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神々の黄昏

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神々の黄昏
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 3.フマナの村


 フマナにある寒村だった。
「ここは危ないわ! 早く非難して!」
 吸血鬼の少女は、村人達に凄まじい剣幕で訴えた。
 
 ギイッ。
 
 金属音。
 少女はびくっとして振り返る。
「止まれ! 
 貴様がシャンバラに向かうのは分かっているのだ!
 今すぐ投降しろ!」
「エリュシオン、のイコン……」
 少女は固まった。
 背後で、巨大な龍型のイコンが冷たく見下ろしていた……。

 ■
 
「ん? あれは何だ?」
 薔薇の学舎のイエニチェリ・黒崎 天音(くろさき・あまね)は、神々の戦いを目当てにシボラへ向う人々に混じり、周囲を見渡していた。
 だから吸血鬼の少女に興味を抱いたのは、本当に偶然だった。
「フマナが崩落してナラカに落ちるの!」
 私には見える! と少女が叫んだ。
 確かその辺りからだ。
「では、ヴァーナー。後程、また」
 携帯電話を閉じて、寒村に目を向ける。
「龍型イコン。エリュシオンの、だろうか?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が指をさす。
 らしいね、と天音。
 少女に向かっては、穏やかに叫んだ。
「ナラカに落ちる光景が見える! と言ったよね?
 それは予知のようなものなのかい?
 ……と、話している場合でもなさそうか」
 イコンは、黙ってろ! と言わんばかりに天音に向き直る。
 だがその動きはぎくしゃくとしている。
「こりゃ、パイロットは完全に素人かな?」
 隙を見て少女に近づきその手を引っ張った。
 イコンは2人をとらえようとして空を掴む。
「僕らはシャンバラの学生だけど、黒崎天音。
 宜しくね……」
 少女はコクンと頷く。
「あれが君を追う理由は何なのかな?」
「…………」
「行きたいところは? あるのかい?」
「シャンバラ……空京とヴァイシャリー……2人の代王に……」
 全速力のため、少女の言葉は途切れる。
 人家に隠れた所で。
「ブルーズ! アルバトロスにこれを!」
 天音は窓から毛布を放った。
「裏から丸めて飛ばせば、いい。この子は頼んだよ」
「あの、どちらへ!」
 少女は焦って、天音の腕を掴む。
 天音は携帯電話を操作しながら。
「シャンバラの空京かヴァイシャリーに行きたいのだろう?
 それなら、僕の友人の仲間がちょうど帰るところだ。
 乗せてもらうといい」
 少女の手を柔らかく振りほどいて、ブルーズに耳打ちする。
「吸血鬼の都タシガンであれば、送って行ったのだがね。
 申し訳ない」
 自身はイコンの囮となるべく、アルバトロスに向かった。
 
 アルバトロスは、天音と少女……と見紛う「毛布の塊」を乗せて、空に急上昇して行く。
 引っ掛かったイコンが追っていく。
 その機体を避けるようにして、一機の小型飛空艇が人家の前に降り立った。
「ヴァーナーから聞いて。未来を視える女の子って、君のこと?」
 小型の怪獣――もとい、着ぐるみを着た影野 陽太(かげの・ようた)は、少女に柔らかく話しかけた。
 
「……そうですか。シャンバラに行きたいのですね? 君は」
「ええ、空京かヴァイシャリーに。
 2人の代王に会わねばならないのです」
 少女は丁寧に答える。
 品のある、嫌みのない口調だった。
 しぐさからして、只者ではないように思われる。
(この少女! 
 やはりシャンバラを守るため、必要な人材なのかも?)
 シャンバラの地と、環菜の笑顔が重なる。
 陽太は大きく息を吐くと、ベルフラマントで少女の姿を隠した。
「迷彩塗装、塗り終えたわよ!」
「ありがとうございます! エリシア」
「早くするのだ! イコンが戻ってくる!」
「わかりました! ブルーズ。
 今発ちます!」
 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)がベルフラマントを纏うのを待って、3人は小型飛空艇で人家を後にした。
「でも、その前に! 私にはやらねばならないことが……」
「フマナの人々の人命救助、ですね?」
 はっとして、陽太は顔を上げる。
「大丈夫!」とエリシアが笑った。
「さっきから、殺気看破にもディテクトエビルにも反応がありませんわ!」
 天音は、かなり面倒な所にイコンを誘い込んだみたいですね?
 感心したように頷く。
「それは、本当ですか?」
「ええ、現に『対イコン用爆弾弓』まで用意してきたけど、出番なしみたいですわ」
 エリシアの言に、少女はホッと息をついた。
「でもナラカへ落ちて行く前に、村の人達を助けないと!
 フマナの村々は多すぎて……とても私1人の力では……っ!!」
「大丈夫! 泣かないで」
 陽太は下界の村を指さした。
 あそこで、と笑いかける。
「待っている人達がいます。
 君の力になろうとしてね。
 だからシャンバラへ帰る前に、そこへ立ち寄ることにしますよ。
 いいですか?」
 少女の美しい顔が、パァッと華やいだ。
 
