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リアクション
仕掛けるなら敵が戦力を立て直さないうちに、ということで、囮部隊は早々に《工場》を出発した。武尊の意見で、義勇隊の生徒も全員が教導団の制服を着ている。ただし、階級章や所属を示す徽章などが剥ぎ取られた上に、裏返せばポケットの裏地に大きく『廃棄品』と書かれたものだったが、遠目には教導団の生徒たちとの違いはわからない。
「うーん、本物の衛生科バッジ、つけたかったな……」
急遽作られた赤十字の腕章を見下ろして、シーリルが残念そうに言う。が、万一敵の手に制服が渡ってしまった場合に悪用を防ぐためと言われれば仕方がない。ただ、教導団の生徒は普通に普段のままの制服を着ているので、実際はどちらかと言うと、持ち逃げによる悪用防止を考えた措置のようだ。
「本当に大丈夫ですかな?」
筐子が入った上に、身長が三寸しかない防師がちょこんと上に座っている箱を担いだアイリスを、ランゴバルトが心配そうに見る。
「こう見えても、私、結構力持ちなんですのよ?」
アイリスはにっこりと微笑む。確かに、人一人背負っているにしては余裕があるように見えた。
「では、行くとしようか」
数少ない教導団からの志願者で、自然、隊長のようになってしまったフリッツが、皆に声をかけ、先頭に立って歩き出す。
「見張りは任せて」
双眼鏡を首にかけ、工兵から近接戦闘用に借りた鉈を腰にぶら下げたソフィアが、その隣を行く。ちなみに鉈は『近接戦闘用の武器を貸して欲しい』と言ったところ、『スコップとノコギリと鉈のうちどれが良いか』と言われて選んだものだ。
樹海に入ってしばらくは、隊列は順調に進んだ。しかし、振り返ってもバリケードが見えなくなった頃から、アイリスが遅れがちになった。
「ほら、さっさと歩きなさい」
ゆかりが急き立てるが、そう言われて足が早められるものでもない。かと言って、それぞれに装備や食糧、水を持った上にダミーの荷物まで背負っている他の生徒は、交代で人間入りの荷物を担ぐと積極的には言い出せずに居る。
「できれば、速度は落としたくないのだが……」
言いながら、フリッツの目は油断なく周囲を見ている。『禁猟区』も使って警戒しているが、まだ反応はない。
「そうですね、ずっと見通しの悪い所続きでは神経を使いますし、出来るだけ急ぎましょう。アイリスさん、頑張って下さい」
アルコリアがアイリスを振り返って励ます。が、荷物担ぎを替わってやるつもりはないらしい。
「はい……」
アイリスは息を切らせながら答えた。どこから敵が見ているかわからないので、筐子を箱から出すことは出来ない。早く襲撃して来て欲しいと内心で思いながら、よろよろと最後尾を歩いて行く。
しかし、急ぐと言っても、まったく休息を取らないわけには行かない。そろそろ昼食時かという頃、少し開けた、若干見通しの良い場所に出たところで、生徒たちは荷物を降ろして休憩することにした。荷物を中心に円陣を組み、ビスケットタイプの携帯用戦闘糧食を齧りながら水分補給をする。
「今のところ、敵の姿はないようね」
立ったまま携帯食を齧りつつ、双眼鏡をのぞいてソフィアは言った。
「筐子さん、大丈夫ですか?」
荷物の様子を見るふりをして、アイリスは箱の中の筐子に囁いた。
「け……っこう、つらい、かも……」
箱の中からくぐもった声が返ってくる。その時、木の上から銀色に光るものがアイリスの後ろ首めがけて飛んで来た。
「危ないッ!」
「来たよ!」
フリッツと北都が同時に叫ぶ。アイリスが振り向く前に、ランゴバルトがドラゴンアーツで飛び道具を叩き落した。三日月のような形をした金属製のものが、チャリンチャリンと音を立てて地面に落ちる。一種の投げナイフのようだ。
「守りを固めて!」
葉月が盾を構える。照明弾を有効に使うためにも、敵をできるだけ引きつけなくてはならない。葉月が構えた盾の影で、ミーナも魔法を使う機会をうかがう。そこへ、数匹の蛮族が木に隠れながら銃を撃って来た。
「なめんなこの野郎、ぶっ殺してやる!」
又吉がアサルトカービンの引金を引く。しかし、向こうには遮蔽物があるので、一度の攻撃で一掃することは出来ない。そして、蛮族の攻撃に生徒たちが気を取られた一瞬に、黒い影が3つ、木の上から降って来た。
「こうすれば、多少は個性が出来るんじゃない!?」
アルコリアが塗料入りのボールを黒い影に向かって投げつけた。ぱん、とボールが破裂する音が聞こえ、蛍光ピンクの塗料が飛び散る。どうやら敵に当てられたようだが、相手の動くスピードが早いので、残像がうっすらピンク色になった程度にしか見えない。
