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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

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リアクション

 テーブル間を歩いて、みんなと屈託ない会話をしていた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、やがてコアラブタケシがいるテーブルにたどり着く。
「タケシさん」
「よお、陽太。おまえも来てたのか」
「はい。おひさしぶりです。ええと、スライム事件のとき以来ですか」
「あー、今ちょうどコアたちとその話してたんだよ。
 そんなつもりじゃなかったんだけど、あのときはみんなに迷惑かけちまって」
「迷惑をかけたというなら私が筆頭だろう。あまり当時の記憶は残っていないのだが、助けに入ったつもりが逆に迷惑をかけてしまったようだ」
 あのとき、コアは服を脱ぐために着たくて着たくてたまらず、とにかく目がついた先の相手がだれであれ、体のサイズが合ってないことなど二の次で脱がしにかかっていて、その最初の犠牲者がタケシだった。
「そうよーハーティオン。あんた、ほんっとーにすごかったんだからっ」
 さすがにラブは対象外だったのだが、まるで襲撃にあった1人であるかのように言う。
「お互い大変でしたね」
 当時のことを思い出してくすくす笑う陽太が立ちっぱなしであることに気づいたタケシがとなりのイスの背もたれを掴んで引き出してた。
「座れよ、ここ空いてるからさ」
「あ、いえ。今は連れがいますから」
 ひと声だけかけて離れるつもりだった陽太は後ろのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)を意識して遠慮する。
「ん? ああ、エリシアとノーンか。2人も座れよ、十分場所空いてるからさ。なっ? コア、ラブ」
「うむ」
「いーわよ」
 2人がうなずく。それでも遠慮しようと陽太が口を開いたとき。
「おーいスウィップ! おまえもこっち来いよ!」
 タケシが伸び上がって陽太たちの後ろに向かい叫んだ。
「なになに、タケシくん。どうかした?」
 ちょうど通りすぎようとしていたスウィップが、名前を呼ばれてとことこ走ってくる。
「おまえもちょっとここきて休め。ホストだからって歩き回ってないでさ」
「え? あ、うん」
 べつに疲れてはないんだけどな、と思いつつ言われるままテーブルにつこうとしたスウィップと陽太の視線が合った。
「こんにちは、陽太くんっ」
「スウィップさん、お久しぶりです。そういえば、カナンでも一瞬だけ会いましたね」
「あーあのとき! 陽太くんもあそこにいたんだね」
 みんなの呼び声に応えて浮かび上がったあのとき。初めての意識世界だとかなり緊張して、検閲官たちのイメージでがんばって威厳を出そうとしていたことを思い出して、照れくさそうに笑う。
「やだなぁ。恥ずかしい」
「堂々とされて、かっこよかったですよ」
「陽太」
 こほ、とエリシアがわざとらしく咳をして、自分たちに気づかせる。
 自分たちは面識がないからと、陽太からの紹介をおとなしく待っていたエリシアだったが、どうやら陽太はそのことに気づいていなさそうだ。陽太もそのことに遅れて気づく。
「あ。えーとスウィップさん、こちらは――」
「はじめまして、エルヴィラーダ・アタシュルク……いえ、スウィップ・スウェップ。わたくしはエリシア・ボック、こちらの精霊娘がノーン・クリスタリア、陽太のパートナーですわ」
 もう陽太に任せてはおけないと、陽太が振り返ったことで空いた隙間へずいっと一歩踏み込んで、スウィップの前に立つ。
「銀の魔女さん、はじめまして!」
 エリシアからの紹介に、ノーンが元気よくあいさつをする。
「こちらこそ、はじめまして。
 銀の魔女はやめてよ、それ、あたしのことじゃないし。後世になってつけられた呼び名だから」
 ますます照れ笑うスウィップに、エリシアも「そうですわね」と応じる。
「あなたはスウィップです。こちらの世界の」
「うん。
 エルヴィラーダはあたしにとって……たぶん、前世みたいなものなんだと思う。別世界に生きた……。
 もちろんまだ死んでないけどね。いつか、だれかが彼女を目覚めさせる。あのクリスタルを割って……たぶん、今度こそ、彼女にとっての運命の人が。でもそれは、あたしじゃないの。やっぱりエルヴィラーダなんだ」
「ええ」
 エリシアが同意してくれたことにうれしそうに笑うと、スウィップはあらためて席についた。
 それから、みんなとテーブルを囲って思い出話のあれやこれやに花を咲かせ、笑い合う。そんななか、ジュースを飲んでいたノーンがふとあることを思い出して訊いてみた。
「そういえばイルルヤンカシュさんは? あの子も生まれ変わったんだよね?」
 はたして元が化身であった存在が受肉したのを「生まれ変わり」と称していいものかどうかは疑問だったが、ノーンが何を言っているかは明白だった。
 個としての魂と肉体を得たイルルヤンカシュが、こちらに来ていてもおかしくはない。
「ん? イルルならあっちの草原で見かけたかな」
 スウィップが指差す方向を見て、ノーンはイスから下りる。
「ノーン?」
「イルルヤンカシュさんにあいさつしてくるー!」
「お待ちなさい、ノーン。わたくしも参ります。
 皆さん、途中退席で申し訳ありません。どうぞご歓談をお続けになってください」
 そう言って軽く頭を下げると、エリシアはノーンのあとを追って捕まえて、2人でイルルヤンカシュのいる草原へ向かった。
 会場からそう離れていない、なだらかな丘の斜面で、小さな白い竜が歌っている。
 ――ルルルロゥー

