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リアクション
そこは小さなホールだった。上に続く階段が、両側の壁を伝うように手前に延びている。階段はそのままぐるっと壁を蔦のように這いながら、上へと伸びていった。中央は吹き抜けになっており、階段の所々に規則正しく設けられた踊りには扉が見える。
窓はなく、壁に添って点々と、燭台が規則正しく並び、蝋燭の先で小さな炎が揺らめいている。
そしてホールの吹き抜けの真下、臼倉闇の中で一同を待ちかまえていたのは、先ほども遭遇したライオン型キメラの他、森に棲むあらゆる獣を組み合わせたような異様な風体の獣たちだった。どこかから監視カメラにでも見られていたのだろう。
暗闇の中油断なく目をこらす。キメラとは別の気配を目の前の階段に感じて、
「誰です!」
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が気付くやいなや、その方向へカラーボールを投げつける。続いて、
「ヒャッホー、こんなん楽勝だぜ」
エルが、腐った卵をパートナーのホワイト・カラー(ほわいと・からー)と一緒にそちらへ投げつけた。女性はするのも嫌がりそうな行為だが、機晶姫だからという理由だけでなく、ホワイトは至って積極的だ。大切なエルが、ちびの事ばっかり気にするのが気に入らないので、パートナーとしての力を見せてやるつもりだ。
ちなみにカラーボールも腐った卵も、研究所にゆる族がいた場合、“光学迷彩”で隠れて不意を突かれる可能性があるので、用意したものだ。
気配の方向にいたのは、ローブを着た研究員たちだった。彼らは階段上から自分たちを見下ろしたまま、ひょいとそれらをかわすと、片手を上げた。同時に、キメラ達はじりじりと扇形に広がった。飛びかかる構えを見せる。三人も、キメラの群れに向かっていく。
セリエは叫びながら、
「騎士道大原則一つ! 騎士は敵に背を向けてはならない。向けるは士道不覚悟で切腹! って地球の書物にあったけど何のこと?」
自分にツッコミながら、槍を突き出す。人間の美徳をちびに見せることが、成長にプラスになるはず。ならば態度で見せなければ。
「やらせはせん、やらせはせんぞ!」
セリエの上、天井スレスレを、声を少し震わせながら、箒に乗った譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が飛行しながらキメラの群れに突っ込んでいく。ちびを元気づけるために意気揚々とした振りをしていた大和だが、内心奇襲が怖くてたまらないのだ。
「くそっ! いたいけな少女も守れないで何が騎士だ! 何が女好きだ! 手前ぇら! 俺の聖少女に触るんじゃねぇ! 俺の恋路を邪魔するやつは、ドラゴンに蹴られてまた来週!」
パートナーのラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)が彼を見て叫ぶ。
「大和ちゃん、落ち着いて! 意味が分からないよ!」
叫びながら、銃型の光条兵器で狙いを定めつつ、前に飛び出して同じく敵を迎撃しようとする。
獣の咆吼と、人の叫び声が入り交じりながら戦闘は始まった。
暗闇に、炎や雷が局所的に咲き、花火のように僅かな間だけ周囲を照らす。けして広くないホールは、炎の熱と、人と獣がうごめく熱気に満たされ、灼熱の中に放り込まれたようだ。
キメラはともかく、パートナーを持たない人間──地球人だけでなく、いわゆるシャンバラ人を始めとしたパラミタの種族たちは、契約者達に比べ、力を持たない。敵を殲滅するべく意志を固めた学生達の前に、老若男女の研究員達は抵抗する術がない。キメラがその力の代わりであれば、キメラさえ屠ってしまえばもう、小学生と大人の差があったとしても、無力だった。敵の殲滅を旨とした生徒達は多く、剣に貫かれ、魔法に焼かれ、物言わぬ肉塊となる。
戦闘の形勢は生徒側に有利になるかと思えた。が、その時、ちびがぶるりと身体を震わせて、階段を見上げた。
いつの間に姿を現していたのだろうか、研究員達よりも更に一階分高い場所に、暗闇にとけ込むようにして女が一人立っていた。長い黒髪に、まとった黒いワンピースのようにも見える布きれ。白い肌だけがぼんやりと浮いている──例の黒髪の女だった。
