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リアクション
「つつつ……こん中とはいえ、ここまで抵抗されるたぁ、予想外だぜ。……ユグドラシル、テメェもそうだったんじゃねぇのか?」
収縮を続けるユグドラシルの『根』の中で、受けた攻撃箇所から生じる痛みにニーズヘッグが呻きつつ、ユグドラシルの『根』に問いかけるように声を響かせる。
「……ケッ、テメェからは何も言わねぇ所が気に入らねぇ」
ニーズヘッグがいくら声を飛ばしても、ユグドラシルからは声を発しない。そのことにいら立つニーズヘッグが、ユグドラシルの『根』が収縮を終えたことを悟る。後はネットワークから出、またいつもの暗闇に戻って死骸を漁る日々が続くのだろう。
「……ん?」
ふとニーズヘッグが下に気配を向けると、意識を失って転がる複数の人影があった。
「だってだって、ユグドラシルってパラミタでいっちばん高いんでしょ? その天辺から空を見てみたいなぁって思ったの!」
「……下らねぇ」
あの時と同じ言葉を呟いて、ニーズヘッグがしばし逡巡した後、彼らを自らの鱗で包み、飲み込む。
そして、出口に向かってニーズヘッグが這いずっていった。
『やあ。イルミンスールは食べられなかったみたいだね』
住処に戻ってきたニーズヘッグへ、彼にとってはウザいことこの上ない存在、ラタトスクの声が飛んでくる。
「帰って早々の言葉がテメェのたぁ、どんなうめぇ餌食ったって吐き出しちまうぜ。からかいに来たってんなら失せろ、出っ歯。オレは虫の居所が悪ぃんだ」
『おやおや、まあ、そうだろうねえ。……でもさ、この話を聞けばそんな気分も一発で吹き飛ぶこと間違いなしだよ』
「テメェが吹き飛ぶならオレはこの上なく上機嫌だぜ」
悪態をつきながら、ニーズヘッグがラタトスクの話す言葉を聞き流すように聞く。
「……何ぃ!?」
直後、ニーズヘッグの態度が変わった。
「おい……オレが地上に出ることの意味、こいつは分かってんのか?」
『さあね。ボクにだって彼の考えは分からない。じゃ、伝えたからね。フレースヴェルグもビックリの風が吹いたらそれが合図だから。後は出てみれば分かるよ、きっと』
クククと笑って、ラタトスクの声が途切れる。
「前々から分からねぇヤツだとは思ってたが……ますます分からねぇぜ。テメェ、この大陸に終末でも呼ぶ気かぁ?」
ニーズヘッグの言葉に、やはりユグドラシルは答えない。
「……ケッ! ……ああそうだ、オレが地上に出た時、イルミンスールのカス置いてくぜ。ま、適当に案内してやってくれ。後のことはテメェらに任せた」
おそらく声を聞いているであろうラタトスクに声を飛ばして、ニーズヘッグが地上に出るための準備に取り掛かる――。
コーラルネットワーク防衛線を切り抜けた生徒たちは、魔法陣に蓄えられた魔力で自らの傷と精神力を癒した後、校長室にてアーデルハイトと今後の対応について意見を交わし合っていた。
コーラルネットワークの防衛は成功。
ネットワークを構築している回線、『根』は現在修復中。魔法陣も最低限の魔力を蓄えるに留まる。
なお、『立川 るる』『五月葉 終夏』『関谷 未憂』の3名とそのパートナーが戦闘中行方不明。
エリザベートの下に向かった生徒とそのパートナーの内、3名が死亡に値する攻撃を受け、残る生徒たちも現時点で連絡が取れない。
彼らの命綱としてアーデルハイトの予備の身体を使用しており、アーデルハイト自身の予備の身体はゼロ。
エリザベートとフィリップは、アメイアと共にイルミンスールの根、今も成長を続ける迷路の中へと入っていったものと推測される。
「……まず言わせてもらうなら、状況は非常に逼迫しておる」
生徒たちに現時点での状況が伝えられた後、開口一番、アーデルハイトがそう口にする。アーデルハイトがわざわざ口にしなくとも、コーラルネットワーク防衛線での結果、エリザベート救出がこの時点でもまだ成功していない事実は、生徒たちに危機感を与えるに十分であろう。
「アーデルハイトさん、このままではイコンを奪われてしまうでしょう。その前に隠すなりする必要があるはず……教えてください、どこにイコンを置いてあるのですか? あ、直接言うのは聞かれてしまう可能性があります、暗号化して――」
「おまえの危惧は必要ない。イルミンスールの根は進化を続ける迷路、正確な座標を維持し続けることは不可能に近い。正確に目的地に辿り着くことが出来るのは、エリザベートだけじゃ」
六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)の言葉を遮ってアーデルハイトが告げ、イコンについての補足を口にする。
「地下にあるものは、殆どがまあ、壊された所でまた作り直せばよいだけのものじゃ。……じゃが、一つだけ、私でも結局解明しきれんものがあった。あやつがその存在を知っているかは知らぬが、アメイアの狙いはおそらくそれじゃろう。向かった生徒から何らかの情報が得られればよいのじゃが……」
