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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(最終回/全6回)

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尽きること無き怨念から
それらは生まれた

恐怖は彼女に、
憤怒は彼に、
憎悪は彼に、
悲嘆は彼女に、
絶望は彼に、

そして狂気は
1人の老人に



最期の望みは

世界の終焉。



承前 こうであって欲しかった未来を願い
 

「――人は、世界を操ろうと思ってはならぬ。
 欲で統べようと思ってはならぬ。
 自然は、厳しいからこそ美しく、理不尽であるからこそ、輝いている。
 その摂理を乱してはならぬ」
「全て、受け入れろということ?
 辛いことも、苦しいことも……」
 説く言葉に、そう問えば、ヴァルキリーの女戦士たる”守り人”は、静かな笑みを彼に浮かべた。
「そういうことだが、少し違う。
 己の道は、信念を以って精一杯抗い、切り開きなさい。
 それが例えどのような結果を導いても、悔いなく受け入れられるように。

 お前も、この世界の一部なのだから」



第18章 未だ失っていないはずのものを求めて
 
 
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、セレスタインには向かわなかった。
 パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に、ラウル・オリヴィエの元に留まり、彼と色々な話を交わしながら、仲間の帰りを待つことにしたのだ。
「博士、お茶でも飲むかい?」
 博士のゴーレム理論について訊ねながら、天音はお茶を勧めるが、そのお茶は天音ではなくブルーズが淹れたものだ。
 博士の雑然とした家中の有様を見て、沈痛な表情を浮かべたブルーズは、やがて深々と溜め息を吐いた後、猛然と掃除を始めたのだった。
「何故我がこんなことを……」
 助手とやらがいると聞いたがまだ戻らないのか、そもそもその助手は普段何をやっているのだとぼやきつつも、掃除が終われば洗濯、溜まっていた洗い物までこなしてしまう徹底振りだ。

「お前達、よくこんな場所で平気で話ができるものだ」
 全く理解し難いと呆れながらもお茶を淹れて出せば、博士は
「でも、どこに何があるかはちゃんと把握してるんだよ?」
 などとのたまい、
「それなら問題ないよね」
と天音も頷いて、ブルーズは言葉もない。
「このお茶、美味しいね。君達のお土産かい?」
と一口飲んだ博士が言うので、
「……ここにあったものだが」
と、ブルーズは苦笑した。
 全く、このお茶をあのように淹れられる博士の方が信じられない。
「それにしてもブルーズ」
 天音がふわりと、とてもいい微笑みを見せた。
「そのピンクのエプロン、似合ってるよ」
「………………どうしてこの家には、これしか無いんだ」
 ぼそりと呟くようにうめいたブルーズに、天音は笑いを堪えた。

「そういえば、あの”渡し”の装置って、誰から貰ったのか気になるね。
 発掘品のようだけど……トレジャーハンターに知り合いでも?」
「いいや。古い友人からだよ。彼が何処から入手したのかは知らないが……」
 彼のゴーレム理論を聞いたり、そんな話の合間に、天音は思い出したように訊ねた。
「……そういえば、博士はいくつ知ってるの? 世界を滅ぼす方法」
 きょとんとした博士は、まじまじと天音を見つめ、それからにこりと笑った。
「勿論、ひとつも知らないよ」



 浮き島セレスタインの中で、清浄なる場所だという「聖地」はどこにあるのだろう、と時枝 みこと(ときえだ・みこと)達は考えた。
「……息苦しいわね、この瘴気」
 アシュリーナ・セントリスト(あしゅりーな・せんとりすと)が、眉を寄せる。
「この瘴気がなければ、皆もっと楽に動けるのに」
 フレア・ミラア(ふれあ・みらあ)も頷く。
 そしてそうなれば、この瘴気を糧とするあの蛇は、その分動きが鈍るはずだ。
「そうか、この魔境化を、浄化できれば……」
 そんな方法があるのだろうか、と、みことは考え込みながら言う。
「考えてるだけじゃ解決しない! コハク君に訊いてみようよ!」
 夢語 こだま(ゆめがたり・こだま)の言葉に最もだと頷いて、みことはコハクに訊ねた。
「コハク、聖地の場所はどこなんだ?
 あと、”柱”と……」
 それに加え、”核”が、この魔境を浄化する為の鍵となるだろう。
 コハクの持つ”光珠”は失われてしまったが、ここにはまだ、2つの”核”がある。
 しかし、コハクは表情を暗くした。
「……ここ」
「え?」
「ここが、聖地なんだ。”柱”は……あそこ」
 コハクは、蛇を指差す。
 飛空艇を降りた一行は、コハクの案内で、聖地、柱のあるはずのこの場所へ来た。
 そして、”柱”のあった場所が失われ、代わりにこの虚無の蛇が横たわっているのを目にしたのである。
「……そういうことだったのか……」
 悔しそうに、こだまは呟いた。
 浄化の為に必要な”柱”は既に失われてしまった後だったのだ。
「そんな……」
 アシュリーナも呆然として呟く。
 間断なく襲う絶望の闇の中、それが唯一の希望の光だと思っていた。なのに。
「駄目、駄目、まだ諦めちゃ駄目! 何かできることはあるはずだから!」
 こだまが、陰の気を振り払うように声を張り上げる。
 ここで臆してしまえば、心の隙をついて、瘴気が心の奥底に染み込んでくるような気がした。


