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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第二章 山路越え4

【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月3日 5時19分】
 山路――



 空は厚い雲が覆っているらしく、まだ日は昇ってはこない。
 鬼一族等によって足止めをくった鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、床机(しょうぎ)に座り、家臣らからの知らせを待っていた。
「貞康公、できれば鬼――彼等を殺さぬように、頼む」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は貞康の傍らでこう言った。
「俺は以前、朱天童子(しゅてんどうじ)に会った。朱天たちは世の中に自分たちの居場所がないことに失望している。それも、自分たちは鬼城とは違う、できそこないの存在だと思っている。世間からこぼれ落ちたんだ」
 陽一は未来をも語った。
「俺の知っているマホロバでは鬼城家が天下を治めている。それでも鬼は恐れられ、疎まれ、人知れず隠されていた。中には心を失って邪鬼になったものもいる。鬼の血を引き制御できないものは隠され、祠守のウダ(うだ)のように日陰に生きることを余儀なくされている人々が大勢いる」
 陽一は彼等の苦しみを救ってやれないかと言った。
「鬼州国へ逃げている途中で、そんな余裕はないのはわかる。でも、頼めるのは貞康公しかいない。この国で彼らのことを考えている国主が、どれだけいるというのか」
 貞康は前髪で隠されていない片方の目を上げて陽一にきいた。
「朱天童子らの望みは金ではないというのじゃな」
「そうだ。それよりもっと……彼等にとって尊いものだ」
 幼い頃から苦労をしてきた貞康には、世間からはじかれ居場所なくさまよう鬼たちの姿が想像できた。
「血迷うている相手ならば話は通じぬじゃろうが、ある程度理性を取り戻していれば、可能かもしれぬ。ここへ連れてこい」
 貞康の指示に酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の顔がほころんだ。
「わかったわ。私が連れてきてあげるから、待っててね! もし暴れたら……ちょっと折檻しちゃうかもだけど、大丈夫。鬼のお尻は頑丈なはずだから! ……って、お兄ちゃん、私を置いてさっさといかないでよぅ!」
 陽一は美由子の育て方をどこで間違えたんだろうかと考えながら、山を下った。
 しばらくして、朱天童子は貞康の前に連れてこられた。
 鬼は額から血を流している。
 仮面が割れたときに、傷ついたらしい。
「我をどうする……殺すか。殺せ、殺せ。こんな世の中、こちらからおさらばしてやる!」
 朱天童子はここへ来るまでも暴れたらしく、体中に傷があった。
 狂犬のようなうなり声をあげてる。
「こなたが朱天童子か。その方たちは恨みをもっているのだな。どのような恨みか、申してみよ」
「なにっ」
「その方たちを苦しめたのは誰かときいておる。だからこそ世の中に怒り、失望し、怒ってきたのであろう」
 朱天童子は目前の鬼の当主を見た。
 自分よりはるかに小柄で力もなさそうだ。
 それが、なぜか大きく見える。
「……それは、そうだ。我は討って出た。我を見捨てようとする……世と戦うため」
「ならばその戦。わしに預けよ」
「なんだと」
 貞康は手のひらを見せた。
 手たこ、血まめ、刀傷……鬼一族のエリートであるはずの鬼城家当主が、このような苦労をしているとは、朱天童子は思ってもいなかった。
「わしは鬼州国の主である。武将である。武将というものはな、民を乱暴者から守ってやるのが役目じゃ。乱暴者とはすなわちこの乱世そのものよ。こなたが乱世を憎み、討ち、その役目をおうとするなら、わしは褒美を取らそう」
「何をいって……我はごまかされんぞ」
 朱天童子がわずかに動揺していた。
 陽一はそれを見逃さなかった。
「褒美とはすなわち?」と、陽一。
「武将として取り立てる……ですかのう、鬼城殿?」
 鵜飼 衛(うかい・まもる)はなるほど旨い言い回しだと思った。
「我が……武将に……我が」
 貞康は丁寧に朱天童子に言いきかせた。
「よいか。織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)殿は討たれたが、このままにはしておれぬ。瑞穂国に赴いている羽紫秀古(はむら・ひでこ)殿もすぐに戻ってこよう。一時的に天下は乱れるが、それも長くは続かぬ。その間、武将に代わって民を守ってやれ」
「……我が武将にかわって……守る」
「これはその褒美じゃ。名はなんと申す」
 貞康は朱天童子に金子をもたせ、書面になにやら書き出した。
瀬山 裕輝(せやま・ひろき)はこのとき、おかず一品をもケチる貞康がためらいもなく黄金を与えたことに少なからず驚いた)
「いずれ天下が治まり次第、名乗ってでよ。必ずや力になろう。今日はその金子と墨付き持たせるゆえ、道案内をしてくれまいか」
 貞康は追記として【朱天童子 右のもの 山中にて道案内を勤める まことに殊勝なり】と書き込んだ。
「こなたはただの鬼ではない。仲間を守れよ」
 朱天童子は貞康の黄金と墨付きを、震えながら受け取った。
「頼んだぞ」
「……は」
 朱天童子は矢のように戻り、鬼一族の中から屈強な若者たちを選び案内に立たせた。
 一行はこうして、山路を脱出したのである。

卍卍卍


「貞康殿は無事に山を越えられましたね」
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)はとともにほっと胸をなでおろした。
 なんとかマスターに良い報告ができそうだ。
 武神 雅(たけがみ・みやび)が貞康の前に進み出る。
「これまで隠れて同行していた。我々は……葦原国の者です。マホロバの未来においては、であるが」
 と、雅はことのほか、これは葦原の意思が入っているということを強調させた。
 そして、これより鬼州国へは、自分たちも表立って葦原軍の援軍として護衛すると申し出た。
 彼等にとっても一か八かの賭けのようであった。
「貞康殿の山越えは単なる脱出劇ではない。近いうちにいずれ、葦原国国主葦原総勝(あしはら・そうかつ)殿と合間見える日が来ることでしょう。そのときに重要な意味を持ちます」
 雅はそのときのために、葦原総勝に手紙を書いてほしいと貞康に頼んだ。
「密書か。羽紫秀古(はむら・ひでこ)殿に知られれば、ややこしいことになりそうじゃがな」
「総勝殿に必ず届ける。信じてほしい」
 貞康は葦原国がからんでいることに少しならず驚いていた。
 自ら頼んだことではないとはいえ、葦原から忍者のように忍んで守られてきたとあっては無碍にすることはできなかった。
 貞康は持ち前の用心深さを発揮し、一見、当たり障りのないようなことを書いて雅に手渡した。
「総勝殿は戦ばかりではなく、ご聡明な領主ときいておる。わしの立場もお分かりになるだろう」
「それでもいい。いずれこの芽が出れば」
 雅は弟が語っていた台詞を口走った。
「あとは総勝にこの手紙を渡せばよい。この時代での根回しは完了する……!」