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リアクション
それは闇の中、まどろんでいた。
深い深い闇の中、繰り返し繰り返し夢をみながら。
わずかな楽しい夢と。
哀しい哀しい、夢を見ていた。
第1章 ……理由
蒼空学園で開催される事となった、剣による大会。
それは主催者である御神楽環菜(みかぐら・かんな)を始め、様々な思惑をはらんでいた。
「あたし、ジュジュを応援にいっても良い?」
夜魅に聞かれたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は、愛する夫であるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)と視線を交わした。
異変の起きている花壇と祠に連れていくのは危険だと、ルオシンは言っていた。
「あのね、夜魅。私達これからちょっと御用があるの。終わったら一緒に応援に行こう?」
「うん、分かった。ジュジュ、あたしが応援に行くまで残ってるよね?」
「そりゃもう、絶対よ」
必死な眼差しに、自然と笑みがこぼれる。
パートナーであり、我が子とも思う愛しい少女。
そして、だからこそ。
「行きましょう、環菜の所へ。話を聞かないと、納得できないわ」
コトノハはルオシンと共に、環菜会長の元へと乗り込む事を決めた。
突然『プリンス・オブ・セイバー』を求めた環菜。
『プリンス・オブ・セイバー』……聞こえは良いけれど、環菜は単純に道具だと思っているのではないか?
それは夜魅を道具として利用していた、影使いと同じであり、コトノハには許せる事ではなかった。
そしてまた、この称号をかけて大会に出場する、親友の授受を道具なんかにさせたくはなかったから。
その環菜の下では。
「は? 競技委員長ですか? 自分が?」
自らを指さした藤枝 輝樹(ふじえだ・てるき)は、環菜が頷くのを見て、悟っていた。
ヤバい、マジです!?
大会の基本ルールや競技執行上の留意点など、細々した事を打ち合わせに訪れたのだが、これは予想外の事態だった。
とはいえ。
「自信ないの?」
そんな風に問われてしまえば、素直に頷くわけにはいかないわけで。
「いいえ。分かりました。しっかりサポートさせていただきます」
「頑張って下さい、いえ、一緒に頑張りましょう、ですね。それがし達も全力でサポートさせていただきます」
「みんなで、大きなトラブルのない大会にしましょうね」
スタッフの道明寺 玲(どうみょうじ・れい)やレオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)に励まされ、拝命された輝樹は幾分ホッとしたように表情を緩め。
「他、大会のルール確認ですが……」
手短に要確認事項を片づけつつ、ふと問いかけた。
「ちなみに、この大会の意図は何なのですか?」
答えが返ってくるとは、正直思ってはいなかった、けれども。
「学園を……世界を守る為と言ったら、信じてくれるかしら……?」
環菜は少しだけ迷ってから、答えとも独り言ともつかぬ呟きをもらした。
その声の響き。
「校長、俺はキミを尊敬している。若いながら画一的な物事の見方をしない人格、教養、その政治的手腕も尊敬できる」
やはり大会の運営手伝いの為に訪れたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、環菜をじっと見つめ言葉を重ねた。
「だが、それでも人間というのは一人で全てをまかなえるようには出来ていない。俺たちはキミをサポートする。出来る限りだ。それを信頼してくれるのなら……一人で背負いすぎる事をやめるんだ」
イーオンは案じていた。
環菜とて、まだ若く……しかも女性である。
それなのにその肩に乗る重圧はいかほどだろうか?
