リアクション
「機体の搬入も完了したことですし、始めましょう。皆さん、マニュアルはちゃんとお持ちですか?」
長谷川 真琴が、集まった整備科の生徒達に確認を取る。
どこで整備が出来るかが決まってからでは、どうしても対応が遅れてしまう。そこで、あらかじめ各機体の特徴や整備の要点をまとめたマニュアルを作成し、「どんな整備環境でもひと通りのことは出来る」ようにした。
「にしても、一.五世代機からややこしいシステムが積まれてんだなぁ」
マニュアルをじっと見つめ、鳳 源太郎が息を漏らした。
「ブレイン・マシン・インターフェイス、可変機構、トリニティ・システム……イコンの技術も随分と進歩したものですよ」
「むしろ、イコンが表に出てきてからまだ一年ってのが驚きだ」
「私もイーグリットがまだ試験機だったときから整備に携わってきましたが、まだ一年しか経ってないというのが信じられないくらいです」
まだ完全に実用化されたわけではないとはいえ、わずか一年で次世代機が誕生したことになる。確かに、その著しい技術の進歩には目を見張るものがあるだろう。
とはいえシャンバラ全体を見れば、まだ第一世代機が主流であることに変わりはない。先の戦いの影響もあってか、天学生でも今回は乗り慣れた自分の機体で出るものも少なくない。
「さて、それじゃ持ち場につくとするか。第一世代機、第一.五世代機の整備をする人はあたいの方に来て頂戴」
クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が呼び掛けた。
「第二世代機の方はこちらでお願いします」
それぞれの班に分かれ、実作業に取り掛かる。
「一つ確認してもいいか?」
佐野 誠一が真琴に尋ねてきた。
「完全覚醒について……ですね」
それの存在を知る者は、決して多くはない。
「さすがに積極的に教えるわけにはいきません。しかし、いざというときの切り札になるのは間違いないでしょう。なので、もしそれについて聞いてきたパイロットがいた場合、教えることにします」
パイロットが持てる技量を正しく使えるようにするのが整備士の仕事だ。もし、パイロットの中にジェファルコンの持つ可能性に気付いている者がいれば、知っている範囲で伝えようと考えた。
しかし、条件がある。完全覚醒におけるリスクを伝えた上、その力に決して溺れないと約束してもらうこと。イコンの力は使い方を間違えると、自分や大切な人をも傷付けることになる。そうなってしまうことを、イコンの造物主も望んではいないだろう。まして、力に溺れて自分を見失うようでは、今後ジェファルコンに乗ることは出来ない。
かつて、力に飲まれ身を滅ぼしたパイロットがいた。二度と、あんなことになって欲しくはない。
ジェファルコンのコックピットを調べたところ、完全覚醒のロックはパイロットが認証コードを入力すれば解除されるようになっていた。ホワイトスノー博士と罪の調律者も、然るべき覚悟があれば使わせてもいいと判断したのだろう。
(一度プラントに運ばれてるだけあって、こっちはそれほど問題なさそうですね)
整備もある程度行き届いており、細部の調整を残すのみとなっていた。とはいえ、同じ第二世代機でもブルースロートの方はまだ未整備の部分もある。
「確か、ブルースロートは他の機体よりもエネルギーを消費しやすかったんだぎゃ」
親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)は前に整備したときに真琴から受けた説明を思い出しながら、作業を進めていた。
「……ぎゃ? レク、オメーも整備するだぎゃ?」
機体から見下ろすと、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)の姿がある。
「ええ。F.R.A.G.の人達も手伝ってくれるとはいえ、自分達の機体は自分達でやった方がいいはずよ」
それはもっともだ。
「アタシもマニュアルは持ってるわ。システムチェックくらいなら出来るわよ」
「じゃあ、それはお願いするぎゃ。ワシじゃブルースロートの座標計算とか正常に機能してるか分からないぎゃから」
