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リアクション
その頃、救出班の羽瀬川 セト(はせがわ・せと)は警備兵の服を着て、エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)と堂々と施設内を歩き回っていた。勿論その警備服は奪い取った物である。中身は気絶させて倉庫に監禁してある。
「貴様見ない顔だが?」
途中警備兵に呼び止められても、
「新人です〜」
と言ってやり過ごす。ちなみにエレミアは警備服は着ていない。実年齢はともかくどう見ても少女にしか見えないので、魔女の短衣を着ていた方が確かに場所には似つかわしいだろう。
「どこにいるのかのう」
「開かない扉が気になりますね。警備室からも開けないとなると研究員の方でしょうか……っと、電話だ」
電話の主は倉田 由香(くらた・ゆか)とルーク・クライド(るーく・くらいど)。救出班に参加した最後の一組である。彼女たちは聖少女護衛の面々がつくった赤黒い通路を慎重に通り、まだ手の付けられていない扉をピッキングで開けている。
「倉田だよ。二階を見て回ったんだけど、こっちは普通のというか、うろついてるキメラの研究成果だけみたい」
由香の足元には気絶してのびた研究員がいる。説得してみようとしたが拒否されたため、やむを得ず実力行使に及んだのだ。ディルが研究材料になるなら、あなたもそうならないとも限らない──研究員に会う度にそう言ってみたが、そんな考えなど一笑に付したり、恐怖政治が敷かれているのか激しく拒否する者もいた。
彼女たちが今いる場所には、パソコンが載った机が並んでおり、机の上のみならず壁の棚にも紙類が詰まっていた。パソコンの中身を見れたらよいのだが、あいにくパスワードは知らない。立ち上げても、一般的なアプリケーションだけで、情報がありそうな部分をクリックしてもパスワードの要求画面が出てしまう。
「中に、研究所の地図とかがあるから、念のため画像で送るねっ。あと、カードキー手に入れたから、一緒に行こう。螺旋階段で待ち合わせね」
由香が電話を切ると、ルークが関係なさそうな書類を燃やしているところだった。
「関係ない書類は燃やしちまっていいんだよな」
「うん。でも重要なのまで一緒くたにしちゃ駄目だよ」
「いつまでもガキ扱いすんなっての。分かってるよ」
「まだガキじゃないの」
ドラゴニュートの年齢は人間には区別が付きにくいが、ルークはまだ若干10歳だ。彼を子どもと言えるほど、由香も大人ではないが。
電話を受けた方のセトは送られた画像を見つつ、螺旋階段で二人を待つ。
最上階の踊り場には、他の階よりも大きな両開きの入り口が待っていた。由香がカードキーで扉を開く。
四人の眼前に開いた空間には、奇妙な物体があった。壁を埋め尽くす、色とりどりの石が埋め込まれたコンピュータのような機械。
中央には、薄緑色の透明な、硝子のようなもので作られた巨大な円筒。
基部からは、木の根のようなものが伝って床に沈み込んでいる。円筒の上部も同じように、天井に根を張り巡らしていた。
まるで試験管だ、とセトは思った。その試験管のようなもの中には液体が満たされ、そして──エルミティから話に聞いていた容姿の男が浮かんでいた。
「ディルだ!」
四人は試験管に魔法をぶつけ、或いは物理的に殴りつける。何度か叩くと、中央がひび割れた試験管は、ばりんと音を立てて砕け散り、独特の臭いを放ちながら液体を床にぶちまけた。
液体にさらわれた視界が元に戻ったとき、ディルは試験管の底でうずくまり、げほげほと激しくむせながら、肺の中から沼の色をした液体をはき出していた。
「ディル……ディル・ラートスンじゃな?」
エレミアが問いかけると、彼はべったりと張り付いた黒みがかった焦げ茶色の頭で無言のまま頷いた。
しばらくしてようやく落ち着くと、彼は顔を上げた。焦げ茶色の瞳はまだ焦点が定まっていない。
「君たちは……?」
「エルミティの頼みで助けに来たのじゃ」
「ということは、……良かった、エルミティもあの子も無事だったんだね……」
びしょぬれのローブの裾で顔を拭い、ディルは安心したように息を吐いた。
そこに、ディルの姿を探していたユーミ・ミレミリアム(ゆーみ・みれみりあむ)とヒナ・ライムライト(ひな・らいむらいと)がやって来る。囮のカイル達はおろかディル救出の生徒達も囮の代わりにして、こそこそしながらディルを探していたが、最上階の扉が開いたのでやっと辿り着いたのだ。
「ヒナくん、“ヒール”をディルくんにお願い」
「はい」
ヒナがディルの傍らに跪き、癒しの光で包み込む。ユーミはその様子を横目で見ながら、先に辿り着いていた四人に、
「さてと、私達は彼を聖少女のところへ運ぼうと思っているんだけど、どうかな」
「その聖少女ですけどね、先にイルミンスールに帰りましたよ。キメラを倒したい人たちは残ってるみたいですが」
セトは頬をかきながら答えた。階段を登る途中、彼女と彼女を守ることだけを目的とした人たちは、急ぎ足でイルミンスールへと戻っていったのだ。
「ええっ、何で?!」
ユーミは憤慨したように頬を膨らませた。
「キメラで実験なんかする奴らを叩きのめしに来たと思ったのに! そうだディルくん、聖少女って何なの? ディルくんの目的は?」
ヒナに支えられて上半身を起こしたディルは、ゆるゆると首を横に振った。
「僕の目的は、ただ研究所で働くことだけで……人体実験を止めたかっただけなんだ。聖少女とかについては、僕にも詳しいことは分からない。とらわれている彼女のことをエルミティに相談したときに聞いたんだよ、ザンスカール家に伝わる伝説に出てくる聖少女っていう存在じゃないかって」
ディルは両腕をユーミとヒナに支えられ、外に運ばれながらふと気付いたように、周囲を見回した。
「あれ、ここには他には誰もいなかったのかい? 僕で実験しようとしていた所長達は……」
「誰もいなかったよ」
由香の返事に首をひねるディル。そのまま彼は護衛されながら、研究所の外へ運ばれていった。
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