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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション公開中!

【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ツアンダ6

■タシガン空狭
『森林を抜け、タシガン空狭へと飛び出した、ほとんどの選手がブースト加速で空を駆けていく!! 森林とは打って変わって障害物の極端に少ないフィールドですが、あまりに広大すぎて各選手の順位がいまいち把握できません!』


 雲の地平には幾つもの大型飛空艇が浮いていた。
 空と空の間だ。先行した幾つかの機体が雲海の端を切って大空を行く一点となっているのが見える。
 左手のずっと向こうにツアンダの陸地。白く霞む雲海の果てから広がる夏空の青の中、コースの上を行く飛空艇はタシガン行きの便だろう。
「もう、これを見慣れた風景だと言ってしまっても良いのかな」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が南の方――左手側にうっすらと続いているツアンダの陸地の方を見やりながら言う。
「景色はうつろい変わる。例え、それがどんなものであってもな」
 ブルーズはパートナーのブースト加速に合わせてをブーストを調整しながら、相槌代わりの言葉を返した。
 そんな答えでも天音は満足したらしく、にんまりと微笑みながらブルーズへと視線を返した。そぅっと艇底へ伸びていた雲海の端が一瞬だけ天音の姿に白く靄をかけたが、すぐに行き去って、青の背景を取り戻す。
 天音の視線を前方へと向けてられていた。遠く、大きく膨らんだ白雲の山。
「あれを迂回する風に乗ろう」
 天音が機首を巡らせる。
「沖へ向かうのか?」
「ここより沖にもう一つ大きな流れがある。結果的にはそちらの方が早いはずだよ」
 そう言った時には、既に天音の機体はそちらの方へと向かっていた。
 ブルーズは毎度のごとく、軽く息をついて、彼の後を追った。
「……こういうものの方を、見慣れた風景、というのではないか」
 とか、独りごちながら。


 アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)の諸葛弩が放った10本の矢が風を切って、迫る。
「んふ、少しは楽しませてくれるか?」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、片手で機体を傾けながら、もう一方の手に灯した火術を放った。
 火球の風圧に進行方向をそらされた数本の矢が、鋭い風音を捨てながら雲海の彼方へと滑り落ちてく。残りは機体を動かした分で避けた。
「ワタシが楽しむのよ、ベビーちゃん」
 アルメリアが先行させた機体の上で、愛嬌たっぷりに片目を閉じて見せながら次の矢を放ってくる。足でハンドルを固定しながら上半身を器用にこちらへ向けている。障害物の極端に少ない、この場所だからできるのだろうが――
「中々やる」
 うくうくと笑みながら、ファタは己の超感覚が察した風の方へと機体を流していた。ブースト加速を用いてアルメリアの方へと距離を詰めていく。強風に捕まった矢たちが大きな弧を描いて後方へと流れていく。

「駄目。まっすぐになんか行かせないんだから」
 アルメリアは矢を装填した諸葛弩をファタへと向けながら、うっすら唇を舌先で舐めた。
 と――ファタが一層深く笑んだような気がした。
 次の瞬間、アルメリアの機体の下方の雲海から雲の塊がゴゥッと伸び上がり、そこへ無数の人面が浮かび上がった。
「――ひっ!?」
 白く口々が蠢く人面の間から、ぬらぬらとした人の手のようなものを大量に伸ばしながら、不気味な雲の塊がアルメリアを飲み込む。
「きゃぁああああっ!?」
 そして、気づいた時には、何も無かった。
 在ったのは先程と変わらぬ大空と平穏な雲海。噴き出した冷や汗を風が冷やしていく。
 はっ、と気づいて、アルメリアは顔を巡らせた。
「幻覚ねッ!」
「ずいぶんと可愛い悲鳴だったのう」
 んふ、と満足げな笑みをアルメリアの鼻先に残すように、ファタが目の前を過ぎ去っていく。
 アルメリアは、くっと漏らして、目の端の涙を指先で跳ねた。
 それから、一つ大きく深呼吸してから、彼女は、飛空艇のハンドルを握り、ブーストを用いて加速していった。