そして見る所、環菜にはその重荷を分かち合える存在はあまりに、少ない。
「仕事を終えて、たまに愚痴に付き合ってやるくらいには、俺はキミが好きだぞ」
だから、告げる。
大会開催に、何か事情があるのは承知していて。
だが話してくれなくとも、少なくとも友達として支えてやりたいと。
「……」
ミラーシェードに隠された表情は分からない、けれど。
環菜が目を見張ったような気が、イーオンはした。
そうして。
「……あなた達を信頼してるわ。だからこそ、こんな危険な賭けに乗ったのよ」
小さく小さく、環菜は呟いた。
……。
…………。
………………。
「話は終わったのか?」
「ん? ああ」
考えに沈んでいたイーオンは、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)の言葉に我に返った。
「まさか粗相をしたのではないでしょうね?」
もう一人のパートナーアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)に苦笑まじりに首を振りつつ、気持ちを入れ替え。
「それより、アル。大会に出場する気なら……」
イーオンは大会に出場するアルゲオにいくつかアドバイスをすると、フィーネと共に会場……バドルフィールドへと向かうのであった。
その会場には、続々と人が集まっていた。
「はいはい、受付はこっちやで! そこっ! 横入りする意味ないやろ!」
それらを捌くのはスタッフに名乗り出た一人、桜井 雪華(さくらい・せつか)だ。
時折、スパンっ!、という良い音と共にハリセンの突っ込みが炸裂する。
「やっぱ剣の大会だけあって、強そうな連中がエントリーしてるぜ」
受付を終えた葛葉 翔(くずのは・しょう)は、入念に準備体操をしながら、周囲を観察していた。
チラっと見ただけで眼鏡……もとい山葉 涼司(やまは・りょうじ)や、観世院義彦といった有名どころが確認できてしまい、翔は表情を引き締めた。
「まぁ……本番前に女の子とイチャつく余裕がある分、大物なのは確かかもしれないけどな」
「せっかくなので、今回の意気込みを聞かせてくださーい」
その涼司達には丁度、鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)がインタビューしている所だった。
「あ〜……まぁ頑張るさ」
「ダメです、涼司さん! 出るからにはしっかり頑張って下さい」
「分かってるって。今日はリベンジしたい奴もいるしな」
涼司は花音・アームルート(かのん・あーむるーと)に苦笑まじりに頷いてから、義彦へと視線を向けた。
「お〜! 因縁の戦いですね! ではその、話題の観世院義彦さん、意気込みをどうぞ!」
「負けるわけにはいかないね。何しろこっちは、雛子と付き合えるかどうかの瀬戸際だからね」
「おぉ〜、気合入りまくりだねぇ」
と、そこにやってきたのは黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)。
応援に来た……のだが、妙にニコニコ顔だ。
そう……その余裕の表情はまるで、真の勝利者は俺だとばかりだ。
それもそのはず。
「プリンス・オブ・シェイバーだかゲイバーだか知らんが……まぁ、精々頑張っておくんなまし!」
ふっふ〜ん♪、とバレンタインで貰ったと思しきチョコを見せびらかすにゃん丸。
「!? なっ、それはまさか……!?」
「ご名答♪ おっと、お前にはやらねぇ」
思わず伸ばされた手から、雛子のチョコを守る。
(「うわ〜Aあれ花壇守ってくれた人への義理チョコなのに……。面白いから黙ってよ」)
にゃん丸のパートナーリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)はあたふたする義彦をちょっぴり可哀相に思いつつ、放置決定。
そしてにゃん丸は止めとばかり、義彦にあっかんべ縲怩?オてから踵を返すのだった。
「あ〜義彦! 祠にお参りしてきてやるぜ! お前が第二位になりますようにってねぇ」
そんなイジワルを残し。
「む、むぅ……いやしかし、ここで優勝して雛子と付き合えれば、来年のチョコは安泰だ、うんよし!」
「……そんなつもりないかもしれないけど、それじゃあ雛子が優勝商品みたいだわ」
意気込む義彦に、だが、白波 理沙(しらなみ・りさ)は思わずもらしていた。
「本当は陸斗の代わりに義彦に勝負を挑もうかと思ったんだけど……」
大会に出られない井上陸斗を哀れに思うのは確かだったが。
「恋愛に先とか後って関係ないよね……大事なのはどちらの方が雛子の事をより想っているかだと思うの」
なので、義彦が本気で雛子を好きだというなら邪魔はしない。
理沙はそう考えていた……のだがしかし。
