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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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路地にて


 パレードが終わった運河を、一艘の赤いゴンドラが流れている。
 上には一対のひな人形──十二単を着た女性、衣冠束帯の男性が座っていた。といっても、衣装の調達や着付け諸々が大変なので、外からそれらしく見える、簡略化したものである。
 彼らの間には、桃の花をメインに菜の花を合わせた銀製の花瓶が置かれていた。
 二人は着なれない衣装で、飲み慣れない抹茶を口にして、目を見合わせた。
「どうでしょうか。日本には三月、ひな祭りという節句があり……」
 ゴンドラの後方で、この流し雛野点の発案者・百合園茶道部の姫宮 みこと(ひめみや・みこと)は、そこまで言ってから、二人の様子ににっこり笑う。
「あ、どうか緊張なさらずに」
「え、ええ。……でも……」
 ゴンドラがすいーっと水面を行くたびに、両岸の人の目線が自分たちに注目しているのが分かる。
 パレードで十分目の保養をした人たちも、この見慣れない和の装束には目を惹かれるのだろう。
「作法とかは気になさらずに。体験をしていただくのが大事ですから……。とはいっても、確かにちょっと目立ちすぎですね」
 みことはゴンドリーエに、路地の方に入ってもらうよう言った。
 大運河から外れれば、ぐっと道は細く、通る人も少なくなる。そこでようやく落ち着いたのか、二人の客はみことの雛祭り解説に耳を傾けることができた。
「楽しかったです、ありがとう」
 しばらく水路をまわって二人と別れると、みことはまた船を出して新たな住民を誘おうかと思った、その時。
「……?」
 きょろきょろと辺りを、上下左右をしきりに見回し、落ち着かなげなハーフフェアリーの少女が一人。
 決して背が高いとは言えないみことよりも更に幼く見える、華奢な彼女は、迷子に見えた。百合園女学院の制服を着ているところからみて、後輩だろう。
(……えぇと、ここ、どこ? 私、翠ちゃん達とお出かけして……。もしかして、私またまた迷子になっちゃった!?)
「どうかしましたか?」
 みことに声をかけられた少女──アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)は、混乱の中落ち着いた声に振り向くと、みことの振袖に目を奪われ、次いで衣装や花の物珍しさに心を奪われた。
「えーと、お祭りを見物していたんです。それはなんですか?」
 自分が迷子になったことなどさっぱり忘れて、興味津々に覗き込む。
「わぁ、素敵な衣装ね」
「よかったら着てみますか? お抹茶とお菓子もありますよ」
「うん、着てみる」
 早速アリスは着付けてもらい、お雛様になってヴァイシャリーの路地観光を始めた。




「今日はお祭りだから人が多いわ。だからアリス、迷子にならないように注意……」
 はばたき広場の屋台の間で、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は言いながら後ろを振り返って。
「……する前にあの子また迷子になっちゃったみたいね……」
 軽いため息をついた。
「……アリスさんが迷子ですかぁ〜? それは大変ですぅ〜」
 スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が心配そうに胸の前で手を組んだ。
 が、ミリアも、彼女たちのパートナーである「翠ちゃん」こと及川 翠(おいかわ・みどり)も、慌てた様子はない。
「ミリアお姉ちゃん、いつもの事だけど、今日もアリスちゃんを探そうね。会ったらまたお祭りを楽しむの」
「仕方ない、HCで探しますか……」
 スノゥよりもアリスと付き合いの長い彼女たちにとって、アリスの迷子は日常茶飯事のようだった。
 だから迷子になるのは前提として、アリスの銃型HCに付けた発信機で、居場所が分かるようになっている。
 ミリアがHCを起動させ、アリスの行方をヴァイシャリーの地図上に表示させる。
「これは……水路の上ね。ゴンドラにでも乗ってるのかしら?」
「じゃあ、早く迎えに行かないといけませんねぇ」
「そうなの。水路は道に沿ってあるとは限らないの」
 水路の両側に道がないことも良くある。道と交差する場所を探して、もし通り過ぎてしまったら大幅な遠回りが必要な場合もあった。
 もしくはゴンドラを借り切って追いかける、という方法もある。
「……あ、降りたみたいよ」
「また乗らないうちに、探しに行くの」
 三人は、さっそくアリスの行方を追って、歩き出した。



「あ、あれは何?」
 路地、地上にある、三角の何かが山積みの店。それを指差してアリスが尋ねる。
「確か、お菓子屋さんですね」
「じゃあ、ここで降ります。ありがとう」
 迷子じゃないのかな? と思いつつ、みことはアリスを送り出した。
 アリスは早速その、頃根のようなお菓子──パスタ生地で作ったコーンの中にクリームを詰めて、チョコレートやゼリーをトッピングしてあるそれを一つ買うと、食べながら歩く。
 食べている間は、自分が迷子だなんてことはもうすっかり忘れていて……そして。
「ここ、どこ?」
 見慣れない景色を楽しむうちに、狭い路地裏に入り込んでしまっていた。何だか道も細くて、薄暗い。
「どこに行けばいいのかなぁ」
 一人で歩くうちに、背後から急に腕を掴まれて──。