ある程度システムを通じて簡易化されているとはいえ、ブルースロートの機能を満足に使うには高度な情報処理能力が必要だ。当然、それは整備をする人間にも言えることである。
夜鷹ではまだその部分のチェックが厳しいため、レクイエムに委ねた。彼は引き続き、駆動部や外装などの整備を続けていく。
「あんなこと言いながらも、ロックは解除出来る状態になってやがる。博士達も、今度の相手はそんだけヤバイ連中だって考えてるってことか……」
誠一もジェファルコンが完全覚醒を行えるようになっていることに気付いた。認証コードが必要だが、真琴に直接尋ねるパイロットがいれば、それは伝わることになるだろう。
それも視野に入れ、ジェファルコンのコンディションを最高の状態にしておく必要がある。
(優先するのはジェファルコンの中でも、ベトナム行った連中が乗る機体だ。無茶しそうなのが多いし、「また」落とされちゃかなわんからな)
どんなに規格外の化け物が相手だったとしても、自分が整備した機体を落とされるというのはやりきれないものがある。二度とあんな思いはごめんだ。
「要点となるのは、メイン、サブのスラスターの整備と、トリニティ・システムのチェック、稼動チェック、レーダー機能のチェックといったところでしょうか。この辺りはプラントで調整したこともありますが、念のためにもう一度見た方が良さそうですね」
「だな。絶対に大丈夫って保障はまだねーからな」
だから、これまでも常日頃から整備が行き届いている機体に対して、出撃前には必ず該当機体全ての調整を行ってきた。それは今でも変わらない。
(F.R.A.G.の方は、どうやら最終調整に入るみてぇだ。まあ、何日も前からこの空母に乗ってたんだろうから、ある程度準備は出来てるか)
作業を手伝ってくれているF.R.A.G.の整備士の一部が移動を開始したため、誠一はそう判断した。整備の済んだクルキアータは甲板に出ており、出撃を待つのみとなっている。
「ひと通り済んだら、火気管制の正常稼動の確認、操縦時のレスポンス速度のチェック。パイロットが乗り込む前に、一度しっかり見ておきましょう。
……誠一さん? F.R.A.G.の女性整備士見てないでしっかりして下さい!」
「ん、ああ悪い。……って別にそんなんじゃねーよ!」
単にF.R.A.G.の動きを眺めていただけだが、たまたま視線の先にいたのが女性の整備士だったため、誤解されたようだ。
「とにかく、集中して一機でも多く万全の状態にしなきゃな」
* * *
別の区画では整備科のベルイマン科長監督の下、
朝野 未沙(あさの・みさ)達がプラヴァーの整備を行っていた。
こちらはシャンバラ全土で運用される機体ということもあり、整備に携わる者が各校から集まっている。
「いいか。コイツの整備で最も注意すべきは、装備パックとの接続部だ。キャノン砲ぶっ放したらその反動で外れちまった、なんてことになったら洒落になんねぇからな」
科長からの説明によれば、旧来のイコンよりも格段に整備性が良くなっているらしい。実際、クェイルほどではないものの簡易的な構造となっているため、それほど手間がかからない。
「それじゃ、みんなお願いね」
未沙は素体の整備を中心に、各装備パックをパートナーに、といった具合で分担して取り掛かった。
朝野 未羅(あさの・みら)が重火力、
朝野 未那(あさの・みな)がマジック、
ティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)が高機動となっている。
まずは手元のマニュアルと照らし合わせて、機体構造を把握することに努める。いくら整備しやすいとはいえ、実際に触れてみないことには何とも言えない。
(確かにイーグリットやコームラントに比べればシンプルだね。あと、サポートシステムと機体の各部がちゃんと連動してるかも見とかないと)
プラヴァーのパイロットサポートシステムは便利だが、それ故に不備があれば致命的だ。システムチェックはブルースロート並に念入りに行わなければならない。
「未羅ちゃん、重火力パック接続するからこっちまで運んできて」
「分かったの」
各部の整備が済むと、装備パックを接続しての調整に移る。
「接続完了。エネルギー残量の表示にも問題なし、と」
