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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第1回/全5回)

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イルミンスールの冒険Part1~聖少女編~(第1回/全5回)

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 研究者になりすました生徒は、他にも複数人いる。
 神名 祐太(かみな・ゆうた)は事前に見学して調べておいた研究員の服装で潜入した。
 裕太は研究員には不自然ということで、自前のワンドもイルミンの制服も持ってきていないのだが、その研究員の服装というのが手に入らなかったため、それっぽく見える自作品で代用せざるを得なかった。遠目に見れば分からないだろうが、近くで見れば違うローブなのが一目瞭然だろう。それに話せばバレると思っており、研究員とは接触しない方向で動いていた。
 幸い囮や聖少女周辺が派手に動き回っていたせいで、探そうとでもしない限り通路を歩いている限りそうそう出会うこともない。出会った相手も大抵死体となっていた。
「とりあえず発見次第、何でも鞄にはいるだけ詰めてこう」
 我ながら自分らしくないなとは思う。利益にならない人助けなんて性に合わない。
 が、彼は生物部に入部しているだけあって、生物への憧れは強い──だからこそキメラが気に入らない。
 パートナーのシャルル・ピアリース(しゃるる・ぴありーす)は、その様子を遠くから隠れて見ている。彼女の方は祐太と違っては変装していない。彼に何かあったときの囮兼護衛役として来ていた。
 しかしやはり、大した手がかりは見付からなかった。大方破壊し尽くされているからである。

 島村 幸(しまむら・さち)ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)は普段の白衣姿でなりすまそうとした。
 幸の方はというと、白衣にゴム付き靴、縄と布を担いで、研究者というより作業員風にも見える。彼女は(男に見えるがれっきとした女であると主張している)まず、研究員を物陰から襲った。その研究員を縛り上げる。2回繰り返して二人分のローブと身分証を奪うと、焼け焦げた無人の部屋に放置した。
「これで大丈夫そうですね」
 二人は探索を開始する。監視カメラに気を配りながら、開かない扉はピッキングで開けていく。部屋が開いたら、幸は入り口で待機、ガートナが資料を鞄に詰め、その辺を持参したカメラで撮影したり、メモを取ったりしていた。
「こんな大規模な施設、何か背後組織があるはず……それさえ突き止めれば……」
「その辺はイルミンスールの校長にでも任せましょう。餅は餅屋といいますからね。私は研究者でも所詮はローグ、検証は専門家に任せたほうが効率的かつ現実的です。調べたら何か出てくるかも知れませんよ」
 ぺらぺらと紙の資料をめくりながら、幸はガートナに返答する。
「まぁ、ゆっくり調べてる暇もないですし。次の部屋に行きましょうか? 欲張って捕まえられたら元も子もないですからね……おっと、誰です」
 資料から顔を上げた幸は、部屋の隙間から中を覗いている少女に近づき、扉を開けると同時に中に引き込んだ。
 ばたん、とドアが閉まる。ドアに背をつけた少女は、彼女は自分を研究員だと思ったのだろう。
「お疲れ様です」
 と、言った。中学生くらいの少女だった。背も低く、細身。全体的にかなり小柄な印象で、白衣を着て変装しようとしているが、研究員というには少々無理がある。
「研究員じゃないですね」
 少女は眉をひそめると、幸の後ろで資料をあさっているガートナの姿を認め、
「何だ、同類かよ」
 プラチナブロンドの髪をポニーテールにした美少女の口から出たぞんざいな口調に、一瞬鼻白む。
「同類? 生徒ということですよね。あとあなた……女の子ですか?」
「女だよ。見てわかんねーの?」
 見て分からない幸の心にぐさっと言葉の矢が突き立つが、ここは大人の余裕を見せるんだと自分を落ち着かせる。見たところ、彼女に悪気はないようだ。
「ええ、分かりますが……取り乱して失礼しました」
「私はミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)。良かったよ、槍も鎧も置いてきちまってたんだ。そっちは見るところローグさんかな」
 ミューレリアは書類棚を眺めた。目的のファイルを抜くと、ぱらぱらとめくり始める。
「あなたも資料が目的なんですか?」
「資料っていうか、いわゆる“悪事の証拠”ってヤツだよ。……よしよし、あった」
 研究所の人員名簿を見付けて目を通す。必要なところだけ破り取ってポケットに入れた。
「ここには一人で?」
「こういうシゴトに強い人間がいた方がいいだろう? 探してたんだ。やっぱり向いてないな」
 潜入を決めたのはいいが、事前にどんなロックが情報にかかっているか分からない。持ってきたナイフ一本で、扉やパソコンのロックの解除の方法を聞き出すのは大分手間取ってしまった。ここに来るまでに研究者はかなり死んでいたし、生きているのが下っ端では意味がない。
 パソコンを立ち上げる。聞き出したパスワードで、操作画面を呼び出す。
「何を調べているんですか?」
「会計とか」
 簡潔に答える。見た目と外見も反しているが、おおざっぱな口調や仕草に反して思考は細かい。
 書類を入れたばかりの白衣のポケットからUSBメモリを取り出すと、差し込んで、ファイルをコピーする。コピーしながら開いた情報に目を通す。
「全部は駄目みたいだな……肝心なところは上位のパスがいるみたいだぜ」
「会計の流れを調べるには時間がかかります。持って帰ってからにしましょう。今ある情報でも、黒幕が分かるかも知れませんし」
 ガートナがミューレリアの意を汲んで、話しかける。
「そう、資金提供がどこかだな。それに、どこかとキメラを売買してるかどうかも分かるかも知れないぜ」
 莫大な研究費をかけてキメラを造ったところで、使うアテがなければそれは赤字の産物でしかない。使う目的があるか、或いは商売として造っているか。単なる知的好奇心という可能性もなくはないが、それを集団で、別のことでカモフラージュしてまでするものだろうか?
 ──と、その時、研究所内に警報が響き渡った。日本でよく聞くサイレンとは少し違うが、危機感をあおるような高く不快なビービーという騒音だ。
「何かあったのか……」
 三人は顔を見合わせ、廊下に出た。