殿にいてちびを守るように戦っていた安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、パートナーのクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)に、
「エルさんを頼みますね、クレアさん」
「は……はい……でも、手当と応援くらいしかできないですけれど……」
クレアはおどおどと頷く。いつものことだと和輝は振り返らずに階段を駆け上がる。彼の姿を認めたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)も機晶姫メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)を連れてその後を追う。
和輝は黒髪の女と距離を取りながら、問った。
「あなたが噂のキメラ使いですか。何をしに来たんですか」
「卿よ、無駄だ。聖少女の合成を喜んでするような奴らだ──ファイエル!」
エリオットの独特の掛け声と共に、細く搾った火の線を三連射する。
にたり、と黒髪の女は気味悪く笑うと、自らの黒い服で全身を覆った。炎は布の表面に焦げを作っただけである。
「メリエル、目標を殲滅するっ!」
メリエルは叫ぶと、駆け抜けて二人を追い越し、黒髪の女に向かって剣を振りかぶった。
エリオットは火術を再び同じように、別の位置を狙って放ちながら、心中で呟く。
──人と人以外の生物との合成が禁忌だというのならば、人以外と人以外の合成がなぜ禁忌にならないというのか。そもそも合成という時点で、それは他の生命に対する冒涜というものではないのか。……いや、私にそれを言う資格は無いか。魔法薬を作る際に使う薬草という生命を混ぜ合わせている時点で、生命を冒涜しているのだからな……。
黒髪の女は踊りのステップを踏むように軽やかに後退すると、階段の手すりに飛び乗った。なめらかな手すりをそのまましゅるしゅると滑り降り、ホールの石床に降り立ったかと思うとちびの目の前に立つ。
年の頃なら二十歳前後だろうか。近くで見て初めて分かるが、年齢こそ違うが、彼女の顔立ちはちびによく似ていた。
“聖少女護衛隊”とは別に聖少女を守るべく動いていた面々が、彼女を中心に庇うように囲む。
女は動じることもなく、形だけなら可憐な唇を開いて、
「私と一体化せよ」
と言った。
「一体化……?」
ちびを背中に、自分の身体を盾にしランスを脇で支えながら、菅野 葉月(すがの・はづき)が聞き返す。
「研究所を抜け出しながらまた戻ってきたのには、何か重大な秘密があると思っていましたが……。何か知っているのですね」
女はだが質問を無視して、ずいと近寄った。
葉月と同じく女騎士の八神 九十九(やがみ・つくも)が箒に立ち乗りして、その横の空間に並ぶ。
「ホントはキメラと戦いたかったんだけどなぁ。ま、どこまで自分の力が通用するのかやってみようかな」
今回の作戦唯一薔薇の学舎の生徒・サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、ちびに少しだけ振り返ると、
「ごめんね。見たくもないものを見せちゃうと思うけど……少しの間、目をつぶっていて。終わったらクッキーとチョコレートがあるからね」
言って女に向き直り、ダガーを抜く。
「一人か…随分大きく出たな。出来損ないのキメラを従えた程度で僕達に勝てるつもりか? それともそんなことも解らない程貴様は愚かなのか?」
何か情報が引き出せないか。ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)は女を挑発してみる。女はあっさり、嘲笑した。
「出来損ないだと? ……笑わせる、キメラが出来損ないと言うなら、そこの貴様らが聖少女とか呼んでいる女も一緒ではないか」
「何を言っている、究極のキメラとやらの実験材料として使うのだろう? 遺跡で発見された聖少女ともなれば、研究対象として申し分ない筈。それをあっさり実験材料にするなど、同じ研究者としてセンスを疑うな」
