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リアクション
「お招き、ありがとう」
すでにウゲンは、その力を隠す気はないのだろう。
屋上部分に、彼はいきなりその姿を現した。赤いマントを翻し、にっこりと微笑んでいる。その傍らには、狂った道化、横倉 右天(よこくら・うてん)と、それに従わされている神無月 左天(かんなづき・さてん)が控えていた。
「ようこそ」
西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が、ウゲンへと歩み寄り、膝を折るようにして挨拶をした。
銀の髪が、風に靡く。
「どうぞ、こちらへ」
フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が歌うように口にし、ウゲンを案内する。ランディングフィールド、その中央に用意されていたのは、ささやかなディーパーティだ。丸いテーブルには白いレースの布がかけられ、三段のプレートスタンドには、可愛らしいスイーツが並んでいる。
「僕が知っているおもてなしというと、斜陽のハプスブルグ、長らく都すぎて退廃したウィーン風となるのでね。あまりお気に召さないかもしれないけど」
『田舎領主の方には』と、言外に滲ませ、フランツは少しばかり人の悪い笑みを浮かべた。
「斜陽、退廃かぁ。いい言葉だね」
ウゲンは微笑み、霧神のエスコートで席へと着いた。
「こらまたえらいごくろうはんですなぁ。なんやらこっちぃ来やはるて聞いてたから盛大みんなで準備しましてン」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が、にこやかに挨拶をする。
「イエニチェリの大久保ですわ」
薔薇学に転校はしたものの、転校費用を値切り損ねた関係により、まだ制服は以前のままだ。とはいえ、ウゲンはとくに気にした風もなかった。
「ところで、あの飾りはどうしたの?」
「おっきい人形ですからなぁ、イコン。あんまし、そうそう若いお方のオモチャにして、あちこちの普請ボロボロにするようなことが起きてはいかんやろ、ちゅうンで、当面は僕らの『良心の鎖』、で繋いでありますねン。しょーもない戦争ごっこで遊ぶ必要はないしそんな年齢でもあらへんでしょ。まあコーヒーとお菓子と、ご一緒しまひょ」
フランツが、せっかくだからとギターをつま弾く。その音にあわせ、右天が奇妙な動きで踊ると、ウゲンは楽しげに目を細めた。
霧神がコーヒーをウゲンに差し出し、一見和やかに、茶会は始まった。その様子は、音声とモニタによって、イコン基地内部の生徒たちにも伝わっている。
「いい機会やとおもいますわ。イコン、オモチャに使うんかそうでないんか。なんのために使いたいんかとか、色々伺わせてもらいたいですねん。共感でけたら、僕らかておたくはんのお力になれることかてあるやもしれません」
「んー、君たちにお願いしたことは、別にあったはずなんだよねぇ。……僕はさ、この基地のことだたったり、シパーヒーだったり、もともと僕のものを貸してあげてるだけなんだよ? その一部を使うのって、当たり前の話じゃない」
コーヒーを口にし、ウゲンは『なにが問題なのかが、そもそもわからない』といった様子だ。
「非力な存在が、自分にもなにかができるはずだと勘違いしてる様って、滑稽で楽しいから、僕は好きなんだけどさ」
「はー、そうでっか」
別に好かれたくはない、と思いつつも、あくまで泰輔の表情は穏やかだ。
「うん。だから、遊ぼうよ? 良心とか、権利とか、くだらないよ」
「遊ぼう、遊ぼう? 面白い遊び、しよう?」
右天がはね回りながら、声をあげて笑い、……シパーヒーに絡みついた鎖を引きちぎる。
次の瞬間。塔の周囲を囲むようにして、ゴーストイコンが、その不吉な黒い騎士の姿を現した。
「…………話は通じひンってことやな」
泰輔が立ち上がる。
「あと、せっかくだからコーヒーはもらっていくね。ごちそうさま」
そう言うなり、ウゲンの姿が宙に浮く。右天、左天とともに、ある種のバリアのようなものに覆われた空間の中に、彼はいるようだった。
「文字通り、高見の見物ということですね」
