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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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 その頃本部では繭が出ていくのと入れ違いに、とても珍しいお客様が訪れていた。
 くたびれたろくりんくん──を、本気の技術で再現した──着ぐるみ姿の、ろくりんくんゆる族キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。
(冬季ろくりんピックを成功させた公式マスコットとしては、招待を受けるのは当然ネ〜)
 招待状は間に合わなかったか、何かの手違いで届かなかっただけネ、と意気揚々と本部を訪れたキャンディスは、一斉に注がれる視線を、ふふん、と胸を張って受け止めた。
(やっぱり、大会の成功に寄与した自分がねぎらわれて当然ネ)
 三月上旬に終了した冬季ろくりんピックの盛り上げに一役買った彼女は、達成感で上機嫌だ。
「ミーも有名になったものネ。あ、食前酒はシャンパンでいいワ」
 白百合会の前会長伊藤 春佳がいつもの癖で対応のため立ち上がろうとした時、現会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)が口を開いた。
「あなた、どなた?」
 キャンディスのパートナーである茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)が、この春で百合園女学院短期大学を卒業になるという節目の時期に、感謝祭があってもいつも通り百合園女学院の校内に留まっていたのは、自分をだまして契約した、こんな態度のキャンディスと顔を合わせたくないからだった。
「か、会長、不躾すぎます」
 生徒会会計の村上 琴理(むらかみ・ことり)が、アナスタシアを諌めるべく、無理やり部屋の隅に連れて行った。
 代わりに春佳は席から素早く立ち上がり、キャンディスに向かって微笑んだ。
「ようこそいらっしゃいました。キャンディスさんでいらっしゃいますわね? 生憎ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)様と校長は席を外しております。ランチはご用意できませんが、宜しければお茶を一杯いかがですか?」
「仕方ないワネ。待つワ」
 キャンディスは隅に設けられたソファに案内され、お茶を淹れられた。
「……いただくワ」
 薫り高い上等なお茶を淹れてもらう。キャンディスが飲み干すと、白百合会役員のお手伝いをしていた生徒から、間髪なくお茶が淹れられていった。
 それが十数回繰り返され……。キャンディスは、遂に我慢できなくなってしまった。
「と、トイレはどこかシラ?」
「あちらです」
「ありがとうネ」
 果たして、トイレに行って帰った時には、茶器は綺麗に片づけられてしまっていた。
 先程の生徒が、ぺこりと頭を下げた。
 そして奥の部屋での打ち合わせが終わったばかりのラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)がそこにはいたが、キャンディスの顔を見て、
「申し訳ないのですが、これから感謝祭の視察に行かなければなりませんの」
「代わりと言ってはなんですけれど、お祭りを楽しんでくださいね」
 春佳が、チケットをひとつづりキャンディスに渡した。
 キャンディスはしげしげそれを見つめる。印刷が綺麗だったからではない。
(利用期限は今日限りネ。換金不可……この印刷の精密さだと、偽造は今日中には無理そうネ)
 邪な気持ちが芽生えたキャンディスだったが、無理となるとあっさりと諦めた。
「お祭りを盛り上げるのに協力させてもらうわネ。また来るワ」
(チケットの流通に協力するのはやぶさかでないワ。食べ物の店を全制覇狙おうカシラ。足りなくなったら本部に貰いに行けばイイノヨネ?)
