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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

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リアクション

 草原の斜面に座っているフワレを見かけて、シャオは近づく。
「フワレ。そんな所でどうしたの? ――あら」
 近づくにつれて彼が1人でなく、アスハルにひざまくらをしてあげているのだと気づいてシャオは口元に手をあてた。
 アスハルはよく眠っているようだ。手に、歌菜からもらったお菓子の小袋を握りしめているのを見て、思わずくすりと笑ってしまう。ほんの少し前、小袋のなかに入っていたヒヨコの顔をしたカップケーキがかわいらしすぎて、どうしても食べられないことをほかの子どもたちにからかわれていたのをシャオはほほ笑ましく見ていたからだ。カップケーキはまだ残っている。
 アスハルをやさしく見つめるシャオの様子に、フワレが申し訳なさそうに視線をアスハルへ落とす。
「本当にすみません。あなたが帰られたあと、ちゃんと言い聞かせて、理解させたつもりだったんです。
 あんな無礼な態度をとるなんて……」
「あ、いいのよ」あわてて手を振って見せ、フワレの謝罪を止めると、その横へ腰を下ろした。「私はこの子の世界に突然現れたよそ者だもの。ちゃんと理解してるつもり。
 この子たちは本当にオズのことが大好きなのよね」
「……怖がっているんです。親父さんをあなたにとられてしまうんじゃないかって。おれや、おれより上の兄たちはもう家を出てるし、カディルなんか、それこそイスキア姓を返すつもりでいるみたいだし。まあ、カディルほどではないにしても、チビたちだって、いつかは大きくなって家を出るでしょう? 親父さんがいつまでも1人でいるっていうのは先々心配――あ、これ、親父さんには内緒にしといてくださいね。
 たぶん、ほかのチビどもは分かってると思うんです。あなたのこと、そんなに気にしてないと思います。ただ、アスハルは……本当の母親が再婚を境にこの子を育てることを拒否して、ゴミで埋もれた部屋へ放置されていたところを親父さんに拾われて……。だから親父さんにパートナーができて、また同じことが起きるんじゃないかって、怖がってるんです」
「そんなことが」
 とんでもない母親だ、と内心憤るシャオの前、フワレはアスハルの頭をなでる。
「だから、あなただからとかいうことではないんです。普段はちゃんと、礼儀正しくておとなしい子なんですが……」
 きっとフワレの言うとおりだろう。きっとアスハルの不安と拒絶はこのままなくならない。
 シャオは二胡をかまえて、眠りの邪魔にならない、むしろ眠っているアスハルの心を穏やかにするような、ゆったりとした曲を弾き始める。二胡の音色は風に乗って、下の草原で遊んでいるほかの子どもたちの元へも届き、そして会場にいたオズトゥルクにも届いた。
「ここにいたのか。どこへ行ったかと思っていたぞ」
 音色をたどってやって来たオズトゥルクに、シャオは弾く手を止める。そしてフワレから眠るアスハルを引き取って抱き上げたオズトゥルクと並んで立ち、フワレが下の子どもたちを呼び集めてくるのを待った。
「どうした? 考え込んでいるようだな」
「ええ、ちょっと」
 答えたシャオは、少し考え込み、そしてオズトゥルクへ向き直る。
「……あのね、オズ。前々から考えてはいたんだけど、私ね、アガデに行くわ」
「ああ。ぜひ来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「そうじゃなくて。
 セルマのとこから出向くんじゃなくて、アガデで暮らすの」
 シャオの言葉にオズトゥルクの顔から笑みが消えた。これが軽い会話でないと分かったからだろう。
「私、あなたと、この子たちと一緒に暮らすために行きたいわ。
 子どもたちが楽しそうにしてるの見てたら早くそうしたくなっちゃったわ」
 そっと見上げてオズトゥルクの反応をうかがったシャオも、オズトゥルクが笑顔を消しているのが分かる。どう見ても喜んでいる顔ではないことに、シャオはあわてた。
「まだ早い提案だったかしら……? あの……もちろんセルマに話してからよ?」
「それは、さっきのこいつの反応のためか」
 どう答えたものか。シャオは少しの間考え込み、それから口を開いた。
「それもあるわ。その子の不安は、ときどき会うくらいでは消せないものよ。むしろますます不安にさせて、おびえさせてしまうわ。私があなたのパートナーになってもあなたの愛情は変わらないとこの子に信じて、安心してもらうためには、私もそばにいた方がいいの」
 そっと、アスハルの背中をさする。その手を、オズトゥルクは掴んで押し戻した。
「オズ?」
「オレは反対だ。おまえにはもう十分犠牲になってもらっている。これ以上、オレやオレたちのためにおまえに無理をさせたくない。おまえのやりたいことをオレたちのために曲げてほしくないんだ」
 そんなつもりじゃなかった、と暗い目をしているオズトゥルクを見て。シャオは、パン! と彼の胸をたたいた。
「何言ってるの。私は無理なんかしてないし、犠牲になってるつもりもないわよ!
 私がそうしたいと思ったから、そうするの。だからあなたが何を言おうと私はそうするわよ!」
「しかし」
「私が嫌なの。戦いに行くたびにしかめっ面されるのも嫌だし。
 私は子どもたちを守るのに専念して、戦いはオズにお任せするわ。ただし、簡単にいなくならないでね。私にはあなたも大事なんだから……」
 そう言って、シャオはオズトゥルクとの距離をそっと詰めた。その大きくたくましい腕に寄り添う。オズトゥルクは何も言わなかった。まだ難しい顔をしているが、寄り添う彼女を拒絶したりはしないし、去っても行かない。シャオが今言ったことを理解しようと考えているのだろう。
 シャオは前を向いて、目をきらきらさせながらはしゃいで駆け戻ってくる子どもたちを待っていた。



