校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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過去参り メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の生家のあるビバリーヒルズからは、少し離れた集団墓地。 若くして事故で亡くなった従姉妹、シンシア・ポーターはそこに眠っている。 アメリカ在住時には無縁だったけれど、百合園女学院入学後にメイベルは『お盆』という習慣があることを知った。それ以来メイベルは、毎年この時期にシンシアの墓参りに来ている。 メイベルと共に墓参りに来たシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)は、興味深そうに周囲を見渡していた。 広い芝生の中に点在する墓石。その下には死者が眠っているのだと聞いた。 魔道書として生まれたシャーロットは、その大半を禁書として封印されてきたために、人の世の暮らしというものがよく分かっていない。死してなお、その人を祀る風習があるというのも不思議に思える。 人としての生を生きるにあたっては、自分にはまだ色々と不足しているようだ、とシャーロットはその人が好きだったという花を抱えているメイベルを見やった。これも良い機会。自分にとってこの経験がプラスになるかマイナスになるか分からないけれど、この墓参りから学べればと思う。 メイベルが何を思い、この墓に来たのか。それを感じ取ることで。 「やっぱりちょっと荒れちゃってるね」 集団墓地の一角にひっそりとあるシンシアの墓まで来ると、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は墓にかがみこんだ。あまり人が来ないのか、墓には手入れされた様子がない。汚れた墓石はくすみ、その周辺には夏草が茂っている。 地球にいる時はセシリアはメイベルに付き添って、何度かお参りに来ていたけれど、パラミタに行ってからはそれもままならない。たまに里帰りした時に来るのが精一杯だ。 この機にちゃんと手入れしてあげないとと、セシリアはさっそく長く伸びた雑草を引き抜き始めた。 「これがメイベル様にとって大切な方のお墓なのですね」 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がこの墓に参るのはこれがはじめてだ。感慨深く墓石を見つめる。 「僕が見つかってメイベルと契約する少し前くらいに事故で亡くなったんだよね……。どんな人か会ってみたかったな。僕と姿の似た人だったんだよね?」 「ええ……まさにその姿ですぅ」 剣の花嫁はその契約者にとって、大切な人の姿に似るという。 メイベルには生母と継母の2人の母がいるけれど、それよりも近しい存在だったのがシンシアだった。 生母はメイベルが産まれてすぐに離婚し、実家のある東部に帰ったきり、連絡もくれずにいる。 そして今の継母も、前妻の子であるメイベルのことを快く思ってはいない。 父親ですら、メイベルは将来において政略結婚のために活用するための道具としてのみ、その存在意義を認めているような状況だ。 家庭内において居場所のなかったメイベルの、唯一心の支えになっていたのが従姉妹であるシンシアだったのだ。 家族旅行でシンシアは両親を亡くし、以降メイベルの生家に引き取られて同居していた。自分もきっと辛かっただろうに、何くれとなくメイベルのことを気にかけてくれる人だった……。 「メイベルが頑張れたのは、その人のおかげなんだよね」 せっせと雑草をむしりながら、セシリアがメイベルを見る。 「そうですね……本当に本当に、大切な人でした」 うっすらと埃をかぶっている墓石をメイベルはそっと拭き上げた。シンシアが今のメイベルを見たら、どう言ってくれるだろう。もうその声が聞けないということがたまらなく寂しい。 「では心をこめて手入れさせていただきますわね」 フィリッパは故人の冥福を祈りながら墓の手入れを手伝った。 過去の記憶はいずれ薄れ、鈍化されていく。けれどその過去無くしては現在も未来もない。今のメイベルがいるのは、シンシアあってこそ。そう思えば、自然と墓の手入れをするフィリッパの手も、いたわる手つきになるのだった。 綺麗になった墓の前で、4人はそっと目を閉じた。 それぞれの脳裏に何が浮かぶのか……それを聞くのはシンシアだけだ。 祈り終わると、メイベルたちはシンシアの墓所を後にした。 これからも歩いていくメイベルたちを見送るように、シンシアの墓に飾られた花が風に揺れる。 綺麗に手入れされ、花に彩られたシンシアの墓はまるで……微笑んでいるように見えた。