(「佐々良さん、狙われてますよぉ〜」)
 天達 優雨(あまたつ・ゆう)は精神感応で佐々良 縁(ささら・よすが)に告げた。
(「ありゃあ〜。振り切れるかねぇー」)
 縁が首を巡らせながら小さく嘆息する。
 周囲には、少しずつ盛り上がって小山のようになった雲が続いていた。その向こうに見えたのはパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)の機体。後部のエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)が機晶ロケットランチャーを構えている。
(「……また物騒なもんをぉー」)
(「対イコン用兵器ですよぉ〜」)
 それが、だぅんっと発射される。
(「撃ってきましたぁ〜」)
(「優雨さん、しっかり掴まってねぇ。あ、これは下心抜きの……」)
(「分かってますからぁ〜」)
 縁が加速を強め、ぐっと身体に水平方向への重力を感じる。
 後方へそれて流れていくロケット。
 その代わり、すぐ横へとパティの機体が迫っていた。
(「佐々良さんー、来てますぅ〜」)
(「困っちゃうなぁー」) 
 あんまり困ってないニュアンスのそれが返ってきて機体がグッと傾けられる。グルンッと横に一回転しながら、パティ機の体当たりを避け、佐々良の機体は更に加速した。
(――少しくらいならぁ〜)
 優雨はぐるぐると巡る景色の中に見つけたパティ機へ、こっそりとサイコキネシスによる制動を試みていた。
(うぅっ……厳しいですねぇ〜)
 ほんの少しわずかに影響する程度。その力で引き剥がすとまでは行かない。
 それでも、佐々良の機体は、相手が途中で追うのを止めたこともあり、パティ機からどんどんと離れていった。

「あー、逃げられたか」
 エイミーはガシガシと頭を掻きながら、遠ざかっていく縁たちの機体を見送っていた。
「ではではぁ、本来の任務に入りますかぁ」
 飛空艇を操縦しているパティが言って、エイミーはランチャーを担ぎ直した。
「本当に抜けられるのか? あんなとこ」
「それを確かめるのが私たちの仕事ですよぉ〜」
 パティが耐電フィールドを展開しながら言う。彼女らの視線の向こうには大きな積乱雲があった。あそこを真っ直ぐに突っ切ることが出来れば、大分ショートカットになる。
 機体はそのど真ん中へ向けて加速していった。


 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、機体に講習で覚えた応急処置を施しながら、エイミーから報告を受けていた。
『雷のほうは耐電フィールドで何とかなったんだが、乱気流の方が問題でさ』
「やはり、無傷では抜けられない、か。怪我は?」
『どっちもピンピンしてるよ。掠り傷一つねぇ。パティなんて拾ってくれた大型飛空艇の中が楽しいってハシャぎまわってる』
「そうか、良かった――ご苦労だったな」
『とりあえず、こっちからはハンスとそっちに分かる限りの気象情報を送る。後はそれでどうにかしてくれ』
「了解だ。よろしく頼むぞ」
『検討を祈っとく』
「ありがとう」
 通話を切って、クレアは軽く息を漏らしながら処置を行っていたパネルを閉じた。
「さて、行くか――」
 大きく伸び上がる入道雲を迂回するようにブースト加速を行っていく。


 もうもうと灰白い濁った景色が流れていく。
 雲の粒子を切る飛空艇がカタカタと震えるわずかな振動が一番確かに感じられたのはハンドルを握る手元だった。
 瀬島 壮太(せじま・そうた)は雲海の中を注意深く抜けていた。
 と、後部のミミ・マリー(みみ・まりー)が服の裾をくんくんっと引っ張ったのを感じる。
「上で戦ってるみたい」
「上で?」
 言われて、なんとなく見上げてみる。頭上にあったのは薄い靄が何枚も重なったような風景。段々と光を反射して上に行くほど白い。つまり、何も見えない。
 と――シュボゥ、と近くで何かが雲の水分を蒸発させた音がした。
「なるほど」
 確かに誰かと誰かがやりあっているのかもしれない。
「ミミ。雲が切れたとこでブースト加速するから、しっかり掴まっておけよ」
「うんっ」
 ミミの腕がしっかりと壮太の腰に回される。

