校長室
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
リアクション公開中!
「失念していた。トワイライトベルト上だから、山から覗きは出来ないのか」 ネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)は、双眼鏡で温泉の――山側の方を覗いていたのだが、ほのかな明かりが見える程度で、人の姿などは確認できなかった。 元から用意していたコインで試験もクリアしようとしたが、ゼスタが持っていたコインと同じものではなかったため、試験の方も失格になり踏んだり蹴ったりであった。 いや、試験の方は彼にとっては『おまけ』なのだ。 思う存分覗きをすることが彼がこの合宿に参加した目的なのだ。 「だが、事前調査が足りなかったか……」 ネルソーは深くため息をついた。 「そのコインこっちによこすアル!」 「下ろすのじゃ〜!!」 その場から立ち去ろうとしたネルソーだが、突如上の方から振ってきた声に顔を上げる。 「本物の金だろうとそうでなかろうと、高値で売ってみせるアル! 地球人にしか参加資格がないなんて、贔屓アルよー! こんなにかわいいパラミタパンダをのけ者にしようなんて血も涙も無いアルね! 烏龍様のバチが当たるアルよー!」 体をロープでぐるぐる巻きにされて、木の枝につるされているのは、白茶のパンダ……もとい、ゆる族のマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)だった。 試験に乱入し、コインを沢山手に入れて、売りさばいて儲けようと思っていたのに、パートナーの御影に止められ、邪魔をしそうだから、寧ろするに決まっているという理由で木につるされてしまったのだ。 「わ、わしはマルクス殿とは違いますですじゃ! 臣下として主君の為を思って、ただ純粋に御影殿の手伝いをしようとしていただけですじゃよ!? それじゃというのにこの仕打ちとはいかがなものでございますじゃかっ」 もう一匹……もとい、もう1人同じようにつるされている者がいた。同じく御影のパートナーの豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)だ。 「さあ、コインをこっちに投げるある!」 「下ろしてくれなのじゃー!」 吊るされた2匹はばたばたと暴れている。 「ああぁ、傍に……直ぐ傍に一糸纏わぬ女子が居るというのに、この様な所で無為に時間を過ごすなど生殺しですじゃぁぁぁ!!」 更に、秀吉が絶叫する。それはもう悲痛な声で! その叫びは、全く乙女の裸を見ることが出来ていないネルソーの心にズシンと響いた。 「これを換金して写真集でも買って下さい」 ピンとネルソーはコインを上に投げた。 「ふぐうっ!」 マルクスが見事、口でキャッチ! 「またどこかで会いましょう。ですが、隠密行動(覗き)に叫ぶ相棒は必要ありません」 シュタッと手を上げると、ネルソーはその場から去っていった。 ゼスタは食事やティータイムに使われているアウトドア用のテーブルについて、皆の帰還を待っていた。 陽と真言、和希の後に、ラルク、海豹仮面、博季がゼスタの元にコインを持って到着をする。 速さを競うテストではないが、速さやも勿論評価に繋がる。 続いて、入手までに少し時間がかかってしまった、未沙、御影も到着を果たす。 「合宿、とても楽しかったですわ」 パートナーの神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)を待ちながら、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)は、ゼスタにスイーツとお茶を出していく。 「わたし、学生生活ってはじめてで……なにもかも新鮮でした。ジュジュもとても楽しそうで」 エマは伝説の果実で作ったタルトをゼスタに渡しながら微笑みを浮かべた。 「でも、少し心配ですけれどね。強行手段など、ないといいのですが」 「無防備だからちと心配かもしれないが、大丈夫大丈夫」 「いえ、ジュジュが強行手段に走って、温泉を破壊したりしないかと……」 そんなエマの言葉に、ゼスタは笑い声を上げた。 