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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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【×5―1・思考】

 昼の食堂で静香は今回、
『新メニュー! 桃色爆発キューティーハンバーグ!』
 という、なんだかよくわからないメニューを頼んでいた。
 せめて気持ちを盛り上げようという思いで頼んだのだが、それくらいで紛れるほど静香の心中は単純なものではなかった。
 そのままただただ時間だけが経過して、柱時計が十二時三十分をさしていく。
「元気がないわね、静香さん」
「…………なんでもないよ」
 変わらないやり取り、変わらない結末。
 静香はこんな状況になってもなお、あんな非日常はやっぱり夢で今日はなにも起こらずに過ぎるんじゃないかという淡い期待を抱いてもいた。
「それにしてもすごい色ですわね、それ。どう調理すれば食材がショッキングピンクになるのでしょう」
 そのとき、のぞきこもうとしたラズィーヤの袖にミートスパゲティが軽く触れた。
「あら。いけない、わたくしとしたことが」
「っ!」
 服についた赤色を見て、静香は血の赤を思い出した。
 何度も見た、ラズィーヤの死に様が、脳裏に浮かびそうになって、
「ちょ、ちょっとごめん。これ食べたいなら食べていいから」
「え? いえあの、わたくし別に欲しかったわけでは……」
 返答を後ろに聞きながら、静香は食堂を飛び出した。
 呼吸を整えて、吐き気を我慢しつつ壁に手をついていると、いつものように亜美が追ってくるのが気配でわかった。
「どうしたの?」
 尋ねてきた亜美に対し、ゆっくりとループのことを打ち明ける静香。
 もしかしたら違った返答がくるのではと期待していたが、
「それは静香の願望かもしれないわね。静香はいつも、ラズィーヤのオモチャにされているじゃない。ひょっとしたら、何度もラズィーヤを死ぬような目に遭わせたいって思ってるのかも」
 多少の差はあれど、内容としてはそう変化は無かった。
 亜美の言葉に対して反論する気力も失せ、立ち去ろうとしたとき、
「そんなはず……ないですっ!」
 別の声が割って入ってきた。
 驚いた静香と亜美が視線を向けると真口 悠希(まぐち・ゆき)がそこにいた。
「ボクは……静香さまの優しさを知っています! 優しくて……優し過ぎて、時に他の人の事まで真剣に悩んでしまう……そんな方が死を望むなんて事ある訳ないです!」
「そう? ずいぶんと自信ありげに言うじゃない」
「……あっ。御免なさい亜美さまも可能性を指摘しただけで悪気は無いと思います。だから……皆で力を合わせループを脱出しましょう……この悪夢から、覚める為に!」
 ひとり気合いをいれる悠希に、静香は曖昧に頷き。
 亜美のほうはそれからは何も言わぬままどこかへと去っていってしまった。
「静香さま……ラズィーヤさまを、守りましょう!」
 それでも悠希はめげることなく、静香を連れて食堂へと戻ったが。既にもうラズィーヤはどこかに行ってしまった後だった。
 ちなみにピンクのハンバーグは手つかずだった。

 静香たちと離れた亜美は、ひとり校舎を歩いていた。
 と、それを追うようにしている橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)がいた。
 舞としてはさきほど静香に声を掛けようと思っていたのだけれど、亜美の過激な言い方が聞こえてきたのでひとまず様子を伺っていたのだった。
「やっぱり、さっきの会話聞き覚えがあるよね」
「それ、デジャブよ。錯覚だから、昨日見た雑誌にかいてあったわ……あれ、この台詞昨日も言ったような。いや、一昨日だったかな……」
「だからそれも違和感のひとつなんだってば」
「まあいいわ。それより、あの……西川亜美、だったかしら。静香よりも、あっちを調べたいわね。あのドリル(髪型がそんな感じだから)のことを呼び捨てにまでしてるし」
「ブリジットも、ラズィーヤさんのことヘンな呼び方してるけどね」
「私? 私はいいのよ。それよりほら、見失うわよ」
 ブリジットはあえてこそこそせず、堂々と後ろを闊歩しての尾行を続けていく。
 舞も後に続きながら、思う。
(きっと、ブリジットはラズィーヤさんのことが心配なんですよね。ブリジット、素直じゃないから心配だなんて絶対に言わないですけど、私には分かりますよ)
 それからもふたりは自然に亜美の後を追って、数学の授業にも、社会の授業にも、保健体育の授業にも顔を出した。
「ちょっと。さっきから座学ばっかりじゃない。これじゃ張り合いがなさすぎよ」
「いやまあ、学校の生徒なんだから。授業には普通にでてもおかしくないんじゃない?」
「何時間もこんな調子じゃ、いい加減面倒になってきたわね。もう直接本人に聞きましょう、そのほうが早いし」
(それなら、最初からそうした方がよかったんじゃ)
 と思いながらも舞は口に出すことはせず。ブリジットと共に、終礼のチャイムと同時に帰ろうとする亜美を逃がすまいと近づき、ついに話しかけた。
「ごめんなさい、ちょっといい?」
「はい、なにか用?」
「単刀直入に聞くわ。何が目的なの?」
「え?」
「とぼけないで。静香校長と、ドリ……ラズィーヤ・ヴァイシャリーのことよ。私にはわかってるのよ。あなたラズィーヤと知り合いなんでしょ? ふたりを仲違いさせて、なにを企んでるの?」
「ちょ、ちょっと待って。なにか誤解してるわ。確かにワタシの家は、ヴァイシャリーの家と交流がないわけでもないけど」
「やっぱり」
「でも企むなんてことはないわ。単に静香と仲良くなって、傍若無人なラズィーヤが私はあまり好きになれないだけ。それだけよ」
 弁解する亜美に、ブリジットはなおも食い下がろうとしたが、それより先に舞が仲裁に入った。
「そうだったんだ。ごめんなさい、失礼なこと言って」
「ううん。誤解されやすいタチなのは、自覚してるから」
「でも、西川さんも気づいているでしょう? 校長先生の様子がおかしいこと。なにか知っていることがあったら教えて欲しいの」
 舞の協力要請に、亜美はわずかに残念そうな表情をして。
「ごめんなさい。今日は家の用事があるから、早く帰らなきゃいけないの。話なら、また明日にね」
 やんわりと断り、駆け足で校門へと走っていってしまった。
 ブリジットは逃げるように去っていった亜美をまだ疑い続けていたものの、本当に学院を後にしてしまった彼女を確認し。今はこれ以上追求しないことにしたのだった。

