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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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chapter.9 おさまるところ 


 ここで舞台は、ヨサーク救出班へと移る。
 部族の衝突が起き始めた頃、リネンのおかげでヨサークの居場所を突き止めていた救出班は、目的の洞穴へと足を踏み入れていた。
「く、暗いな……」
 先頭を行く和希が手探りで洞穴を進み、他の生徒たちが後に続く。と、突如どおん、という地鳴りが聞こえ、生徒たちは一瞬肝を冷やす。地鳴りの正体はブッチョウが生徒たちと相対している時に暴れたものだが、彼らはそれを知ることはない。この洞穴は地層のように左右の層がずれこんだ入口をつくっており、西側――ブッチョウ側から入れば1階部分に着くし、東側――ヨサーク側から入れば地下1階部分に着く構造になっている。そのため、彼らが中で出会うことはなかった。
「ん……おい、あれヨサークじゃないか?」
 和希が薄暗がりの中にぼんやりと人影を見つけ、声を上げる。
 駆け寄った生徒たちの少し先には、確かにヨサークがいた。彼は縄で体を縛り上げられ、身動きが取れないようだった。そしてなぜか、ヨサークは上半身裸だった。注意深く近づくが、今のところ見張りはいないようだ。
「頭領、無事で良かったぜ!」
 彼に真っ先に近づいたのは、団員でもあるラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)だった。ラルクは「おっと」と声のボリュームに注意する仕草を見せてから、ヨサークの縄を素早く解こうとする。が、思いの外きつく結ばれており、簡単には解けなさそうだった。手を動かしながら、ラルクはヨサークに話しかける。
「頭領、一体なんでさらわれちまったんだ? それにその格好……」
「そうだ、元はと言えばおめえらのせいだぞ、こら」
 ヨサークはぶっきらぼうな口調で、生徒たちを見つめて早速悪態をついた。疑問符を浮かべる生徒たちに、彼は空白の時間を説明する。
「昨日おめえらと別行動取ってから、変な髪盛ってるクソメスに橋の上で会ったんだ。で、せっかくだからその橋の下にあった川から水汲んでたんだよ。アグリが泥から助かったら、洗い落とさなきゃなんねえだろ? でもよ、うっかり手を滑らせちまって、服に水がかかっちまったんだよ。仕方ねえから上だけ脱いで、先に遺跡まで行って待っててやろうと思ったんだ。的確だろうがこら」
「ヨサーク、いちいち喧嘩腰になんないでちゃんと話せよな」
「あ? おめえ助けに来たからって調子乗ってんじゃねえぞ」
 途中、和希が入れる茶々に反抗しながらも、ヨサークは続きを話した。
「なのに、いくら待ってもおめえらが来ねえんだよ。そうこうしてるうちに、気がついたらすげえ数の人間に囲まれてて、俺の周りで全裸だとかはいてるとか言い合い始めやがった」
 ヨサークのその言葉を聞くと、生徒たちはそれで大体のことを理解した。どうやらヨサークは先に遺跡について待っていたところ、ベベキンゾとパパリコーレに見つかり、どちらの仲間、あるいは所有物にするかで揉めることになってしまったらしい。上は裸なのでベベキンゾか、下ははいてるのでパパリコーレか。結果、間を取って双方の捕虜としてここに運び込まれたというわけだ。
「なあ、頭領」
 大方の事情を察したラルクが、ヨサークの耳元で助言を送る。
「どうやらここの部族は、服を脱ぐと友好的に接してくれるそうだぜ? ここはひとつ……賭けをしねぇか?」
