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リアクション
会場に戻って、楽しそうな人たちの様子を見て歩いていたスウィップは、とあるテーブルの前で呼び止められた。
「よう、スウィップ」
そちらを向くと、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がボトルを持った手を振っている。パーティーが始まって大分経っており、酔いが回っているのか顔がほんのりと赤い。
「こんにちは」
寄って行ったスウィップに、シリウスは隣のイスを引いてぱんぱんとたたき、ここに座れとジェスチャーをした。
それに従って横についたスウィップを、じっと見つめる。
「ひさしぶりだな。元気してたか?」
「うん。シリウスさんも」
「ああ。なーんも変わらないよ、オレは。って、あー、でも、変わったか。うん」
何か思い出したようにグラスに酒をそそぐ手を止めて、シリウスは言い直す。
「オレ自身、根本的なとこはなーんも変わらない。だけど、周りが少し変わった。
でも、それは生きてりゃだれにだってよくあることだし。おまえだって、いろいろあったみたいだけどおまえ自身は何も変わってるふうに見えない。……そうだよな。変わるのは、いつだって周囲なんだ」
独りごとのように明後日の方向を見ながらつぶやいたあと。シリウスは突然脈絡もなくスウィップの頭を帽子ごとわしわしかき回した。
「リストラ完了お疲れさん。よく頑張ったな」
「シ、シリウスさん、酔ってる?」
「そりゃ飲んでるから多少な。けど、ほろ酔いだ。自分を見失っちゃいねーぜ」
なんてことない、というように、ニッと笑って見せたその顔が、突然曇った。
「どうかしたの?」
「ん……いや、ちょっと思い出してさ。
前に来たとき、オレはおまえに、あるべき場所に帰るべきだって話したけど、もうここがおまえのあるべき場所だったんだな。
おまえは納得し、過去と現在を受け入れてる。なのにオレはといえば……迷い気味でさ。も、なにやってんのかなーって。
ほら、前にきたとき一緒にいたやついたろ?」
「うん」
「オレ、あいつと今一緒にいないの。みーんないない。いなくなった。オレ1人。
そんで、平和になって、久々に1人になってみたら……なんか分かんなくなってきちまった。
昔みたく、何でもお手軽にできるわけじゃなくなっちゃったしな……」
飲むのをやめてテーブルに戻したグラスのなかの発泡酒をほおづえをついて覗き込み、チン、とグラスの口を弾いて鳴らす。
シリウスの落ち込んだ様子にスウィップはすっかりあわてしまい、何か言おうとしたが、彼女が何にそんなにも落ち込んでいるのか分からず、何をどう言えばいいか分からなかった。
「あの……あの、ねっ? シリウスさん……ええっと……」
一生懸命かける言葉を探すスウィップを見て、シリウスはぷはっと吹き出す。
「ごめんごめん。惑わせちまったな。酔っぱらいの単なる愚痴と、聞き流してくれていいよ。
ただちょっと、ほんの少し、愚痴りたかっただけだ。何も知らないやつに」
「…………そう?」
そう聞いても、やっぱり心配そうに見上げるスウィップに、シリウスは「ああ」と肯定する。
「オレもおまえを見習って、少しずつ地道に進めていってみるよ。自分の場所探しってやつをさ。……どこかで見ているはずのヤツに、笑われたくないしな。
よし、乾杯しようぜ。スウィップとオレたちのこれからの未来に」
新しいフルートグラスを引っ張ってきて、ボトルからシャンパンをそそぐ。きれいな桃色をしたそれを、スウィップに押しつけるようにして握らせた。そして自分は、自分のグラスを持ち上げて、宙に突き出す。
「かんぱーーい! ……って、待て。おまえ、酒飲める歳だったっけ?」
グラスを傾け、口に含む直前、そんなことを真顔で言われて。
スウィップは思わず爆笑してしまったのだった。
「あら?」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は流れる音楽の曲調が変わったことに気づいて、食べる手を止めた。
ダンス音楽は軽快なものから、ゆったりとした、ワルツ向きのものになっている。
「いつの間に……」
「ん、そうね。さっきからかしら」
そのことにアデリーヌとほぼ同時に気づいたらしく、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は独り言のようなアデリーヌのつぶやきの意味をちゃんと理解して、同意を示した。
口に入れたものを飲み下し、ワインをひと口。そしておもむろに立ち上がる。
「これならアディのドレスでも大丈夫でしょ。
少し踊ろうか?」
「そうですね」
差し出されたさゆみの手を借りて立ち、アデリーヌはもう片方の手でドレスの裾を軽く持ち上げながらさゆみの誘導に従い草原のホールへと歩を進める。ちょうどいい位置まできたさゆみはアデリーヌと向かいあって立つと、どちらともなく手を差しのべあって、とてもそこが草原であるとは思えないほど優雅に踊り始めた。
「どうですか? さゆみ」
高く掲げた手でくるりと内向きに回転させられる、一番2人が接近したときに、アデリーヌが囁くように問う。
さゆみは何を言われているのか分からず「は?」と訊き返した。その表情を見て、アデリーヌはもう少し詳しく言葉を足した。
「今度の休みは、ゆったりできましたか?」
それで、ああと腑に落ちる。
ここ最近、2人はコスプレアイドルデュオ「シニフィアン・メイデン」として通常の営業活動に加え、学園祭に招かれるという忙しい日々をすごしている。呼ばれるのは人気がある証拠でうれしいが、あまりの多忙ぶりに
「一体休日はどこ!? この世界から休日という存在は消えてしまったの!?」
昨夜ついに癇癪を起こし、嘆きながら2人のベッドに倒れ込んだことを思い出して、さゆみは少し赤面してしまった。
そして赤らんだほおを風にあてると、風のきた方角を見て――その先に連綿と続く緑の草原に「そうね」と答えた。
「おいしい物を食べて、みんなと楽しくおしゃべりをして、こんなすてきな場所でアディとダンスを踊って。
こういう時間をこんな気持ちですごせるのなら、馬車馬ののように忙しいのも悪くないかもね」
いつもそうというのは困るけど、たまにはね、と軽く肩をすくめて見せる。
「でも、どうしてそんなことを?」
「………」
逆に問い返されて、アデリーヌは黙り込んだ。
アデリーヌは吸血鬼で、かつて恋人を失ったあとも1人生き続けてきた。そのことから、相手は自分より先に死ぬものと思っている。アデリーヌの眼差しは、常にさゆみを映しながら同時にさゆみには見えない何かを見つめていて……。
自分という存在は、アデリーヌにかつての苦しみをよみがえらせているのではないだろうか?
「アディ」
黙ったまま答えないアデリーヌの肩に、そっとさゆみは額を押しつける。
「ごめんなさい」
それは、アデリーヌが答えにくい質問をしたから、というだけではないだろう。
さまざまな意味にとれるそのひと言と、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべているさゆみを見て、アデリーヌは静かに首を振った。
「……そんな悲しいことなんて、考えないで」
考えるのはわたくしだけでいい。あなたの心までも曇らせたいわけではないのです。
「今は」
今だけでもいい、こうして2人でいることの幸せを噛み締めていたい。
そっと抱き寄せ、耳元で囁く。
それからは2人、支えあうように互いの体に腕を回し、ゆったりと曲に乗りながら体を揺らしていた。
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