「あー、イルルヤンカシュさんだ!」
 見つけた! と笑顔で駆け寄る。
 かつての巨大な体と違って今はビーチボール大のイルルヤンカシュは、まるまるとした体を小さな翼で浮かせて、ふわふわ飛んでいた。
「こんにちはイルルヤンカシュさん。ワタシはノーン。東カナンでイルルヤンカシュさんとは少しだけ会ったんだよ、覚えてる?」
 ぺこっと頭を下げてのあいさつに、イルルヤンカシュは小首を傾げ、また鳴く。
 ――ルルルルル

「ノーン、おどきなさい。わたくしが通訳をしてあげましょう」
 自身満々、エリシアが龍の咆哮を用いようとするが、ノーンは笑顔でそれを断った。
「大丈夫だよ、おねーちゃん。イルルヤンカシュさんはきっとワタシたちのこと、覚えてくれてるから!」
 ――フルルルルル……ルルルロゥー

「うんっ。ノーンも一緒に歌うね、イルルヤンカシュさん。だってここは風と日差しがすっごく気持ちいいんだもの、歌いたくなるよねっ」
 言葉が通じなくても心は通じるものらしい。お役御免ということで、エリシアは斜面に座り、楽しそうに向かい風に歌っているノーンとイルルヤンカシュを見る。
 すると、草を踏み分けて近づいてくる気配がした。
「おー、やっぱイルルじゃねーか」
 歌声を頼りにやって来たアキラが、イルルヤンカシュを指差して言う。彼もまた、イルルヤンカシュと会えてうれしそうだ。
「しかしよー、イルル。なんだそのチビっこい姿は。いや、かわいいけどさ。おまえ、もっとデカかっただろ? あのとき」
 ――ルルルウ?

 自分を見て、頭を振り振りしみじみと言うアキラを、イルルヤンカシュはつぶらな瞳で見つめる。
「だからさあ、でかくなんねーの? そりゃ今のおまえはそんなチビ竜かもだけど、ホラ、ここ夢んなかじゃん? なれるだろ? でっかくさ!」
 これっくらい! と両手を広げたジェスチャーで何度も何度もそれを伝えてくるアキラに、ようやくイルルヤンカシュも彼が何を言っているのか理解できたようだった。
 ――イルルルルルルルー

 ぽむっと音をたてて、イルルヤンカシュが巨大化した。――といっても、せいぜいが5メートルくらいだったが。
 しかしアキラには十分だったようだ。
「よっしゃあ!」
 歓喜して、さっそく背中によじのぼり始めた。
「動くなよ、イルル!」


 巨大化したイルルヤンカシュの姿は会場からも見えた。
「あっ、羽純くん、あれ!」
 真っ先に気づいた歌菜がそちらを指差す。
「イルルヤンカシュ! イルルだよね、あれ! 絶対!」
 歌菜に言われるまでもなく、羽純もまた、その白い竜がイルルヤンカシュであることに気づいていた。
 興奮して話す歌菜のうれしそうな様子にくすりと笑って、
「そうだな」
 と応える。そして、「イルルは何を食べるんでしょうかっ?」と興奮して、向こうへまっすぐ走って行きそうだった歌菜の手を掴んで止めた。
「羽純くん?」
「歌菜、気持ちは分かるが、俺たちが今何をしようとしていたか覚えているか?」
「あ」
 言われて思い出したように、歌菜は腕から下げたかごを見下ろした。
 かごのなかにはクッキーやケーキなど、かわいくデコレートされたお菓子の小袋が山盛りになっている。
「先にそれを配り終えてからだ」
「うん。そうだね」
「さあ行くぞ」
 イルルヤンカシュ用に1つ残しておこう、と小袋を1つテーブルに戻して、歌菜は羽純と一緒に子どもたちのいるテーブル付近へと向かう。
「みんな! 甘くておいしいお菓子があるわよ! ほしい子はいらっしゃい!」
 「お菓子」という言葉に、オズトゥルク家の子どもたちがこぞって反応した。

「さぁあなたにもあげましょう。
 みんなみんな みんなにあげる
 甘いお菓子をおひとつどうぞ♪」

 歌いながら手渡す歌菜の歌に合わせて、羽純が伴奏をする。そしてお菓子と一緒にと用意してあった飲み物も持って行くように子どもたちに促した。
 子どもの1人が不思議そうに歌菜の腕のかごを見上げている。どうやらいくら配ってもなくならないお菓子に驚いているようだ。
「おねーちゃん、魔女?」
「ん? ふふっ、そうかも」
 ウインク1つ。歌菜はかごに入れた手をパーっと動かして、振りまく動作をした。途端、子どもたちの上にお菓子が降りそそがれる。
「うわーーーっ」
「いっぱいいっぱい、好きなだけ。
 あまーいお菓子をあなたもどうぞ♪」
 驚き、歓声を上げる子どもたちの顔を見て、歌菜はとても満足げだ。
 そしてそんな歌菜を見ることができて、羽純の胸にもあたたかなものが広がった。
「歌菜――」
 羽純が何か言おうとしたときだった。
 歌菜の顔が突然、何かを目にした驚きにはっとなった。
「あ、あそこにいるのはもしかして……。
 クイン・ハーレー女史だーっ!!」
 叫ぶなり、ダッシュで奥のテーブルに駆け寄る。
「わ、私、あなたの大、大大大ファンですっ!! 以前は一緒に物語を作れて幸せでしたっ!!
 こ、ここ、これ、ぜひ食べてください!!
 あ、あとサインくださいっ!!」
 子どもたちを相手にしていた先までとまったく違う、すっかり舞い上がった様子でお手製クレープを押しつけ、さらに本を差し出す歌菜のミーハーっぷりに、羽純は思わずぷっと吹き出す。そしてそのまま耐え切れず爆笑してしまったのだった。