フランツが呟いた。泰輔は、すでに自らのイコンにむかって走り出している。
誰の言葉にも耳をかさず、暴走していく少年の姿を、霧神はやや複雑な心持ちで見上げていた。
(……始まったみたいだね)
ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は、イコン基地地上の扉の鍵を開けた。突入部隊がイコンの他にいるとはまだ聞いていないが、実際に乗り込むとしたらここも必要だろう。本当はコントロールルームの制圧も狙いたいところだが、さすがに手が足りない。
自分を認めてくれたウゲンのため、ナンダはいくらでも手を貸すつもりだった。その先になにがあるかは、今の彼にとっては大きな問題ではない。
次は、シパーヒーのロックの解除だ。面倒くさいことをされたものだ、と内心で舌打ちしつつ、薔薇の学舎の生徒に見つからぬよう、細心の注意を払い、ナンダは基地の内部を移動していく。
しかし。
「何者でありますか!?」
ルドルフおよびヴァル・ゴライオンの指揮下にて、基地内部の歩哨にあたっていた大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が、そう声をかけた。
彼の背後で、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が警戒も露わにナンダを見つめる。
(教導団か)
ナンダは息をのみ、それから、ゆっくりと二人の前に進み出た。
「薔薇の学舎の生徒だよ。シパーヒーの警備のために来ただけなんだけどね」
「……なら、何故、こそこそと隠れて行動しているのよ」
ヒルダの視線は、変わらず厳しい。
「イエニチェリの方より、薔薇の学舎生徒であろうと警戒するようにと伝えられております。しばし、お待ち願いたい」
丈二がそう告げ、コントロールルームに確認を取ろうとする。だが、その動きを、ナンダの繰り出したワイヤークローが阻んだ。
「!」
間一髪で鉤爪を避け、丈二とヒルダは身構える。……基地の外で爆発が起こったのだろうか。微かに建物が揺れた。
「部外者は、ひっこんでいて欲しいな。そもそも、シパーヒーはもともとウゲン様のものだ。タシガンとの友好を本気で考えるなら、差し出すのが道理というものじゃないの?」
力強い口調で、ナンダはそう問うた。厳しい瞳が、丈二とヒルダを睨み付けている。
「タシガン領主の権利はどうであろうと、自分はシャンバラの国軍として、治安を乱す者は正す。それだけであります」
丈二は怯まずそう言い返すと、銃口をナンダに向けた。ヒルダがカルスノウトをかまえ、体勢を低くする。いつでもナンダの懐まで飛び込み、斬りかかれる体勢だ。
緊張感に満ちた睨み合いは、数秒続いた。しかし、そこで。
「……なっ!?」
ナンダの背後から散布された煙幕が、視界を白く煙らせる。咄嗟に腕を振り回し、煙幕を払おうとするが、それが晴れた時には、すでにナンダの姿は消えていた。
「逃げられたわね」
「ああ、しかし、シパーヒーは護れたようであります。ただ、歩哨は続けなければ」
「ええ」
ヒルダは剣を収め、顔をあげた。
「ナンダ様、ご無事ですか」
「ああ」
マハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)は、ナンダを安全な場所まで連れ出すと、膝をつき、その無事を確かめた。
浅黒い肌にターバンを巻いた機晶姫は、心から主人に心酔している。その彼の無事に、心からほっとしているようだった。
空中では戦闘が激しくなりつつあるようだ。時折炸裂する光球に、ナンダは目を細める。
ウゲンが、近くで見ていることは知っている。……あまり自分は役にたてなかったのではないかと、胸が痛んだ。彼に認められなければ、ナンダにとって、頼るものがないのだ。
(シャンバラの治安を乱す、か)
丈二の言葉は、微かにナンダの胸を騒がせたが、しかしそれもすぐに消えさった。
今の彼にとっては、ウゲンこそが、正しい者だったからだ。
自らが、正しくあるために。彼には、そのほかに道はなかった。
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