 三時半には学院を出て、そのまま自宅への途についた亜美なのだが。
 実は、その亜美を遠くの路地裏から覗き見る者がいた。
 長羽 陣助(ながばね・じんすけ)である。
「特に目立った行動は見られなかったな……」
 百合園の近くを通りかかった際、西川亜美という人物がなにか企んでいるという噂を聴きつけた彼は。
 あるときは高めの木によじのぼり、またあるときは近くの丘で望遠鏡を手に亜美を監視しつづけていたのだ。
 百合園の警備員に何度も見咎められそうになりながら、なにか収穫があるようなら静香に報告するつもりでいた陣助だったが。結局空振りに終わったらしいと軽く肩を落とした。
「おーい。待たせたな!」
 そこへ、石膏像やら分厚い本やら、奇妙な模様のカーペットや、通常より二倍近い大きさの懐中時計やらを抱えている、パートナーの石屋 達明(いしや・たつあき)が走ってきた。
「やー。あの西川亜美の家、金貸しみたいでさ。警備が厳しくて参ったぜ」
「……それはいいけど。どうしたんだよ、その荷物」
「ん? 監視ついでに侵入して、いろいろ拝借してきたんだ。重要な手がかりになりそうなものは、特に見つからなかったけどな」
「そっちも収穫無しか。どうやら、根も葉もない、ただの噂だったみたいだな」
「みたいだな。ちぇ、つまんねーの」
「仕方ない。この件からは手を引くか……ああ、盗んだもの、ちゃんと返して来いよ」
「え? あ、ああ」
 と言ったものの。
 盗んだ相手に返すのはさすがのどうかと思い、
(そうだ。静香校長によろしくしてもらえばいいや)
 ということで達明は帰りに静香に会いに行こうとしたものの。
 百合園は男子禁制のため校門前で回れ右させられ、やむなく、
(それなら、適当に手紙書いて送っておけばいいか)
 として『西川亜美によろしく』と書いた紙と共に、全部まとめて静香への献上品だと銘打って警備員に渡しておいた。
「うん、いいことをした後は気持ちがいいな!」
「えぇ……? いや、まあいいけどな」

 そのころ、百合園の廊下で筑摩 彩(ちくま・いろどり)は悩んでいた。
「最近、イグーとキスする夢、見るの。確かにあたし、女の子の方が好きだけど、これはちょっといきすぎだと思う……。何回も同じ内容をくり返してるし、これってなんか変!」
 対する彩のパートナーのイグテシア・ミュドリャゼンカ(いぐてしあ・みゅどりゃぜんか)は、聞く者がいたら赤面しそうな今の話を平然な調子で返していく。
「わたくしと彩が接吻ですか。良いんじゃありません事? ですが、彩本人の意思を無視しているのでしたら、いただけない話ですわね。一つ、作戦を授けましょう」
 イグテシアの提案はこうだった。
 1時間おきに手帳に何があったかを記載して、記憶のとぎれるのがいつで、その瞬間に何が起きていたか、記録するというもの。
 そうしてループを経験していったものの。最初はせっかくのメモがきれいさっぱり消えてしまっていることがわかった。が、それで易々と根をあげることはせずに記憶の糸をたぐりよせ、彩は美術の成績と芸術知識を、イグテシアは語学と理数の頭脳を総動員させて、写真記憶も活用して手帳の内容を出来うる限り再現させていった。
 何度と無くその行為を繰り返し、メモの時間も徐々にせばめていき、現在。
「とりあえず前回のループで、ループが起きるのは決まって四時三十五分ごろだってわかったのよね」
「そしてわたくし達をはじめ、ループの気づいた人も気づいていない人も、誰もが同じ日付を同じタイミングで回帰していく、と」
 あらかたのことは把握したものの、それでも彩は悩んでいた。
「でも本当にこのループは、どういうことなのかな? はじめは特定の人間を狙った一種の精神攻撃かとも思ってたけど。ここまで色んな人が影響を受けているとなると、話はそう簡単じゃないのかも」
「そうですわね。不特定多数の人間を狙った無差別攻撃、あるいはなんらかの物理、魔法での現象ということも考えられますわ」
「もー、余計わけわかんなくなってきたよ。このままずっと同じキスの夢を見つづけたら、あたしもうどうにかなっちゃうかも」
(……セリフだけ聞くと、なんだかいやらしいですわね。あら?)
 悩むふたりの前に、静香と悠希がやってきた。
「ごめんなさい。ラズィーヤさんを見かけませんでしたか?」
 はあはあと息を切らしながら尋ねてきた静香に、彩とイグテシアは顔を見合わせメモを確認する。
「この時間だと、書庫の整理をしてるはずだよ」
「わかった、ありがとう!」
 彩が答えると、静香達は息を整えるのも惜しんで走っていってしまった。
「どういう事態が起こっているにしろ……はやくループが終わって欲しいものですわね」