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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

リアクション


chapter.10 シボラ・ウォーズ(1)・新たなる乱入者 


 再び部族の抗争地帯に舞台は戻る。
 激しさを増すばかりで、依然として収まる様子を見せないベベキンゾ族とパパリコーレ族。生徒たちはどうにか争いを止めるべく、数々の手段を用いていた。その中でも、両部族のキーワードでもある「衣服」に着目した者たちがいた。
 椎名 真(しいな・まこと)は、全裸が良いとか、おしゃれが良いとかで争っているふたつの部族を見て、胸の奥でなにか言いようのない感情に支配されていくのを感じていた。
「なんだか、大変なことになってるね……着てる人に着てない人……女の人まですっぽんぽんで、冬とか寒くないのかな?」
 パートナーの綾女 みのり(あやめ・みのり)が、心配そうに言う。それに続くように、真が声を上げた。
「こんなの、おかしいよ」
 その言葉を聞いたみのりは、横目でちらりと真を見た。自身は単純に、部族の服装を見た感想を告げただけだった。が、隣の真の言葉は、何かもっと深いところに触れた、複雑なもののように思われた。
 何か、言い出せないことがあるのかな。そう感じたみのりは、このシチュエーションにぴったりの道具があったことを思い出す。それは、遺跡で入手した秘宝、熱狂のヘッドセットだ。これを装着したからといって何でも話せるようになるとは限らないが、少しでもその手助けになれば。そんな気持ちで、みのりは真にそっとそれを手渡した。
「ん? みのり、どうしたの……って、熱狂のヘッドセットじゃないか」
「……」
「これ、もう俺体験したからいいよ」
「……」
 みのりは、真っすぐ、ひたすら真っすぐな目で真を見ている。その目は、確実に若手芸人に向けるような視線だった。
「え、なにそのいいからつけてよ的な表情……?」
 ついには折れた真が、すっとヘッドセットを頭につける。途端、体内のドーパミンが放出され、真のテンションは跳ね上がった。その精神の高ぶりは、彼の心の奥にあった思いを吐き出させた。
「皆、執事服着ようよ執事服!」
「……!?」
 突然大音量で声を響かせた真に、周囲にいたベベキンゾとパパリコーレたちは一斉に振り向いた。何事かと戸惑う彼らに、真は実況を交えつつ自らの中にある真理を説いた。
「無益な争いを続ける部族、裸と裸……いや、裸とおしゃれのぶつかり合いが繰り広げられている林の中……間違っている! 君たちは大きく間違っている!! いいかい、執事服は個人によって……そう、全裸推奨でも豪華推奨でも対応できる万能服なんだ!!」
 何言ってんだこいつ、みたいな目で真を見る両部族。しかし彼の主張は止まらない。
「特に個性を出せるのは、胸元を飾るタイ各種だ! シンプルネクタイで気品良くまとめても良し、リボンタイでかわいさをアピールしても良し、俺のようにループタイで個性を出すにもまた良し。ただの執事服と思ったら大間違いだ! 小物や素材にこだわりだしたら……」
 真がさらに執事服を素晴らしさを解説しようとしたところで、両部族が「邪魔だからどいてて」と言わんばかりに真を押しのけ、争いを再開する。
「君たちは分からないのか? 感じないのか!? この執事服のパーフェクトさを! これは、女性が着てもグッとくる最高の衣装なんだよ!?」
 真は争乱の中に割り込み、意地でも執事服を両部族に根付かせる覚悟だ。百歩譲ってパパリコーレには受け入れられるかもしれないが、ベベキンゾとはどう考えても相性が悪い。真は「全裸にタイでもいいじゃないか! 素敵じゃないか!」と懸命に主張するが、それではまるでベベキンゾ族が変態みたいに思われてしまう。彼らは変態ではない。文化として、全裸でいるだけなのだ。
「ほら、もっと熱くなれよ! 執事服に対してもっと熱くなれよ!!」
 真のテンションがマックスまで上がったところで、ベベキンゾ族の突進に真は巻き込まれた。
「熱く……あつぐぁっ!?」
 きりもみ状態で回転しながら、真は宙へ放り出された。少し離れて様子を見ていたみのりは「ボク、余計なことしちゃったのかな」とヘッドセットを渡したことを反省していた。

