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第1章 みなしご妖精
シャンバラ古王国の騎士である、ジュリオ・ルリマーレンの末裔、百合園女学院のミルミ・ルリマーレンの家の別荘周辺は、連日賑やかであった。
のどかで穏やかな日々が、ずっと続けばいいと集まる人々の多くは思っていたけれど。
戦いに巻き込まれる可能性を全て消し去ることは誰にも出来ない。
「ここもうめちゃうの?」
「うめちゃうの?」
「ひみつきちもできなくなっちゃったし」
昆虫のような羽を生やした小さな子供達が、地下室があった場所近くを飛びまわっていた。
この場所で、この妖精のような子供達は長き眠りについていた。
鏖殺寺院の襲撃でここに存在していた集落が滅びてから、およそ5000年の時が流れていた。
目覚めたばかりの子供達には、記憶が曖昧なところがあり、覚えていないことも多いようだ。
「うん。封印解除も終わったようだから、埋め立てて、上に建物を建てたり、畑にしたりして土地を利用するんだよ」
別荘解体を手伝い、その後の後片付けもずっと手伝ってきたシャンバラ教導団のアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)がそう答える。
「ざんねーん」
「おかしの家たつといいなー」
「たべたらなくなっちゃうよ!」
「そしたらまたつくるの」
子供達はきらきらと目を輝かせている。
「出来るといいね」
子供達の可愛らしい意見にそう返事をして、鬼ごっこやかくれんぼをして遊び始める様子を微笑ましげに眺めていく。
「かべどかーんてこわすんだよね? ばくだんとかつかうのかなー、ねーおにいちゃんっ」
アクィラにとても懐いている子もいる。
「爆弾があったら、楽なんだけど、手に入らないからどうにか重機を手配して壊すことになると思う」
「じゅうきってなになに?」
笑みを浮かべながら眼を輝かせて訊ねてくる妖精達の様子に、アクィラの感情が掻き立てられる。
彼女達には親がいないという。
(でも……俺もまだまだ子供なんだよな。預かって本当に責任が取れるのか?)
先ほど、里親を探していると聞いたアクィラは思わず、立候補してしまった。直後に不安を感じて、辞退しようかとも思ってしまったけれど、こうして子供達の笑顔を見ると、やっぱり心が引かれてしまう。
自分も、パートナー達も全員孤児だ。
(いや、口にしちゃった以上は無理してでもやり遂げるべきだ!)
この可愛い笑顔を見たら、パートナー達も喜ぶだろうと思い、意思を固めていく。
「手伝ってくれる?」
アクィラは小さな子供に手を差し出すと、子供は笑顔でアクィラの手を掴んだ――。
「今日もご指導お願いします」
畑を耕しに向かうキマクの農家の親子を、1人の少年が追う。
「明日、ご自宅に戻られるんですよね。喫茶店の件は本当にすみませんでした」
普段は使わない丁寧な言葉でイルミンスール魔法学校の緋桜 ケイ(ひおう・けい)は農家の主人と息子達に詫びる。
「まあ、パラ実生に目をつけられてからは、いつかはそうなんじゃないかと思ってたしな」
「思ったより被害少なかったくらいだよ」
「あんたが気にすることじゃない」
主人、長男、次男がそれぞれそう答えた。
「ありがとうございます。――よーし、今日も頑張るぜ!」
ケイも倉庫へと走り、鍬を取り出して農作業を手伝うことにする。
風がとても冷たいが、幸いまだこのあたりに雪は降っていない。
ただ、雪が積もれば積もったで、子供達はとても楽しくはしゃぎまわるのだろう。
「めが出てるよ」
「こっちの方がいっぱいだよ!」
「かわいいはっぱ〜」
小さなジョウロで水をあげながら、花壇の回りを子供達がひらひらと飛びまわっている。
「寒い冬を頑張って生きて、春にはきっと綺麗な花を咲かせるんだよ」
イルミンスールのエル・ウィンド(える・うぃんど)は、子供達と一緒に花壇の手入れをして回っている。
「花か、楽しみだな」
イルミンスールの瓜生 コウ(うりゅう・こう)と、一緒に働いていた子供達が足を止める。
