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リアクション
コンロンのメル友
パラ実生徒会が用意した船に乗り、サルヴィン川を下っていくのは横山ミツエ(よこやま・みつえ)のメル友暗殺を命じられた国頭 武尊(くにがみ・たける)とナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)、そして生徒会副会長鷹山剛次が付けた精鋭百人の兵だ。
さらに他に数名の同行者がいた。
そのうちの一人、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は乗船して落ち着いてからずっと武尊とナガンに訴えていた。
「ミツエさんのメル友を殺しちゃうなんてダメです。それに、コンロンて完全に別の国じゃないですか。そんなところでヘンな事件起こしちゃったら、シャンバラ全体に影響があるかも……ねぇ、聞いてる?」
しかし、武尊は白い粉末が詰まった袋を握り締めたまま、しゃがみこんで宙を睨みブツブツ呟いているし、ナガンは何を考えているのかニヤニヤしながら野球ボールを弄んでいるしで、歩とは目も合わせないし返事もしない。
その上、七瀬 巡(ななせ・めぐる)がそのボールに興味を示し、
「ナガンねーちゃん、キャッチボールしようよ!」
と、呑気な笑顔で手を振る姿に歩はがっくりと肩を落とすのだった。
燃える魔球だか当たる魔球だかとよくわからない技の名前を叫びあいながらキャッチボールをする巡とナガンを少し恨めしげに見やった歩が、
「武尊さん……」
と、再度呼びかけるが、やはり反応はない。
すると、歩の後ろで苛ついたような舌打ちがあった。
振り向くとヒゲを風に揺らしている猫井 又吉(ねこい・またきち)と心配そうな顔のシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)がいた。舌打ちしたのは又吉だろう。
「にゃんこちゃん……」
「そのフヌケに何を言っても無駄だぜ、歩。武尊もナガンもあんな調子だ。俺とシーリルでメル友なんざぶっ殺してやる」
「殺しちゃダメだよっ。シーリルさん……」
「……ごめんなさい」
シーリルは目を伏せたが、又吉を止める気はないようだ。
歩がため息をついた時、船室から顔を出したパラ実生が腹減ったと言ってきた。
料理などを受け持つという条件で同行を認めてもらった歩は、重い気持ちを隠して彼らに笑顔を向けた。
船に乗っていた頃から見える景色は荒野ばかりだったが、船を降りてからもそれは変わらなかった。時々、ちょぼちょぼした雑草があるくらいだ。
目的が目的なので、明るい雰囲気とは言えないまま進む一行。
歩と同じ学校という縁でついてきた諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)は、歩の説得が効果ないとわかると別の手段に出ることにした。
「お前達、どうあってもミツエのメル友を殺すというなら、その前に私とマージャンで勝負してもらおう。私が買ったら任務失敗として引き返してもらう。そして、私が負けたら私に懸けられている賞金額の五倍の額を二人に支払おう」
足を止め、振り向く武尊とナガン。
「五倍って、そんなお金持ってんの? ……ま、ちょっと疲れたし休憩がてらマージャンもいいか」
話に乗ってきたナガンに挑戦的に笑う天華。
黄 月英(こう・げつえい)がどこからともなく雀卓と牌を用意する。
「対戦構図は武尊とナガン、月英と私だ」
同行者達をギャラリーに、荒野のただ中で突如マージャン勝負が始まった。
先手必勝、と天華がツモで武尊とナガンに物理攻撃を浴びせれば、ナガンがカンで自分と武尊の物理攻撃力を上昇させる。
すかさず武尊が物理攻撃で天華と月英に攻撃し、どうにか耐えた月英はポンで自分の魔法攻撃力を引き上げた。
マージャン勝負なのか何なのかよくわからない勝負を見守っていた歩だが、武尊の行動にキレがないのはわかった。何か迷っている。
そっと近寄る歩に天華が睨みをきかせるが、歩は小さく微笑んで武尊の傍に膝を着く。
「実際に殺さなくても、ミツエさんと連絡を取れないようにすれば充分じゃないですか。皆さんだって、死んじゃったら悲しい人、いるでしょう?」
後半はみんなに向けて言った歩。
傍で武尊が弾かれたように顔を上げた。
