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リアクション
第8章 涙ひとひら(祠)
「狼とは面倒だな。まったく」
虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は言いつつ、手早く銃を構えた。
狼は頭が良く、素早い。
とはいえ、全く手が無いわけではない。
「できれば無益な折衝は避けたいところだがな」
言って虎鶫涼は、引き金を引いた。
雪狼の前足を狙い。
「さて、大会に出られなかった鬱憤はここらで晴らしてしまいましょうか、井上さん!」
巽はウルミ……金属片を新体操のリボンの様に繋げた連接剣だ……を鞭のようにしならせた。
陸斗に襲おうとした雪狼が、鼻面を強かに打ちつけられ、怯む。
「悪い、助かった」
「……貴公が怪我して帰ったら、春川さんが悲しむでしょうからね」
呟きに、陸斗は無言で頭を下げた。
「……ふっふふふふふ。大会に出られなかった恨み、八つ当たりさせてもらっても良いですよね!」
言いつつ、レイナはライトブレード二刀流で空中から切り込んだ。
「フゥさん!」
「オオカミ風情がっ……虎に勝てるとでも思ってんのかっ、ああんっ!?」
巽の、爆炎破による牽制で動きを止められた雪狼。
銀地の黒縞の虎耳と尻尾……半獣化したフゥは威嚇しつつ、眉間を狙いリターニングダガー投擲攻撃を仕掛ける。
「所詮は獣。火や爆音は苦手みたいですね」
「とにかく、祠まで行かなくちゃ……原因を確認しなくちゃだわ」
キアがかなり切羽詰まった様子で言った。
「なら、一点突破だ。集中砲火で道を作るから、全力で走れ」
虎鶫涼は迷わず言うと、その引き金を連続して引きながら、突っ込んだ。
「走れ!」
「う〜、ボクも行きたいけど」
「勇、さすがにダメです!」
祠にダッシュする陸斗とキア、そして、護衛する黎や巽。
ジャーラリストとして確かめたい、踏み出した足を止められ悔しさを噛みしめる勇に、雪狼の跳躍が襲いかかり。
「……きゃっ!?」
「おっと。高いんだろ? しっかり撮ってくれよ!」
にゃん丸は光条忍刀で振り切りざま、勇が落としかけたカメラをギリギリでキャッチした。
「……忍犬に一匹欲しいねぇ」
庇いながら、とはいえ巧妙に致命傷を避ける雪狼に、そんな苦笑がもれる。
「オオカミの狩りは熟知している。群れを統率しているリーダーさえ倒せば引くに違いない、んだが」
見回し、僅かな困惑を覚える。
今、襲ってきているのは若い雪狼だった。
リーダー格の、威厳のあるようなものはいない。
そして。
「血の匂い……?」
戦場と化した場所に、つきものの筈のそれが妙に、気に障った。
それら戦況を見ながら。
「なんか、やっぱり変だよ涼」
「それは僕も気づいてます」
涼とユアは雪狼の動向を探っていた。
雪狼は基本的に、ある一定のラインを守っているように見える。
現に、来た道……木々の茂る場所まで戻った涼達を、雪狼達は追って来なかった。
この空間に近づかなければ、攻撃してこない。
同じく、雪狼達が立ち入らない場所がある事にも、二人は気付いた。
そして、もう一つ。
集まっている雪狼には二種類ある事にも、涼とユアは気付いた。
圧倒的強者であるフゥの威嚇や巽の炎や爆音に、怯むモノと怯まないモノ。
前者は野生の本能に従い、後者はそれを気にしていないように見える。
「とりあえず、皆に知らせましょう……そして、普通の雪狼を止めてもらいます」
「彼らは戦いを望んでいないように見える……だとしたら何故、こんな事をしているのかしら」
カチェアもまたずっとそれだけを考えていた。
「……どうして?」
攻撃を腕のガントレッドで受け止めつつ、カチェアは空いている方の手で腕に噛みついたままの狼の頭にそっと触れ。
「大丈夫。こちらには敵意がないわ」
優しく、撫でた。
雪狼は瞬間、ビクリと動きを止めたが。
耳をピクと動かすと振り切る様に飛び退り、カチェアから距離を取った。
「落ち着けじゃ、何してるのじゃお主は!」
知らせを受けたセシリアは適者生存を使い、宥めようと試みていた。
普通の雪狼なら話が通じる。
けれど、一部狂ったように攻撃してくる雪狼がいて。