「この子が、例の女の子?」
 【救助】の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)はメガネを押し上げて、陽太が連れてきた少女をしげしげと眺めた。
「私は詩穂、お嬢様のお名前は?」
「…………」
「うん、呼びにくいし。
 それに、名前を出せばわかりやすいかな〜って、ね☆」
 少女は怪訝そうに詩穂を見る。
 初対面の詩穂に対して、警戒が解けていないようだ。
(それほど辛い目にあってるってことだよね……)
 能力のせいかな?
 思い当たることがあって、詩穂はわずかに眉をひそめる。
 少女は既に、村人に向かって警告をはじめていた。
 傍らに、ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)の姿。
 教導団の軍服を優雅に纏い。
「ボータラカ人だから未来が見えるのよ!」
 さも真実の如く風潮し、少女の説を補強する。
 だが村人達はそれほどパニックに陥ってないので、不思議そうに首を傾げるばかりだった。
「っ! 何!?」
「どうしたの?」
 ザウザリアスが咎めるように見る。
 詩穂は何でもないと言って、考え込むそぶりを見せた。
(『力』がはじき返された?)
 少女への同調は失敗した。
 フマナがナラカに落ちる光景とやらを、心を読むことで覗こうと思ったのだが。
(タダ者じゃない、ってこと?)
『力』が通じないのでは、似た者同士と分からせて、少女心を開かせることは出来ない。
(まずは行動あるのみ! ってことだよね☆)
 その時、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がやってきて、愛らしく覗き込んだ。
「詩穂おねーちゃん、天音おにーちゃんから、みなさんへって。
 でんごんですぅ〜!
『オニごっこはおわった。
 イコンはそちらにむかっている』、て」
 
 ズンッ。
 砂塵が蹴散らされて宙に舞う。
 龍型イコンの部隊が、村の前に現れた。
 
「では皆さん、頑張ってね♪」
 詩穂は仲間達に「空飛ぶ魔法↑↑」をかけた。
 彼女の傍で、吸血鬼の少女は村人達に避難を進める。
 村人達は少女の言葉よりも、イコンに驚いて我先に村を出て行った。
 誰もいなくなった村を眺めて、少女は安堵の息をつく。
「ここはいいわ! 次へ行きましょう」
 だが、言い終わるか終らないうちに少女の足がふらついた。
「逃げ通しに、逃げてきたから……」
 体力がないようだ。
 それでもふらふらと歩を進めようとする。
 詩穂は覚悟を決めて、スッと首筋を差し出した。
「『吸精幻夜』を」
「……え? でも、それではあなたが……」
「大丈夫! 『リジェネレーション』を掛けるから」
「…………」
「遠慮しないで! 村は多いんだよ? それに、使命があるんでしょ?」

 だが、どこの村に行こうと、イコンは少女をどこまでも追いかけてくる。
 そのお陰で村人達の避難は早まったが、詩穂達は再三攻撃を受けて難儀した。
 断崖に逃げて「空飛ぶ魔法↑↑」で回避しようにも、限界があるのだ。