「でもね、やっぱり『大会で優勝したら付き合ってほしい』って発言は気に入らないの。雛子は優勝賞品じゃないんだから失礼な感じがするんだけど……」
「同感だ。乙女の心をまるで景品のように扱い、弄ぶのは感心しない」
珍しく強い口調で同意したのは、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)のパートナーであるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)だった。
その瞳に、こちらは明確な怒りを灯している。
「……そういうつもりではなかったんだが」
理沙やアインの指摘に、義彦は困ったように考え込んだ。
「君の為に頑張って戦った、って女の子が喜ぶシチュエーションだと思うけど……?」
「それはそうでしょ。でも、なら優勝にこだわる事、ないんじゃない? 勝とうが負けようが、付き合ってほしいなら付き合ってほしいでいいんじゃない?」
好きなら好き、付き合って欲しいなら付き合って欲しい、それで良いはずだと理沙は思うから。
「優勝しなければ自分に自信がないとでもいうんじゃないでしょ?」
「それはそうだが……しかし……」
義彦はふと、視線をさ迷わせた。
言葉を……答えを見つけあぐね途方に暮れたように。
「優勝するというのは一番強いという事だ。強く在って俺は雛子を守りたいんだ」
モシモアノトキモットチカラガアレバ
モシモモットツヨケレバ
アナタヲマモレタカモシレナイノニ
唇を引き結んだ姿はどこか、危うく感じられて。
(「何かやっぱり違和感……先走りすぎてる感じなのよね」)
恋愛に関しては先輩たる自分が、諭してやらねばなるまいと、理沙は告げる。
「それとね、自分の想いを伝えるのも大事だけど、相手がどう想ってるのかを聞いた方がいいと思うの」
恋愛は一人では出来ない。
大切な相手……彼氏がいるからこそ、理沙は案じる。
「……本当に相手の事、見えてるの?」
「……っ!?」
真摯に案じる眼差しが、今度こそ義彦を貫く。
心に斬り込む、真実の刃。
「俺が見ている相手……」
義彦は知らず、手にした剣を握る手に力を込めた。
「だが、それでも……それでも、俺は勝ちたいと思う」
ソウ……モットツヨクモットツヨク
ソシテコンドコソワレワレハ
「……そう。でもそれじゃあ、あたしは義彦に優勝して欲しいとは思えないわ」
「それでも、優勝するのは俺だよ」
「はい、頑張って下さいね」
と、声がした。
「ひっ、雛子!? いつからそこに?!」
「えと、今来たところです。翔子さんに、義彦さん達を激励して欲しいと誘われて」
「その通り♪ 優勝者が決まる頃にはまた是非会場に来てね♪」
「はい。義彦さんも皆さんも、ケガには気を付けて頑張って下さいね」
小さく笑む雛子……と。
義彦が顔を真っ赤にしたまま固まった。
更に、何故か涼司や……ついでに近くに居た高根沢 理子(たかねざわ・りこ)もまた。
頬に朱を上らせて、雛子を凝視してしまっていたりして。
「おやおや、雛子さんモテ期到来ですか!?」
停止は、翔子の声でもって直ぐに解除されたのだけれども。
「すまん花音! いや、今のは別に浮気ってわけじゃ……」
何やら口走る涼司。
一方の理子もまた顔を背け、たまたま目が合った翔へと突進してきて。
「あたしは男の人が好きあたしは男の人が好き……って、そうだよね!? 決して女の子にヨロっときたりはしないの!」
「あ?……あぁ、そうだろう、けど」
勢いと真剣さに押され、反射的に首を上下させる翔。
「恋のさや当て共々、勝利の行方が気になる所でありますね」
翔子はそう、インタビューを締めた。
「あー、こんな面白いことに参加できないのがちょっとくやしーい」
こっそりと、溜め息をつきながら。
そして、理沙は。
「あの、私何か変な事言いましたか?」
「ううん、雛子は変じゃないわ。変なのは……義彦達の方よ」
不安そうな雛子を慰めながら、義彦達をじっと見つめるのだった。
「自分だけだと弱いかもしれませんが、数で勝負という事なのでわたくしもお手伝いしますわ」
理沙のパートナーチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は、そんな理沙に付き添い会場入りした。
周りは強そうな相手ばかりで正直、心もとなかったが、いやだからこそ自分が理沙を守らねば!、と勇気を奮い立たせる。
だがしかし、そんなチェルシーの神経を逆なでする一言が、発せられる。
「あら……またチェルシーさんったら、小さい身体で無理をする気ですねぇ? どうせ理沙さんの足を引っ張るだけになるのですからやめておけばいいのに……」
にこりと可愛らしい笑顔で毒を吐くのはミユ・ローレイン(みゆ・ろーれいん)……やはり理沙のパートナーである。
「またミユが余計な一言を……っ! あなたなんかに幼女扱いされたくありませんわっ!!」