「おおあったぞ、エリュシオン産の虹色フルーツ・パンケーキじゃ!」
 屋台から駆けてきそうな勢いで戻って来たミア・マハ(みあ・まは)に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も思わず顔がほころびた。
「何々、それどんなの? ……うわ、すごいね」
「じゃろう」
 ミアが胸を張ったのは、プラスチック製のお皿の上に、パンケーキが乗ったものだ。その上に、フルーツの角切りとソースがかかっている。ソースは時間が経つごとに色が変化するというもので、それが虹のように見えた。
「エリュシオン出身の生徒がやっておっての、表面はさくさく、中はしっとり。肉を包んだバージョンもあったぞ」
 お嬢様の気遣いらしく、切ったりはしたなく大口を開けなくてもいいように、パンケーキは小さなものがいくつも積み重ねてあった。
 フォークで突き刺して一口食べれば、口の中にふんわり広がる甘さ。
「それにこの味、エリュシオンに行った時に食べたあのフルーツの味をおもいだすのう」
「あ、一個ちょうだい」
「いいが……レキの持ってるそれは何じゃ?」
「ボクもさっき買って来たんだよ。交換しようか」
 レキは、自分のお皿から一つ、ミアのお皿に乗せてあげた。
 二人は食べながら、はばたき広場を見物しながら歩く。とはいっても、ただの見物ではない。
「先輩はあっちに行くって言ってたから……。こっち行こうか」
 先輩というのは、前白百合団の副団長神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)。彼女とは別のルートを歩いて──見回り、をしていたのだ。
 白百合団員だから。それに、レキは先日、『白百合団』の副団長補佐になった。
 別に武力や権力をどうこうという訳ではない。イベント時は人が多いし、多くなるとトラブルも増える。だから、楽しいイベントが無事に終わる様に、お手伝いなのだ。
 だから食べながら、見物しながら、ミアとゆっくり道を歩く。
「それに、守ってきた街をこの機会に見ておきたいっていうのもあるよね」
 先輩と別ルートなのは──これは警備の手わけ、というだけじゃなくて。
(先輩は人気者だからね)
 きっと巡回中も休憩中も、色々なところにお誘いされているだろう。側にいない方が気兼ねがないというものだ。
 レキは、道に迷っている人には道順を教えたり、パンフレットを渡したり、転んだ男の子にヒールをかけてあげたりしながら、道を歩く。
 白い石畳のはばたき広場。薄ベージュの石を組み上げて造られた、時間になると扉が開いて騎士たちが回る仕掛けのある時計塔。
 大運河。行き交うゴンドラと水上バス。騎士の橋。小さな細々とした生活雑貨を売る店。露店。レストラン。喫茶店。素敵なブティック。ちょっと妖しい雰囲気の繁華街に倉庫街。
 でも、どこも街は幸せそうだ。
 レキがゴンドラに乗る、仮装した人たちに手を振ると、振り反してくれる。
 大分歩いてちょっと疲れたね、と脚を休めようと、路地裏のオープンカフェで飲み物を注文して腰を下ろした時、
「お嬢ちゃん、百合園の生徒さん?」
「うん、そうだよ」
「いつもありがとうさん。これサービス」
 おばさんがナッツ入りの固いビスコットをお皿に乗せて付けてくれた。
「浸して食べるとおいしいよ。今日はお祭りだから特別だからね」
 レキはお礼を言うと、ミアと一緒にそれを楽しんでひと時の休憩を取った。
「やっぱりこの街はいいなぁ」
 百合園があるからだけじゃなくて、この街が好きだから。だからこそ守っていきたい。
 そう想いながら景色に目をやると、ある光景が目に飛び込んできた。
 きょろきょろしながら歩く少女を、後ろから男が尾行して、そのまま腕を掴んだのだ。そのまま引きずろうとして少女が体勢を崩す。
 少女が振り返ろうとした時、そのもう片方の手が、鞄に伸びている。──ひったくりだ。
「不届き者は成敗! じゃ」
 ばんっ!
 ミアが飛び出して、少女の腕を掴んだ男が、栄光の杖の先で突かれて、二メートルほど吹っ飛び、石畳に転がった。
「い、痛ってぇ……」
「痛いのは当たり前じゃろう? それとも優しーく“天のいかづち”を脳天から喰らわせられたいか?」
 仁王立ちのミアに、にっこり不気味な笑顔を浮かべられて、男は情けない声をあげて逃げていった。
「大丈夫、怪我はない?」
 レキは、何が起こったのか分からない、と顔にはてなを浮かべているアリスに声をかける。
「うん、大丈夫だよ」
「なら良かった。ところでその制服、うちの学校の生徒だよね。今日は一人なの?」
「ううん、みんなと一緒にいたんだけどはぐれちゃって……」
「じゃあ、迷子センターに連れて行ってあげるよ。そこなら会えるよ。ね?」
 こくこく頷く少女・アリスを連れて、レキとミアは道をはばたき広場へと戻っていった。
 その道中、名前やパートナー、外見といった情報を聞き出して、銃型のHCで仲間の白百合団員に伝える。

 その後、アリスは無事に救護・迷子センターに届けられた。
「翠ちゃん!」
 パートナー達が見つけた時、彼女は救護・迷子センターでのんびりクッキーやケーキを食べていた。食べながら手を振るアリスを見て、三人は心配することなかったな、と思う。
「今度ははぐれないようになの」
 翠はアリスと手を繋ぎ、気を取り直してお祭りを楽しむことにした。