 無論それはベベキンゾに限ったことで、パパリコーレには当てはまらない。しかし、現状のどっちつかずな状態では双方を敵に回してしまう。ヨサークの身を案じたラルクの、苦肉の策だった。
「あ? 脱げばいいのか? よく分かんねえが、それで出れるってんなら脱ごうじゃねえか」
 ラルクの願いが通じたのか、ヨサークはいとも簡単に承諾した。ただし、縄を解かないことには脱ぐことも叶わない。さっさと縄を解いて、ベベキンゾの振りをしてここから脱出を……と計画する生徒たちだったが、彼らの中にひとり、トラブルメイカー……いや、ジョーカーが混じっていた。
「おい、ヨサーク」
 ヨサークとは別種の冷たい口調で話しかけたのは、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だった。隣には、パートナーの常闇の 外套(とこやみの・がいとう)――通称ヤミーもいる。ロイは身動きの取れないヨサークに対し、見下すような視線で憎しみをぶつけた。
「以前から俺はお前が気に食わなかったんだ。女が嫌いだとほざいておきながらなんだかんだで皆に好かれていたり、よく見ると無駄にイケメンだったり……無性に腹が立つ。そもそもいい歳した男の癖に胸毛やギャランドゥが生えていないなど、言語道断だ」
 ところどころ不満というよりただのいちゃもんになっているが、とにかくロイはヨサークに対して良い感情を持っていないようである。
「あ? なんだよいきなり、つうか誰だおめえ」
「黙れヨサーク。一体お前はどこの毛なら生えているんだ」
「なんだその質問、おめえ人毛研究家か、あぁ?」
「毛なしに詮索される言われはない。いいか、世の中には胸毛やギャランドゥがモジャモジャな上、イケメンでもなく誰からも好かれていないアクリトというヤツだっているんだ。少しは見習え。おっと、勘違いするなよ。アクリトというのは昨日会ったオラウンコのことだぞ、ククク……」
 何がおかしいのか、口元を歪ませるロイ。ちなみに前回も書いたが、オラウンコをアクリトと名付けているのは彼ひとりである。
 こいつはきっと、まともに話が通じねえ。そう直感したヨサークは、黙ってロイを睨みつけた。しかし四肢の自由を奪われている彼と、それを見下ろすロイ。どちらが優位かは、明白だった。
「さて、ヨサーク。その縄を解いてほしくば、アクリトのモノマネをするがいい。インドとウンコ、どちらの方でもいいぞ。そうすれば縄を解いてやる。さあやれ、叫ぶんだ! ヨガフレイ……」
「うっせえ、耕すぞこらあ!」
「んん? おいおい、そんな乱暴な口聞いていいのかぁ!?」
 洞穴内にこだましそうなほどの声を発したヨサークを、今度はヤミーが罵る。
「人気あるからって調子乗ってんじゃねーぞ! おら、この種もみ袋でも揉んでろ! ヒャーハハハ!!」
 喋り方も態度も、何から何まで完全なる悪役である。ヤミーはどんどん調子に乗ってエスカレートしていく。
「どうした? 俺様の種もみ袋が揉めないってのかァ? じゃあこうしてやるぜ! オナモミ! オナモミ!」
 謎の単語を連呼しながら、ヤミーは袋をヨサークの股間に突っ込むと、揉みしだこうとする。が、それは間一髪、そばにいたラルクに止められた。
「これ以上頭領を馬鹿にすると、さすがの俺も手が出ちまうぜ?」
 バチバチと火花を散らし、睨み合うヤミーとラルク。そこに、ヨサークの声が飛ぶ。
「つうかまず、これ解けっつうんだよ!」
「おい、それが人にものを頼む態度か? 許せんな、オラウンコ……もとい、アクリトにウン……いや、カレーを出させてやる」
 何やら危険なことを始めようとするロイ。彼らのせいで、すっかり洞穴内は騒がしくなってしまっていた。結果、見回りに来たベベキンゾの若者に彼らは見つかってしまった。
「おまえたち、なにしてる! それ、うごかす、ダメ!」