「あらあら、現実から目を背けてはいけませんわ。それに人の忠告は素直に聞くべきですわよ?」
「……また始まったか」
そんな剣呑さを増して行くやりとりに、カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)は溜め息をこぼした。
同じ理沙のパートナーなのだが、チェルシーとミユは仲がよろしくない。
というかハッキリ言って、天敵といっても過言ではない有様だ。
「まぁ理沙のパートナー同士、だからだろうな」
それでも、理沙の目が届く内は二人とも猫をいっぱい被っていて大人しいのだが。
今、理沙の意識は義彦達に向いているわけで。
「またかよっ! 大人しくしてろっての、幼女のくせにっ!!」
それを認識したミユの顔から、穏やかな笑顔と言葉遣いが消えた、キレイさっぱりと。
「そんなに戦いたいなら今度こそトドメをさしてやるぜっ!」
仕込み竹箒を構えたミユと。
「それはこちらのセリフですわっ!」
剣を手にしたチェルシーと。
二人はドツき合いつつ、場外乱闘を始める。
「結局チェルシーとミユが揃うと喧嘩になるんだよな」
やれやれ、と肩をすくめたカイルは。
「あの二人は放っておいていい。もし他に被害が及びそうな時は、俺が責任を持って止めるから」
実行委員さん達に請け負い、会場から離れつつ激しさを増して行くっぽい手のかかる二人の後を追った。
「あれ?、みんな、どこかしら? 迷子になっちゃった?」
そうして後には、何も知らない理沙だけが残され。
「……まぁ、あの三人なら大丈夫だ」
恋人であるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)にそう慰められた。
「こ……怖かったです」
「ええ、シーナが怖がる理由、分かった気がします」
「いやいや、青春じゃのぅ」
リュースのパートナーであるシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)・アレス・フォート(あれす・ふぉーと)・リオン・ヴァチン(りおん・ばちん)が何やらこそこそしているが、リュースが「大丈夫」というならそうなのかな、と理沙は思う。
何より、試合開始が近いのだ。
「いちゃいちゃしておるのも結構じゃが、くれぐれも手は抜かぬようにの」
と、見つめ合う二人をリオンが揶揄した。
澄ました顔をしているから、釘をさすというよりからかいだろう。
察して軽く肩をすくめただけのリュースに対して、
「勿論! いくら大好きだって、手加減はしないからね!」
理沙はやや焦ったように顔を赤らめ力説し。
「オレも手心は加えない」
リュースは自らも誓うように言葉を足した。
それが嬉しかったのだろう、誇らしげに笑みを浮かべた理沙に、
「プリンス・オブ・セイバーには興味がないが……」
リュースは胸中でだけ呟いた。
「実力はまだとは思うが、精一杯やろう」
恋人である理沙や大切な者達。
自分は、共に戦い支え合いたいと願う人達と共に在る為に心身強くなりたいと願い、鍛えてきたのだから。
一方。
「義彦は雛子を愛してなんかいない」
朱里を見つめ、アインは断言した。
アインとて、強く在りたいと。
朱里を護りたいと、そう思っている。
けれど、人を愛するというのはそれだけではないと、知っている……朱里が教えてくれたから。
すがる様に仕舞い込む様に、ただキレイな箱に閉じ込めるように、大切に守る……それは愛とは言えないと思うから。
義彦のそれは、母鳥が雛を守るような、どこかキレイすぎる感情だ。
だって。
「もし彼が君に対して同じことを言ったとしたら……」
僕は怒りのあまり彼を本気で殺したいと思ってしまうかもしれない。
続く筈の言葉は、朱里の唇によって塞がれた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。試合に負けたぐらいで諦める恋なら、どうせその程度の『本気じゃない』恋ってことでしょ? それに私、優勝した『だけ』でなびくような、そんな女じゃないよ。雛子ちゃんだってきっと、そこまで馬鹿じゃない」
だってほら、人を愛すれば愛するほどこんな風に独占欲も抱くし。
「だから気にしないで。アインはアインらしく『自分自身のために』戦って。私、絶対応援するから。見守ってるから!」
こんな風に、愛しくて愛しくてたまらなくて、触れていたくなる抱きしめたくなるのだから。
「……分かった、見ていてくれ僕を」
アインは周囲に人影なしを確認すると、そっと朱里の唇にキスを落とした。
朱里のくれた勇気と優しさに応えるべく誓うべく、自らの愛を伝えるべく。
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