そこへ、席を外していた正悟が扉を開けて中に入ってくる。
「済みません遅くなりました! 下の生徒と連絡が取れました!」
「うむ、話してみよ」
アーデルハイトに頷いて、正悟が報告する。内容は、
イルミンスールの根の『門』の前で接触後、『レン・オズワルド』『メティス・ボルト』『四条 輪廻』の3名がアメイアによって戦闘不能に陥らされる。無差別に攻撃するよりは、敵対の意思を明確にした場合迎撃された結果のようだ。
エリザベート救出の際、『峰谷 恵』とそのパートナーが救出阻止に回り、アメイアの行動を容認する態度を取る。彼女たちがフィリップの護衛に任じられるのを見て、『神代 明日香』がエリザベートの護衛を申し出、アメイアに許可される。
アメイアは自らのことを『七龍騎士』と名乗った。
一行が門の奥に消えた後、一旦閉じた門が再度開いた。現在、門からイルミンスール内部に入り込もうとする生物と戦闘中。
であった。
「……なるほど。私たちが後を追うことを、エリザベートもアメイアも予測した上か。……そして七龍騎士……これまでの奴らはあっさり倒れおったが、今回はそうはゆかぬようじゃな」
アーデルハイトが頷き、生徒たちに発言する。
「イコンの保管場所は、イルミンスールの根のどこかじゃ。可能であれば先回りし、乗ってしまえ。一度も動作試験しとらんが、むざむざ壊されるよりはマシじゃろ。探索に有用なアイテムくらいなら用意できるか――」
「エリザベートちゃんがピンチな今、少しでも多くの戦力が必要だ! ここはザナドゥの連中に協力を請うべきだ!」
アーデルハイトの言葉を遮ってのブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)の発言に、思い切り話の腰を折られた上に唐突な言葉を向けられたアーデルハイトが癇癪を起こしたように憤慨して答える。
「ええい、誰しもザナドゥザナドゥと! もしあやつらが何かしようとした所で何もさせん! 私があやつらに借りを作るのも嫌なので、あやつらに協力は請わぬ!」
「……何故、そこまで言い切れるのです? 物言いからあなたはザナドゥと何らかの関わりがあるように思われますが、一体――」
ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)の指摘に、アーデルハイトが杖を振りかざすと、ステンノーラの身体がビクリ、と震え硬直したように動かなくなる。
「悪魔が私に意見出来ると思うなよ? ……ま、そういうことじゃから、ザナドゥのことは気にせんでよい」
つい熱くなってしまったことを悔いるようにため息をついて、アーデルハイトがステンノーラにかけた術を解く。
「じゃ、じゃあフィリップは何なんだよ!? オレはアイツがアメイアとニーズヘッグを利用したと思ってるんだぜ」
倒れ伏すステンノーラの横で、 ジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)の放つ言葉に答えたのは、しかしアーデルハイトではなかった。
「ちょっとー、フィリップを勝手にエリュシオンの仲間にしないでよね!
フィリップは僕の嫁なんだからさ!」
「ルーレン……このタイミングでやって来るとは……」
どうにでもなれと言わんばかりの表情で呟くアーデルハイトの視界に、扉からいきなり現れたまだあどけなさを残す少年を訝しがる生徒、その中でも堂々とした立ち振る舞いの少年が、視線に答えるように口を開く。
「僕はルーレン・カプタ!
ザンスカール家次期当主、兼、フィリップ・ベレッタのパートナー!」
にわかにざわめく室内、そこへアーデルハイトの下に、吹笛とエウリーズがこっそりとやって来て、根の調査で気になった点を告げる。
「……二つの根ですが、確かに世界樹だからとはいえ、あまりに似過ぎているのですよ。まるで一つの苗木から分かれたかのようにですね……ひぇっひぇっひぇっ」
「老い先短い説に加えて、『実はユグドラシルとイルミンスールって親子みたいな深い繋がりがある?』説まで浮かんできちゃったわけ。……で、本当の所はどうなの?」
二人の言葉に、アーデルハイトがため息をついて答える。
「私にだって分からんことはあるよ。……イルミンスールについては、おそらくあやつが知っとるじゃろ。何せ、ザンスカール家の次期当主じゃからの。……ルーレン! おまえ、ユグドラシルがイルミンスールを襲ったことについて、何か知っとるじゃろ?」
「えー、僕もそこまでは教わってないよババア様ー。5000年前に何かあった、ってのは確かみたいだけどねー」
「ババア様言うな! まったく、教育の仕方を間違えたのではあるまいな、あやつら……」
アーデルハイトが、ザンスカール家に仕える100人の女性ヴァルキリーを思い浮かべながら悪態をつく――。
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