 飲んで、食べて、おしゃべりして、踊って。
 パーティーを満喫した人たちは、思い思いの草原に散って、そこで自然を満喫していた。朱里・ブラウ(しゅり・ぶらう)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)夫妻も例にもれず、食後の軽い運動もこめて散歩に出る。
 朱里の手を引き、先導してゆっくりと歩いていたアインは、草原を見つめるある老人の背中に気づいた。
「あれは……」
 もしかして。
「きっとそう」
 アインと同時に老人に気づいた朱里は、全く同じ結論にたどり着く。
「シラギさん……シラギさんではないでしょうか」
 呼び声に「ん?」と振り向いたのは、あの海辺の小さな村にいた老人シラギだった。
 あれから2年を経て、彼はかなり年老いていた。昔、故あってアエーシュマの石をその身に入れたことで、彼は常人の4倍の早さで年老いる体となっていたのだ。その後、アエーシュマの石は取り除かれたわけだが、その時生死の境をさまよったせいか、それとも石を長らく体へ入れていたことの後遺症かは不明だ。
 しかし、笑顔は変わっていなかった。
「よお。おまえさんたちか」
 にかっと笑う彼の元へ近寄る。
 そこで初めて、シラギの向こう側にいる陽太に気づいた。
「あ、お話のお邪魔をしてまいました?」
 恐縮する朱里に、陽太とシラギがそろって笑顔で首を振る。
「いえ。俺の方はもうすみました。結婚の報告をしていたんです。
 じゃあ、シラギさん」
「うむ。うれしいことを知らせてくれてありがとう。お嬢によろしくな」
 陽太は朱里とアインとも視線を合わせ、軽く頭を下げて、向こうでイルルヤンカシュとともに待つエリシアやノーンの元へ行く。
「こんにちは。おひさしぶりです」
「ご無沙汰してすみません。でも、お元気そうで何よりです」
「いやいや。おまえさんたちもな。会えてうれしいよ」
「それで、シラギさん……村は、あれからどうなったでしょうか?」
 石を求めてドゥルジが村を襲撃し、破壊された村では住むことができず、村人たちは散り散りになってしまっていた。春になったら村を再建するという話は聞いていたのだが、その後、朱里やアインたちもパラミタで次々と起きる事件に巻き込まれて、すっかり村へ来ることができなくなっていたのだ。けれど、いつもこのことが心に引っかかっていた。
「あれからシラギさんや村の人たちはどうしていますか。
 あのときの不安や悲しみを乗り越えて、元気で過ごしているでしょうか」
「う、うーむ……。そうじゃのう……」
 じっと朱里に見つめられ、シラギはぼりぼりとほおを指で掻く。
「あの村は、のうなってしもうたよ」
 きっと以前の姿を取り戻しているに違いない、そんな朱里の希望が見えるだけに、シラギはとても言いにくそうに語った。
 冬の間、息子夫婦や娘夫婦など、縁者を頼って村を出て行った者たちの大半が、村が焼き打ちにあうなどしたことに驚いた家族の説得に応じて、今後もそちらで子どもたちと一緒に住むことを選んだのだ。
「ま、当然といえば当然じゃの。大事な親をそこに住まわせとうないと考えるも当然、殺されかけた場所に戻りとうないと考えるのも当然じゃ」
「そう、ですか……」
 朱里はさびしげに視線を落とした。
 たしかにそう考える人の気持ちも分かる。自分だって、子どもたちがそんな危険な目にあって自分の元へ帰ってきたら、絶対手放したくない、そんな危険な場所にはもう戻らなくていいからここに私たちと一緒にいなさい、って言うだろう。
 だけど、やっぱりさびしい。
(もうあの村は、元のように復興することはないのかな……)
 できることならもう一度、のどかで優しかったあの風景を見たい。
 目を伏せると、あのとき聞いた波の音が聞こえてくる気がする……。
「朱里?」
 アインが驚いた声で朱里を呼んだ。
 目を開くと、草原に二重写しとなって打ち寄せる波の光景が見える。草の波が水の波となり、青々とした水平線が彼方へ広がっていっていた。
「えっ?」
 驚き、見つめている間にだんだんと草原は幻のように消えて、白浜と海原が入れ替わって実体を持つ。
 それは、まさにあの村の海辺で見た光景だった。
「きみが生み出したんだよ、朱里」
 召喚された者はこの世界でそれができることを知っていても、これはとんでもない規模だと、アインは目を瞠らずにいられない。
 そしてそれを知らないシラギは本当に、声も出ないほど驚いているようだった。
「あのときは、そう……かがり火があちこちで焚かれていて」
 アインと2人、夫婦の舞を舞った。夫の生存を信じて妻がかがり火を焚き、それを目印として浜辺へ戻る夫の話。
 朱里は帰神祭の様子を思い出し、胸に描く。
 かがり火、舞台、たくさんのお店と、そして…………村の人たち。
(今となっては幻でしかないかもしれないけれど、それでも、やっぱりもう一度見たいもの。きっと、シラギさんだって)
 そっと盗み見たシラギの面に浮かんだ表情を見て、朱里は確信した。