 久世 沙幸(くぜ・さゆき)の機体の下方へと、えぐり込むようにアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)は飛空艇を馳せた。頭上に沙幸の機体。
「っと、あれれ?」
 沙幸が、こちらを見失って周囲を伺っているらしい気配。
 と、少し離れた所を飛んだ藍玉 美海(あいだま・みうみ)の声が飛ぶ。
「沙幸さん、下ですわ!」
「え、下?」
 美海がちょいちょいっと指さしたのに合わせて、頭上の沙幸の機体がクルンっと上下反転した。逆さまになった沙幸の顔と目が合う。
「へへ、見つけた!」
「はは、見つかっちゃねぇ」
 アレンは、笑いながら、やれやれと首を振った。沙幸の片手に火術が灯る。
「いっくよー!」
「うわわわですぅー!」
 沙幸が火球を放つタイミングに合わせて、アレンの飛空艇後部に居た咲夜 由宇(さくや・ゆう)が、こちらも火術を投げ出した。
 お互いの火術が、バゥッ、と空中で弾けて火の粉を散らし、消滅する。
「うー、やるね! でも、せっかくだから一発は当てさせてもらうんだもん!」
「い、一発も当てさせませんよぅ〜」
 沙幸の機体はぐるんっと横回転で上下反転し直し、軌道を傾けた。
 アレンもまた、相手の下方をキープしようと機体を雲の表面へ滑らせていく。が、美海の火術に牽制されて距離が開く。その隙に、沙幸の飛空艇が併走するような形になって、手元に火球を灯したのが見える。由宇もまた火球を手に生み出している。
 と――下方の雲が途切れ、スパーンっと壮太の機体が飛び出した。
「へ? うわっととと!」
「はぃいー?」
 沙幸が壮太の機体に当たることを避けるために、投げかけていた火球をあらぬ方向へと放り、由宇は単純にびっくりして変てこな方へと火術を放っていた。
「わり、やっぱ取り込み中みてぇだな」
 ゴーグルをしている壮太が四人の方へと笑いながら頭を掻き、
「じゃ、そういうことで!」
 しゅた、と片手を上げたかと思うと、一気にブースト加速で飛び去って行った。
「お邪魔しましたー!」
 ミミの声が遠くから聞こえる。
「あ、チャンスだねぇ。今」
「へ――はぅう〜〜〜!?」
 アレンは、ふいにブースト加速を行って、沙幸たちと距離を取っていった。唐突な加速に危うく落っこちかけた由宇の悲鳴の尾を長く伸ばしながら。

「あれぇー?」
 佐々良 縁(ささら・よすが)は、向こうの空、雲と雲の間を抜けていった機体の方を見やり、声を漏らした。
(「どうしたんですかぁ〜?」)
 天達 優雨(あまたつ・ゆう)が精神感応で問いかけてくる。
(「あれ、せじまんじゃないかねぇー」)
(「あ。そうみたいですねぇ〜」)
(「なんだかんだで並んでたのかぁ」)
 と――縁は、そこで、にふっと笑んだ。
(「せっかくだし、ちぃと気張ってみるかいー?」)
(「と、聞いてる時点で、もうその気なんですよねぇ〜」)
(「行くよー」)
 縁は、機体を壮太の方へと向けた。
(「さてさて、ゴールまでに引っこ抜けるかね〜」)