「まあね、当たればいいんですよ」
アルコリアは口笛を吹いた。パートナーのシーマとランゴバルトと三人で固まり、ピンク色の残像に向かって集中攻撃をする。
「……感謝する、ボクの未熟さを思い知らせてくれて」
それでもなかなか攻撃に当たってくれない敵に、シーマは呟いた。
「くっ、素早い!」
葉月は盾で投げナイフを防ぎながら反撃の機会をうかがうが、飛び道具に対してランスではやはりランスが不利になる。
「うわ、ちょっとこれは、盾が足らないかも!」
一方、ソフィアと北都とクナイは、武器を手に荷物の影で身体を丸めていた。一応、盾を持ってきていた査問委員がかばってくれるのだが、自分と荷物をかばいつつなので、北都たちはしばしば危険にさらされている。
「おいっ、シーリル、大丈夫かっ」
スプレーショットで敵を牽制する背中ごしに、武尊がシーリルを気遣う。
「はいっ! 私のことは気にしないで、存分に戦ってください!」
又吉が使っていた光学迷彩シートをかぶり、荷物に身を寄せてシーリルは答える。
「ねえ、どうなってるの? まだ?」
かばわれている荷物の中にいる筐子は、携帯でアイリスに訊ねるが、アイリスは『黒面』の攻撃を避けるのに精一杯で、答えている暇がない。
「荷に多少の損害が出ても、こいつらを撃退するほうが先だ!」
フリッツが叫ぶ。
実はそれが『合図』だった。サーデヴァルが少し離れた所に閃光弾を放る。数秒後、眩ゆい光があたりに満ちた。蛮族たちが目を押さえてのたうち回る。黒い影は樹上に消えた。気配を殺して隠れているらしく、また、禁猟区では敵が居る方向まではわからないので、どこに居るかはわからない。
「ミーナ」
葉月は待機していたパートナーの肩をつついた。ミーナは頭上の枝の、人が隠れられそうだと思われるあたりに次々とアシッドミストを叩き込んだ。葉や小枝がぼろぼろになり、隠れる場所を奪われた『黒面』が降って来る。
「これがオレの広範囲制圧射撃(仮)だ。かわせるもんならかわしてみやがれ!!」
精密射撃技能で狙いをつけておいて広角射撃で掃射する、というやりかたで、武尊は降って来た『黒面』を迎え撃った。
「あっちの藪の方へ押し込んでくれ」
フリッツが武尊に言った。
「おうよ!」
「はいっ」
武尊とミーナが、範囲攻撃で『黒面』の一人を大きな藪の前に追い詰める。
「行くぞサーデヴァル!」
フリッツとサーデヴァルは、持ってきていた細いワイヤーで編まれた網を、飛び上がろうとした『黒面』の頭上めがけて投網よろしく投げた。ふちに錘をつけた網は空中に広がって、見事に『黒面』をからめ取る。フリッツは槍を構えて、『黒面』に向かって突進した。ほぼ同時に、アルコリアたちも一人を撃墜する。もう一人の『黒面』は、かなわないと見て逃走にかかる。武尊やミーナが攻撃したが、残った『黒面』は木の葉に紛れてしまった。
「あの……すいません、筐子さん」
「終わってしまったでござる」
「な、何ですってー!」
アイリスと防師に声をかけられて、筐子はべりべりと音を立てて箱から飛び出した。
「な、何のために箱詰めになったって言うのよっ! 敵が箱を開けようとしたところを光条兵器で攻撃しようと思って、ずっと待ってたのにー!!」
長い間箱の中に同じ姿勢で居たためにあちこち痺れているせいもあり、そのままがっくりと地面に倒れ伏す。
「びっくり箱も、誰も開けてくれなかったし……」
一方、フリッツは、ワイヤ−ネットで絡め取った『黒面』に槍を突きつけた。『黒面』は藪に身体をもたせかけ、ぐったりとしている。
「大きな傷はないようだが……。……ッ!?」
フリッツは慌てて、敵の黒い仮面を引きはがした。下から現れた若い男の顔は、目を閉じたままぴくりとも動かない……と言うか、呼吸している気配がない。シーリルとアイリス、そしてクナイと三人のプリーストが治癒を試みたが、男は既にこときれていた。
「仲間が口を封じる可能性は考えてたけど、まさか自死するなんて……」
サーデヴァルが唇を噛む。
「……こっちもダメでした」
アルコリアが、倒れている『黒面』の呼吸を確かめてため息をついた。
「一人、取り逃がしちまったしな……」
武尊が悔しそうに舌打ちをする。
「また襲撃して来る可能性もある。このまま進んでみるか」
フリッツはそう言ってから、どうする?と筐子を見た。
「この先は歩くわ。箱破っちゃったし」
筐子は盛大にため息をついて立ち上がった。
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