「うっはー! 祭だ!!」

 後ろの方でタケシの声がした。
 祭に気づいた者たちが、こちらへやってくる気配がする。そして海辺から陸に向かって屋台がずらりと並んでいるのを見て、そちらへ流れるように歩き出した。
 もうすぐ幻でない、本物の人たちの活気があふれるだろう。
 朱里は自分のしたことに満足して、大きく深呼吸をした。それに呼応するように、おなかで内側から小さな足が蹴る。
「そうそう。シラギさん」
「なんじゃ?」
「私たち、あのあと『本当の夫婦』になったんです。今2歳になる子どもが1人いて、年末にはもう1人家族が増える予定」
「ほう! そりゃめでたい!」
「はい。
 シラギさんには、ずっとこのことを伝えたくて」
 くすりと笑って、朱里は先に蹴りを感じた場所をさする。
(まだ生まれてもいないこの子が、ここでの『無意識下の出来事』を見聞きし、認識できるかどうかは分からないけど……できることなら今の幸せな想いを受け取って、覚えていてほしい。
 そして私も、夫や家族とともに、幸せな家庭を築いてゆくわ。
 これからも、ずっと……)
「体を大事にな。
 ああ、おまえさんもこの人のことを、よう面倒みて――」
「シラギさん、あのときあなたは言いました。僕には心がある。それは傍らの彼女や周りの人がくれたものだ。彼らを大切にしなさい。それが僕を護ることになる、と。
 そして今、僕にはかけがえのない、大切な『家族』ができました。
 それは僕にとって『守るべきもの』であると同時に、僕の心の支えとなっている。暖かい気持ちを、世界を慈しむ心を、そして生きる喜びと意志をくれる。
 それを教えてくれたのは、シラギさん、あなたです。
 僕はこれからも、妻や家族を護り、大切にしてゆくと誓います。その暖かな思いが、あなたや人々を含めた、世界を護りたいと願う心に繋がると信じるから」
 アインからの誠実な言葉に、シラギは言葉もなく、静かに涙を流した。
「し、シラギさん!?」
 あわてて手を伸ばすアインに、シラギは何か口にしようとしたが言葉にならなかったようで、ただ首を振るだけだ。
 そして時間を経て、心が静まったあと、シラギはようやく言った。
「ありがとう」
 何のために生きてきたか分からない人生でもあった。何かを求めて新天地パラミタへ渡り、恋人も仲間も失い、人の数倍の早さで歳をとる体となり、日本の家族の元へ戻ることもかなわず、安住の地とした村も失って……。
 だがアインの言葉を聞いて、それらがすべて昇華された思いだった。
 そのためにあったのだとしたら……それでいいと思えた。
「シラギさん、あの……」
「ありがとう……ありがとう……」
 心配するアインの腕をぽんとたたき、シラギは何度となくその言葉を繰り返した。



