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リアクション
【×5―2・逆転】
ラズィーヤは、書庫で茅野 菫(ちの・すみれ)と話をしているのだが。
「ラズィーヤさん。弟くんに、連絡を取りたいんですけど」
「…………」
ラズィーヤは先ほどからやや不機嫌そうな様子で、古ぼけた本を読んでいる。
「ラズィーヤさん? 聞いてます? 弟くんですよ。レイル・ヴァイシャリーくん」
「…………」
「連絡がつかないなら、家での様子とか、どんな風に過ごしてるとか、元気にしているかだけでも教えてほしいんだけど」
ギ、とかすかにラズィーヤの指先でヘンな異音が聞こえた。
「あの。もしかして教えるの嫌だとか? だったらせめて手紙かメールできるようにならな――」
「ああ、ごめんなさい」
と、ラズィーヤはニコォと不自然すぎる笑みを菫の顔にぐっと近づけ、
「わたくし、このあと大事な用事がありますので。失礼」
それだけを淡白に言い放つと、くるりと背中を向けて去っていってしまった。
菫はわずかに気圧されたものの、そんなあんまりの態度にさすがに憮然とする。
「なんなんだよ、もう。少しくらい話してくれてもいいのに」
納得できずにぼやきつつ、同時にあそこまで頑として語りたがらなかったのが予想外にも感じられた。
(なにか話したくない理由でもあったとか? だとしてもなんか納得いかないじゃん)
どうすればよかったのかわからず、菫は伏せの状態で待たせていたペットの狼の背中を軽く撫でる。すると狼はいきなり遠吠えをはじめた。
「? どうしたんだよ、急に。こんなとこで吠えたら周りに迷惑だろ」
書庫の管理人からジロリという音がしそうな視線で睨まれつつ、菫は一旦外に出るが。
それでも吠えるのをやめないペットに違和感をおぼえる。
「ラズィーヤさんを行かせるなってこと? あれ? そういえばこんなことが前にも……いや、前じゃない、今日……?」
やがてループに気がついた菫は、ラズィーヤの後を追いかけていった。
その数分後に静香達がやってきて、ラズィーヤがいないとわかるとすぐまた出て行った。
そのころ日下部 社(くさかべ・やしろ)と日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)は、隠れるようにして校舎の中を歩いていた。ちなみに社はコスプレイヤースキルの異性装となりきりを使い、麗人と化している。
「ふぅ……しっかし百合女に入る為とはいえ俺がこんな姿をする事になるとは……知っとる人に見つかったらどないしよ……」
「でもほんとにやー兄……じゃない、やー姉かっこいいよー☆」
ドキドキしどおしの社と、面白がっている千尋。
そんなふたりと、走ってきた静香たちがすれちがった。
そうして懸命に走る静香の様子に、社はわずかに違和感を覚える。
「はて? なんか前にも同じような光景を見たような? デジャヴか?」
よくよく周りを見回してみれば、落ちているボールにすべって転ぶドジっ子、自販機の前で談笑するふたりの女子、ブラスバンドの音、それらが記憶にある感覚を味わう。
「やー姉! 今のって前にもあった事だよー! ちーちゃん覚えてるもん間違いないよ! だって、ここに描いちゃった猫さんの絵が消えちゃってるんだもん! あ……」
興奮のあまり前回ループでイタズラした事まで口走った千尋は、社に軽く小突かれた。
「にしても、これはどういうことや? なにかの事件なんやろか」
「そのとおり!」
と、そこへ突然ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が大きな声をかけてきた。
「この事件の背後には大きな陰謀が隠されているんだよ!」
パートナーのステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)は隣で若干冷ややかに眺めてつつ、軽く会釈をする。
「ボクの調査結果によると。静香が鍵を握っているらしいんだよ。しかもザナドゥが絡んでいるのがボクの見解だよ。ああ、ザナドゥというのは古代シャンバラ女王に地下に封印された魔王の国のことで……」
ブルタは判官という立場から、事件性があると判断して学内に調査という名目で入りこんでいるのだが。発言には多少ブルタの想像も混じっているようだった。
いきなり登場したブルタに、社たちはわずかに気圧されながら、ステンノーラのほうに向かって話を振る。
「そうなんか? 確かに静香はなんか様子おかしかったけど」
