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リアクション
第4章 打ち上げ
その晩、百合園女学院の修繕された会議室ではささやかな打ち上げパーティが行われていた。
運びこまれたテーブルには、紅茶やジュースといった飲み物と、百合園女学院が懇意にしている和菓子屋、ヴァイシャリー家お抱えシェフによる甘味の他、調理室で焼かれた焼き菓子なども運び込まれていた。
会議用のテーブルを幾つかあわせて、白いテーブルクロスが敷かれている。
飾りつけは殆どないが、そのテーブルの上には百合や薔薇の花が活けられた花瓶が並んでおり、並べられているお菓子が、飾りのようでもあった。
制服姿の百合園生、普段着……ドレスや和服姿の百合園生の他、招待客である他校生や手伝いに訪れた他校生の姿もあった。
「はあ……怖かった」
病院から戻ったミルミは少し元気がなかった。
実物のご先祖様は、精神状態が不安定だったこともあるが、厳しく見えて、高圧的なようでもあり、凄く怖いという印象を受けていた。
「ミルミちゃん、むぎゅー」
鈴子と一緒の時には近づかなかった牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、ぱたぱたミルミに歩み寄ると、いつものように、ぎゅっと抱きしめる。
「アルちゃん……ミルミ、とっても怖かったよ〜」
ミルミもぎゅっとアルコリアに抱きつく。
「頑張ったご褒美って考えて、沢山食べようね」
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が皿を手に、微笑みを向ける。
「歩ちゃん歩ちゃん」
アルコリアは歩に手を伸ばすと、頭を撫でていく。
歩は嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「……いつも通りに戻ったな」
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は少し離れた場所で、アルコリアの様子に嘆息する。
鈴子から話を受けていたこともあり、シーマは正式に白百合団員となった。
とはいえ、今のところ行動に変化はない。シーマはいつでもこうして護衛をしながら、頭を悩ませていたし、アルコリアは団員になるつもりはなくいつものようにむぎゅむぎゅしている。
「相変わらずじゃのう……ホッホッ」
ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)の笑いは、アルコリアにではなく、シーマに向けられていた。
「何がおかしい?」
「さて、我輩は本でも読むかのう」
百合園までアルコリア、シーマと一緒に護衛についていたランゴバルトはそこで任務を完了として、会場の隅へと歩いていった。
ちょっと不服そうにランゴバルトを見ていたシーマだが、小さな叫び声を耳にして瞬時に声の方に目を向ける。
「こっちは、まわりはかりっとなかはとろーりあまーい 『あおむしかりんとう』」
樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)が皿の上に乗っている料理の説明をしているところだった。
眞綾が作ったものらしい……。
「で、こっちは、パワ〜ひゃくばい、あまからあじつけでごはんがすすむ『ゴキブリとカシューナッツのいためもの』。……あっ」
シーマの視線に気付いて、眞綾はにぱっと笑みを浮かべた。
「シーマパパ〜、これでげんきを〜」
「【神速】発動! ブースター加速!」
途端、シーマの姿が眞綾の視界から消える。
「ほえ? シーマパパがきえた〜。ゴキブリりょーりもきえた。なんで〜? ふしぎ〜。んーと、いためものはまたこんど〜」
きっとシーマが全て食べたのだろうと眞綾は解釈して、かりんとうだけ皆に振舞うことにする。
「はあ、はあ……危なかった」
シーマは皿ごと料理を外へと飛ばしていた。
でも攻撃を当てるために、間近で見てしまったために気分が悪くなる。
「チョコレートだ、クワガタやカブトムシ型の小型、の……」
眞綾の料理を見てしまった客達には、頭を押さえながらそう説明するので精一杯だった。
ミルミに知られたら、ちゃぶ台返し……もとい、テーブル返しが見られたかもしれない。
「ミルミんおねーさま、あまくておいし〜よぉ〜☆」
ぱたぱたと走り寄って、にっこり笑顔で眞綾はミルミにかりんとうを差し出した。
「ん? かわった形のお菓子だね」
ミルミはぱくりと食べて、首を傾げる。
「おいしいでしょ?」
「うん……甘いけど、ちょっと変わった感触」
ミルミは小首を傾げる。
「みんなもどうぞ〜」
眞綾は皆にもお菓子を提供してまわる。
ちなみに、材料は決して聞いてはいけない。世の中には知らない方がいいこともある!