「そうだ……副会長の命令は殺害だが、結局のところはメール交換を阻止できればそれでいいんだ。殺害する必要はない……」
「武尊さんっ」
表情を明るくする歩。
武尊はそんな彼女など目に入っていないように、言葉を続ける。
「パラ実の内乱に無関係な奴なんだ。ただ、こんな携帯圏外からでもメールを送れるってだけで……つまり、携帯基地局設置作業員、ただの会社員なんだ……」
虚ろな目で呟く姿は少し怖いが、殺す気はなくなりつつあるようだ。
いつまで自称小麦粉を使ってるんだ、と又吉は呻いた。
「付き合いきれねぇぜ! こんなとこにいる奴が、ただの会社員なわけねぇだろ。とっととぶっ殺して帰る。行くぞシーリル!」
言うなり又吉は精鋭を連れて先に駆け出してしまった。
こうなってはマージャン勝負どころではない、と天華と月英も慌てて追いかける。
そうして起伏のある荒野を抜けた先に見えてきたのは、小高い岩場をくり抜いて作ったと思われる寺院。入口には見る者を圧倒するような、高さ三メートルはありそうな仁王像がこちらを見下ろしていた。
その睨みに気圧されたかのように、先に行っていた又吉とシーリルの足は止まっている。
しかし、そんなことより武尊を驚かせたのは、仁王像の近くに不似合いに設置されている携帯用アンテナであった。
「ほ、本当にアンテナが……やはりミツエのメル友は……」
「おいおいマジかよ。てっきり武尊の妄想かと思ってたんだけど?」
武尊の不甲斐なさを嘆いていた又吉は呆気に取られた。
天華はアンテナよりも寺院の奥から漂ってくる、押し潰されそうな『気』の正体を探っていた。
「天華様、これは……」
「月英、辛かったら下がっていてよい」
それなりに修羅場を潜り抜けてきた天華でさえ鳥肌がおさまらないのだ。目覚めたばかりの月英なら、呼吸さえ止まりそうだろう。
月英はまるで寺院の奥の存在に気づかれることを恐れるように、慎重に下がっていった。
と、寺院から出てくる人影があった。
この圧倒的な気の持ち主かと思ったが、出てきたのは女の子だった。パラ実生なら見たことがあるかもしれない。
「何かご用ですか?」
穏やかな微笑みで尋ねる彼女に、又吉を押しのけて前に出た歩が早口に言った。
「ここに横山ミツエさんのメル友がいるって聞いたんだけど、キミのことかな?」
「わたくしではありませんが……何かあったのですか?」
「このままここにいると危ないの。だからすぐにどこかに移動してほしいの」
「危険、ですか。ですが今は大事な修行の最中ですので……」
「でも死んじゃったら修行もできなくなっちゃうよ」
心配する歩に、彼女は安心させるようにニッコリしてみせた。
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」
「ケッ、どきな歩!」
歩を突き飛ばし、寺院の中へ突入するのはずっとこの時を待っていた又吉とシーリルだった。
女の子の横を駆け抜けていく二人に続き、剛次がつけた精鋭百人が武器を鳴らしながら突撃していく。
さらにその後を夢野 久(ゆめの・ひさし)、ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)、佐野 豊実(さの・とよみ)が追いかけていった。
「待って!」
手を伸ばした歩の前に立ちふさがる女の子。
「心配はいりません。あの方はイジメはなさいませんから」
「い、イジメ……?」
歩は何となく天華を見たが、天華も首を傾げるばかりだった。
薄暗い寺院内に突入した又吉達が目にしたのは、無数の仏像の前で座禅を組むドージェ・カイラスの巨大な背だった。
集中するドージェは突然の客など気づいていないのか無視しているのか、振り向きもしない。
何より、寺院の外よりも彼の強い『気』が充満していて息苦しいほどだ。
勝手に折れそうになる膝を気力で立たせ、又吉は鉄甲をドージェに向けた。
「武尊のためだ……」
冷や汗は無視して微動だにしないドージェの背に突進しようとする又吉を、久の手が止めた。
「待てよ、おまえが出るまでもねぇだろ。あんなただデカイ奴、俺が一発でのしてやるぜ」
不敵に笑う久の後ろで、ルルールと豊実がウフフアハハと遠い目をして虚ろに笑いあっている。
「何だろう、すごく嫌な予感しかしないわ、豊実」
「それは偶然だね。私もだよ」
「さっきからやまない震えは武者震いかしら」
「そうだと思うよ」