「ええ、そうですわ。ザナドゥかどうかは別にしても、魔族が絡んでいる可能性もなくはないと踏んでいますの」
「へぇ〜。そうなんだー!」
そこで社は特技のオカルトを使って推理をしてみる。
「こういうループとか不思議な空間に入る原因は何かしらの術式……前触れみたいなもんがどこかしらで起こっとる事が多いみたいなんやけど。誰か何でもいいんで気付いた事があったら言うてくれへんかな?」
「えっとね、静香ちゃんはループする前にケータイが鳴ったみたいだよ? やー姉が言う何かがあるとしたらケータイから流れた『音』に何かあるのかもしれないね☆」
「ああ、実はボクも携帯を怪しいと睨んでいたんだよ。ここはどうにかして静香校長の携帯の着信音を調べないとね。着信音自体がループの引き金なのか、相手が話すキーワードが引き金になっているのか……」
千尋とブルタが推理へ返答し、社は推理を続ける。
「そして、肝心なんはこんな事をして誰が得をするのか? っちゅう事や。静香校長に何かを刷り込みたい? ラズィーヤさんが死んどるっちゅう事をか? けど、そんなんループさせんでもええよな……」
「そうですわね。とはいえ、誰が得をするのかは常に考えておくべきだと思いますわ」
ステンノーラの発言を聞き、そして、
「取り敢えず色々考えるのは後や後! 今は何より、このループ空間から逃れる事が先決やな! 皆! 頑張るで〜!」
「お〜☆」
「こらこら。ボクをさしおいて仕切らないでくれよ」
「まあ、べつにいいんじゃありません?」
今回、ローザマリアはクリスティーを張っていた。
姿も気配も消したまま、ずっと後をつけ、そして。
「ごめんなさい、ちょっといい?」
犯行直前に、何喰わぬ顔で世間話をするかのように話し掛けていく。
「ん、ボク? なにかな」
「道に迷ってしまって。美術室へはどう行けばいいかしら?」
「え? それならこっちの道を真っ直ぐ右だけど」
「こっちというのは、どちらです?」
「だから、そこの廊下を……まっ、すぐ……」
その会話の中で、ローザマリアはさりげなくその身を蝕む妄執を密かにかけていき。
しだいにクリスティーは、ある幻覚に頭を支配されていく。
それは……校長室に辿り着けないループ。
それにかかった彼女はうつろな目つきになって、廊下をグルグルと回りはじめた。
「ふふ。目には目を、ループにはループを、よ。これで、全てが終わればいいんだけど」
夕暮れの校長室。
そこにある鏡台の背後に湯島茜は、今回も隠れている。とはいえ本人にその自覚はないのだが。
(これは静香様のためなんだよね)
自分に何度と無く言い聞かせているうちに、ついに目的のラズィーヤが入ってきた。
緊張が一気に張り詰める中。ラズィーヤはすぐに鏡台の前に向かって、鼻歌を歌いながら化粧直しをはじめた。
茜としてはこうも早く相手が術中にはまるとは予想外だったが、この機を逃すまいとして隠れたままの状態で召喚を行なった。
すると茜のパートナーであるルシファーが呼び出され、
「えっ!?」
「初めまして、お嬢さん。正直にいうと茜のような小娘の相手にも飽きていたところだ、たまにはあんたみたいなご婦人と話をしたいと思ってたんだよ」
ルシファーは彼女の両肩を掴もうとしたが、ラズィーヤは即効腰を落として床を転がるようにして逃れてしまった。
しかし茜はその隙をついてナイフを二本投げつけ、仕留めにかかっていくが。
そのとき校長室に誰かが飛び込んできて、ナイフを叩き落していた。
ラズィーヤも茜も驚く目に映ったその人物は、社だった。
「おっと、危なかったな〜! あんさんみたいな可愛い子が怪我でもしたら大変やで? 気ぃつけや☆」
遅れて千尋と、ブルタ、ステンノーラも続き、更に菫も現れた。
次々現れる邪魔者に、茜は軽く舌打ちしながらも構わずラズィーヤに斬りかかっていく。
「このっ……!」
「おっと。そうはいかない」
止めようとする社に、ルシファーが立ち塞がる。
茜はパートナーに感謝しながら、ナイフを、ラズィーヤの胸に届かせた。
だがわずかに皮膚を削ったところで、飛び掛ってきたブルタやステンノーラに押さえ込まれた。傷は菫がすぐに獣医の心得で治療を試み、事無きをえた。
ルシファーのほうも、社と千尋のふたりがかりでどうにか取り押さえる。
静香と悠希は、急いでいた。
ヘタに色々と探していたため、校長室に着くのに時間がかかってしまったのだ。
「はぁ、はぁ……どうしよう。これでまた同じことが繰り返されたら……」
「静香さま。何回ループしちゃっても……一緒に頑張りましょうっ! ボク……何回でも、ずっと静香さまの味方でいますから……!」