彼女は畑の整備や冬備えを子供達一緒に手伝っていた。
「何色のお花なのかなー」
「いろんなのがいいねっ」
合流した子供達は、一緒になって水撒きを、遊びのように楽しみ出した。
「えいっえいっ」
「やっ、冷たーい」
「こらこら、風邪ひくわよ」
水をかけだした子供に、子供達の様子を見回っていたマリザが声をかける。
「そろそろ部屋に戻る時間だし、好きに遊ばせておいても大丈夫さ」
「水なら怪我もしないしな」
エルとコウがマリザの元に歩み寄った。
「ここには、子供達とキミ達しかいないけど……」
子供達を見守りながら、エルがマリザに問いかける。
「キミ達が封印したというヴァイシャリーにあった離宮。当時、ここやキミ達に何があったんだ?」
「この辺りには昔、私達の故郷――半妖精達が暮す村があったの。離宮の封印とは直接関係ないのだけど、私達が離宮の守護に当っている時に、村は鏖殺寺院の襲撃に遭って、滅びたわ。子供達を逃がして、大人達は最後まで戦ったみたい。離宮を封印した後、私達は残されて行き場を失った子供達と一緒に、この地で眠りについたの」
マリザはとても寂しそうな顔でそう言った。
「辛いことを聞いて、すまない」
エルがそう言うと、マリザは首を左右に振って小さく笑みを見せた。
「……マリザたちはこれからどうするんだ? 騎士としてヴァイシャリーを守護するのか、それとも子供たちを守り鏖殺寺院の目を逃れるために隠れ暮らすのか」
と、コウが訊ねた。
「あなたに言われていたように、子供達の里親については考えはじめたの。私達は……地球の方達と一緒に、戦うんだと思う」
少し、迷いの残る目でマリザはそう言った。
「鏖殺寺院の問題もまだ続いている。闇組織に盗賊にと、懸念材料は尽きない。子供達が早く自由且つ安全に暮らせるようにしたいものだ」
吐息をつた後、エルは真剣な目でマリザを見つめた。
「ボク達地球人と手を取り合ったのなら、キミや子供達も戦闘に巻き込まれることもあるかもしれない。だけれど、この先、ボクはどんな不幸や困難が待ち受けていても運命だから仕方ないと諦める気はない。キミ達の力になりたい。キミ達が地球人との契約を望むのなら、立候補させてもらうよ」
「ありがとう」
マリザが微笑みを浮かべる。
「マリザがここに残るのならそれでもいい。ただ、契約者になることにより、離れていても携帯電話で連絡を取り合うことができる。体に大きな異変があった際には、気づくことも出来るはずだ。何かがあったのなら、すぐに駆けつけ、出来るなら共に戦いたいと思っている」
コウがマリザに語りかけていく。
「俺はあんた達を解放したことを後悔していない。生命が何も変えることも出来ず、ただ無為に眠っているのは死んでしまうよりも悲しいことだ」
そして、以前そうしたように、コウはマリザに手を伸ばす。
マリザは軽く瞳を揺らした後……ゆっくりと頷いて、その手をとった。
「私は、私達を起こしてくれた貴女と契約を望みます」
それから、エルに目を向ける。
「もしよろしければ、子供達の誰かか、マリルをお願い」
「もちろんOKさ! そして春には皆で集まって、花壇の花をみよう」
エルの言葉に、マリザは笑顔で首を縦に振った。
「あげすぎちゃだめなんだよー」
「それじゃ、あまったぶんは回りにまいちゃお〜」
「やーん、つめたいつめたいっ」
ジョウロを手に、子供達は相変わらず賑やかにはしゃいでいる。
「副団長がここに挨拶にくるのかぁ……」
百合園女学院白百合団員の秋月 葵(あきづき・あおい)はちょっと浮かない顔だった。
団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)は優しいし、そのパートナーのミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)とは友達で、仲良くしているけれど……。副団長の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)は正直少し苦手だった。