すでに二人はいろいろな限界を突破し、一種の悟りの世界に踏み込んだような感覚を覚えていた。場所も寺院で周囲に無数の仏があるのだから、案外錯覚ではないかもしれない。
「行くぜ、デカイの!」
駆け出し、試作型星槍を繰り出す久。
彼をサポートするため、ヤケクソと諦めを抱えてアシッドミストを放つルルール。
同じくドージェの行動を封じようと、アルティマ・トゥーレで足元を凍りつかせようとする豊実。
その時、初めてドージェが動いた。
丸太のような腕がうなりを上げて振られる。
それはもしかしたら、ただ軽く振っただけだったのかもしれない。
それでも、久やルルール、豊実を寺院から叩き出すには充分すぎた。
石造りの屋根を突き破り、真昼の星になる三人。
「馬鹿なぁぁぁぁぁっ!?」
久の叫びが空の遠くへ吸い込まれていった。
穴のあいた屋根からパラパラと又吉達に降る砂。
ドージェは何事もなかったかのように、再び座禅を組む。
又吉は早くなる呼吸を無理矢理鎮めて鉄甲を構えた。
「なめんなよ……負けてられるかぁ!」
声を出すことで自らを奮い立たせた又吉は、ドージェの首を狙った。
誰よりも武尊を思うシーリルもまた、又吉を援護するため鉄扇を握り締め、毒虫の群を呼び寄せた。
さらにシーリルが凶暴な獣達で追い討ちをかけようとした時、再び振り向きもしないままドージェの腕が動いた。
又吉や百人の精鋭、シーリルがやや狭い入口を突き破り外へ吹き飛ばされる。
転がり出てきた彼らへ、外で見守っていた面々が駆け寄り「大丈夫か!?」と声をかける。
少し前に空の彼方に消えた久達を見ていたため、気を揉んでいたのだ。
歩達と話しをしていた女の子、マレーナ・サエフはじっと寺院の奥を見つめていた。
思い思いの格好で転がっていた又吉達が起き上がり始めた頃、ゆったりとドージェが姿を見せた。
うるさくて修行にならないから、手っ取り早く蹴散らしに来たのか。
彼が一歩近づくごとに、押されるように一歩引いてしまう。
そんな中、ただ一人武尊だけはぼんやりと立ち尽くしていた。
「君が、携帯基地局の設営作業員……そしてミツエのメル友か。ドージェによく似ているな。──ゴメン!」
武尊は小さく謝ると、ドージェの服のポケットからはみ出していた携帯目掛けて雷術を放った。
ボンッと小さな音を立てて弾ける携帯。
マレーナが目を見開く。
ドージェは眉一つ動かさなかったが、その拳は武尊をぶっ飛ばしていた。星にはならなかったが、かなり遠くまで飛ばされた。その時、武尊の携帯もへし折られてしまった。
「ドージェ様、携帯が……せっかくポータラカ人に立ててもらいましたのに」
「……パケット代が節約できるな」
何てことないように言ったドージェだったが、マレーナにはどこか寂しそうに聞こえた。
そんな空気を払いのけるような明るい声を出す巡。
「見事な体の安定感! 四番はキミだ! そうだよねっ、ナガンねーちゃん」
武尊がドージェの携帯を破壊したこととか、マレーナがパラ実生徒会長の西倉南にそっくりだとか、久達は宇宙のどのへんにいるのかとか、いろいろなことで頭の中がいっぱいになっていたナガンは、巡の呼びかけにハッとすると持ってきたバットとボールを見せてドージェに言った。
「なあ、一緒に野球やろうぜ。ミツエ陣営と生徒会、ガイアも混ぜてさ」
唐突な誘いに沈黙するドージェへ、ナガンは今パラ実で起こっていることを話して聞かせた。
「あんたが来てくれて、ミツエ陣営と生徒会で覇権を賭けた試合をすると宣言すれば、すげぇ盛り上がると思うんだけど。タイタンズも来てくれるともっといい」
そういうナガンは【栄光の波羅蜜多タイタンズナイン】の12番の押さえだったりする。
ドージェはしばらくナガンの顔とバットとボールをそれぞれ見つめた後、ゆっくりと身を反転させた。
「戦いが終わったら」
それだけを言い残して。
また、寺院で修行を始めるのだろう。
マレーナも一礼してドージェを追っていく。
ミツエのメル友はドージェ、という事実は精鋭百人によってたちまち広められた。ただし、ミツエはドージェの女だった、に変化していたが。
「マレーナ・サエフと西倉南……」
ナガンの呟きを聞いた者は、どういうことかという視線を送ると、たった一言。
「似ている」
と、短く返ってきたのだった。
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