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リアクション
第16章 彼方を目指して
「やれやれ。全く、いけませんね。息が詰まりそうですよ」
聖地カルセンティンでのゴタゴタを終え、一息ついて、朱 黎明(しゅ・れいめい)がしみじみと言った。
「何がだ?」
「むさすぎます」
「は?」
黎明のきっぱりと言ったセリフに、カルセンティンの筋肉質な守り人守護天使、アレキサンドライトはきょとんとする。
「はっきり言って、あなた達には女っ気がなさ過ぎです。
今関わってる件が片付いたら、私がキマクでも選りすぐりのキャバクラに連れていってあげましょう!」
ぽかん、と、守護天使達は黎明を見る。
実際の所、実動部隊が男ばかりというだけで、そしてアレキサンドラ以外の者達は特に精悍な体つきをしているわけでもなく、村に女がいないというわけでもないのだが、守り人のアレキサンドライトがこの有様では、そう思われても全く不思議ではなかった。
そして。
「……きゃばくらって何だ?」
と、戸惑いげな仲間達の様子を見て、アレキサンドライトが訊ねる。
処置なし、と黎明は溜め息を吐いた。
「そんなことだから……。キャバクラには、可愛い女の子達が山程いて、至れり尽せりの大サービスをしてくれるんですよ!
キャバクラを知らないなんて人として有り得ません」
何故かおおーと守護天使達から歓声が上がった。
「……いや、構わねえが……あんまりこいつらを俗に染めてくれるなよ……」
こめかみを押さえた後、アレキサンドライトは溜め息をついて言う。
「キャバクラはともかく」
葉月 ショウ(はづき・しょう)が、空京に戻る前に駄目元で訊いておこう、とアレキサンドライトに訊ねた。
「アナテースという名に心当たりなんてないよな?」
「ねえな」
アレキサンドライトはあっさり答える。
”種”を持っているハルカのパートナーであり、それについて関係があると思われるアナテースだ。
もしかしたらと思ったのだが、結果は素っ気無いほど簡潔だった。
「つーか、奴等何者なんだ? 事情がよく解らねえんだが」
アレキサンドライトにとっては、突然の襲撃者、突然の援軍で、『カゼ』を撃退するまで、何を聞く時間もなかったし全て後回しだった。
森で遭遇していた牧杜理緒達も問答無用で捕らえ、理由も聞かずに監禁していた程だ。
そこからか、と、ショウは呆れた。
「奴等は、聖地の「魔境化」を狙っていて……」
ショウやパートナーの葉月 アクア(はづき・あくあ)、黎明のパートナーであるネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)らが、他の聖地で起きたことやコハクのことなどを代わる代わる説明する。
聞き終わるとアレキサンドライトは顔をしかめて、
「くだらねえな」
と呟いた。
「”核”なんぞに振り回されやがって……。
こんなモンで不幸になるヤツが出るなら、いっそアトラス火口にでも捨てちまえばいいんだ、こんなもの」
苦々しく吐き捨てた後で、気を取り直したようにショウ達を見る。
「まあそれは置いといて。
要するに、世界の命運はてめえらに任されてるってこったな!
何とか頑張れや。期待してるぜ」
「手を貸しては貰えないんですね」
残念そうにアクアが言うと、それは無理だな、とアレキサンドライトは肩を竦めた。
「俺はここを離れられねえ。まあ絶対じゃないがな。
余程の事態なら動くが、俺が行かなくたって、お前等がいるだろ」
『ミス・スウェンソンのドーナツ屋』へ、助けを求めて飛び込んだ男は、アウインと名乗った。
酷く狼狽していて落ち着くまでに時間がかかり、名乗らせるまでも一苦労だったのだが、ようやく話が進む、と、シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)はアウインに詳しい話を聞いてみた。
「攫われたっていうのは、どういう人なんだ?」
「親分は……えっと、ヨハンセンさんは、フリーの飛空艇操縦士なんだ。
腕が良くてその筋じゃ有名で」
どれくらい腕がいいかと言うと、空京からツァンダまでを直線で飛ばす位、と言うので、シルバとパートナーの雨宮 夏希(あまみや・なつき)は首を傾げた。
「通常、飛空艇は下に地面のないところは滅多に飛ばない。
万一でトラブルが出た時、イコールで死に直結するからだ。
客を乗せて飛ぶ飛空艇なんかは尚更で、ツァンダとタシガン間の旅客飛空艇を操縦してるのはだから、すごい熟練のエリートなんだが、ヨハンセンさんも以前はその定期便を操縦してたんだ。それくらい腕がいい。
上とトラブって、今はフリーでやってるけど」
ちなみに、タシガン周辺で特に頻繁に出没している空賊は、ただ馬鹿なだけだ。
アウインはそう説明する。
ヨハンセンが辞めることになった時に、彼を兄貴分と慕っていた下働きのアウインも一緒に辞めて、それからフリーの操縦士としてやってきたのだという。
飛空艇の操縦士自体、なるのは至難の業なので数が少なく、故に就業場所には困らないのでフリーランスという存在は殆どいない。
「それで狙われたのか……」
納得してシルバが言うと、アウインはおろおろとシルバを見た。
「どうしよう! あいつら『俺達の為に働いて貰うぜ!』とか言って、親分を掻っ攫って行っちまって……!
