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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回) 薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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「難しい話終わった?」
 続いて、ひょっこり顔を出したのは、リン・リーファ(りん・りーふぁ)だった。
 最近、彼女はゼスタの側にいることが多い。まるで、観察しているかのように。
(難しい顔もするんだなー。でも、びっくりした顔とか、怒った顔はまだ、見たこと無いよ)
 じーっとゼスタの顔を見ながら、リンは近づいていく。
「どうした、リンチャン」
 ゼスタはにっこりリンに微笑みかける。
(この間の皮入りのお菓子は、イタズラにつもりだったのにー……。あたしの前では、余裕な顔、崩さないんだよなー)
「薔薇学せんせーチェスって詳しい?」
「ん? 地球の西洋将棋か。日本で流行ってるゲームなら、そこそこ知ってはいるぞ」
「じゃあ教えて! っていうか勝負しよー」
 リンはチェスセットをゼスタの方へと向けた。
「うお? 合宿中、しかも日中に遊んでたらマズいだろ? 遊び道具の持ち込みも一応不許可なんだけど……」
「へー、意外と固いこと言うんだねー」
 パートナーの関谷 未憂(せきや・みゆう)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は、真面目に掃除や洗濯に勤しんでいる。リンは、このところサボってばかりだった。
「……だから、こっそり2人だけでやろうな」
 にやりと笑い、ゼスタは上の階を指差す。
「うん♪ せんせーが勝てたらオヤツ用のお菓子あげるね。あたしが勝てたらお願い聞いてもらうー」
 会議室から出て、上の階に向かうゼスタの後を、リンは嬉しそうについていく。
「2人きりでこっそりだあ? けっ、これだからイケメンは……」
 未憂と親しくしている悠司は少し気になりはしたが、止めるのはヤボそうなので、会議室に残ったままぶつぶつぼやいていた。

 上の階の引率者用の部屋で、楽しくチェスをしながらリンはゼスタに色々質問をしていく。
「せんせーは、お菓子とか良く食べるけど、ホントは人の血が食料なんだよね? パートナーさんや恋人さんから血をもらったりはしないの?」
「神楽崎はよほどのことがなきゃ、吸わせてくれそうもないなー。タシガンにいるガールフレンド達からはいつももらってるぜ」
「ふーん、ガールフレンド、沢山いそうだね?」
「親密に付き合うのは、年と同じ位の人数って決めてるんだけど、今、数人足りないんだよな。リンチャンも俺と親しくなってみる?」
「って、年忘れたんじゃなかったっけ? あたしは今300歳くらいなんだけど、せんせーは年上? 年下?」
「……さあ。ひ・み・つ」
 言いながら、ゼスタはポーンを動かす。
「も〜。子供みたい……」
 リンは突然立ち上がると、手を伸ばしてゼスタの頭を撫でたのだった。
 撫でられたゼスタは僅かな驚きを見せた後、楽しげな笑みを浮かべた。
「前はせんせーのこと好きじゃないって言ったけど。ちょっと好きになった、かも?」
「ホント?」
 ゼスタは頬に手を当てて、リンを見つめる。
「うーん。わかんないや」
 リンはゼスタと目を合わせた後、何故だか長く見ていられなくて目を逸らした。
 なんだろう。こうして遊んでいることがとても楽しいのに、まだまだ足りないような、そんな気持ちだった。
(せんせーの魔法にかかっちゃったのかなー?)
 ふうと息を付いた後、リンもチェスの駒を進めて、次の手を考えながらまた質問をしていく。
「どうして契約しようと思ったの? 契約するとリスク増えるよね。そういうこと考えないひとじゃなさそうだし」
「なんとなく」 
 返ってきたのはそんな返答だったけれど、彼は彼なりの考えがあって契約をしたのだろう。
 未憂とリンもなんとなく、軽い気持ちで契約をしたのだけれど。
 未憂がいなかったら、リンはここにはおらず。
 ゼスタが契約をしなかったら、彼が契約者達の合宿を任されることはなく。
 こうして会うこともなかったのかなーと。
 なんだか、リンは寂しいような気持ちになった。
「おーし、チェックメイト!」
「えっ!? うわああああああっ」
 あまりチェスに集中していなかったリンは、ゼスタにあっさり負けてしまう。
「うぐ……うっ」
 大げさなほどに、リンはガッカリし肩を落とす。
「そんじゃ、スイーツもらうぜ」
 ゼスタはお菓子をつめてある袋を引き寄せた。
「もっと極上のスイーツをくれるっていうんなら、返してやってもいいぜ?」
 袋を手に、ゼスタが瞳を煌かせる。
「ん……。いいよ、負けちゃったし」
 お菓子はあげてもいいと思っていたからいいのだけれど。
 お願い、聞いてもらいたかったなーと、リンは残念そうに深く深くため息をついた後、気を取り直してにっこり笑顔を浮かべた。
「遅くなったけどゼスタせんせーに誕生日プレゼント」
 そう言って、袋の中身を確かめる彼に近づいた。
「オズの魔法使いって知ってる?」
 手を、彼の額に当てて。
 そっと前髪を分けて。
 リンはゼスタの額に口づけた。真心を込めて――。
 あなたが何処に居ても護られますように。
 誰かにとっての善い魔女は、誰かにとっての悪い魔女かもしれない。
 出来るならあなたにとっての、善い魔女であれますように。
 ……リンの唇が離れて、体を起こしたその瞬間に。
 彼女の後頭部に大きな手が当てられて。
 ぐっと引き寄せられ、リンの可愛らしい頬に、ゼスタの唇が当てられた。
「お返し」
 吐息の混じった声が、耳の中で響く。
「これもお返し」
 彼の手は、そのままリンの頭を優しく撫でていた。
「……っと、やっぱ合宿で本気で生徒襲ったらまずいよな」
 次の瞬間に、ゼスタはリンから離れてチェスを片付け始めた。
「さて、戻るか」
「う、ん」
 リンは何故だか、頭がくらくらしていた。呼吸も苦しい。
 吸血鬼の魔力のせいだろうか……。
「センセー……また勝負しようね、合宿じゃないときにでも」
「勿論。今度は俺が条件を出させてもらうかもなー。リンチャンが勝てたらタシガンの有名スイーツ店で好きなだけおごってやる。俺が勝てたら、お願い聞いてもらうー。とかな!」
「うん」
 リンは笑顔でこくりと頷く。
 ゼスタは片付けたチェスセットをリンに渡すと、彼女の頭をぽふっと叩いて、先に部屋から出て行った。