 2人がさすがに辟易し始めた頃。
「よし、俺達に任せろ!!」
 危険な囮役を買って出たのはロイ・グラード(ろい・ぐらーど)アリス・ブライス(ありす・ぶらいす)だった。
 少女が首を縦に振ったのは、詩穂に「そうして欲しい」と勧められたから。
 危険をくぐり抜けるうちに、少しずつ心を開いてくれたらしい。
「詩穂さんがそこまで言うのであれば、お任せ致します……」
 最後が小声になったのは、罪悪感から。
「ふん、気にしなくてもいいぜ」
「手柄を立てれば、私達の学校――教導団からの評価が得られます。
 すべては自分のためなのですよ」
 ご、ごめんなさい……。
 ロイの顔色を窺いつつ、アリスは頭を下げる。
「その代わり、と言っちゃ、なんだが……」
 ロイは無造作に少女に近づいた。
 少女はびくっと身構える。
「あんたのことについて知りたいのさ。
 なに、こっちは命張ってんだから、当然のことだろ?」
 けれど少女の警戒心は解けず、彼等は1つとして情報を引き出せない。
 2人は肩をすくめて、いまひとつのメリットに掛けてみることにする。
「住人の救助のため、手柄を立てようぜ!
 アリス! 囮になって引きつけろ!
 その間に俺が住民達を全員避難させてやる!
 お嬢さん、あんたもついでに逃げてもいいぜ?」
 そこまで告げた時、少女は迫りくるイコンを見上げ、真っ青な顔で口を開いた。
「ヴァイシャリーの、セレスティアーナと空京の理子に……」
「は? 代王達に?」
「……会わなくてはならないです」
「? それはどういう意味なんだ?」
 それ以上は言えない! とばかりに口を閉ざす。
「まあ、情報はないよりはあった方がましだがな……」
 ここまで、と悟り、自身はイコンとの交渉に当たるべく移動した。
「嬢ちゃんは隠れてな! あんたが捕まっちゃ元も子もないからな!」
 こうして彼等は、事あるごとにイコンと交渉して足止めし、少女が逃げる時間を稼いだ。
 
 だがいつまでも狭い村の中にいては、いずれ少女は捕まってしまう!
 
「こりゃ、イコンを村から離す方が、先決だぜ!」
 救助に当たっていた朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、住民達のため、急きょ方針を転換した。
 その顔は、道中拾った龍騎士の面で顔を隠している。
 その姿で、レッサーワイバーンで龍型イコンを人里から引き離し、村人達の安全を守ろうと考えたのだ。
 それに、と続ける。
 例の少女にとっても、その方が都合がいいはずだ。
「そのための最適な囮が少女自身とは、何とも皮肉だぜ!」
 けれど垂は迷わなかった。
「必ず守り抜くから、住民の為に暫く付き合ってくれ!」
「え? どこへ……ですか?」
 少女は凛と構えつつも、心細そうな声を絞り出す。
「どこへでも! ここから、遠へ!」
 少女は決心したようだ。頷く。
 彼女の返事を待って、垂はレッサーワイバーンに共に乗り、闘争を開始した。
「カモフラージュ」と「情報攪乱」と使って、夜霧 朔(よぎり・さく)がこっそりと後から追いかける。

 龍型イコンの隊がバラバラと追いかけてくる。

「天音の情報通りだ! ありゃ素人だぜ!」
 となれば、と、垂は村から離れた崖や谷間を選んでジグザク飛んでゆく。
 着信音。
「わっりぃ、携帯、確認してくんね?」
「あ、はい!」
 少女は揺れるワイバーンの背の上でバランスをとりつつ、垂の腰に挟まった携帯電話を抜き取る。
「詩穂からだわ! 村の、救助が完了したそうですね」
「ああ、よかったぜ」
 伝言を聞いて垂はホッと息をつく。
「じゃ、仕上げだ。朔! 予定通りだ。行くぞ!」
「了解しました」
 周囲の空気が揺らいで、朔の柔らかな声が流れる。
 彼等は一瞬岩陰に隠れた。
 ミラージュ。
 垂は多方向へ飛び去る幻影と共に、飛び出した。
 地上から朔がメモリープロジェクターで、繰り返し幻影の再生を行う。
 そして少女等が安全地帯へ逃げ去るまで、幻影はイコン部隊を惑わし続けるのであった。
 
