空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

栄光は誰のために~火線の迷図~(第3回/全3回)

リアクション公開中!

栄光は誰のために~火線の迷図~(第3回/全3回)

リアクション

 こうして、輸送隊の生徒たちは本校に戻る負傷者と、その護衛を装うことになった。
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は、わざわざ教導団の制服ではなく義勇隊の生徒に貸与されている作業用のツナギを着て、腰につけた縄をパートナーの英霊ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)に持たせた格好で現れた。ロドリーゴの側には、督戦隊の黒い腕章を借りたミヒャエルのパートナーの吸血鬼アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が並ぶ。
 「遺跡内部のことが機密扱いであるなら、遺跡から出たものと義勇隊の隊員を一緒にするわけがないのが常識。ならば、義勇隊を装った者が居れば、そこに遺跡から出たものはない、と敵が判断するであろうからな」
 というわけで、負傷者を装っていない佐野 亮司(さの・りょうじ)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)には、自分を本校送還処分になった義勇隊員として扱うようにと頼んである。
 一方、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)とパートナーの剣の花嫁リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)月島 悠(つきしま・ゆう)とパートナーの剣の花嫁麻上 翼(まがみ・つばさ)は、マノファ、仁、ミラ、そして楓などと一緒に、頭に血のにじんだ包帯を巻いたり、顔にガーゼを貼り付けたりして負傷者のふりをした。大岡 永谷(おおおか・とと)のパートナーの剣の花嫁ファイディアス・パレオロゴス(ふぁいでぃあす・ぱれおろごす)は赤十字の腕章をして、メリッサと一緒に衛生兵として偽負傷者たちにつきそう。量産型機晶姫はそのままだと運びにくいので、大まかにパーツに分けた上、仁の提案でスクラップに偽装して梱包し、護衛役の生徒たちが背負う。さらに樹理がシートで覆った本物のスクラップを担ぎ、万一の場合に囮になる、という念の入れようだ。
 (だっき様、樹理ちゃんは必ずだっき様のお役に立ってみせます。だから樹理ちゃんを守ってください!)
 樹理は祈りながら、黒い腕章をつける。
 「これだけ人数がいると、心強いよね」
 安全確認のために皆より少し先行したいという亮司と、地図を片手にルートの確認するルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言った。
 「その分、俺たちが居ない間、こっちが手薄になるけどな」
 亮司がバリケードの中で哨戒している生徒たちを見る。
 「とにかく、一番早く行けそうなルートを行って帰って来よう。負傷者の後送なら、それでも不自然ではないし」
 仁の言葉に、亮司とルカルカは頷いた。
 打ち合わせの結果、亮司と永谷のパートナーのゆる族熊猫 福(くまねこ・はっぴー)が先行、本隊の先頭をルカルカとパートナーの剣の花嫁ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とドラゴニュートカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、偽負傷者たちの脇に永谷と唯、そして真一郎とパートナーのヴァルキリー松本 可奈(まつもと・かな)、英霊姜 維(きょう・い)、そして亮司のパートナーのゆる族ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)が最後尾を守る、と相談がまとまったところで、生徒たちは出発した。
 「今出発した。異常がないか上空からチェック頼む」
 無線機を担いだダリルが、上空を哨戒している航空科のオートジャイロと連絡を取る。
 「じゃ、俺は一足先に行かせてもらうぜ」
 「気をつけてくださいね」
 「こっちも禁猟区使って警戒しとくけど、何かあったら連絡頼むね」
 先に樹海に入って行く亮司に、パートナーの剣の花嫁向山 綾乃(むこうやま・あやの)と、ダリル同様無線機を肩にかけた守護天使ソル・レベンクロン(そる・れべんくろん)が手を振る。
 「早く、早く行こうよっ!」
 「少し落ち着け。でないと佐野たちが先行している意味がないし、怪我人でないことがばれるであろう?」