 ぴゅい、っと指笛を鳴らすと、増援まで現れ、ヨサークたちは一気に窮地に立たされる。洞穴の奥まったところ、出入り口は入ってきた一ヶ所のみ。そしてそこにはベベキンゾが10名ほど立っている。
 この窮地を乗り越えんと拳を握ったのは、またしてもラルクだった。
「最悪の事態になっちまったな! こうなったらぶん殴って気絶させてでも、ここから出してもらうぜ!」
 ラルクはそのまま単身ベベキンゾの群れの中へと突進し、拳を振るう。しかしやはり10体1では無理があるのか、あっという間に劣勢に立たされてしまった。
「まあ、薄々こうなる気はしてたけどな。ジュディ、例の作戦やろうか」
 そんな中、ブラックコートで気配を断っていた七枷 陣(ななかせ・じん)が、パートナーのジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)を呼び寄せる。
「仕方がない、我らがなんとかしてみせようぞ」
 本来なら姿までは隠せないブラックコート。しかし、その漆黒の色合いはうまい具合に辺りの闇に同化していたため、陣は誰にも気付かれることなく、ヨサークへの接近に成功していた。どさくさに紛れて種もみ袋をさらに股間に入れようとするロイとヤミーを押しのけるようにふたりはにじり寄ると、ジュディがすっとヨサークに顔と手を向けた。
「ふふふ、ヨサークよ、おぬしに一番効くのは、こういう幻じゃろう?」
 言って、ジュディはヨサークに対してその身を蝕む妄執をかける。と、途端にヨサークの目の色が変わった。
「な、なんだおめえら……おい、俺に近づくんじゃねえ。離れろ、離れろっつうんだよ!!」
 突然怒号を上げるヨサークに、ロイたちも呆気にとられる。「ついにイカれたか」と。彼らにだけは思われたくないだろうが。
 今彼が見ている幻影、それはヨサークに次々と女性が迫り来る幻だった。ジュディは、それをヨサークに見せることで彼の怒りを引き出そうとしていた。
「うおっ、うおおおおっ!」
 必死に抵抗しようと、腕に力を込めるヨサーク。するとジュディの目論み通り、ヨサークの縄はぶちんと豪快な音を立てて千切れた。
「やはり憤怒か。空賊の時もそうじゃった」
 作戦がずばり的中し、してやったりの表情を浮かべるジュディ。彼女が技を解除すると同時に、ヨサークは意識を引き戻す。
「……あ?」
 気がつけば縄が外れて、自由の身になっている自分の体を見て不思議に思うヨサーク。しかし彼には、そんな驚いている猶予すら与えられない。
「ヨサークさん、新しいナタやで!」
 気付けば、割と近い距離で陣が自分に向かってナタを投げていた。どうやら武器が取り上げられているだろうと察した陣が、あらかじめ用意してくれていたらしい。親切といえば親切なのだが、その受け渡し方があまりにもワイルドすぎて、ヨサークは目を丸くした。
「おい、あぶねえっ……!!」
 ナタは、ぐるんぐるん回転しながらすごい速さでヨサークの方に向かってくる。がしかし、そこは空賊の頭、回転数を見極め、上手に持ち手部分をキャッチすることに成功する。
「ナイスキャッチ! ヨサークさん! もう一投行こうか!」
「誰が行くか! さっさと肩壊して引退しろ!」
 陣とヨサークが言い合っていると、そこに前線で戦っていたラルクが戻って来た。
「頭領! 自由になったんだな! 良かったぜ! そうだ頭領、今なら脱げるんじゃねぇか? ここはひとつ、全裸になってやりすごそうぜ!」
「ああ、そういえばさっきそんなこと言ってたな。それなら戦うより早く出れるっつうことか」
 ラルクの助言を素直に聞き入れ、躊躇せずに下半身を出すヨサーク。
「お、頭領、なかなかいいガタイしてるじゃねぇか!」
「へっ、まあな」
 ラルクに褒められ、満更でもなかったのかヨサークは口元を緩ませた。彼らが脱いだ時点でベベキンゾたちは「あれ? 敵じゃなくなったの?」と気が弛み、攻撃する意欲をなくしていた。あとはここを出るだけ……なのだが、ヨサークにとって最大の山場は、この後訪れた。