「……一度、無理矢理にでも大人しくさせるしかないかえ。行くぞえがおー!」
セシリアは意を決し、がおーに乗ったまま少し後ろに下がって弓を構え。
爆炎波付きの矢を撃った。
それは直撃し、一体の雪狼の巨体がどうっ、と倒れる。
「……なんじゃ、コレは」
雪狼の『中』から出てきたモノに、セシリアは可愛らしい顔をしかめた。
セシリアの拳よりも一回りほど小さなそれは、宝珠や宝玉と呼ぶべきものだろう。
結界や封印のアイテムとしては定番の品である。
但し、そうであれば透明な筈のそれは、黒く穢されている。
「意思に反して操られておるのか……誰が、一体だれがこんなひどい事を!」
セシリアは唇を強く強く引き結んだ。
「セシリアちゃん?!」
勇が止める暇もなかった。
伸ばした手が、穢れた宝珠と触れた。
穢れと守護の光がぶつかり合い、眩い光を放った。
「ほー、これが封印の祠ねぇ?」
地下に造られたちょっとした空間は、遺跡と呼ぶには小さく。
その中央に、祠があった。
「下手に触って壊したりしないでくださいよ?」
その祠に無造作に手を伸ばすフゥを巽が注意した途端。
「へーき、へーき……あ☆」
「フゥさーん!?」
祠がガラガラと崩れ落ちた。
「何を迂闊なコトをやってるんだ!」
一歩遅く止められなかった虎鶫涼が、思わず声を荒げる。
「いっいやほら! ちょこっとしか触ってないし!」
「だって壊れましたよ!? どどどどーするんですか!?」
動揺するフゥと巽に、
「まぁもっとも、封印されていたブツは既に持ち去られたようだが、な」
虎鶫涼は言い、促すようにキアを、青ざめたキアを見た。
「ご推察の通りよ。封印されていた『邪剣』は持ち出された後」
「……邪剣?」
「そう。ここに封印されていたもの……闇龍の力を受けて堕ちた魔剣、よ」
「我の禁忌(タブー)は108式まであるぞっ!……ま、嘘なんじゃがな」
ジュディの援護を受けつつ、陣達は尚も雪狼と戦っていた。
「何をやっている小僧、さっさと私を援護しろっ!」
「いちいち偉そうに指図してんじゃねぇ、シね!」
「文句を言う余裕があるならさっさと行動するんだな、未熟者」
「かっつぃーん……後でシメたるからなクソ英霊」
「二人とも、口では何だかんだ言っても仲が良いんだから」
口げんかしながら抜群のコンビネーションを発揮する陣と磁楠は、リーズの指摘に、
「「誰が仲よしだ!」」
声をハモらせつつ反論、雪狼達との戦いを続行している。
「しかし、この狼達も操られてんだろ?」
「だが手を抜けばこっちがやられるぞ」
「分かってる!」
とりあえず、痛い思いはさせるが倒して……それからだ。
その陣の耳元を、銃弾が掠めていった。
「……こんな事だろうと、思った」
レイナ達を援護しつつ、辺りに気を配っていた静麻は、打ち抜いた空間にスッと目を細めた。
雪狼が裂けていたという空間。
そこに先ほどまでいなかった……見えなかった『もの』が現れていた。
地面に描かれた黒い魔法陣。
その上に置かれた檻に入れられた、子供の雪狼たち。
ぬるぬると流れる血が、地を少しずつ赤く侵食していく。
そして。
「……いい加減、出てきたらどうだ?」
虚空に鋭い声と視線を撫でた。
祠の方、ではない。
自分達がやってきた外への方向だ。
ずっと、案じていた。
自分達が影使いを完全に潰したせいで、鏖殺寺院が腰を据えて災い開放の為の人員を派遣するのではないかと。
その一端がこの雪狼かもしれない、と。
そして今、静麻の感覚は確かにそれを……戦いを監視する存在を捉えていた。
「杞憂だとありがたかったんだが、な」
嘲笑うかのように、突如現れた、氷の壁。
それは丁度、隠された道の辺からグルリと祠を……静麻達を囲んでいた。
同時に、出迎えたよりも多い雪狼が。
それはまるで、外へ出させんとする、檻。
「あ〜……やっぱそういう事かよ」
そして、もう一人。
予想を確信に変えた政敏は大きく息を吐き、虚空をヒタと見据え、告げた。
「りっか。隠れていないで出てこないか? 力になりたいからさ」
政敏が静麻がリーンが見つめる先。
最初に現れたのは、水滴だった。
「ご……めん、なさ……ごめ……」
そして、小さな声。
「お願い……暫くそこにいて……私……あなた達を……傷つけたくない……」
精霊の少女は泣きながら、何度も何度も繰り返した。