 流れ込んだ祭で、コアはタケシやリーレンたちと一緒に屋台を見て回っていた。
「いやー、まさかパーティーの締めが日本の祭になるとはなー」
 神輿が海辺へ向かって下りていくのを見ながらつぶやくタケシを見下ろして、ふとコアが言う。
「タケシ」
「んー?」
「こんな場で言うのも何だが……ありがとう」
「――は? 何だ? いきなり」
 思わず振り仰いだタケシは、コアが真剣な表情をしているのを見て、タコやきをもぐっていた口の動きを止めた。
「情けない話だが、私はいつだって周りのみんなに助けられてここまでやってきた。
 そのなかにはもちろんきみたちもいる。ありがとうタケシ、リーレン。これからも何かあれば呼んでくれ。及ばずながら、いつでも、どこにいても、きみたちの力となるために駆けつけるぞ」
「……何言ってんだ? おまえ、死ぬの?」
 タケシの返答に、コアはぷっと吹き出した。
「いや。ただ、きみたちの冒険話を聞いて、言っておきたくなった。それだけだ」
 言うことができてせいせいした、という態度のコアに、タケシはいまひとつ納得できていない様子だ。しかし元来長く悩むタチでないタケシは、「ま、いーか」とすっぱりやめにする。
「んなことより、早く神輿追いかけよーぜ。海へ入っていくクライマックスを見逃す手はないからな!」
 帰神祭がどういうものか知っているタケシは、神輿を追って行くほかの人たちに追いつくべく走り出す。
 その後ろ姿をながめ、今度はリーレンに言った。
「……ふむ、リーレン。
 タケシはあの事件のころに比べて……ずい分と良い笑いを浮かべるようになったと思う。
 私は変わることのない体だが、きみたち人間はすばらしいな。
 よりよく変わるため、いつだって前に進んでいく。
 だから私はきみたちが……人々が大好きだ」
 リーレンもまた、タケシと似たり寄ったりの表情を浮かべてコアを見上げていた。その「コア、あなた何か悪い物でも口にした?」と言わんばかりの顔に、わははと笑って、コアも歩き出す。
 今は聞き流してくれていいのだ。これは、そういう類いの言葉だから。
 ただ、いつか。
 彼らがまた窮地に陥って、深刻な事態に直面したとき。そのときこそ、一条の光となってよみがえればいい。

「見て!」

 と前方の集団のだれかが叫んだ。
 声につられて空を仰ぐと、青い鳥が何十羽と空を飛んでいる。
 それはルカルカがクリエイトした青い鳥の群れだった。
 ダリルはデジタルカメラで通りすぎる人々の姿を撮っていた手を止めて、やはり空を渡っていく青い鳥の姿を見上げる。
 そしておもむろにカメラを持ち上げ、その姿を収めた。
 仲間たちを導いて先頭を行く、小さな青い鳥の姿を。
 こちらの世界での出来事は、一切意識世界へ持ち込めない。記憶にも残らない。
 それでは何をしたところで無駄ではないか。覚えていないのでは、なかったのと変わらない。
 そうつぶやいたダリルに、ルカルカは言った。
「でもでも、良かったっていう感覚とか、幸せな気持ちは消えないよ」
 感覚的なものだから。
 何もなくても幸せ。何も起きないから幸せ。そんなふうに感じることはある。
 半信半疑ながらもダリルはパーティーでの写真を撮り、それを仲間たちやスウィップに渡すことにした。
「ありがとう」
 礼を言って受け取ったスウィップに言う。
「写真は記憶に残らないかもしれないが、幸せな気持ちは……って、これ、ルカのセリフじゃないか」
 最後まで言うことができず赤面したダリルを、ルカルカがニヤニヤしながら後ろから見つめていた。

 スウィップはそこに映る笑顔の人たちを1枚1枚見て、写真の束を胸へと押しつける。
 目じりににじんだ涙を笑顔でこすりとって、言った。
「みんなの記憶には残らない。みんなはここを出たら忘れちゃうだろうけど……だけど、ここにいるあたしは、ずっと今日のことを覚えてる。
 みんな、楽しい思い出をありがとう! また……また、会おうね、絶対!」

 








『ようこそ! リンド・ユング・フートへ5 了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。
 当シナリオにご参加いただきまして、ありがとうございました。

 執筆中、さまざまな想定外の要因から、このようにずるずると公開まで遅延を重ねる結果となってしまいました。
 大変申し訳ありません。
 また、今回たくさんのNPCへのお言葉、楽しいアクションをいただきました。そのすべてを盛り込もうと頑張ったのですが、力及ばずすべてを盛り込むことができませんでした。そのことも併せてお詫びいたします。

 大変恐縮の限りですが、ほかのリアクションもできるだけ近日中に公開させていただく気持ちで頑張っています。



 ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 それでは。また。


※11/19 文言の一部を修正、訂正しました。