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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第七章 遊郭炎上3

 扶桑の噴花は戦や政にも大きな影響を与えていた。
 幕府・葦原軍だけでなく、瑞穂藩も多くの兵が、噴花によって扶桑に吸収されていったのである。
 数はまだ把握できていないが、その数は数百とも一千人とも言われた。
 未曽有の事態に、停戦交渉もままならぬまま幕府・葦原軍はマホロバ城下へ撤退し、瑞穂藩も第四龍騎士団を除いて瑞穂領内へと引き返していた。
 第四龍騎士団がとどまったのは、構成員の多くがエリュシオン人であるということと、蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)が退くことを許さなかったためだと噂だった。


 一方、マホロバ城内でも、戦争の終結をのぞむ声が上がっていた。
「これ以上の戦は無意味です。武士協定を結びませんか」
 大奥の医師として働いていたソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)と、本郷 翔(ほんごう・かける)の呼びかけである。
「地球の論理とマホロバの論理が違うことは認めざるをえません。しかし、扶桑の噴花も起こってしまった以上、この協定は、生きようとする方々を手助けする為のものです。自ら死を選ぶ方々はご自由になさればいいとも思います」
 翔の厳しい物言いに戸惑うものも少なくはなかった。
 ソールが、武士道という言葉をさらに強調させて言った。
「この国に、そういうもんがまだ残ってるんならね。無関係の民衆を巻きこんだりせず、避難する人々の為に、出来る限り援助を行うべきじゃないのかな。戦いに参加する者も、降伏する権利があるし、それを認めるべきだよ」
 現に、瑞穂藩の藩兵は故郷へ撤退をはじめている。
 彼らを追撃するような余力も、幕府・葦原軍は持っていなかった。
「マホロバの人々が少しでも、不幸にならないよう願っています」
 未曽有の危機に、幕府は新たな対応を迫られていた。

卍卍卍


「噴花の犠牲者がマホロバ人とマホロバ寄りの地球人、シャンバラ人とは……これ如何に?」
 悪魔帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)は、マホロバの重鎮に向かってこう囁いた。
 マホロバ全土を襲った噴花の犠牲者は正確にはまだわからないといったほどで、幕府の混乱もうかがい知れた。
「このようなことになったのも、瑞穂にマホロバの宝が奪われてしまったが所以。これ以上、瑞穂の冗長を許してはなりませんわ。鬼城御三家をはじめ、葦原藩、暁津藩が力を合わせなくては。それには、瑞穂藩主正識(まさおり)を廃することが先決ですわね。私や私の主人たちの力、いくらでもお貸しいたしましてよ」
 尾瀬の言葉を後押しするように、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が暁津藩家老に対して働きかけを行っていた。
「エリュシオン帝国とシャンバラ王国の代理戦争をマホロバがする義理も無いでしょう。もっとも扶桑の噴花で、この地にそんな余裕はありません。早々に停戦し、マホロバの国力を復興で回復、温存することです」
 噴花により暁津藩でも被害は甚大である。
 桜の花びらは未だ、空中にとどまっている。
「それには、あの正識を葬り去ることが必要かと思われます。あの者がいなくなれば、エリュシオンとてマホロバへの足がかりを失い、手を引くことでしょう。その役目……我らにおまかせいただきたいのです」
 悪路には心当たりがあるようだった。
 彼は不敵に笑みを浮かべ、夜の闇へと消えて行く。



「あの噴花の中、自力で脱出したのか。さすがだな」
 暁津勤王党三道 六黒(みどう・むくろ)は、七龍騎士蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)を前に言った。
 正識の顔は青白く、容姿もあいまってまるで人形のようだと六黒は思った。
 彼らは、遠く吹き上がる噴花を見つめている。
「扶桑の噴花はぬしが考えていたものではなかったようだな。どうした、決心は揺らいだのか。それともマホロバに救いを見たか」
 嫌味ではなく、六黒は本当にそう思っていた。
「この桜の花びらに包まれるマホロバを見渡して、それでもこの地を滅ぼす気になるのなら、わしは何も言わん。素直にぬしに殺されてやるわ」
「……これがマホロバ……」
 正識は胸を抑えながら、ようやく声を発しているようだった。
「この地に生きる人々を、輪廻の輪にのせるために……あの鬼たちは全てを隠し通してきたというのか」
「そうともいえるかもしれん。実際のところは、わからんよ」
 六黒は虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)から真新しい衣装を受け取る。
 白い装束は、死装束にも見えた。
「これに着替えろ。正識よ、ぬしはこの世に生きるには綺麗過ぎるのだ。全てここに捨て逝くが良い……」
「まるで、先代と同じことをいう」
 正識は、自分は瑞穂には不要の人間だったのだと語った。
「先代の瑞穂藩主は私の潔癖さが瑞穂を……マホロバを滅ぼすと恐れていた。私はただ、光射す方へ人々を導けという教えに、忠実に従っていただけなのにな」
 正識にとって光とは、何ものにも左右されない、確固としたものでなくてはならなかった。
 永遠に曇らず、腐敗もせず――輝き続ける黄金。
 パラミタの中心にそびえ、人々の信仰を集め立つユグドラシルは、まさしく彼の求める理想であった。
 しかし、黄金の天秤はそんな正識の心を食い尽くし、彼を意のままにしようとしていた。
 正識はようやくそのことを知ったのだった。
「何が正しいか――今一度この目で確かめるとしよう。これは、その時まで預からせてくれ」
 正識は六黒から白装束を受け取った。
「鬼城や天子がそこまでして守りたかったマホロバと、そんな彼らを信じた人の『正しきを識(し)』りたい」
「……戦いに行くのか。ならば止めん。だがその槍も、もうこれまでのような力はなかろう」
「七龍騎士を侮ってもらわれては困るな。槍の力に頼らずとも、このマホロバで私を倒せるものはいない」
 正識が呼ぶと龍が飛んできた。
 その背に飛び乗り、東へと飛んでいく。
 六黒はその姿に孤独を見て、目を細めた。
「正識よ、ぬしは才覚にも恵まれ、志も高い。ただ一つ不幸なのは、人を信じる才をもたなかったことだ。わしと同じにようにな」