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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

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金剛の戦い3


 『ツァンダの【さすらい同人誌バイヤー】ミツ右衛門』によるシャンバラ大荒野世直しの旅は、乙軍が金剛を攻めるという知らせにより中断となった。
「開戦時にいなかったのは、かえって都合が良かったかもしれません。このまま遊軍として参戦しましょう。幸い旅の間に適当に配下もいますし」
 後ろを見た支倉 遥(はせくら・はるか)の目に、いつの間にかくっついてきていたパラ実生らしき集団が映る。戦いが終わり、それなりの報酬を得れば解散してしまうだろうけれど。
「じゃあ、もうこの変装は取っていいな」
 そう言って、助さんから本来の姿に戻る伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)。同じく格さんになっていたベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)も変装をといた。
 そうして戦場から離れて回り込むように移動し、奇襲にちょうどよい場所を探している時だ。
 進路に誰かが倒れていた。
 近寄ってみると、獣人の女だった。
「ちょっと、大丈夫ですか? どこか怪我でも?」
「う……」
 うつ伏せに倒れていた彼女は、遥の呼びかけにうっすらと目を開けてわずかに顔を上げた。顔の下半分を赤いスカーフで覆っているため表情はよくわからないが、何か言いたそうな様子は伝わってきた。
「どうしました? ゆっくりでいいですよ」
 やさしくかけられた声に、彼女は途切れ途切れに返す。
「め、め……目黒の、秋刀魚を……」
「わかりました。目黒の秋刀魚ですね。殿、目黒の秋刀魚を調達してきてくださいますか?」
「本気で言ってんのか、それ」
「お使いを頼まれたか、腹が減っているかであろう」
 呆れる正宗の後に、現実的なことを言ったベアトリクス。
 獣人の様子からすると空腹で倒れたと考えるのが妥当だろう。
 しばらくして、たっぷり食べた獣人は屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)と名乗った。
 ベアトリクスが予想したように、空腹で目が回ったそうだ。
「仕方ないですね……少し、食料を分けますからこれで目的地まで繋いでください」
「あのっ、お礼と言っては何だが、かげゆも連れてってくんねぇか? きっと役に立ってみせる!」
 身を乗り出すかげゆに若干引きながらも、遥としては彼女が加わることに特に依存はなかった。
 そして遥が認めれば、さっそく正宗が現状を説明し始める。
「それなら、かげゆが生徒会軍の動きを探ってくる。任せとけ!」
 かげゆを斥候に、遥達は移動をはじめた。

卍卍卍


「おそらく、向こうがこちらの罠にかからなかった前回の教訓から、向こうは大軍を囮に少数精鋭を艦内に送り込んでくるはず」
 そう言い残していった司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)の言葉に従い、バズラ・キマクは乙軍の動きに注意していたのだが、まさかピザの宅配業者を装ってくるとは思ってもみなかった。
 艦内の兵から中で暴れている奴がいるとの知らせは受けていたが、そちらへ向かうことはできない。暴れているのは少人数だというから、数で押して取り押さえろと告げて、彼女は黄巾賊を潰せと改めて命じた。
 何かを守るように展開している彼らが気になったのだ。あれらの奥に危険が潜んでいる気がしてならなかった。
 司馬懿の忠告のおかげだろう。
 始めこそ弐識 太郎(にしき・たろう)水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)の派手な攻撃に意識を持っていかれたが、少ししてそれが陽動であることに気づいた。今は対黄巾賊に戦力を傾けつつある。