くすくす、エマも笑った後、心を込めてゼスタに礼を言う。 「スイーツもたくさん食べましたし、ゼスタには感謝ですわ。ありがとうございます」 「ん。楽しんでもらえたのならよかった。俺もいろんな子の手作りスイーツが食えて嬉しかったぜ」 「大変な立場でしょうけど……無理しすぎないでくださいね。恩返しがしたいんですわ」 「それじゃ入浴後のマッサージとかしてもらいたいぜ。授受チャンにはナイショで来てくれよ。部屋破壊されたら困るからさ」 軽くウィンクしてゼスタは甘い笑みを見せる。 エマは微笑みを浮かべながら、機会がありましたらと首を縦に振った。 「ゼスタせんせー、コインゲットよー!!」 そこに、授受が手に入れた金のコインを振りながら戻ってくる。 彼女は川側の湯船には入っていない。 ブラヌとコイン交換の取引をして、目的の金のコインをゲットしたのだ。 ブラヌには、ほっぱにちゅーしてあげると約束もしてあった。 そんな約束をしてあったのに、ブラヌは、目先の裸な女の子達に目を奪われてしまい、交換が遅れてしまった。 「あたしのちゅーじゃ足りなかった……!? でも約束は約束……」 試験開始まで温泉で張り込んでいたため、授受はすっかりのぼせてしまっている。 ふらふらとゼスタの元に駆けていき、にこおっと笑みを浮かべる。 「よしこれでさらに1UP……」 「大丈夫か? 焦点あってないぞ」 「そいでほっぺにちゅーの約束……」 立ち上がり、ゼスタは両手で授受の肩を支えた。 授受はうつろに微笑んで手を伸ばすと、彼の頬にちゅっとキスをした。 そして、そのままへろへろと倒れこむ。 「ジュジュ!?」 エマはオロオロしだす。 「のぼせただけだろけど、一応医務室行こうな。医療班、準備頼む」 ゼスタがラルクに目を向けた。 仲間と健闘をたたえあっていたラルクの顔が、一瞬にして真顔に変わる。 「わかった。部屋を温めておく」 そして、半裸のまま医務室へと駆けていった。 「自分で歩けるか? ……無理そうだな、ふふ」 言って、ゼスタは授受の身体を抱き上げた。 彼女が目を回しているのをいいことに、ちょっと頬を摺り寄せたりして。 ゼスタが医務室から戻った後に、留美が他の女の子達と一緒に到着をする。 元々のコインの数が少ないため、全員とはいかなかったが、留美のサポートにより、女性の合格者は多かった。 男性陣の方はといえば……尋人が沢山コインを集めて、そのまま戻ってこないために、不合格者が多く出た。 彼自身は夕食の時間になっても、戻ってはこなかった。 がむしゃらにコインを探していた尋人は、湯の中だけではなく岩場も探して周り、身体が冷え切ってしまっていた。 少しだけ温まるために、温泉に入った途端、疲れていた為に眠気に襲われて……そのまま眠りに落ちてしまっていた。 「元気……というより、精神的に……不安定に見えるな」 そう呟きながら、呀 雷號(が・らいごう)が湯の中に落ちていく尋人の身体を救い上げて、外へ運び出した。 「テスト中もずっと尋人を気にかけてばかり……あなたも尋人のことを心配し過ぎです」 西条 霧神(さいじょう・きりがみ)も手を貸して、2人で更衣室の中へと尋人を運んだ。 「ここには頭の良い人がたくさんいますから、きっとシャンバラと地球のためにいい方法を考えてくださいますよ」 眠っている尋人に、霧神はそう語りかけた。彼の苛立ちはよく解るから。 だけれど、警戒している雷號と違い、霧神はアジト調査を終えた後は事態を楽観視していた。 霧神はゼスタの様子を見て、判断していた。 彼の言動に余裕がある間は大丈夫だろうと。 「私達もあとでゆっくり3人で温泉に入りますか?」 霧神の言葉に、暖炉に火を入れながら雷號は首を左右に振った。 「私たちは風呂に入る習慣が無い。特にこのような野外でなど……その間に敵の襲撃が来ると対応が遅れる……地球人は平和な習慣があっていいな」 「そうですか……でも、ここは大丈夫ですよ」 そんな霧神の穏やかな言葉に、雷號は息をつく。 そして、眠る尋人の隣に腰掛け彼を見守りながら、こう言うのだった。 「……いつか、ここでもう一度みんなでゆっくり楽しく入れる時もくるだろう……」