 雲海の上を、レッサーワイバーンと小型飛空艇がゆったりと併走している。

「まさか空でお茶会をすることになるとは思いませんでした」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が、ティーカップを手に、ほぅと息をつく。
「せっかくの快晴だから、もったいなくて」
 本郷 翔(ほんごう・かける)は、小さく笑いながら白い小皿に二切れのパウンドをとりわけ、アリーセの方へと差し出した。
「どうぞ、夏蜜柑のパウンドです」
「頂きます」
 アリーセがその皿を受け取り、ふと、レッサーワイバーンを指差して小首をかしげる。
「この子にあげても?」
「もちろん」
 本郷の返答を受けて、アリーセがワイバーンの顔の方へ、ヒュッとパウンドを一枚放った。大きな首が巡り、ワイバーンの口がバクンッとパウンドを捉える。
 本郷はお茶を飲みながらその様子を眺め、一つ笑ってから大陸の方を見やった。
 絶え間ない雲海の向こうには、うっすらと陸地が見えた。
「内陸部より、外周の方が風が強いそうです」
 何気なくこぼすように言った本郷の言葉に、アリーセが、ふむ、ともらし、
「確かに、この空狭に出てからは風を強く感じました」
「特に、今回のコースの辺りは風が複雑です。穏やかな風もあれば、渡りの鳥やモンスターを運ぶ風もある」
「あなたは分かっていて、この穏やかな風の中を飛んでいるんですね」
「ええ。だって、心地良いじゃないですか」
 遮るものの極端に少ない360度の自由。その広大な空間を渡る、多くの風。その中の一番穏やかな風に乗っかって、紅茶の香りを楽しみ、パウンドケーキを味わう。
 今日は、良いティータイムを迎えることが出来た。


「へっへー、これで絶対に妨害を受けないよ!」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が、うっきうきな調子でガッツポーズを取った。
「しかし、こちらの視界も悪い……本当に気づかれぬと良いが」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)のもらした声に、カレンが、んびしっと親指を立てて、
「大丈夫っ! ボクたちは今、完全に雲海と同化してるんだから!」
 二人と機体の上を覆っているのは白いシーツだった。そして、機体は雲海ギリギリを掠めながら飛んでいる。
 このカモフラージュは完璧に成功しているようだった。
 先ほど早々とブーストで仕掛けたらしい数機の飛空艇が上空を過ぎ去ったが、まるでこちらに気づいた様子は無かった。
「さあ! ブーストで一気に順位アップを目指すよ!」
 カレンが気合充分に言って、機体は急速に加速した。


 空狭に広がる、ある雲の中。
「いいか、良雄様の弔い合戦だ。抜かりはねぇな?」
「勿論だぜぇ。準備もバッチリよゥ」
 妨害者のパラ実生が小型飛空艇に乗って潜んでいた。
 後部席のパラ実生の手にあったのはペンキ缶だった。黒のペンキがたっぷりと入っている。
「こいつをぶちまけてやるのよ」
「そいつで視界を奪ったところに一撃をくらわせてやるってわけか。楽しみだぜぇ。くっくっく、ヒァーーッハッハッハ!!」
「ヒァーーッハッハッハ!」
 ペンキを持ったパラ実生が盛大に両手を広げながら笑い――手に持っていたペンキを落っことす。
「ハ?」
「へ?」


 どべしゃっ、という音と共に、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の駆る飛空艇を覆っていたシーツの上に衝撃が走った。
「な、なに!?」
「――敵襲か?」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が素早くシーツを掴み払いながら、レールガンを構え――周囲を見渡したが、その気配はどこにも無かった。
「……なんだったんだろう?」
 カレンは、んん、と首をかしげていたが、ふと、ジュレールが持っているシーツの変化に気づいて。
「あ、ねぇ、ジュレ。シーツが、なんか黒くなってる?」
「うん?」
 ジュレールが確かめようとシーツを持ち上げた瞬間。
 強風が二人を襲った。
「――ッ」
 シーツが大きく煽られ、ジュレールの手から離れる。
 風に飛ばされていったシーツを見送り、ジュレールがカレンの方へと向き直る。
「すまない」
「ううん、問題ないって! ここまで来れれば、後は大丈夫だよ!」
 カレンは、ぱたぱたと手を振りやりながら笑って、進行方向へと視線を戻した。
「さ、一気に抜けちゃおう!」
 再び飛空艇を加速させていく。