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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)
薄闇の温泉合宿(最終回/全3回) 薄闇の温泉合宿(最終回/全3回)

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「少し、いいかな」
 そんな時。
 許可を得て、一人の青年がテントに入ってきた。
「ちょっと君の事を聞いたものでな」
 穏やかな音色の声を、ユリアナに向けたのはアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。
「良く、空を飛ぶ鳥の様に自由になりたい、とか良く聞くな。だが、実際の鳥は敵から逃れる為飛んでいるだけで、敵がいなければ世代を経ると飛ばなくなってしまうそうだ」
 ユリアナはアルツールの方を見なかったが、軽く目を開いて黙って聞いていた。
「飛ぶという行為は、とんでもなくエネルギーを消費するからね。世の中で、何かを全く自分の思い通りにし何かを成したい場合……圧倒的な力であらゆるものをなぎ倒すしかない」
 その言葉に、軽く彼女は頷いた。
「そんなことは無理だから、例え僅かでも誰かと協力して折り合いをつけたりするわけだ」
 そして、アルツールはこう続けた。
「……イルミンスールの教員としては、当然図書館のものは返還してもらいたい」
「魔道書は私のもの。契約もしてるし。他のみんなだって、シャンバラ古王国時代に、さまざまな立場だったパラミタ人と契約してるでしょ? 危険な存在として封印されていた人とかとだって。彼だって、一度死んで私と契約したことで蘇ったようなものだから。私に全ての権利はあるはず」
 ユリアナの主張に、アルツールは頷くことは出来なかった。しかし……。
「本体の魔道書はしかるべきところに、戻してもらいたい。だが、教育者としての俺は、君を物の様に引っ張り合う現状がどうにも納得がいかんのだ」
「それは……」
 ようやく、ユリアナは顔を上げてアルツールを見た。
「魔道書を渡したら、私のことは解放してくれる、ということ?」
「残念ながら、俺の一存ではなんとも言えないが……。キミに無理やり来てもらいたいとは思ってはいない。蒼空学園に帰りたいのか?」
 ユリアナは返答に迷った。
 すでに、彼女を取り巻く状況は大きく変わっているから。
「私、は……」
 ぽつ、ぽつとゆっくりユリアナは話す。
「大切な人――恩人に、預かってるモノを、早く早く返したい。だから、拘束されたくない」
「もしかして、その方はエリュシオンにいるんですか?」
 綾耶が問いかける。
 アジトで龍騎士団と出会った時。ユリアナが龍騎士のレスト・フレグアムという人物を気にしていたようだから。
 魔道書がエリュシオンに渡ることに対して、ユリアナは反発を示さない。蒼空学園に帰りたいとももう言わなくなった。
 だから、もしかしたら、と綾耶感じていた。
「聞き及んだ話によれば……」
 食事を渡した後、そのまま残っていたユニコルノが口を開いた。
「ユリアナ様はレスト様をご存知のよう、ですね。もしかして、ご縁のある方なのでしょうか?」
 同じく近くでユリアナを見ていた刀真達から、パートナーの呼雪がそのような話を聞いていた。
 ユリアナは戸惑いの表情を見せるが、何も言わない。……言えはしなかった。
「我が主は、レスト様がユリアナ様の大切な方だという事であれば、きちんとした事情をお聞きした上で会議の前にお二人で個人的に会えないかと責任者に掛け合うつもりだと仰せです」
 続けられたユニコルノの言葉に、ユリアナは瞬時に顔をあげて、強い目でユニコルノを見た。
 主――早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、東シャンバラのロイヤルガードだ。
 だからといって、意見が通らない可能性もあるということも、ユニコルノは話しておく。
 ユリアナは答えないが、彼女の表情から綾耶とユニコルノの話は正しいということ――レストがユリアナの恩人であることは、見て取れた。
 アルツールは眉を寄せて、少女達を見守る。
 イルミンスールの教師として、本来なら魔道書を取り戻すべく動かなければならない。
 本来なら、エリュシオンの龍騎士団とユリアナの接触は、阻止しなければいけない。
「言ってごらん」
 だけれど、それをせずに、一言だけ声をかけて腕を組んで見守り続けた。
 ユリアナは辛そうな表情を見せて、首を左右に振った。
