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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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第十章 〜深層〜


(私達が一体何をしたと言うのだ……?)
 学院上層部の役員会の一員である男は、怯えていた。
 既に三人が殺されている。次は自分かもしれない。
「来たか」
 そんな彼の前に、二人組が現れる。
 互野 衡吾(たがいの・こうご)栗貫 枝来(くりぬき・えくる)だ。
「『派遣屋』だな。依頼は電話でした通りだ」
 学院の成績優秀者達は別の役員が既に雇っている。だから彼は、裏社会の人間を頼ったのである。
「連続襲撃の犯人を確保することだったわね。そのためには、あんたにも協力してもらうわよ」
「ああ。私を脅かすものがいなくなるのなら、何だってするさ」
 

・接触


(彩華、何か分かった?)
(エキスパートの人達、今招集がかかってるみたいですぅ)
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)は精神感応で天貴 彩華(あまむち・あやか)と連絡を取り合っていた。
 彩羽は学院をドロップアウトした生徒による組織『サイオドロップ』と接触するため、情報を集めている。その一方で、姉の彩華がエキスパート部隊と接触して、その情報を集めていた。
(エキスパート部隊も、一筋縄ではいかないみたいね)
 強化人間である彩華も、エキスパート部隊への配属が打診されていると本人から聞いているが、迷っている様子だった。
 風間が関与していることもあり、今はまだ入らないようにと彩羽は前もって指示している。
(表向きはあくまで風紀委員。だけど、噂では学院にとって障害になる者達を排除するために活動しているという……)
 風紀委員の腕章を付けて歩いている生徒は、海京の街中にいる。不審な行動をすれば、学院の生徒でなくとも容赦なく掴まる。治安維持はいいが、容赦がない分海京警察や北地区に駐屯しているシャンバラ教導団よりもタチが悪い。
 今も、彩華経由で根回しをして、エキスパート部隊の展開具合を教えてもらっているが、それが正確なものかは不明だ。
 そのため、出来る限り周囲に目を配って警戒しつつ、サイコメトリを駆使してサイオドロップの手掛かりを追っていく。
 今分かっているのは、サイオドロップのメンバーらしき人物は、奇妙な仮面を被っているということくらいである。
(あれは……)
 西地区にある建設途中のビルへと歩いていく一人の少女を発見する。
桐山 早紀。確か、入院してるはずじゃ?)
 ウクライナでレイヴンの暴走を引き起こした烏丸 勇輝のパートナーだ。彼女の手にはサイコメトリで見たものとよく似た仮面があった。
(待って!)
 テレパシーを彼女に送る。学院の中で顔を合わせたことはあったため、通じたのだ。
(つけていた……というわけじゃなさそうだね)
 仮面を被って素顔を隠した早紀が彩羽と向かい合う。
 彩羽も魔鎧であるベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を纏っているため、素顔は見えない。
(ここじゃ色々不味いね。ついてきて)
 彼女に続いて、建物の中に足を踏み入れる。
(HCの電源は切って。オートマッピングされると困るから)
 指示通り電源を落とし、建物の隠し通路を通って地下へと降りていく。
(ここだよ)
 一際広い空間に出る。周囲には鉄骨や工事道具が積み重ねっている。倉庫だろうか。
 スーツを着た仮面の男性が目の前に立っている。その周囲には、同じように黒服に仮面の男女が並んでいた。
(初めまして。聞こえるかしら?)
 代表者らしき男にテレパシーで呼び掛ける。相手の素顔をしらなくても、通じるのか。
(聞こえてる。どうやら、相手の素顔が分からなくても「面識」にはなるらしい)
 若い青年の声だ。
(あなた達が、サイオドロップ?)
(外ではそう呼ばれているらしい。私達の中では決まった呼び名はない。かっこつけて『レジスタンス』なんて言ったりしている者はいるが、ね)
 それは、学院上層部の支配に対して、という意味らしい。
(私達に接触を図ったということは、少なくとも今の天御柱学院に疑問を持っている、ということかな?)
(ええ)
 テレパシーは二者間でのみ行われている。他の者には聞こえていない……はずだ。
(私はこの学院に、復讐するためにやってきた)
 はっきりと自分の目的を伝える。
(超能力に憧れただけの彩華の心を弄んで好き勝手に実験したあいつらを――風間を私は許さないわ!)
(ならば、君は私達の同志だ)
 仮面の男が説明を始める。
(私達の目的は、天御柱学院と海京の解放。上層部を消しているのはそのためだが、最大の敵は風間 天樹だ。あの男がいる限り、強化人間達は学院の道具のままだ)
(だけど、それなら風間を真っ先に消せばいいんじゃない?)
(風間を消してしまえば、他の上層部によって強化人間の処分が再開されてしまう。だから、まずは役員から確実に減らさなければならない。
 私だって風間を真っ先に殺したいところだ。三年前、天住先輩を殺したあの男を)
 三年前。強化人間の暴走事故があった年だ。
(あれは事故なんかではない。風間がパラミタ化――強化人間技術を独占するために引き起こしたものだ。そのために、あの男は自分の親友をも手に掛けた。初代課長の天住 樫真先輩がいなくなることでその全てを引き継ぎ、さらに「再発防止の目処がある」と上層部をも丸め込んだ。そして風間もまた、上層部を消し去ろうと目論んでいる)
(何のために?)
(学院を支配するためだ。エキスパート部隊の新設も、おそらくそのための過程に過ぎない。何かあの男には、大きな目的があるようだが……それはまだ分かっていない)
 これまでは水面下で情報収集と、同志集めをしており、本格的に動けるようになったのは最近だと、続けた。
 ちょうどエキスパート部隊新設と同時期だという。以後、地下で衝突を繰り返してきたのだと。
(正体を明かすわけにはいかないが、私は天御柱学院のOBだ。ここには、現役生徒もいる。ドロップアウト組と言われている者達も確かにいるが、半分は現役の生徒だ。顔を隠しているのにはそういった理由もある。
 それと……エキスパートの管区長の五人には気をつけてくれ。あの五人は三年前の暴走事故に関わった最初期の強化人間だ。記憶は消されているが、身体強化を施されている。いずれも未契約だが、並みの契約者を遥かに凌駕する力の持ち主だ)
 風間に至るには、その五人と、さらに上にいる統轄役を退けなければならない。彼らだけで、従来の強化人間部隊全員を一掃出来るほどだという。
(そろそろ時間だ。桐山、今回のターゲットは分かっているな?)
(うん。上手くやってみる)
 どうやら、襲撃を行うつもりらしい。
(途中まで彼女を送ってやってくれ)
(あ、ちょっといいかしら?)
 彩羽はアルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)を召喚した。
(彼を連絡役として残していくわ)
(分かった)
(いよいよ、学院に牙を向くのデスネ)
(ええ。準備が完全に整ったら、ね)
 今日のところは顔繋ぎとし、彩羽はアルラナをおいてサイオドロップの元を去った。