「あ、ミルミちゃん、アルコリアさん、あそこの桃のスイーツとか食べたー? すごくおいしかったよー」
そんな危機があったとは知らず、歩はほのぼの2人にスイーツを勧める。
「食べたい食べたい〜」
「食べたい食べたあい。ふふふっ、ふたりともかわうぃー……むぎゅーっ」
アルコリアは歩にも手を伸ばして、2人をぎゅっと抱きしめる。
ミルミは腕の中で、きゃあきゃあ声を上げる。
最近……アルコリアは、人間止めてみようかなぁなどとたまに思うことがある。
でも、この2人がいるから、まだ人間でいようかなって思えていた。
百合園と人間というモノに繋ぎ止めてくれる大切な鎖、だった。
「このイチゴのクレープ、とても美味しい」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、口についた生クリームをナプキンで拭いながら微笑んだ。
普段は食べられない料理に、心の中も浮いていく。
レキが白百合団員として参加した作戦は、概ね成功ばかりで、自分自身も役に立てたけれど……。
離宮では悲しいことが沢山あった。そのために、打ち上げを心から楽しめない人達もいるようだった。
「どうじゃ、飲むか?」
パートナーのミア・マハ(みあ・まは)は、トレーに飲み物を載せて、隅の方で浮かない顔をしている秋月 葵(あきづき・あおい)と、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)、ニーナ・ノイマン(にーな・のいまん)に近づいた。
トレーの上には、アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュースの他、ミアが用意した梅酒やサワーも乗っていた。
「ありがとう」
「戴きますわ」
「ありがとうございます」
3人は少しだけ笑みを浮かべて、アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュースを受け取った。
葵は酷く悩んでいるようで、そんな葵の様子にエレンディラは胸を痛めていた。
そして、ニーナは尊敬していた人の元大切な人に止めを刺したことについて、深く思いをめぐらせていた。
会場に、ポロン、ポロンと音が響き始める。
静かな曲だった。
壁際でペットのパラミタ虎に背を預けながら、ランゴバルトが竪琴で曲を奏でている。
せめてもの安らぎを、と。
「美味しいものでも食べて、気分転換じゃ。話は聞いておるが、あまり思いつめないようにの。折角の場じゃし」
音をBGMに、ミアは3人に語りかけた。
「うん……ごめんね」
「お気遣いありがとうございます」
葵とエレンディラが悲しみの篭る目のまま微笑んだ。
ミアは強く頷いて微笑んで見せた後、他の隅で佇む者の元に向っていく――迷いや悩み。色々な思いを抱えながら、この場に来ている者が結構いるようだった。
レキはミアとは一緒に向わず、白百合団団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)の姿を見つけて、歩み寄っていた。
「白百合団員のレキ・フォートアウフです。いつもお世話になっています。あ、あの一連の事件では色々ご迷惑もかけたかと思いますが、今後もよろしくお願いします」
少し緊張しながら言うレキに鈴子は優しい微笑みを向けた。
「いつもありがとうございます。レキさんのご活躍に励まされている団員も多いと思いますわ。一先ず、お疲れ様でした」
グラスを差し出した鈴子に、レキもグラスを差し出して乾杯をし、微笑み合った。
「レキさんのご活躍はプレナも聞いています」
制服姿のプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が近づいてきた。
彼女は飲み物や皿を持ってはいない。変わりに、メモ帳とペンを持っていた。
「ええ、危険な作戦でしたが、皆の前に立ち、立ち向かって下さいました」
鈴子も凄く評価しているようだった。
レキはちょっと照れたような笑みを浮かべる。
「制圧が成功したのは、皆のお陰ですから。あ……そういえば、捕らえたボスはどうなったのでしょうか?」
「現在は牢の中にいるようです。尋問を終えた後、裁判になると思いますが……おそらくは一生牢の中でしょう」
「そうですか。出てきてまた組織を作ったりしたら困りますしね」
レキの言葉に、鈴子は「ええ」と頷いて互いに飲み物を口にする。
プレナは2人の会話を聞きいて、情報を頭の中で整理していく。
「それじゃ、お礼に行って来ます! 校長先生とラズィーヤ様の所にも」
レキは鈴子に頭を下げると、白百合団員や協力者達へ下へお礼をしに向うのだった。
「あの、資料まとまりましたら、プレナにも見せていただけますか?」
「ええ、勿論。ただ……少し辛いことも書かれていると思います。大丈夫ですか?」
プレナを気遣う鈴子の言葉に、プレナは強く頷く。
「大丈夫です。また悩むこともあると思いますけれど、きちんと答えを見つけて……プレナも立ち向かっていきたいです」
「ありがとうございます。皆様一人一人が百合園の宝刀です。頼りにしていますわ」
鈴子はそう微笑んだ。
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