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リアクション
第2章 敵地には、軽く名乗りを上げてから
虎穴に入らずんば虎児を得ず──とは言うものの、入り方は人それぞれ。
イルミンスール魔法学校の一生徒カイル・ガスティンが自らが囮になるという提案に、乗った生徒達がいた。
エルミティのパートナー、ディル・ラートスンを救出するにせよ、『聖少女』ちびを再び中に連れて行くにせよ、正面突破では無策というものだ。
危険度は高いが、これも成功のため、と全員が思っていたかどうかは分からないが、とにかくディルとエルミティの職場であった研究所の前に、彼らは立っていた。
イルミンスールの森に建つその研究所は、高い壁に囲まれた中に、塔を思わせる煉瓦造りの建物が三つ収まっている構造をしている。
外観はごくごく普通で、まがまがしい研究が行われているなどとは微塵も想像させない。尤も、そう見えていたらディルも始めから就職などしていなかったのだから当然だろうか。
その変哲のない研究所の正門の鉄扉の閂を外し正門を守る警備兵を倒して、中央の建物正面入り口に立っている彼らの方が、変哲があった。
拡声器を手にしたイルミンスールの新米保険医、戸隠 梓(とがくし・あずさ)が微笑を浮かべながら口元に拡声器を当てる。スイッチオン。
「研究施設のみなさーん」
静かな森に梓の緊張感の欠片もない声が響く。
「私達はー研究施設攻略作戦を開始することをーここに宣誓しまーす」
スポーツの選手宣誓にもないのどかさで宣誓した彼女は、えーい、という掛け声と共に片手のエンシャントワンドを振るい、彼女が放った火の球体が研究室入り口に構えられた両開きの扉に直撃した。
「うぅううるぁああああ!!」
ガラの悪い掛け声と共に真っ先に黒煙立ちこめる中に飛び込んだのは彼女のパートナーキリエ・フェンリス(きりえ・ふぇんりす)。囮の前衛を担うナイトの彼の手にはランスがある。キリエと並ぶように、こちらは剣を手にした蒼空学園の鈴木 周(すずき・しゅう)が走る。もうもうと立ちこめる煙にむせながら、焼けこげた扉に二人で体当たりを繰り返す。何度かぶつかった後、軋んだ扉に再び火術が放たれる。扉はやがて歪み、鍵がはじけ飛ぶ音と共に一同は研究施設の玄関口に転がり込んだ。広さは、十数人も入ればいっぱいになりそうだ。
「正義もだけど女の子とかおねーさんとかの味方、鈴木周! 参上だぜ!」
周はいわゆる熱血漢である。ついでに、女好きである。人体実験だの何だのの上、女の子のちびとか、おねーさんであるエルミティを泣かせたのでは黙っていられない。そんな不純な?動機に満ちた名乗りであった。
先ほどからの轟音と名乗りに、建物の奥からぱらぱらと人が集まってくる。
「あぁもう、あんまり無茶しないでよね」
周のパートナーレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が追いかけてきて、苦情を漏らす。一同の看護役を引き受けたのは、いつでも無茶をする周のせいでもある。心労が絶えない。
「何だ、お前達──うわっ!」
「お前らみたいな悪党は、まとめてぶっ飛ばして反省させてやるっ!」
誰何の声には答えずに(さっき名乗ったし)、突っ込んでいく周とキリエ。慌てて反撃体制をつくる研究員にキリエがランスで突っ込む。
「梓に手を出すヤツは死んであの世で後悔しやがりゃあああ!!」
その合間を縫ってアサルトカービンを振り回すのはシャンバラ教導団の比島 真紀(ひしま・まき)と、その背中を守るサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)。カイルや梓らウィザード陣は後衛で援護を務める。
真紀はフルオートにしたアサルトで足止めを行い、背後に魔法を放とうとする研究員には狙撃を試みる。軍人たるもの、イルミンスールで起きた事件とはいえ、潜入・攪乱任務を他校生だけに任せるわけにはいかない。ここで足止めをすればするほど、ディルを救出する人に有利になる。
「サイモン、そこの扉を壊してやれ」
「了解」
ドラゴニュートの怪力で、玄関脇の受付席への扉が破壊される。
そう、彼らの目的は囮。施設や資料は片っ端から破壊する。近道は自分でつくるもの! という信念の元に壁だって破壊する。なるべく多くの的を誘い出して引きつけるためならなんでもする。
「これは困りましたね。思ったより目立てないかも……いやいや、こんな事で負けてはヒーローにはなれません」
クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は自分に言い聞かせると、騒動の中、目立てそうな立ち位置を探した。丁度良さそうな彫像を見付けて、よいしょとその上によじ登る。戦闘に夢中な人間は放っておき、新手がやって来るタイミングを見計らって口上を述べる。
「はーーーはっはっはっ、イルミンスールが誇るお茶の間のヒーローことクロセル・ラインツァート、只今参上ですッ! 世に悪が栄えた事がないように、非人道的な研究などヒーローである俺が徹頭徹尾排斥します!」
目元を隠す仮面に、制服をマントの洋にはおる黒衣の姿に、新手の男達が怯む。
「な、何だこいつはっ!」
「クロセルとか名乗ってたぞ」
「むっ、ヒーローに向かって悪役がそのような口を利くとは! お約束に反するではないですかッ!」
とうっと彫像から飛び降りる。