「どこへ行きたい?」
 断崖の上にレッサーワイバーンをおろすと、少女の手を取って垂は尋ねた。
「行きたいところに連れてってやるよ」
「行きたいところ?」
「うん、あるんだろ? 最後まで付き合うぜ!」
 少女はサッと顔を上げる。
 けれど次の瞬間、寂しそうに頭を振った。
「いいえ、そのお気持ちはありがたいのですが。
 皆様にこれ以上は、ご迷惑をかけられません……」
 シュンッ。
 少女の姿が消える。
「えっ!? ちょ、ちょっと! おまえ!」
 慌てて伸ばした垂の手は、空をつかんだ。
「テレポート……だと……?」
 何者なんだ 彼女は?
 朔と無事に合流したのは、直後のことだった。
 
 ■

 その頃、フマナの村々ではちょっとした変化が起こっていた。
 
 ■
 
「エリュシオンは、ナラカにドージェおにいちゃんを落とすつもりかもしれません!
 だから、もっとはなれてないとあぶないんです!」
 
 ヴァーナーは、辿り着いた村で必死に声を張り上げていた。
 赤十字風にアレンジした神官服。
 空飛ぶ箒にのり、片腕に銃型HC。
「セツカちゃん! そろそろ次行くですよ!」
 自分等が担当する村々の位置をマップ機能で確認しつつ、地上のセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)に指示を出す。
 その間にも、ふところで携帯電話の着信音が鳴る。
 先程は天音。今は詩穂。
 人気者の彼女は、何かと忙しいようだ。
「村の人々はあらかた立ち去ったようですが……」
「セツカちゃん、あれ!」
 空飛ぶ箒から下りて、セツカの傍に立った。
 村の入り口を指さす。
「イコンじゃない!? ワイバーン……?」
「龍騎士団の小隊、ですわね?」
 ヴァーナーを背に庇って、セツカは蒼白な顔で彼等の前に立った。
 だが、セツカが下手に出て交渉しようとするより早く、兵士達は。
「駄目じゃないか! ここは危ないぞ! あれが見えないのか!!」
 ドージェの戦場を指さす。
 避難勧告に来たらしい。
「あの、村人達を助けに?」
「そうだが?」
「村を襲いに来たのではないので?」
「どうして騎士たる我々が、弱き村人達を襲わねばならんのだ!」
 龍騎士達は憤然とした。
 どうやら本当のことらしい。
「ところで、吸血鬼の少女を見なかったか?」
「え? いえ、見かけませんでしたわ」
「そうか……あ、いや。ならばよいのだ!」
 彼の歯切れは悪い。
 セツカ達は「?」の文字を頭上に浮かべたまま、丁重に礼を述べて、次の村へと向かおうとした。
(村人は襲わない。
 彼等はそう言っていましたわ。
 じゃあ、あの龍型イコンは例の少女のためだけの兵器、だとでも言うのかしら?)
 ブツブツ呟くセツカの腕を、誰かがつかんだ。
 龍騎士の1人だった。
 待て、と言って。
「ひょっとして、『救助』に来た者だったのか?
 ならば、我々も協力しよう!
 その方が早い」

 龍騎士達の部隊の協力もあって、【救助】の面々は担当する村々の村民達を避難させることが出来た。
 
「だが、落ち着き先が必要だな……」
 龍騎士達は腕組みをして、考え込む。
「あなた方の国で、保護して頂くことは出来ないのでしょうか?」
 一行を代表して【救助】のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が尋ねる。
「何分、急なことでな。
 それにフマナを離れることは、彼等が嫌がるだろう」
 龍騎士は村民達を眺めた。
 老いた者が多い。
 新天地を進めるのは酷というものだ。
「俺達の国、『雪だるま王国』に来て頂こうと、そう考えていたのですが……」
 クロセルは考えを改めざるを得なかった。
 ここからシャンバラ方面は遠い。
 そのうえ、異国だ。
「お気持ちだけ、有り難く頂いておくよ。お若いの」
 村民を代表して、村長らしき老人達は首を垂れた。
 
 彼等は龍騎士達の勧められるまま、戦いから離れた安全な場所に取りあえず移動することとなった。
 こうして【救助】9名の活動は、成功の内に幕を閉じた。
 だが、フマナにはまだまだ多くの村が点在するのだ。