補充用のカートリッジもフルになっているか確認。主砲のプラズマキャノンは、一発で機体のエネルギーの三分の一近くを消費する。エネルギー切れを防ぐためにも、ちゃんとチェックしておかなければならない。
重火力パックの次は、高機動パックに取り掛かる。
「実際に初めてスペックを見たが、機動性だけを見れば、イーグリットと同等以上だ。もっとも、サポートシステムをオンにすると最高速度は出せなくなるみたいだがな」
「システムは操縦支援以上に、パイロットの身の安全を優先させるようプログラムされてるみたいだからね。高速で飛行したまま戦うのは、かなりの腕が必要だと思うし」
ティナの指摘に対し、未沙が答える。専門的な訓練を積んだ者でなくとも、一定以上の操縦が可能なのがこのプラヴァーだ。
均一化された以上の性能を引き出すには、従来通りパイロットの技量が問われることになる。
「更なる高みへ至るにはリスクを背負わなければならない。何かのために代償を支払うというのは、実に理にかなっている」
ティナがわずかに口元を緩めた。
また高機動ゆえに、取り入れられた装備は接近戦使用だ。デフォルトの銃剣付きビームアサルトライフルはあくまで補助武装に過ぎない。
とはいえ、その弱点を補うために射出型ワイヤーがある。相手の動きを限定出来れば、接近戦に持ち込みやすくなるからだ。それが正常に動作するかどうかというのも戦況に関わってくる。そのため、高機動パックにおいてはそこを重点的に整備する必要があった。
それが終わると、今度はマジックパック搭載機の調整を行う。重火力パックにある二門の大型ビームキャノンをマジックカノンに置き換え、近接戦用にマジックソード、防御用にマジックシールドを取り入れたものだ。
最新式のエネルギーコンバーターは、機晶エネルギーを途中で魔力に変換する方式から、直接魔力として抽出する方式に切り替わっている。これにより、コンソールでの操作から魔術兵装使用までのタイムラグも大幅に短縮された。
「時間があれば、ちゃんと原理を解析してみたいですぅ」
作業を行いながら、未那が呟いた。
『魔法も科学も、突き詰めてしまえば、本質的には同一』という昔の科学者の言葉があるが、この技術はそれを証明しているのかもしれない。とはいえ、シャンバラでは通常のイコンで魔法を使うには至ってはいないが。
一度構造を覚えてしまえば、事前に言われた通り手間がかからないため、順調に彼女達はプラヴァーの整備を進めていった。
* * *
「こうして見ると、やっぱ第一世代機はまだまだ現役ってことか。なぁ、お前ら」
鳳 源太郎は、旧世代機であるイーグリットを見上げた。
デフォルト状態の機体こそ少ないが、それぞれのパイロットに合わせてカスタマイズされた機体は今でも戦闘の中核を担っている。最新鋭の第二世代機であるジェファルコンこそ一線を画した存在だが、旧世代機ベースでも、ものによってはクルキアータ並の力を発揮出来るまでになっている。もっとも、正面からぶつかっていったのでは厳しいことに変わりはないが。
「まずは機体の駆動部や武装をちゃんと点検しないとね。コックピット内部での計器類の確認はそれが終わってからだよ」
基本的な整備手順をクリスチーナ・アーヴィンから聞き、作業に移る。
「あと、分からないことがあったらすぐに連絡。勝手な判断で作業を進めたりしないように。報告・連絡・相談はちゃんとしなきゃね。それじゃあ、今日も出撃するパイロットに最高の状態で機体を受け渡せるよう、に気合入れていくよ」
「おうよ」
年長者である源太郎ではあるが、イコン整備はまだまだ初心者だ。真剣に説明に耳を傾け、マニュアルを熟読しながら実際に手を動かして整備に勤しむ。
(しっかし、みんな手馴れてんなぁ。だが、若い者に負けちゃいらんねぇ!)
イコンの仕組みを理解していても、機体に触れていなければなかなか整備技術を身に付けるのは難しい。ベルイマン科長も、「身体で覚えろ」と常日頃から言っているくらいだ。
「撫子、こっちのはサイズが違ぇから、換えのヤツ頼む」
サポートに徹している撫子が支持を受け、工具を運んでくる。そうやって手伝いながら、彼女もまた源太郎や他の整備科の人達を見ながら技術を学んでいるようだ。
整備科の教官や班長レベルの生徒達に早く追いつくためにも、源太郎達は真剣に作業に取り組み続ける。