「アレを、普通に戦うだけで倒すことができるのか?」
 虚無の蛇を見て、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が眉を顰めて声を漏らした。
 直接的な攻撃を与え、ダメージを与えて倒せるような相手には、とても見えなかった。
「クレア様……」
 クレアの状況判断に、パートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が不安げに声をかける。
 クレアは気を取り直すように言った。
「しかしやらねばなるまい。
 我々は後方から回復及び魔力補充の支援を行う」
「わかりました」
 身を翻しながら、クレアは、懸念はもうひとつある、と呟いた。
 ここは、地脈の力場……力溜まりの場所だったはずだ。
 大陸から切り離された今、この島は地脈としてはどういう状況になっているのだろう。
 蛇への影響はあるのだろうか。
「……今は様子を見るしかあるまい」
 判断材料が少な過ぎる。
 クレアは、手遅れにならねばいいが、と思いながら、周囲の仲間達の状況を見渡した。


 こんな危険な場所に、アズライアが敢えてコハクを来させた意図は、一体どこにあったのだろうか。
 アズライアはコハクを愛していたはず。
 そんな彼女が、コハクをただ死地へ赴かせるようなことをするはずがなかった。
「コハク。あんた何か、アレを止める方法を知ってんじゃねーのか?」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)がコハクに訊ねた。
 そうだ。理由があるとすればそこだ。
 恐らく、モルダヴァイトを止めるには、コハクの力が必要だということなのではないだろうか。
 まだ、間に合うのだと。
 コハクは一旦首を横に振り、でも、と呟いた。
「考えられるとしたら、”光珠”しかない……。
 もしも”光珠”がその理由だったのだとしたら……」
 コハクは、アズライアの意志を果たすどころか、それに反することをしてしまったことになる。
 コハクは、悔しそうにぎゅっと唇を噛み締めた。
「無念に思うにはまだ早い。
 方法は他にもあるやもしれぬ。
 一度封印できたものであるなら、再び封印するのも可能であろうよ」
 気に病むな、と、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言って、
「そうだぜ!」
とケイも頷いた。
「考えようぜ。
 もし何か思い付いたことがあったら言ってくれ。
 やることがあるなら、何でも手を貸すからさ!」
 時間は、そう長くはあるまいが、と、カナタはそれは口には出さなかった。
 蛇が封印から解かれた直後で力を出し切れていない可能性を考えても、蛇と戦っている生徒達はそう長くはもたないだろう。
 悠長にしている時間はない。
 けれどコハクを焦らせても逆効果かもしれないと思ったのだ。


 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は、目の前に広がる光景に呆然としていた。
 魔境セレスタイン。
 虚無の蛇。
 『カゼ』。
 何かわけのわからないものが一気に出てきている。
 え? 何? 何なの?
 自分は、コハクと友達になろうと思って、一緒に来たはずなのに。
 何か色々チャンスを逃して、次は次こそはと思っている内に、何でこんな状態になってるの? 
 おかしい。おかしいわ。
 っていうか、こんなモンの相手がまともにできるかっ!! 
 何ていうのかしらこれって、貧乏くじ? 
 せめて叫ばずにはいられなかった。
「どうか私と友達になって――!」
「蛇に向かって何言ってるのよこのバカ!!」
 容赦ない突っ込みが、パートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)から、脳天の痛みと共に入る。
「ううっ、切ない……」
「打ちひしがれるのは、全部終わってからにしなさいっ」
 月実は渋々、銃を構える。
 これが終わったら、今度こそ、コハクさんを捜して友達にならないと!