親分もそれなりに腕っぷしは強いけど、べろべろに酔っ払ってたからあっさり攫われちまって……!」
夏希が泣き声のアウインを慰め、懸命に言葉を綴った。
「その方の技術を見込まれたのでしたら、少なくとも命の危険はないはずです。
大丈夫、ご無事ですよ」
そんなシルバ達のやりとりを、少し離れた席で、鬼院 尋人(きいん・ひろと)が聞いていた。
「……飛空艇操縦士、か……」
以前から、ミスドに来た時に何度かこの件に関しての噂は聞いていたのだが、興味はあったものの、自分には大き過ぎる事件のような気がして、関わるのを躊躇っていた。
だが今、尋人がこの件に関わろうと決めた理由は、同じように別の席で話に耳を傾け、興味を示している中に、学校で憧れている上級生、黒崎天音の姿を見付けたからだ。
(俺は実力も足りないし、先輩の役に立つほどのことができるか解らない、けど……)
それでも、気にしながら何もしないでいるよりは、彼に認められる為にも何かできることをしよう、と考えたのだ。
飛空艇操縦士の救出には、蛮族を相手にして、全く穏便に、というわけには行かないだろう。
正面から護衛を買って出ても断られるのが関の山だろうが、こっそり陰からでも、彼を護って手助けしようと決めた。
しかし情報を整理した後、黒崎天音がまず向かったのは、飛空艇操縦士の救出ではなかったが。
アウインの話を聞いた後、藍澤 黎(あいざわ・れい)はそっと席を立ち、パートナーのフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)、ヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)と共にミスドを出た。
「……どうするのです」
ヴァルフレードに問われ、黎は
「先程の話の、裏を取る」
と答えた。
「あの話が何らかの罠ではないという可能性は否めぬ」
コハクの為に、セレスタインに行く為の交通の便として飛空艇を確保することが重要とされるからこそ、確信できない情報を元に動くことはできない。
飛空艇を狙う蛮族がいるという情報もあるが、その連中と、ヨハンセンという飛空艇操縦士を拉致した連中が、同じ集団、もしくは何らかの繋がりがあるという確証もなかった。
「だからまずは、アウインという人物の身元調査をせねばなるまい」
「……そうですか」
ヴァルフレードは黎の思惑を聞いて頷く。
そして万一、蛮族と交渉をする展開になった場合には、自分が役に立とうと考えた。
フリーでやっていると言っていたが、住まい自体は空京に持っているらしく、探せばヨハンセンの家はちゃんと存在していた。
近所の人に話を聞くと、陽気で人当たりのいい人柄で、気前もよく、好かれていたようだ。
「長く家を空けることもよくあるけど、戻ってきた時には必ずお土産を持ってきてくれてね。
行った先の名物のお酒や食べ物なんかが多いから、うちの主人なんかは結構楽しみにしていて」
そんな噂話に、
「蛮族に与するような人物ではないということか」
と黎は判断した。
その日ヨハンセンが居たという酒場をあたり、攫われてからの経緯を辿ってみて、どうやら連中は、ヒラニプラ鉄道に乗せられて何処かへ向かったらしいと解った。
「……ヒラニプラか」
黎は眉を顰めて呟いた。
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