 キャンディスはチケットを握りしめ、本部を出るとはばたき広場の屋台目指して、転がるように走って行った。
 その後チケットが尽きるまで屋台めぐりをしたキャンディスは、たらふく生ハムやクレープやパニーニ、揚げパン、たこ焼きなどなどを食べた。その姿とお祭りで盛り上がった屋台のおじさんたちに、食べきれないほどの食べ物を盛られたという。


「では、行って参りますわ。来客は滅多にないとは思いますけれど……後のことは宜しくお願いいたしますわね、静香さん」
「うん、行ってらっしゃいラズィーヤさん」
 奥でイベントの最終確認を行っていた桜井静香(さくらい・しずか)は、運営本部の出口でラズィーヤを見送り、そして、
「わわっ!?」
 声をあげて、後ずさった。
「ヒャッハァー! 空京大分校合格祝いにきてやったぜ」
 いつの間にか運営本部の目の前には、四つ並んだ見事なモヒカンがそびえ立って──もとい、モヒカン姿が立っていた。
 いやいや、モヒカンだけに注目しては失礼だろう。
 二人の空京大学生と二人の?ゴブリンは、全てびしっと、一目で上等な仕立てだと判るブランドのスーツに身を包んでいた。
 窮屈そうに長躯をスーツに押し込め、ネクタイを締めた青年を先頭に、陽気に、ずかずかと乗り込んできた。
「ヒャッハァ〜! 祝われる覚悟は出来てるかァ〜?」
 再度の珍客に身構えかけるアナスタシアだったが、
「あら、あなたは……」
 前副会長井上 桃子は見覚えのある顔に声をあげた。
 ティーパーティで行われた通称「パンツ演説」によって、彼女を含む百合園の少女たちの幾人かが空京大学への進学を決めた、そのきっかけとなった人物だった。
南 鮪(みなみ・まぐろ)さんに織田 信長(おだ・のぶなが)さんですわね。四月からは先輩とお呼びすることになりますのね?」
 どうぞ、とソファに案内され、鮪と信長はどっかと腰を埋めた。
「モヒカンやゴブリンさんとスーツのアンビバレンツな装いが、フリーダムとオーダーをソフィスティケイテッドに象徴していらっしゃるのかしら。
 今日はどんな御用でいらっしゃいますの?」
 信長がシルクハットを脱ぎ、くい、と首を動かすと、ゴブリン(空京大学生)が丁寧に抱えていた木箱をテーブルへとそっと置く。
 中から恭しく取り出されたのは、茶器だった。
「おぬしらは他の何者よりもより学び、より高みを目指す道を選び、そして道に選ばれし高潔なる者よ。春よりは、あらゆる者共と切磋琢磨し磨き上げる栄光の時が待っておるぞ」
 ばさり、と裏が赤地のビロードマントを翻し、信長は朗々と響く声で告げ、桃子を見据えた。
「そなたの決断、褒めてつかわそう」
「……あら、ありがとうございますわ」
 進み出た桃子に、信長がテーブルに置かれた茶器を示す。
 一目で高級品だと分かるそれを、桃子は大事そうに受け取った。
「おぬしらは如何様な茶を満たして見せてくれるか楽しみであるぞ」
「ありがとうございますわ。この器に相応しい茶をいつかご馳走できるよう、精進致しますわ」
 彼女は、淑女の教養として茶も嗜んでいる。だから、茶を点てることはできる。ただ信長が言っているのはそういう事ではないのだろう。
 どんな茶を点てるか、だ。
 そして茶碗を愛し、本能寺の変では、多くの名物と共に一度命を落とした信長のために余計ありがたみがある。
「俺からもプレゼントだぜェ〜」
 さらに続いて、鮪がリボンの掛った可愛らしいピンクの袋を取り出した。乙女が相手だと、種モミもアジの干物もラッピングしてもらえるのだ。
「まさかパンツですの?」
「いやいや、パンツも大事だがよォ〜これを忘れちゃいけねえよな。基本だぜ基本。種モミは基本だよなァ〜?」
 受け取った小さな袋のリボンを桃子がほどけば、きらきら光る種モミがさらさらと流れた。
「き、基本……ですのね!」
「ヒャッハァー! こいつは特に種モミの中の種モミ。光り輝く逸品だぜ」
 別に深い意味はない。単に一番価値がある種モミがこれだっただけだ。
 だがかつてパンツ演説を受けた上、信長の深そうな話に感動した桃子は、鮪の言葉を深読みした。
 目を白くした桃子の身体を、雷が打ったように真理が駆け巡る。
(種モミ=潜在力、可能性、これから芽吹く大切な存在、これから己の力を育てる時、主食としてなくてはならぬ存在。
 稲穂は食と職を与え、再び新たな種モミを大地にもたらしながら広がっていく──消費するだけではない、農業もまた人の営みの基本!)
「他の連中も迷ったら来いよ空京大分校! たっぷり面倒見てやるぜ〜。欲しけりゃ新しいパンツも用意して待ってるぜ。古いのを新しいのに変えてやるぜ。
 おっとー、むしろ時と場合によっちゃ待たずに拉致しにくるかも知れねえなァ〜?」
 周囲を見回して、鮪は言い放つ。
「なァに帰りたい時は好きに帰りゃ良いだけだからな。じゃあな、四月に空京大分校で会おうぜェ!」
 鮪と信長、そしてゴブリンたちは白百合会の一部を騒がせると、次なる新入生のために祭りの喧騒の中を歩いていくのだった。