こういうとき、彼は契約者になって良かったと実感する。高いところから飛び降りても足の裏がじんじんしないのだ。
「ヘンタイだ、ヘンタイ仮面だ!」
「追ってこれるものなら追ってくるがいい! さらば!」
パートナーの竜から得た怪力で、彼は研究施設の壁を壊しながら奥へと進んでいった。困ったら空飛ぶ箒もある──そんな風に考える彼の本職は一応、ナイトである。
入り口のひどい混乱の中、椿 薫(つばき・かおる)はその隙を突いて飛び込んでいく。これだけ混乱していれば、ローグたる者進入は容易だ。壁は囮の人たちが壊してくれているが、必ずしも脱出口となるわけではない。監視カメラの死角を突いて身を潜めながら奥へ進み、扉や窓を見付けては、簡易に施錠されている窓や扉の鍵を忘れずに開けておく。こうすれば、囮になった生徒達が袋小路に追いつめられるという可能性も少なくなるだろう。まぁ、何かあったら壁だけ壊して最短経路で脱出しそうな人たちではあるのだが……。
「うむ、なかなか忍者っぽいでござるな」
御宮 万宗(おみや・ばんしゅう)とジェーン・アマランス(じぇーん・あまらんす)のパートナーも、潜入して奥へ、こちらは管制室へと向かう。エルミティから事前に聞いておいたのだ。万宗の後を追うジェーンは不満顔だ。
「火事場泥棒みたいな真似を平気でするなど、如何かと思いますが」
「こういう役割も必要でしょう」
「そうですが……自分には、貴殿が楽しんでやっているように見えるでありますが」
戦闘はなるべく避けたいところだが、そうもいかないようだった。奥に進めば進むほど、遭遇率は上がるわけで、入り口の騒ぎに駆けつける警備兵も増える。当然のように遭遇、有無を言わさず戦闘突入だ。
「せめて内部の地図だけでも欲しいところですが」
「そう言っていられなくなったであります」
二人は警備兵と対峙した。
その横を、カイルが駆け抜けていく。
「みんな、こっちだー!」
カイルの守護天使ダスタールが、黒い瞳に涙を浮かべ、背中で編んだ三つ編みを揺らしながら必死で追っている。
「や、やめてくださいっ! 敵に見つかったらどーするんです! 痛いのは嫌ですよっ!」
せっかく守ってくれる人がいるのに……とぶつくさ言いながら、カイルの背中に隠れるようにしてついていく。はっきり言って、彼は今回の作戦に参加するのは反対だった。熱血漢なカイルが厄介ごとに加わるのも、囮を言い出すのも、おまけに考え無しな性格故に当てもなく敵地をうろつき回るのも、それに他人を巻き込むのも。いつか行き当たりばったりでぽっくりだ。
そうこうしているうちに、彼の恐れていたものが姿を現した。合成獣──キメラだった。
ギリシャ神話にはキマイラという名の怪物が登場する。ライオンの頭、山羊の胴体、ヘビの尾を持ち口から炎を吐く。その怪物を語源に持つキメラが合成獣を指すときの多くがそうであるように、この研究所に現れたのも、異なる生物を組み合わせて作られた怪物だ。
「お前、勇気あるよなぁ。心配いらねーぜ、男だって友達は守り抜いてみせるぜ!」
飛び出したカイルの後を、周が感心したように追っている。他の面々も一緒だ。
「周、気をつけろ。キメラがいるぜぇ」
キリエがカイルの首根っこをひっつかまえて後ろにやりながら、警告を発する。
現れたキメラは、イルミンスールの森に住む野生生物を使用したのだろうか、狼にヘビや翼が生えている姿だ。番犬代わりなのだろう、こちらを見付けると躊躇なく飛びかかってくる。
ためらいがちに剣を振るう周と違い、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)には放つ魔法に遠慮がない。主目的がキメラを殺すこと、だ。キメラを優先的に選んで魔法を放っていく。
「杖が木に戻らないように、花飾りが生きた花に戻れないように、例え分解できたとしても、もう元のモノには戻れないのよね……きっと。それなら俺達が殺すしかないじゃない」
弔いの火葬のように、炎球は飛び込んでくるキメラを正面から迎え撃つ。獣脂の焼ける嫌な臭いを漂わせながら、肉塊がどうと床に転がる。まだ人間が合成されたものは出てきていないが、いずれ戦うときも来るだろう。その時も、ミサはためらわずに魔法を放つだろう──偽善だとしても、だ。
「ふぅん、やるじゃない。こっちも負けてらんないわね」
周藤 鈴花(すどう・れいか)は口笛を吹きながら、炎と雷を周囲にまき散らす。魔女のパートナーはルーツィンデ・クラウジウス(るーつぃんで・くらうじうす)時折火術で支援する者の、両手には紙とペンを持ってマッピングにいそしんでいる。ホールに入ったときには携帯に付いているカメラで地図を撮影済みだ。
「ルーツィンデ、ちょっと疲れたかも。アレお願い」
「はいどうぞ」
ルーツィンデは鈴花にどろどろのスープを差し出す。見た目に気持ち悪いが、もう慣れた。これを飲むと術の威力が増大するのだから安いものだ。
「たまには彩りが欲しいわねぇ。ピンクのつぶつぶとか花柄の模様とかないの?」
「ご所望なら善処するよ」
「まぁいいか」
ぐいっと飲み干す。
鈴花の目的地も、達成する目標もまだ遠い。騒ぎながらできれば配電室とかモニター室とかに入り込んでみたいところだ。が、とりあえず時間稼ぎをしなければ。
「さぁ、行くわよ!」
ド派手な音を立てて、通路の奥目掛けて雷をたたき込む。倒しても倒しても湧いてくる敵も、やがて様相が変わり始めていた。
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