身体を後ろの壁に縫い付けた。
 どん、と叩きつけられ、がくんと身体を揺らした後、ヴァルデマールはくすりと笑う。
「小用ができたようだ」
「え?」
「それを踏み潰すのは、先に“こちら”を済ませてからにしよう。精々大事に抱えておくことだ……、ね」
 隠れるように後ろに下がっているノーンを忌々しく指差すと、ヴァルデマールの姿が掻き消えた。
「待ちなさい! ヴァルデマール!!!」
 姫星の叫びが響き渡る。
 だが、再びヴァルデマールの姿が現れることはなかった。


 あのヴァルデマールは幻だったか、と姫子が呟く。
「ふむ……しかし我々の本当の目的には、奴も気付いていなかったようだ。
 マデリエネは、自らの裏切りを、我々の目的の為の囮としていたのだな」
 ヴァルデマールは、マデリエネの手を全ては読んでおらず、ハルカの存在には気付いていなかったのだろう。
 マデリエネが魔石から出されれば、すぐに殺せばいい。出されない以上、この場所は放置していても問題ない。そう判断されたのだ。
 姫子達は、噴水の前に歩み寄った。すぐ傍までは近付けない。
「見えるか?」
 噴水の、こんこんと沸く闇の水の中は、全く何も解らなかった。はい、とハルカは頷く。
「では、頼むぞ」
 瘴気の密度が濃すぎて、備えをしていても、触れれば瘴気に侵される。姫子達は見守ることしかできない。
「気をつけて、気分が悪くなったりしたら必ず言ってね」
「はいっ」
 心配するシェリーに頷いて、ハルカは靴を脱ぐと、始祖の水の中に入って行く。
 ずんずん進んで、中央辺りで屈み、中に手を入れると『滅びの源流』を取り出した。
 すうっと、噴水の水から、闇の色が薄れて行く。
 湧き出す瘴気が止まり、様子を見守っていた契約者達が、ほっと息を吐いた。

「さて……後は頼んだぞ、アッシュ達」