校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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懐かしくも哀しき再会 里帰りというならば母国アメリカに帰ることを言うのだろうけれど。 上野で新幹線を降りた後、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が向かったのは空港ではなかった。 過去の事件がきっかけで、ローザマリアは未だにアメリカには入国できない。ひとまずはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)と共に、アメリカ海軍にいた頃の最終勤務地、横須賀基地を見下ろす場所にあるセーフハウスに向かった。 「あそこよ」 グロリアーナに家を示し、先に立って向かったローザマリアだったが、その家のドアが開きっぱなしになっているのに気づくと眉を寄せた。様子を窺ってみれば、確かに中に人の気配がある。 と見た途端、グロリアーナがローザマリアの横をすり抜けた。気配を消しながら家の中に入ってゆく。グロリアーナから少し遅らせて、ローザマリアも家に侵入した。 人の気配はリビングにある。 そっと窺い見れば、筋肉質な身体にスーツを着た男性が、何やら家捜ししている様子。ローザマリアはハンドガンを構えて警告する。 「動かないで。両手は頭の上に」 横合いからはグロリアーナが短刀の切っ先を喉元につき付ける。 「動くでない。賊の首を落とすは容易き事ぞ」 男性は驚いた様子だったが、抵抗は見せなかった。言われた通り、即座に両手を頭に置く。 「――そう、ゆっくり此方へ振り返って」 ローザマリアの指示に、男性はゆっくりと身体を振り向ける。口元に微笑を浮かべて。 その顔にローザマリアは目を見開く。それはかつての上司であり、養父を失った後は実質的な父親のような存在だったウィリス・エドワード・ブレンダールだったから。当時アメリカ合衆国海軍中将だったウィリスは、大将に昇進し、海軍作戦部長に就任するのに伴い、アメリカ本土へ還った……はずだった。 「Dad……! どうして此処にいるの?」 「My Daughter、まさしく君の手がかりを探しに、ね」 思いがけない再会がこんな形になっていることに、ウィリスは苦笑する。 「知りあいか?」 「ええ。知りあいなんてもんじゃないくらいのね」 ハンドガンを下ろすローザマリアの仕草に、ここは大丈夫と見たのだろう。旧交を邪魔するのも無粋だと、 「妾は外に出ておる。用があれば呼ぶが良い」 そう言い置いて外に出て行った。 「元気そうで良かった」 頭の上に置いてあった手を下ろし、ウィリスは嬉しそうにローザマリアを眺めた。数年前に突如として失踪したローザマリアを心配しつつも、その行方の手がかりを得られなかったウィリスだったが、ローザマリアが葦原明倫館に入学したことで、その情報が入ってきた。居場所までは分からなかったものの、ここにくれば手がかりでもあるのではないかと、極秘に来日していたのだ。だがまさか本人に会えるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。 ローザマリアとウィリスは何年ぶりかにテーブルを囲み、久しぶりの再会に浸った。 「My Daughter我が娘よ。君が偽名を使い私の娘として共に過ごした日々。それが特殊工作の為の隠れ蓑だったとはいえ、あれは私の人生でもっとも充実した日々だった」 セーフハウスで過ぎた日々を懐かしむように、ウィリスはローザマリアに親しげな口調で話しかける。まるで本当の娘に接するかのように。 「My Daughter、なんて寂しい呼び名だわ。ローザよ。それが私の、本当の名前なの」 ウィリスに預けられていたとはいえ、存在自体が極秘なローザマリアはその期間をずっと偽名で通していた。本名を知らないウィリスは、私的な場所ではその偽名を呼ぶことをせず『My Daughter』と呼び習わしていた。 「ローザか」 ウィリスはゆっくりとその言葉を発音し、良い名だと目を細めた。 「急にローザが行方が不明になったときは心配したんだよ。一体何があったんだい?」 ウィリスは優しく尋ねてきたけれど、ローザマリアにはそれを話すことは出来なかった。話したいことはたくさんある。けれど、本国に帰れない経緯もあって、話したくても話せないことが多すぎる。 口数少なくウィリスに答えるうちに、ローザマリアの目から涙が零れ落ちた。 「今はまだ、Dadには話せない。私がどうして姿を消したのか、何故あの大陸に渡ったのか、話せばDadの身にも危険が及ぶかも知れないし、キャリアーに傷がつくわ。そんなこと、出来ない……私はDadの娘なのよ……」 そんなローザマリアを見つめ、ウィリスは言った。 「また、あの日のようには戻れないものなのか?」 その言葉は、あの日々が楽しかったからこそ辛く、ローザマリアは一層涙を溢れさせた。 「もう、私に還るべき場所はありはしない……星条旗は今でもこれからも私の総てだけど、星条旗は私を拒絶するわ、永劫ね。……彼らが私に何をしたか、それは私がこの胸に刻んで一生抱えていくべき国家の痕なのよ……」 泣きじゃくるローザマリアに、ウィリスはもう戻ろうとは言わなかった。 ただ優しく優しく、ローザマリアの背を撫でる。傷ついた娘をいたわる父のように。 短い再会を終えると、ローザマリアはこれからはハイナ・ウィルソンの有するコネクションを通し、葦原明倫館経由でウィリスに連絡を取ることを約束した。 涙を洗い流しているローザマリアを後に、ウィリスはセーフハウスの外に出た。 壁に凭れかかってローザマリアを待っていたグロリアーナが、そのままの姿勢でウィリスに言葉をかけてくる。 「聞くところによれば――ローザら特殊な訓練を受けた幼年の工作兵、もう既にローザを除き悉く生きていないというではないか。その小さき身を擲って国家に奉仕した者の辿る末路がそれでは、余りに不憫とは思わぬか?」 そしてウィリスに、かつてはローザマリアを父として守っていた者に宣言する。 「その存在を秘匿され人知れず命を終える――させんよ。ローザは、妾が護る」、と――。