悠希からの励ましに、わずかに心が安らぐのを感じ。
ようやく辿り着いた校長室の扉を開けると、
「静香校長! よかった、無事やったんやな」
様々な生徒達がそこにいた。
事情はわからぬものの、犯人らしき人物が捕まっているのを見て安心しかける。
そのとき、音楽が鳴り響いた。
静香のケータイの呼び出し音。
社と千尋は即座にその音に集中し、ブルタは慌てて近づいてくる。
「あ、あの。ボ、ボクに携帯電話を貸して! はやく!」
「え? ど、どうして?」
「ぐふふふ。静香たんの携帯アドレスを手に入れようなどと邪な事は全く考えていないよ。法と正義の代行者であるボクがそんな事する訳ないでしょ?」
「は、はあ」
押し切られるように静香は携帯電話を手渡す。
するとブルタたちはこぞって何か秘密がないかと、揺すったり叩いたりしていく。だがなにかの術が発生するようなことはまるで起こらず、ただ着信音が轟くだけで。
「そ……それより、ラズィーヤさんは?」
「え?」
やがて放たれた静香の一言で、
社も、千尋も、菫も、ブルタも、ステンノーラも、茜とルシファーすらも、
ラズィーヤの姿がなくなっていることに気がついた。
戦闘のあとで気を抜いていたのもあるが、いついなくなったのか全く気づかなかった。
「ラズィーヤさん!」
彼女達の表情から不安を感じ、静香は駆け出した。
(だいじょうぶ。どこかに避難したんだ、きっと)
そう自分に聞きかせ、走り。
やがて、近くの女子トイレで『その光景』を見つけた。
「ひっ……!!」
静香は最初、その声が自分の口から出た悲鳴だとわからなかった。
それほどに目の前のものに衝撃を与えられてしまったから。
なにより『その光景』は、異常なことに。
まず天井に血がべったりとついていた。
単に血がはねたというレベルではなく、筆を使い塗りたくったぐらいに染められている。
そして腕が切れていた。
正確には切断というよりも、勢い良く引き千切られたかのように両腕の先が潰れている。
さらに胸元に大きな傷があった。
一体なんの傷なのかもわからないほどに、服も、肌も、赤よりも黒に近く染まっている。
唯一、顔だけは傷つけられていなかったが。
瞳孔が開かれて大きく見開かれた目は、まるで責めるような色でこちらに向いて――
「ア、アア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
喉が猛烈に痛くなっても、静香は自分がなにをやっているのか。
なにを叫んでいるか、なにを考えているかもよくわからなかった。
「どうしました!? だいじょうぶですか!」
そこへロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が飛び出してきた。
実のところロザリンドは朝方頃から校長の近くで待機していて、ずっと陰から見守っていたのだが。さすがにこの状況では最大級の警戒を取り、桜井校長に危険が及ばないように傍で防衛する以外に道はなかった。
(……何か以前も同じような事があった気がしますね)
と、そんなことを考えつつ女王のカイトシールドを構え、震える静香を叱咤する。
「校長、周囲に注意を払ってください、何か異常がありましたら声を上げてください!」
「う、うう……あああ……」
しかし静香は涙をぼろぼろこぼしながら、足をがくがくがくがくとさせて立ち尽くしている。これではとても状況に対処できそうもなかった。
(ああ、それにしてもラズィーヤさんがこうなってしまうなんて……)
「もう、いやだ……こんな……」
「校長もパートナーロストの影響を最小限に抑えるため、急いで医務室にいきましょう。ほら、はやく……」
と、そこでおかしなことに気づいた。
(……え? 何故? ……何故……桜井校長が立って?)
たしかに静香は、錯乱して血の気が引いたり震えてはいるが、見たところそれ以外は大きく異常を感じる事はないように思えて。
「あの……校長? ……お体は大丈夫ですか?」
「うううううう……」
(ああもう! これではらちがあきませんね。たしかにこんな悲惨な現場では無理もありませんけれど)
ロザリンドは、もう一度死体に目を向ける。
この死体が偽物ということを怪しむ彼女には、恐怖よりも不気味さが先に立っていた。そう考えれば、この演出するような現場も怪しく思えてくる。
「とにかく、一度この場を離れましょう」
そして静香に肩を貸そうとして、
唐突に、また、ここでも、
時間は戻り始めた。
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