「あぁっ、また犠牲者が出てるよ、ねーさま!」
「これは……根本から彼らの心を開かないといけませんわね」
 真が吹き飛ばされ、ノックダウンしていた光景を見ていた久世 沙幸(くぜ・さゆき)とパートナー藍玉 美海(あいだま・みうみ)は、困った顔をしながらそんな会話をしていた。
「思想や主義主張に違いがあるのは当然なんだろうと思うけど、同じシボラの部族なのにこのまま争いを続けるなんて、ダメだよね……」
 沙幸が悲しそうに言う。彼女は、和解のために何か手助けできないかとその方法を模索していたのだ。
「さすが沙幸さん、その通りですわ。そこで、沙幸さんのその格好が生きるのですわよ」
「え、こ、これ? なんでこんな格好なんだろうとは思ってたけど……これが何か関係あるの、ねーさま?」
 美海に言われ、自分の服装を改めて見る沙幸。彼女は、白いキャミワンピ一枚だけを着ていた。文字通り、一枚だけを。つまり、ノー下着である。しかも丈が短いため、かなりアグレッシブな格好となっていた。当然彼女が自主的に着たのではない。美海が、ある狙いのもと、彼女に着させていたのだ。
「うぅ……下がスースーするよ……本当にこんな格好で意味があるのかなぁ……」
「大丈夫ですわ沙幸さん。わたくしに秘策がありますから」
 危険な格好に不安を覚える沙幸だったが、美海の言葉、そして自分の立ち位置を考えると着替えるわけにもいかなかった。グラビアアイドルを志望している彼女は、どんな衣装を渡されても即答で「着ます」と言えるくらいじゃないとやっていけないと、彼女は学んでいたのだ。
「秘策ってなんだろう? まぁいっか、もう抗争も酷くなる一方だし、いくよ、ねーさま!」
 不安をかき消すように、群衆の中に飛び込んでいく沙幸。彼女はそのまま危険地帯へと突入すると、争いを止めるよう呼びかけようとした。
 が、両手を口元に当て、大声を出そうとする寸前、突然沙幸を冷たい水が襲う。
「ひゃっ!?」
 不意に水を浴びせられ、辺りを見回す沙幸。すると背後に、ペットボトルを持った美海が立っていた。
「ね、ねーさま?」
「ふふっ、沙幸さん、これが秘策ですわ」
 ペットボトルに残っていた水も沙幸にかけ、美海が笑みを浮かべながら言う。一体これの何が秘策だというのだろうか。それは沙幸の衣装と関係していた。
 白い服は透けやすい。そのことを利用し、美海はあえて沙幸にそれを着させていた。そして、沙幸は下に何も着けていない。ということは、必然的にある解答が導きだされる。そう、濡れ透けである。
「ちょっ、ねーさま、これが秘策ですわの意味が……って、きゃー!!」
 その解答に気付いた沙幸が、二度目の悲鳴を上げた。ばっとボディを隠すようにうずくまってしまった沙幸に、美海が自信満々の様子で言った。
「これが、両部族が和解するための鍵、『シースルー』なのですわ」
 どうやら美海としては、おしゃれな服の中にはシースルーのものもたくさんあるため、これでパパリコーレ族は心を開き、ベベキンゾ族は濡れ透けによって丸見え状態になるので心を開いてくれるに違いないということのようだった。
「さあ両部族の皆さん? わたくしたちからの、新ライフスタイルの提案ですわ。この濡れ透けシースルーで仲直りしてくださいませ」
「ね、ねーさま、いくらシースルーがキーワードだからって、こんなの恥ずかしすぎ……っ」
 沙幸の衣装に注目させようとするが、彼女が懸命に大事なところを隠しているため、かろうじて安全性は保たれていた。描写的な意味で。ただ、その豊満な体にぴったり張り付いた服と、羞恥心に顔を染める沙幸の様子は、両部族の若い男性陣のハートをうまい具合にキャッチしていた。本来ならばベベキンゾ族としては丸見えかどうかではなく、衣服を着用しているかいないかが判断基準なのだが、沙幸の性的魅力がそれを上回った希有な事例といえよう。