* * *


「事件ですか? 役に立てるか……分かりませんが……お手伝いしましょう」
 管理棟に向かうエキスパート部隊のメンバーに、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は声を掛ける。
「これから、犯人探しの打ち合わせのようね」
 橘 瑠架(たちばな・るか)と一緒に、紫翠はエキスパート部隊が集う強化人間管理棟へと足を踏み入れた。

「管理棟に、風紀委員の人達が集まってる?」
 榊 朝斗(さかき・あさと)も、その様子に気付いた。
「どうしたの、朝斗?」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が彼の顔を覗き込む。
「行ってみよう。多分、最近噂になってる『海京の暗部に関わることかもしれない」
 だが、実際は違う。
 自分の中にある「何か」のざわめきの方が勝っていた。
 想い出の懐中時計を握りしめ、考える。

 ――契約者と同等、あるいはそれ以上になりたいとも望んだ。それが「歪み」というものだろう。

 ホワイトスノー博士の言葉で、思い出した。
 無力で何も出来なかった「僕になる前」の自分を。
 奪っていった者を憎んで恨んでいた「壊れる前」の自分を。
 だから出てきたのかもしれない。「心の闇」として。
 全ては「あのとき」から始まっていた。
 だが、自分はその「闇」から決して目を背けたりはしない。弱さを棄てたりはしない。それがあるからこそ、「僕ら」はここにいるのだから。
 そして、目の前の建物の中には棄てた、あるいは失った者達がいる。

* * *


「今動ける者は、これで全員か?」
 強化人間管理棟で夕条 媛花(せきじょう・ひめか)は風紀委員――エキスパート部隊を招集していた。
「設楽 カノンは天沼矛で仕事をしてるから動けない。あの二人は……まあ、強く言えば動いてくれるんじゃないかな」
 黒川が眼鏡の奥の瞳を媛花に向けてきた。
「ベルはあんまり集団行動好きじゃないからネー。あの子の特技を考えたら仕方ないっちゃ仕方ないけどサ」
 と、黄 鈴鈴
 管区長の中でも、この二人はよく一緒になる。今回も招集に応じてくれた。
「……これだけ集まっただけでもよしとするか。それに、部隊員以外にも協力者がいるようだしな」
 強化人間のパートナーを持たないにも関わらず、エキスパートに協力すると申し出てきた朝斗の一行を見やる。
「では、本題に入ろう。今回の目的は地下を探索し適発見後速やかに沈静化し、一人で構わない、生きたまま敵を捕獲することにある。戦闘が発生するだろうが、殲滅が目的ではないことを念頭に行動してくれ」
 今回はあくまで相手の実態を確かめることにある。
「個人行動は許さない。敵の正体も規模も活動理念も何も判らぬのだ。どんな状況にでも対処できるよう数を揃え警戒するに越したことはない」
「じゃ、ベルには連絡しないでおくヨ」
「彼女だと、下手したら捕まえるべき相手を消し炭にしかねないからな」
 あの「炎使い」はこういう作戦には向かないだろうと媛花は判断する。
 それに、地下ならば目の前の中華娘の方が向いているだろう。媛花と同様に、格闘技に秀でているからだ。
 最も、鈴鈴は奥の手を持っている。前線は彼女に任せても大丈夫だろう。
 最後に、と一言告げる。
「不足の事態に陥ったら、退くことを躊躇わないで。貴方たちの誰か一人でも欠ければ、悲しむ者がいることを、忘れないで」
 管理棟から出るエキスパート部隊を見送った。
 その際、夕条 アイオン(せきじょう・あいおん)に指示を出した。
 ――万が一に備えて、部隊の監視を行うようにと。
 そして自身は捕らえた者を尋問するための準備を始める。