副団長の担当する訓練に顔を出したこともあるが、特に武術の訓練では非常に厳しい人だ。融通がきかない堅物のような印象で少し怖いのだ。
しかも、パラ実のC級四天王になったっていうし。不良達従えて行軍してくるみたいだし。
そんな葵の感情は、一般の百合園生達が普通に抱く感情だった。
「ちゃんとお手伝いとか出来てると見せなきゃ」
うんと頷くと、葵はぱんぱんと手を打った。
「お客様沢山くるから、皆で一緒にお団子作ろ〜」
そう呼びかけると、部屋で遊んでいた沢山の子供達が葵の方に寄って来る。
「あまいの? しょっぱいの? それともからいの?」
「お汁粉の白玉団子だよ。だから、甘いの。お正月だし甘酒も用意しなきゃね〜」
子供達と一緒にキッチンに向かって、準備を始めることにする。
「オーブンは熱いから、触っちゃだめですぅ。羽に注意してくださいですぅ。燃えちゃったら大変ですからぁ〜」
キッチンでは百合園の神代 明日香(かみしろ・あすか)が妖精の子供達と夕食の準備を進めていた。
「葵さんこんにちは〜。白百合団の副団長さん達がいらっしゃるそうなので、子供達と一緒に歓迎のお食事を作ってるんですぅ〜。危ないので包丁や火の使用は任せられないですけれどねぇ〜」
「たまねぎ、これくらいでいい?」
「お皿は一番大きいのでいいんだよね?」
子供達は野菜の皮をむいたり、皿を運んだりと明日香に教えてもらいながら、一緒に食事作りを行なっていた。
「うん。こんにちは、明日香ちゃん。あたし達にもスペース貸してね」
「お団子つくるんだよ」
「あまいの作るの!」
葵の言葉に、子供たちが嬉しそうに言葉を続ける。
「お、甘いのか。それならこっちでも作ってるよ」
百合園の八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、食堂のテーブルを利用して子供達となにやら捏ねていた。
「あ、クッキーだ。クッキーでしょ〜。くりすますにね、つくったのつくったの〜」
材料や用意してあった型を見て、子供が得意気に言った。
「一緒に作るんなら手を洗いなよ」
そう声をかけると、子供達は「は〜い」と可愛らしい声を上げる。生地を混ぜている子供達も一緒に、可愛らしく返事をしていく。
「っと次はーと」
優子は家庭科はあまり得意ではないので、お菓子作りの本片手に子供達に見本を見せている。
「卵を入れて良く混ぜるんだな。ちなみに、厩舎から貰ってきた産みたて卵だ。勿体無いから全卵使おう」
別のボールに卵を入れて、よく溶き解してから加えていく。
「われたー」
「カラ入ってるよ。とった方がいいよ」
「じゃりじゃりするしね」
子供達も優子に倣って卵を加えていく。
「混ぜ終わったらまな板の上に生地をおいて、めん棒で伸ばすんだ。型は狐の型を用意してきたから。使うといい」
動物クッキーにしようと、優子は狐の型を用意してきた。狐だけ10種類も。とにかく狐が好きだから。
「のびーる、のびる〜よぉ」
「あ、こぼれちゃうよ、飛んだらだめだよ」
子供の1人が生地を掬って飛び上がった。
べしんっ
優子の空手チョップが子供の頭に炸裂する!
「いたいっ」
「私はガキにも容赦はしないタイプだから覚えときなさい」
しゃがんで目線をあわせてそう言う優子に、子供は半泣きになりながらも涙をぐっとこらえ、クッキー作りを続ける。
謝りはしない。だけれど、なかなか骨のありそうな子だった。
「こうして調味料を入れて、ぐつぐつ煮込んで完成なんですぅ〜」
明日香は子供達に煮物の作り方を教えていた。
「でも、火を使うのは危ないのでぇ、大人の人が一緒の時に作って下さいねぇ〜」
「はーい」
「うん」
「いいにおいがしてきたねっ」
子供達は鍋の中を覗いて、笑みを浮かべている。
「この粉に、お水を入れて練っていくんだよ」
葵は白玉団子から子供達と作り始める。
「なんか、どろどろになっていくよ」
「おもくなっていくね」
子供達は楽しげに両手で練っていき「おもしろいねっ」と葵に輝く笑顔を見せる。
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