 若い男性陣が沙幸に見とれたことで、争いは心なしか静まってきたように思えた。しかし、ある男の登場で、場は再び混乱を取り戻す。
「待て、お前ら! 俺たち契約者が下手に関わることで、彼ら独自の文化を壊してはいけないだろ!?」
 そう声高に主張しながら現れたのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だ。彼は、過去2回のシボラ探検でもそうだったように、アグリに乗って荒い運転をしながら戦地へと乱入してきた。アグリは、和希を乗せてヨサークのところに出向いたが、あまりにその風貌が目立つため、途中でこちらの方に引き返していたのだ。その道中、正悟に見つかって乗っかられたらしい。
「さあ、この縦横無尽に走り回るアグリさんの無限軌道、かわせるものならかわしてみるといい!!」
 言って、正悟がレバーを勢い良く蹴り倒す。同時に、アグリから白い農薬的なものがびゅるっと飛び出る。完全に無限軌道とは関係ない行動である。彼は過去2回ともこの行動のみを取っており、もはやそれは一種の様式美とまでなっていた。
「こ、今度は何っ……!?」
 沙幸が騒ぎの方に目を向ける。と、彼女の方へ都合良く……いや、都合悪く白い農薬的な液体の一部が飛び散ってきた。あられもない姿となっていた沙幸は、さらにあられもないことになり、それはもうあられもなかった。
「ベベキンゾ族も、パパリコーレ族も、契約者も、関係ない! 消毒だ!」
 もはや暴徒と化した正悟が、アグリを凶器へと変え、液体を振り撒く。まさにその様は、暴れん坊と呼ぶに相応しかった。暴れん坊正悟である。
「あら、あれって正悟くん? またアグリンを使って暴走してるわね〜」
「あの男は、一体何を根拠に消毒活動と言っているんだ?」
 ご乱心の正悟を少し距離を置いたところで眺めながら、そんな会話をしていたのは師王 アスカ(しおう・あすか)とそのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)であった。元々「芸術家の私にはどちら側につくなんてできない」とこの騒動に加わることなく、見る側に回るつもりだったアスカは、もうひとりのパートナー、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)に守られながら騒動の一部始終を観察していた。
 しかし、それがいけなかった。
 その視線に、正悟が気付いてしまったのだ。
「緩急つけてリズミカルにレバーを……ん? なんだこの気配は!? 殺意!?」
 ぐるっ、とアグリの向きを変え、視線の先を辿った正悟は、アスカの存在を認めた。同時に、正悟はレバーをより強く蹴り上げる。
「見つけたぞ、殺意!」
「え、ちょっ、私ぃ!? 誰が殺意よ!?」
「アスカ逃げろ! こいつ、お前に農薬的なものかけるつもりだ!!」
 驚くアスカを、いち早く逃そうと鴉が動く。アスカと正悟、両者の間に通せんぼをするように、ルーツも動いた。
「我々が狙われていたとは! しかもアスカがなぜか集中して! 如月君! やめるんだ!」
「うるさい! 殺意は消毒だァァア!!」
「如月君、確かにアスカは君に対して非道を行ったこともあったかもしれない。しかしそれは決して殺意からじゃない! 普通の暴力行為というだけだ!!」
「え、ルーツ、ちょっとはフォローしなさいよぉ……! ていうか、何ちょっと世紀末風に言ってるのよ〜!? こっち飛ばさないで〜!!」
 すっかり慌てふためいたアスカは、戸惑った分だけ回避が遅れてしまい、鴉とルーツの守りを強行突破した正悟の一撃を受けてしまった。
「きゃあ! ひ、ひどい〜……髪にもかかって……」
「く、あいつの農薬にかける執念は何なんだ……!? 無事か、アスカ……って、その姿はっ!?」
 頭から足先、はては持っていた画材道具まで白く汚れてしまったアスカのあられもない姿――否、あられもなくないがとにかく汚れてしまったその姿を見て、鴉は一瞬で様々な妄想を膨らませ、その結果鼻から勢い良く血を噴き出してしまった。
「き、如月……」
 鼻血の海に沈みながら、鴉は正悟の方を向いて倒れながら言った。
「お前のしたことは結局よく分からなかったが、これだけは言っておく……グッ……ジョブ……」
 そして、鴉は倒れた。パートナーが倒され、自身も酷い姿となってしまったこの状況に、これまで堪えていたアスカの堪忍袋の緒がついに切れた。
「……そんなに死にたいのね、この」
 この、の後にアスカは何か叫んでいたが、奇遇にも周囲の音と混じってそこだけ聞こえなかった。ただ、相当精神的に堪える単語であることは間違いなかった。
「えっ」
 鬼神力を発動させ、圧倒的な殺意の波動に目覚めたアスカはまっしぐらに正悟のところへ向かうと、強引に彼をアグリの上から引きずり下ろし、地面に叩き付けた。
「いて……」
 背中の鈍い痛みに、思わず声が漏れる正悟。しかし、これは序の口だった。地面に倒れた正悟をアスカは遠慮なく踏みつぶし、幾度となく殴打を繰り返した後、正悟のお尻をフルパワーでキックした。それだけでは気が収まらなかったのか、既に気絶しかけている正悟の首を捕まえると、アスカは関節技に移行した。アスカの腕をタップする正悟だったが、もちろんそこで止めるわけがなかった。
「ぼ、暴力は何も生み出さない……」
 その一言を最後に、正悟の意識は落ちた。
「はあ……はあ……今度こんなことしたら、アグリンごと絵の材料にしてやるわあ!」
 アグリからしたら思いっきりとばっちりを食らった形だが、それ以上にびっくりしていたのは両部族の方々である。正悟とアスカのデスマッチは、彼らの争いを一瞬止め、観戦させるほどの凄惨さがあった。一手に視線を集めたアスカは「こ、怖かった〜」といたいけな少女に戻るが、逆にこちらからしたらそれが怖かった。

 なお、ボロボロになった正悟はこの後、アスカによって召還されたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)によって、優しく看取られたという。
「まったく……争いほど空しいものはないわね。価値観やこだわりさえ捨てればもっと新しい可能性が見つかるのに。どうして自分たちの視野をもっと広げられないのかしら」
 嘆くようにそう漏らしたオルベールだが、その言葉はぜひ自分の契約者に言っていただきたいところである。まあ今回に限っては、ご乱心した正悟の方に非があるとは思うが。
 そして、一時は正悟とアスカの決闘に手を止めた部族たちはと言えば、デスマッチが終わるやいなや再び戦いへと身を投じていたのだった。