 今にも駆け出しそうに飛び跳ねるプリモを、ジョーカーが押さえる。
 「でも、機甲科としては、戦車をはじめとした戦闘車両が早くもっと充実して欲しいから、遺跡に使われてたシステムや機晶姫の技術を早く分析して実戦で使えるようになるといいなーとは思うんですけど」
 先に歩き出したルカルカが言う。
 「えっ、でも、機晶姫が戦闘車両にはならないんじゃないですか?」
 翼が目をぱちくりさせる。
 「遺跡の中で出て来た円盤も、動いてる原理は機晶姫と同じみたいですから、もっと大きい乗り物みたいな機晶姫……って言うか、機晶姫と同じ原理で動く乗り物が出てきても、不思議ではないですよ。ただ、安定させるのがものすごく難しいと思いますけど。あの円盤も、かなり高度な応用技術で作られてるらしいって聞きました」
 頭と腕に血染めの包帯をぐるぐる巻きにされた楓が言う。
 「地上にあったお掃除ロボットみたいなヤツなのにねー」
 プリモが肩を竦める。
 「でも私、もしかしたら、戦車は無理でも何か乗り物は出て来るかも、と思うの。あの遺跡を、古代のパラミタ人が使ってたんだとしたら……あんなに広い所、歩いて移動してたら大変でしょう? 通路の巾も随分広かったし、材料を搬入するための作業車みたいなものなんかも使われていたかも」
 「もしそうなら……そして、それが見つかって、今でも使えたら凄いな」
 楓の言葉に、ルカルカと同じ機甲科の悠は目を輝かせた。
 「ところで、敵の掃討が終わったら、《工場》はどうなるんですか? 私は、あそこまで道路を引いて、工場付き分校にしたらどうかと思うんですけど」
 ルカルカは楓に訊ねた。
 「《工場》って呼ぶことになりましたけど、まだ中を全部調べ終わったわけじゃないし、本当は何に使われていたもので、中のシステムや装置類も私たちが使いこなせるものかどうかも判らないですから、まず、それを調べなくちゃいけませんよね。それが終わって、私たちが使えるとなったら、研究や生産のための施設に転用することになるかも知れませんけど……今はまだ、今後のことは決められない状態だと思いますよ。中からすごく怖いものが出てきて、埋めなきゃいけないーってなるかも知れないし」
 とにかく調査が先ですよね、と楓は答える。
 そんな女生徒たちの会話に入れずに、ビスケットタイプの栄養補助食品を片手に彼女たちの後ろでうろうろしていたのが、月実だった。楓に栄養補助食品をあげて話すキッカケを作りたいらしいのだが、話が《工場》のことから機甲科と技術科のディープな内容にシフトして行ってしまい、口を挟めない。
 「その、良かったら、これ……」
 口の中でもにょもにょと言いながら栄養補助食品を差し出そうとするが気付いてもらえないパートナーに業を煮やして、リズリットは後ろから月実のふくらはぎを蹴り上げた。
 「痛ッ!」
 月見は悲鳴を上げた。女生徒たちが振り返る。ついでに、列の最後尾で、初陣に緊張している姜維がびくっと飛び上がった。
 「ごめんね、踵を踏んじゃったみたい」
 リズリットは月見に謝り、にっこりと笑って楓に言った。
 「あの、月見がそれをどうですかって」
 「……食べない?」
 月見はやっと、楓に栄養補助食品を差し出した。
 「はあ、ありがとうございます……」
 なぜ月見がそれをくれようとするのかわからない楓は、首をひねりながら礼を言う。
 (お友達になりたいなら、素直にそう言えばいいのに……)
 月見の判りにくい意思表示を見て、リズリットはイライラしている。やはり自分が出て間を取り持ってやらないとダメなのかと口を開きかけたところへ、
 「あ、私もクッキー作って来たから、後で真一郎にコーヒーを入れてもらって、一緒に食べよう?」
 可奈が口を挟んで来たので、結局リズリットは月見の後ろに引っ込んでしまった。
 「おいおい、仲が良いのは悪いことじゃないが、怪我人はそれらしくしろよ?」
 ピクニック気分になりつつある女生徒たちを、ダリルがたしなめる。女生徒たちは慌てて黙り、足を引きずったり、包帯が巻かれた所を押さえたりし始めた。ファイディアスとメリッサも、負傷者役の生徒を気遣ったり、支えたりするふりをする。
 一方、女生徒たちと違って迫真の演技を見せていたのがミヒャエルとアマーリエ、そしてロドリーゴだった。
 「ほらっ、さっさと歩きなさいよっ!」
 腰縄を打たれているミヒャエルと、かったるそうにちんたら歩くロドリーゴをアマーリエが怒鳴りつける。気分はほとんど『女王様』だ。
 「やかましいですね……こんな護送任務くらい、多少気を抜いていても完遂できます」
 不愉快そうに言い返すロドリーゴの態度ももちろん演技である。が、
 「くそう、後で覚えていろよ……」
 脛を蹴られて涙目で呟くミヒャエルの方は、案外演技ではなかったのかも知れない。