ブレイズ自身、疑っていた。センスをではなく、彼女らの真意である。研究所とこの女の目的は同一なのか、そして本当に実験材料として聖少女を使おうとしているのか──。
「研究者などどうでもよい。我らは出来損ないだからこそ、一つにならねばならぬ。元々我らは三体で一つのもの。逃れる術などあるものか……!」
女は眉をつり上げた。右手が動くと、女を庇うように空から鷲の翼を持ったライオンのキメラが一体、舞い降りてきた。振りかぶられるライオンの爪の一撃を葉月がランスで受け止め反撃し、その隙を狙うようにサトゥルヌスがダガーを繰り出す。
そのまま戦闘になった。
葉月に惚れているミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は、彼女がちびを庇うのが面白くないが、さりとて嫉妬で彼女達を危険に晒すのも不本意だ。
「帰ったらステーキか何かおごってもらうんだからねっ!」
ミーナの横に後退したブレイズと入れ替わりに、ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)が前に出て、剣を振るう。
九十九は“バーストダッシュ”で加速し、女の側面からランスチャージを試みた。が、女の動きは速かった。
「うわぁっ!」
ランスの先は女の服の一部をを引っかけたまま壁に激突する。重力がかかる。ランスを支えていた身体ががつん、と壁にワンバウンドした。そっと目を開くと石壁の割れ目に突き立ったランスに宙づりになっており、足下に箒が転げ落ちていた。
床に降り立ちランスを引き抜いたとき、目の前に異様な光景が広がった。そして自分にも。
「何だよこれ!」
女は、両手を胸の前で組んでいた。祈りのように見えた。
そして呼応するかのように、見る間に、彼女の周囲にいる者達の肌が急速にしわがれ、血管が浮き出て、鼻につく臭いを放ち始める。機晶姫であるロージーの表面すら、赤茶けた錆が浮き、ひび割れ始める。
「……嫌、もう誰も死なせたくないのに……」
後方で回復要員として待機していた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、予想外の光景に震える唇を噛みながら、葉月や九十九ら前衛に駆け寄り“ヒール”を唱えた。しかし神の癒しの力の顕現である“ヒール”すら、その不思議な現象を止めることはできなかった。癒しの光を放つ自分の手も同様だ。
「僕はもう駄目なのかな」
気弱に呟くサトゥルヌスの言葉に、絶望すら覚える。
祈りすぎたのだろうか、くらりと傾く視界に、唯乃はこれ以上は無理だと詠唱を止めた。用意しておいた消毒薬を膿み始めた部分に吹きつけ、ガーゼを当て、包帯で固定する作業に移る。しかし自分でもやっていて、効果がある気がしてこない。目の前の光景が一瞬、嫌な思い出と重なる。
「唯乃、しっかりするのです」
叱咤するパートナーの声が聞こえた。
「唯乃は私が守るのですよ」
エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が横で雷術を放っている。その光はもう弱々しく、見れば彼女も床に両膝を突いている。
周囲に漂っているのは腐臭だった。
「どうする。このままではお前に騙され、お前を守ろうとしている者は、皆死ぬぞ」
女は平然とちびに一歩近づいた。ちびだけはその力の影響を受けていないらしい。女もそのことを当然のように受け止めている。
しかし。
「だめぇー!」
ちびが、叫んだ。
彼女の身体から、瞳や髪と同じ白銀の光が放たれたかに見えた。
そして。
「痛みが消えてく……」
みるみるうちに、崩れた皮膚が元通りになっていったのだ。
黒髪の女の唇が歪んだ。
「私を拒否するか。ならば、遺跡で眠るもう一人を見つけ出し、そちらを先にいただくとしよう。それからでも貴様を食べるに遅くはあるまい」
女はそう言って、地面を蹴ったかと思うと頭上に飛んだ。
生徒達が見上げたその先は暗闇に溶け、女の姿は見えなくなってしまったが、翼の羽ばたきが耳に残っていた。
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