 その司馬懿は、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)達と共に劉備の隊を強襲していた。
 大軍での錐陣により、桐生 ひな(きりゅう・ひな)の指揮も乱され劉備への接近を許してしまったのだ。
 劉備の顔を見るなり、司馬懿は今は時代が違うのだと訴えた。
「中国はまだ漢族が支配しているが、すでに漢族だけの国ではない。そしてさらに言えば、自らを世界の中心、つまり中華と称する漢族がそうそう負けを認めると思うか? ことは、漢族の中央政府を倒して新王朝を作れば終わり、という単純な話ではないのだ」
「では、あなたは今の中国であえぐ民を見捨てろと言うのですか!」
「落ち着いて考えてくれ」
 切りかかってきた兵をシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が退けた隙にアルツールが呼びかけた。
 彼が大軍を率いてきたとはいえ、軍の中ほどにいた劉備に接近できたのはシグルズが『本気を出し』たからであった。それをアルツールがファイアストームや驚きの歌で援護して突き進んできたのだ。
「ウイグル、モンゴルその他諸々……搾取され文化を壊され続けた辺境の民は、中央政府が倒されれば漢族の追い出しと独立を望む。独立を認めるにせよ懐柔して妥協させるにせよ、ドージェのせいで傷ついたプライドをさらに傷つけられることを、漢族が許すとでも?」
「腐ったものを腐らせたままにしろと言うつもりですか。今のままでは我が祖国は膿みに沈んでしまう」
 今も昔も劉備の大事は中華の民であった。それゆえに見えていない部分もあるのだが。
 頑固者め、とソロモン著 『レメゲトン』(そろもんちょ・れめげとん)が自分のことは棚に上げて舌打ちした。
 アルツールの補佐のため移動しやすいように本の姿でいたレメゲトンだったが、ついに人の形となって現れて口を挟んできた。
 突然背にかかった重みに、前のめりになるアルツール。危うく空飛ぶ箒から落ちるところだった。
 レメゲトンは劉備に『ヴァンデ戦争』を例に取って皮肉たっぷりに言った。
「民衆のための革命と理想とやらが、実際は一部の者のためのものでしかなかったという素晴らしい前例よ。横山ミツエもいずれは、良かれ悪しかれ満足していた現状を壊された人々に憎悪されるであろう」
 が、言い終わるか終わらないかのうちに、レメゲトンのすぐ横を氷の礫が走っていった。
「劉備、加勢に来たわよ!」
 ミツエの氷術だった。
 傍ではひながアルツール達への攻撃のタイミングを計っている。
 劉備はと言えば、そんな場合ではないというのに、ミツエ達が来てくれたことに感動していた。
 アルツールはミツエも己の行動の危険さを知るべきだと口を開き──かけたところで、唐突に始まった音楽らしきものに阻まれた。
 戦場からやや距離をとり、金剛寄りの開けたところでヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)が半円形に並べた配下を前に、リズミカルにランスを振っていた。彼の足元には種モミや空鍋が転がり、馬が小さくいなないていた。
 ガガーン!
 と、鳴り響いたのは配下の一塊が叩いた鉄パイプで、重なるように種モミを踏みしめるギュッギュッという音が不気味に地を這ってきた。
 ヴォルフガングはいまいちノリきれていない配下に声をかける。
「一緒に、思うままに音楽を奏でましょう! 全てのものが楽器になるのです!」
「こんなんでもか?」
 首を傾げながら一人がバイクのエンジンをふかす。
 ヴォルフガングはにっこりと上品に微笑んだ。
 それにより調子が出たのか他の者達もエンジンをふかしたりクラクションを鳴らしたりしはじめる。さらには馬を鳴かせたり剣を打ち鳴らしたり、大声を発する者もいた。
 タクト代わりに振っていたランスは、ますます激しく時には小さく宙を踊る。
 全てはヴォルフガングがその歌声に何かを感じて契約したトロール……いや、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)を収容所から助け出すためだった。
「生前に作った最高傑作『俺の尻を舐めろ』……キミのもとに届いてますか?」
 ヴォルフガングは山のようにそびえる金剛を見上げた。
 彼の最高傑作は、どういうわけか一つの曲として聞こえた。
 ただし、受け取り方は二つに分かれた。
 気分が高揚するか、不愉快になり苛つくか。
 ミツエは高揚するほうだった。アルツールは不快気に眉を寄せた。
 これが両軍の感情として反映された。
 つまり乙軍は士気が上がり、生徒会軍はひどい侮辱を受けたといきり立ったのだ。
「ここはひとつ、づばーんとやってやるかのぅ!」
 機関銃を固定させたナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)が、周囲の生徒会軍へむけて発砲した。
 ミツエはひなへ目配せすると、伝国璽を生徒会軍へ向ける。
 伝国璽の放電でしびれた生徒会軍をひなは則天去私で払いのけた。
 アルツール達の大軍を押し戻そうと奮起する乙軍兵へ、テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)はパワーブレスをかけて応援し、ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)もミツエやひなにアリスキッスで援護をした。
 これでやっと五分といったところか。
 しかし、五分では勝てない──ひなは表情を険しくさせた。
 かといって金剛を攻めている兵をこちらに向かわせれば、そこをバズラが突いてくるのは間違いない。
 何か良い手はないか、と小さな焦りが混じり始めた時、遠くで怒号が立った。
 敵なのか味方なのかと判断する前にアルツールの大軍の後方が乱れだした。
「野郎共! 活躍次第で報酬アップだ! ぬかるんじゃないぜ!」
 オオオオオッ!
 正宗の鼓舞に応じる配下達。
 それに司馬懿が素早く対応し、アルツールに撤退を申し出る。
 引いて、大勢を立て直すべきだと。
 このままでは挟み撃ちになってしまうだろう。