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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~
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リアクション



2030年10月31日


 人形工房の扉を開け放ち、七刀 切(しちとう・きり)は言い放つ。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと――」
 が、言い終わる前に、ずい、とラッピングされたクッキーが差し出された。
「……手慣れてますね?」
 なんとなく釈然としない気分になりながらクッキーを受け取り、無言無表情で渡してきたリンスを見る。
「毎年やってればね」
 淡々とした返しに、ですよねー、と切は頷く。
 葦原明倫館を卒業して、もう何年か経つ。
 地球に帰るという選択肢もあったが、切はパラミタに残ることを選んだ。今は、妻やパートナーと暮らしを共にしながら、冒険屋ギルドの一員として世界中を飛び回る日々だ。
 それなりに忙しい毎日を過ごしつつ、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)と共にちょこちょこと人形工房に顔を出すことは変わらない。そして、今日は特別だ。音穏がクロエと出会い、少しずつ何かが変わり始めた日。音穏にとって、また切にとっても大事な日なのだ。
 だから、どんなに依頼が立てこんで忙しくてもこの日だけは工房に来ていた。
「でもワイ、もうちょっとリアクションが欲しいの」
「俺にリアクションを求められても」
「間違ってますよね、すみません。……あ、忘れるところだった。これ、今回のお土産」
 と言って、切は仕事で訪れた先の奇妙な置物をリンスに渡した。木彫の置物なのだが、ひどく独創的なデザインで、もはや何が作りたかったのかわからないような物体だ。リンスは無表情のままそれを見ると、そっと棚の中にしまった。いっそ嫌な顔をされた方がましなくらいのあからさまな拒否だった。
「置物なのに置いてくれないとか酷くない」
「七刀はあれを家に飾ることができる?」
「物置になら?」
「…………」
「冗談冗談。本当のお土産はこっち! だからそんな微妙な顔しないで!」
 言いながら切が取り出したのはまたも置物で、けれどこれもやはりちょっと微妙だった。リンスもそう思ったらしく、微妙そうな顔をしている。ただ、今度は片付けられない。さっきのよりはマシだったということだろう。
「名物って言われたから選んできたんですけどね?」
 ただ、センスを疑われるのは心外なので、セルフでフォローをしておいた。やっぱり、微妙そうな顔をされた。
「なんだよぅ。本当に名物だったんだよぅ。町のあちこちに飾られててさあ……」
「町のあちこちに、これが」
「魔除けらしい」
「……町のあちこちに?」
「日本でいうところの鬼門がどーたら」
「よく無事で」
「魔除けのおかげだね! だからリンスも安心して飾るといいよ!」
「……ありがとう」


 なんて、騒々しくやっている二人を尻目に、音穏はクロエに笑いかけた。
「奴らは相変わらずだな」
「ふふ、そうね。切お兄ちゃんが来ると、賑やかで楽しいわ」
「クロエがそう言うならいいが」
 呆れたように肩をすくめる音穏に、再びクロエが微笑んだ。それから思い出したように、音穏の服を引っ張る。
「ねぇ。今日はまだ、聞いてないわ」
 上目遣いに見つめるクロエは可愛らしく、音穏の口角が自然と上がった。
「ああ。ただいま、クロエ」
 ここに住んでいるわけではないけれど、クロエにはこう言うのが一番しっくりくる。今日は、出だしから切が飛ばしていたからついそちらに釣られてしまったけれど。
 クロエは、音穏の言葉に嬉しそうに笑った。
「おかえりなさい、音穏ちゃん! ねぇねぇ、今回はどんなところへ行ってたの?」
「うーん……なんというか……変な町だったな。閉鎖的で、ホラーやミステリーに出てきそうな町だった」
「やだ、怖い」
「クロエはホラーが苦手だったな」
「だって、びっくりするんだもの。大丈夫? 怖いことはなかった?」
「大丈夫だ。この通り無事に帰ってきた」
「良かった」
 そのまま話の流れでお土産を渡していると、切に呼ばれた。仮装タイムだ。切は忙しいにも関わらず、この日は必ず手作り仮装グッズを用意してくる。確か去年は吸血鬼で、コウモリ羽をつけたクロエがとても可愛かったことを覚えている。
 さて、今年はなんだろうか、と用意された鞄の中を見ると、
「これは」
「ふっふっふ。初心に帰ってみました!」
「黒猫さんね!」
 猫耳と、しっぽと、黒尽くめの衣装があった。
「着替えましょ!」
 とクロエに手を取られ、クロエの部屋に入って着替えを済ませる。
 鏡に映った自分を見ながら、抵抗なく着てしまえるあたり我も慣れたものだ、と思う。だって、クロエと揃いの衣装だし、クロエが嬉しそうにするから仕方がない。
「わぁ。音穏ちゃん、可愛い!」
 けれど、クロエに可愛いと言われると気恥ずかしくなった。クロエはよく人を褒めるが、自分が褒められるのは未だに慣れない。
「クロエも可愛いよ」
 それでも、さらりとこんな風に返せるようになったけど。
 着替えを済ませたクロエの手を握り、音穏は微笑みかける。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
 笑い返すクロエを見て、音穏は心から願う。
 こうやって笑い合える幸せが、いつまでも続きますように、と。