「どうしても、言えないこともある……。だけど、お願い」
 彼女の小さな言葉に、ユニコルノはただ首を縦に振って、呼雪を呼ぶべく、テントから出ていった。
「少し、落ち着きましたか?」
 ユニコルノと入れ替わりで、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)がテントに入ってきて、ユリアナに声をかけた。
 ユリアナは優斗の顔を見ると……首を横に振った。
「そうですか……」
 優斗は少し悲しげな表情を見せた。
 ユリアナは賊の味方をしていたけれど、それは会いたいと思っている人に『会いたい』という願望が強すぎたからであって、彼女は根本的に悪い人ではないと優斗は思っていた。
 彼女の願いが叶うよう手伝ってあげたいと思っていた。
 そのために、弟の風祭 隼人(かざまつり・はやと)に協力を求めていた。
 隼人から提示された条件を、こっそり手紙に記してユリアナの周りに人が少ない時を見計らい、彼女に手紙を渡すことに成功していたのだけれど。
 ユリアナの返答は『ノー』のようだった。
「僕からも、ユリアナさんに約束して欲しい事があります」
 それでも、優斗はユリアナの心に語りかけてみる。
「それは……どんなことがあっても必ず僕達のもとへ……御神楽環菜先輩との約束を果たしに蒼空学園に戻ってきて下さい」
 ユリアナは……。
 目を伏せて、その優斗の言葉にも首を左右に振った。
「このまま行けば、お前はあの龍騎士殿に連れて行かれる事になるだろう」
 ユニコルノから連絡を受けた呼雪が、テントへと姿を現す。
 ユリアナはぴくりと反応を示す。
「西シャンバラにこのまま帰還できる可能性が極めて薄いことは、お前自身も気づいているだろう。どんでん返しでも起こらなければ、どうという事はない」
 ユリアナは何も言わず、地に目を向けていた。
 呼雪は彼女に近づいて、こう問いかける。
「だが、本当にそれで良いのか?」
 ユリアナの眉が僅かに動いた。
「お前は賊に潜入したは良いが自力で魔道書を取り戻す事も出来ず、こうして合宿の寄り集まりに捕らわれて失敗ばかりの未熟者だ。そんな体たらくで龍騎士殿の許に行ったとしても。恩を返すどころか、いざという時また失敗を繰り返して彼をガッカリさせる事しか出来ないんじゃないか?」
 ユリアナは軽く眉を潜め、拳を握り締めていく。
「龍騎士と2人きりで会わせることは出来ないわ」
 そう言葉を発したのは、梅琳だった。
「それは誰にとっても良い結果にならないから。ユリアナ自身にとってもね。その理由は東のロイヤルガードの早川呼雪さんが仰る通りよ」
 梅琳はユリアナから離れるつもりはないようだった。
 ゼスタの説得は出来るかもしれないが、任務で訪れている彼女の説得は無理そうだ。
「東側については、俺の方で掛け合っておく。西の皆とも、もっと話し合うことを進める。まあ、密談なんかは東西ともに、出来る状況ではないが、な」
 ユリアナの周りには、現在は西だけではなく、東シャンバラの契約者も常に誰かついている。
 龍騎士はおろか、誰もユリアナと2人きりで話すことは出来ない状態だ。
 呼雪はマユに目を向けて、軽く頷くと一緒にテントから出て行く。
 ……マユは出入り口で振り向いて、うつむいているユリアナを見た。
「もし二人で会えなくても、会議でも会えるのでがっかりしないでくださいね」
 最後にそう言葉をかける。
 ユリアナは何も答えなかったが、マユが持ってきた茶を一口、飲んだのだった。

「ユリアナちゃんの事が心配?」
 テントの側で待っていたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、会話を終えて出てきた呼雪に問いかけた。
「利権塗れの勢力に囚われるくらいなら、龍騎士に連れて行かれた方が幸せかも知れないな」
 歩きながら、周りには聞こえないように、小声で呼雪はそう言い、軽く視線を落とした。
「ただ、それが本当にユリアナの為になるかどうか……」
 ヘルは重い表情の呼雪を見て、表情を暗くする。
 ユリアナも気にはなるけれど。
(僕は呼雪も心配だよ)
 彼の疲労が見え隠れしている横顔を見ながら、思う。
「何処に行っても利用されるだけだったら……どうしたら良いんだろうね」
「そうだな……。どうしたら、良いんだろう」
 呼雪はそっと目を伏せた。
「あとで、食器の回収に行きましょうね」
 話を理解できず、呼雪を心配そうに見上げていたマユに、ユニコルノが近づいて声をかけた。
 こくりとマユは頷いて、ユリアナのいるテントの方に目を向けた。