「ぅんふふふ〜♪ミッションスタートよ、エレノアちゃん。私のコードネームはレディ・スネークねぇ〜」
「あ、エレノアはビューティ・スネークがいいのです」
「あらやだ、自分でビューティとか言わないの。確かに美少女だけど〜、ビューティって言うよりキューティよね?」
「マヨネーズの赤ん坊みたいでイヤなのです」
 巫丞 伊月(ふじょう・いつき)エレノア・レイロード(えれのあ・れいろーど)も、幸達と同じように、研究員から奪った制服を着て、脅して聞き出した資料の場所──研究棟の上方の階──に向かっていた。
 脅された方の研究員は現在、焼けこげた部屋に恥ずかしい格好で縛られ、転がされている。額の上には伊月の手で“プレイ中♪ 罵って放置してください”と書かれた張り紙がされていていかにも哀れだった。
「これでオッケーね」
 伊月はキメラの研究資料があるという部屋の扉を研究員から奪った鍵で扉を開く。三十畳ほどの広さの部屋には、木製の棚がずらりと並んでいた。どの棚にもぎっしりと書籍やファイルが詰まっている。部屋の隅に机が置いてあり、検索用のだろうか、端末が一台乗っている。
「さぁて、この情報をどこに売ろうかしらねぇ……イルミンスールでいいかしらねぇ」
「……はいはい、いいから黙って動きやがれ、なのです」
 エレノアはうきうきした様子のパートナーに冷たく言い放つ。
「冷たいわねぇ」
「エレノアは下等生物と違って潜入とか工作とかできないのです。楽そうなシゴトするのです。見張っててやるからさっさと探してこいなのです」
 エレノアは入り口に近くの椅子を引き寄せて座る。それを微笑ましく眺めてから、
「はいはい、分かったわよぉ」
 伊月は資料の背表紙を指で辿りながら探していった。合成獣どころか魔法も専門外の分野だが、それらしいタイトルを見付けては中身を確認する。
「ん〜、よくわからないしぃ〜根こそぎでもいいのかしらぁ?」
 語尾に、ビービーという大音量が被さる。
「どうしたのかしら?」
「……下等生物、あれ見るのです」
「なぁにい?」
 ごく細く開いた扉から外を見ていたエレノアが、呼びかける。天井の一部の煉瓦が光って、周囲に赤いランプの光をぐるぐるまき散らしていた。エレノアの指さした先にはこそこそと足早に歩いていく研究員達の姿がある。
「研究員がどうかしたの? こっちは忙しいのよぅ」
「やっぱり馬鹿ですね。今研究所の戦力は形勢が悪いのです。行く場所といったら逃げるか、それとも大事な何かがあるかです。どっちにしても後をつける価値はあると思うのです」
「そうねぇ、資料も重そうだしねぇ……はいこれ持って」
 数冊の資料をエレミアに渡し、伊月は頷いた。
「行ってみましょうか」
「それがいいのです」
 資料を持ち出し、研究員の後をこっそりと追った。もっとも、こっそりしなくても気付かないほど彼らは慌てていたのだが……。