 その後、輸送隊は、索敵をしながら慎重に樹海の中を進んで行った。
 『今のところ、前方は異常なしだ』
 『後ろも異常ないぞ』
 「じゃあ、打ち合わせ通りのルートでいいね。ちょっと先に木が少ない場所があったと思うんだけど、そこは大丈夫?」
 光学迷彩で姿を隠して前方と後方を警戒している亮司とジュバルからの無線連絡を受けて、ルカルカが返信する。
 『今、熊猫が確認に行く。……OK、敵の気配はないみたいだ』
 少し間を置いて、亮司から答えが返って来る。
 「ハッピー、何か気になることがあったら、小さいことでもすぐに知らせろよ。それで戦闘が避けられるなら、その方がいいんだからな」
 『りょーかい。襲撃があったらすぐ戻るんだよね?』
 これが教導団に入って初めての作戦行動になる福に、永谷が携帯で呼びかけると、元気な声が返ってきた。
 「このまま何事もなくさっさと樹海を抜けたいものだね。立ったままこんなものをかじるのが食事だなんて、僕の美意識が許さないよ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、ソルはカンパンをかじっている。囮部隊が休憩中に襲われたと聞き、輸送隊の生徒たちは開けた場所で落ち着いて食事をするより、木立の中で携帯食で食事を済ませる方が襲われにくいと考えたのだが、それが不服なのだ。
 「でも、携帯食も一応栄養バランスは取れているんですよ? そうですよね、楓さん」
 空になったゼリードリンクのアルミパウチを丸めながら、綾乃が楓に訊ねる。
 「数値的にはそうですけど、原料が何かは保証できないですよ? うちの戦闘糧食研究班、結構とんでもないものを材料に使うことがありますから……。一般の生徒に配布されてるっていうことは、食べても害はないはずですけどね」
 楓はさらりと怖いことを言う。ソルは思わずカンパンを噴き出した。
 「……ああもう、早く行こう!」
 他の生徒たちを急かす。
 「コーヒーは樹海を出た後で、ゆっくり飲みましょうか」
 真一郎が皆を見回した。
 「そうしましょう。こんな場所では、味がわかりそうにありません……」
 緊張で食事がろくにのどを通らない様子の姜維がうなずいた。


 慎重な行動が功を奏したのだろう、輸送隊はどうにか敵の襲撃を受けることなく樹海を抜けることが出来た。
 「だっき様が守って下さったんだ! だっき様、ありがとうございますー!」
 樹理が黒い腕章を外して、樹海の方を向いて押し頂く。
 (ああもう、これまであんまり他人から優しくされることがなかったから、すっかり妲己に心酔しちゃって……)
 マノファは、眉をひそめてそんな樹理を見た。単純で人を信じやすい彼女は、教導団に入る以前に何度も人を信じては裏切られて来たそうなのだが、どうやらまだ懲りていないらしい。
 「教導団の近代装備と魔法が連携した時の効果を試してみたかったんだがな」
 カルキノスが残念そうに言う。だが、唯はかぶりを振った。
 「私たちの任務は、無事にサンプルを本校まで届けることよ。戦闘にならないならその方がいいわ」
 「そうだよ。みんな怪我もしなかったし、サンプルも無事だし、良かったじゃない」
 プリモがうんうんとうなずく。
 「しかし、永谷を調教する機会が減ったのは残念ですわ……」
 ファイディアスがぼそりと呟く。
 そこへ、教導団の兵員輸送トラックがやって来た。
 「皆ご苦労だったな。林教官から迎えを寄越すよう要請されて来た。乗りたまえ」
 運転席から顔を出したのは、生徒たちも良く知っている歩兵科の教官だった。生徒たちは皆ほっとした表情で、トラックの荷台に乗り込み、本校へ向かった。