 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)には、言葉にはしないが、胸中で不安に思うことがあった。
 コハクは、この戦いが終わったら、独り、このセレスタインに残ることになるのではないだろうか――? と。

 もし、そうだとしても、自分はコハクの選択を否定することはできない。
 けれどこの戦いをコハクの望む形で終わらせる為に、自分は全力を尽くそう、と心に誓う。
 最後の戦い。コハクの為に、ここまで来た。
 だからコハクの為になりたい。
 最後の時を、笑顔で迎える為に。
 もしも別れることになるのなら、それでも「またね」と笑える為に。


「コハク、お前はここで何がしたいんだ?」
 虚無の蛇、『カゼ』、関わりは薄いが、ジェイダイトとそれに付き従うサルファという女。
 それらを前にして、閃崎 静麻(せんざき・しずま)はコハクにそう問いかけた。
 コハクは、この戦いをどう思っているのだろう。
 コハクは問われて、真っ先に虚無の蛇、モルダヴァイトへ目を向けた。
 アズライアは、この蛇のことを懸念して、これを何とかさせる為に、自分に託してここへ行けと言ったのだ。
 彼女の願いを、果たしたい。
 その思いが一番強く、けれどコハクにはどうしたらいいのか解らなかった。
 重要な鍵となり得るに違いなかった”光珠”は奪われ、あろうことか、モルダヴァイトを目覚めさせる為の、封印を解く力として使われてしまった。
 自分はあまりに非力で、あの蛇に対抗できる力など、到底持ち合わせてなどいない。

「しみったれた顔してんじゃねえよ!
 何の為に、俺達が一緒にここまで来たと思ってんだ!」
 背後から、ぼふっとコハクの頭をラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が叩く。
「お前の願いは、俺達が叶える! 見てやがれよ、蛇とやら!」
 不敵に笑うと、ラルクはパートナーのアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)と共に、ゆっくりと頭を擡げようとしている蛇へと向き合った。
「ふっ、いよいよ最終決戦ってやつか!」
 ここまで色々なことがあった。
 だが、これで最後だ。これを乗り越えれば、全て終わる。
「行ってくるぜ! コハク、お前も頑張れよ!」
 お前ができる、精一杯のことを。
 そう言い残して、ラルクは蛇に向かって行く。

「……これが最後だからって、気を抜いて油断すんじゃねぇぞ」
 まあさすがにここでその心配はないだろうがと思いつつも、アインが一応釘をした。


「――私は、『カゼ』と戦う! あの人を止めないといけないと思うから」
 だから、と、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、コハクにその手をさしのべた。

「コハク、私と『契約』しよう! 私に力を貸して!」

 コハクは驚いて美羽を見た。
 美羽は力強く笑って、揺るぎ無い瞳をコハクに返す。
 契約することで、繋がった契約者には、互いに互いの能力の一部を分け与えることができる。
 そうすることによって、美羽はコハクと、ただ護り護られる関係ではなく、共に支えあい、共に戦いたいと思った。

「……コハク」
 と、ためらいがちに、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が口を開いた。
「私は……コハクは……ハルカと契約してみたらどうかと、思う」
 え? と、コハクはリネンを見つめた。
 ハルカとコハクは、色々な面で境遇が似ているとリネンは感じていた。
 ”核”と関わり、大切な存在を失った2人。
 その2人が『契約』を交わすことによって、消えかけているハルカを助けることができるのではないかと感じたのだ。
「『契約』をすると……あの子は助かるの?」
 コハクは、シャンバラの大陸に渡ってまだ間もなく、『契約者』という存在がどういう関係で成り立っているものなのか、詳しくは知らない。
 けれど、『契約』をすることで、死んだ魂を甦らせられるものなのかどうかが解らずに戸惑う。
 戸惑いは、美羽からの誘いに心が揺らいでいる証だった。
「わからない。……けど、試してみる価値はあると思う」
 自分も、パートナーのユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)と契約したことによって、未来を手に入れたから、同じ可能性を、コハク達にも期待したかった。
「そうだな。俺もその可能性はあり得ると思う。
 お前次第だ、コハク。
 消え去るかもしれない人を、繋ぎ留め続けられる思いがあるか」
 静麻も、そう言った。
 護るべき者を、護り通す意志を、持つことができるか。
 コハクはハルカ達を見た。
 全てを失い、今また自分自身を失おうとしているハルカ。
 
 ――だが、制限なく何人とでも『契約』を交わせる地球人とは違い、パラミタの民が選ぶ相手は、たった1人だ。
 ハルカと契約を交わせば、コハクは美羽とは契約できない。

 可能性と、自らの希望。
 成すべきことと、成したいこと。
 コハクは迷って、そして、決断した。