 警報の音に気付いたのは、アレフ・アスティア(あれふ・あすてぃあ)レイ・レイニー(れい・れいにー)もだった。研究所の目的解明及び情報収集をしつつディルの救出をしようと、あちこち歩いているときに、突然天井の一部が光り出したのだった。
「何が起こってるんでしょうか」
「どうしよう、何か嫌な予感がする……」 二人は周囲を見回す。
特別な変化が他に起きたわけではなかったが、何となく空気がピリピリするのを、レイは感じていた。

 その時、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はキメラの研究サンプルを探して、研究棟の別棟に辿り着いていた。
 カイル達が囮になっている間、イルミンスールの利益になりそうな資料を求めて、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共に訪れたのである。魔法で警備員を揺動して戦闘を避けつつ、研究員を捕まえて脅し──ボクの親友気が短いから、早く言わないと腕の一本も切り落とされちゃうよ──やって来たのがここだった。
「ここでいいんだよね」
 別棟に入ったところにある、地下に通ずる階段と、その奥に見える頑丈そうな扉。
「どっちに行けばいいのかな、扉って鍵なくても開くのかなぁ」
「カレン・クレスティア、そこは開いている」
 ジュレールが黒いフードの下から、目の前の扉を指さした。扉も中も暗かったのでよく分からなかったが、確かにごく僅かに扉は開いていた。
「ホントだ。ジュレ行こう」
 迷わず、カレンは重い扉を押し開き、闇色の空間に足を一歩踏み出した。入り口の薄暗い照明と、薄い支子色の髪がぼんやりとした明るさを部屋の中にもたらした。
「……これって……」
 獣のような、すえたような、奇妙な臭いが鼻を突いた。
 通路の片側には、檻が並んでいる。近づいてみてみるが、部屋の手前の檻は扉が開きっぱなしになっており、中に汚れた布の塊のようなものや藁の束、それに動物らしきものの骨が転がっていた。
 そっと進んでいくと、研究員の声が奥から響いてくる。
「怯えるんじゃない、大人しくしていろ!」
 何やらキメラに対して指示をしているようだ。
「お前達、所長に報せに行け」
「はいっ」
 足音が近づいてくる。カレンとジュレールは開いている檻の奥、暗闇の中にうずくまる。嫌な臭いが染みつきそうで、カレンは思わず顔をしかめた。どう考えてもここはキメラが飼われていた檻だ。
 数人の研究員は目の前の通路を二人に気付いた風もなく駆けすぎていくと、入り口の横で曲がった。
「……曲がった?」
 二人が確かめに行くと、暗くて見落としていたが、入り口のすぐ脇に上へと続く螺旋階段があった。どうやらこの上に所長がいるらしい。
「所長室っていうと、きっと重要な書類とかあるよね?」
「無茶はしないでくれたまえよ」
「きっと……ていうか絶対あるよ、うん、行こう!」
 既にジュレールの言葉など耳に入っていない。カレンはポケットに拾った藁や骨を突っ込み、勢いよく立ち上がった。