「……ん?」
 さっきから自分に向けられている視線。それに感付いたヨサークは、ばっとその気配の方を振り向いた。同時に、ヨサークは一瞬言葉をなくす。
「……あ」
 目が合ったその人物は、そう短く声を上げた。その人物とは、救出班と共にここまでやってきた、さけだった。さけは何やら岩陰に半分ほど身を隠し、何かを語りかけるような瞳でヨサークを見つめている。
「……何してやがるんだ?」
 ヨサークが一歩さけに近づいた。さけは視線を上下左右に動かしながら、「あー」とか「うー」とか声にならない声を発するだけだ。
 少し前から、妙なことがきっかけでこじれてしまった関係。もちろんそんなものに関係なく、ヨサークがピンチと聞けばさけは助けに行くだろう。現に今も、こうしてここに来ている。ただ、微妙に気まずい今の関係のままこれからも接していかなければならないのだろうかという不安も、彼女の心の中にはあった。
「おい、黙ってねえで何か……」
 さらにヨサークが一歩近づいたところで、さけは初めてヨサークが下半身を脱いでいることに気付いた。今までは、暗くてよく見えなかったのだ。
「え……」
 上から下まで、何ひとつまとっていないヨサークの雄々しい姿を至近距離で見て、さけは固まってしまった。
 助けに来たはずなのに、どうしてこの状況に?
 いつの間に、こんな格好に?
 いや、それよりもまず今までの誤解を解かないと。
 頭の中ではぐるぐるぐるぐると様々な思考が錯綜し、さけはすっかりオーバーヒートしてしまった。ぷしゅう、と湯気が出そうな顔色で、彼女はようやく言葉を発した。
「へっ……変態っっ!!!」
「あ?」
 いくら下半身を出していたとはいえ、これには事情があるのだ。なのに突然変態呼ばわりされたヨサークは、頭に血が上って直情的な反論をする。
「やっと喋ったと思ったらなんだこらあ! そもそも先に変態になったのはおめえだろうがクソボブ!」
 ヨサークは、さけとの関係が気まずくなった日のことを思い返す。さけが、テーマパークのマスコットキャラを調教していた日のことを。さけもそこに思い至ったのか、咄嗟に弁明した。
「あ、あれは止むに止まれぬ事情が……!」
「これだって事情があんだ! 分かったらとっととまともな言葉喋れクソボブ!」
「……黙って聞いていれば、わたくしの名前はクソボブじゃありませんの! あー、なるほどですの。長い間名前も呼んでなかったから、忘れてるんですものね?」
「あぁ? 誰が忘れたって!?」
 激しく言い争うさけとヨサーク。それはどこか、懐かしいやり取りでもあった。
「ったく、痴話喧嘩は後でしろよな! とりあえずここ出るぞ! うりゃあっ!!」
 ここに長居しては、せっかく気が緩んでいるベベキンゾがまた気が変わってしまうかもしれない。何よりここには、全裸でない者もいるのだ。そう判断した和希は、ドラゴンアーツにより強化された筋力で、ヨサークをがしっと掴むと出口に向かって放り投げた。
「うおっ!? お、おい待て、服が……!」
 有無を言わさぬスピードで、一直線に飛んでいくヨサーク。そのまま彼はベベキンゾたちが塞いでいた出入り口の向こう側まで投げ飛ばされたのだが、彼が宙を舞った瞬間、そばにいたさけは確かに彼の声を聞いていた。
 ――俺の服持ってこい、さけ。
「まったく……助けてもらってもお礼も言えないですし、人にものを頼むのに命令口調ですし」
 口では不満を漏らしながらもしかし、彼女の頬は緩んでいた。
「本当、ダメダメですの……わたくしがいないと」
 言って、さけは足元に落ちていたヨサークの衣類を手にし、走り出した。その後に続くように生徒たちもダッシュで出入り口を突き抜け、彼らは無事洞穴からの脱出を果たしたのだった。