「私はハヤセを……助けなくちゃ、だから……」
「ハヤセっていうのが、あなたのパートナーなのね」
泣き声を遮る、キアの声。
「邪剣を解放しに来て身体を奪われたわけね」
「違っ……命令だって……ただここに来ればいいって……だから……」
「どっちにしろ、結果は一緒。まったく、死んでまで厄介なヤツね」
「あそこでツブしておいたのは正解だったが……」
キアが誰を刺しているのか、静麻は気付いた。
ずっと影で企て、影で動き、影で全てを操っていた影使い。
奴の失敗は影に徹し切れなかった事。
しかし、奴は手を打っていた。
自分が倒れたとしても、影龍を復活させるべく。
静麻はふと奴の異名を思い出す。
影使い……或いは、人形遣い。
人形遣いは死した後も、人形を操り計画を進めているのだ。
「結界が破られた気配がなかったから気を抜いてたけど、あいつヒナの血を抜いてたのね……ぬかったわ」
一体何時?、とミスを悔むキアに。
「……雛子の血」
リネンが思い出したのは、扉が開きかけた時の事。
崩れ落ちた雛子の胸元に浮かび上がった、禍々しい刻印。
光条兵器で斬り、確かに消えたはずのそれ。
だが一つ確かなのは。
「……そうね……確かに雛子の身体に何か仕掛けをした者がいるわ」
「……そういえばキノコ狩りの依頼主、風間先生だったのよね」
ずっともやもやしていた、その原因にようやく思い至り、勇が表情を僅かに険しくした。
「おお! そういやあのセンセ、悪モンだったんだよなぁ」
にゃん丸もまた思い出していた。
雛子がおかしくなった時、そういやリリーに保健室連れて行って貰ったっけ。
その後、リリーが報告に戻ってきて……。
つまり意識の無い雛子と風間先生……影使いが二人きりだった時間があったという事で。
「……まぁ過ぎた事だよな、うん」
大事なのは未来!、頭を切り替える。
「しかも、宝珠を穢す為にも雪狼を利用した……あいつが野放しになってるとすると、マジで早く学園に戻らないとマズいわ。あぁでも、宝珠をえと……後五個確保しないと」
「宝珠は全部で六個あるのですな? それは雪狼の中にあるとキア殿は考えているのですか?」
黎に首肯するキア。
そこには真剣な、切羽詰まった色があった。
「その為に……」
「……!?」
向けられた視線に、りっかはビクリと身を震わせ。
それでも、一歩も引かずと睨み返した。
「……いかせ……ないから……」
大切なパートナーを救う為に。
例えそれで、自分がどうなろうとも。
「りっか……」
その決意に、政敏は唇を噛みしめた。
精霊は長き時を生き、基本的に死なない。
だが、りっかの今の力の使い方は、素人目にも無謀に見える。
暫く待てば自滅するだろう。
それが分かっていて尚、時間を稼ごうとするなら、それは。
「……この分だと学園の方も……厄介な事になっているらしいわね」
見てとり、リネンの表情が微かな苦渋を浮かべた。
今のリネンは『シャーウッドの森』空賊団の者。
義賊とはいえ空賊は犯罪者なわけで……そんな自分が蒼空学園に顔を出しても良いものだろうか?
「アレを復活させるという事は……なるほど、面白い事になりそうだ」
惑うリネンの耳に、ベスティエの揶揄する口調が引っ掛かる。
氷の壁と雪狼に囲まれたこの状況で、ベスティエは平然と言った。
「あれだよな、あんたも折角生き延びられたんだし、この際全部放りだして逃げちまえば良いのに」
「そういうわけにはいかないわ……正直、そうしたいのは山々だけどね」
「プリンスの遺言だから、かい? 魔剣ってのはどいつもこいつも義理がたいねぇ」
「……」
「昔馴染みとして一つ忠告だ」
ベスティエの目がスッと細められた。
「ダークヴァルキリーは復活し、闇龍との契約を果たした。本体が力を増せば影も力を増す……逆もまた、然り。時間は残されてないぞ」
その眼差しが指摘するのは「時間稼ぎ」。
「恋人さんはこれから大変な事になるよ、少年。まぁ頑張れ」
ただ続けられた軽い口調の一言が、陸斗に重く圧し掛かった。
「もっとも、その恋心が本当に少年のものなのかどうか、そこから疑った方が良いだろうがな……封印剣の主さんよ」
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