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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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10



「――……ッ」

 ドカッ、と、鈍い音と共に、朱鷺の体が弾き出された。
「させないよっ」
 尚も追撃しようとする茨を、笠置 生駒(かさぎ・いこま)の機晶爆弾が阻み、パワードスーツを着込んだジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)が間に入って茨を切り取って距離を稼ぐと、それで諦めたのか、あっさりと茨は退いていく。
「やれやれじゃのう。防御に特化しておってよかったわい……」
 ジョージが溜息をつく傍ら、弾き出された朱鷺の体を受け止めながら、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はそうとは判り辛いが、呆れたように息をついた。
「余り無茶をするな」
 攻防を切り替えてのスイッチ攻撃と続けるのと並行して、情報を得るために、わざと何度も正面から攻撃を受けに行ったのだ。サイコメトリが触れなければ発動できないものであるとはいえ、無謀に過ぎる、とその体を支えつつ言ったが、朱鷺は意に介さず「問題ありません、目的は果たしましたよ」とふふ、と笑った。
「非常に興味深いモノですね、あの女王は。植物のように声が聞こえないはずです、式神のようなものですから」
 生命体のように見える茨たち、その本体である女王にはそれを形作る媒介が存在している、というのだ。
「あれが誕生したのは五千年前。それほどの時間、術者から離れ、自律的に活動を続けているのは驚きです」
 その原因は、胸にある黒い太陽を模した刻印だ。それへ向けて、莫大なエネルギーが流れてきている、ため、エネルギーが維持し続けられているため、女王もまた封印として存在し続けているのだという。そしてそのエネルギーは、地下の遺跡に流れていたそれとおなじ性質だ、と朱鷺は説明した。
「ということは、考えられるのはひとつ。遺跡を封じている月の刻印から、あの茨の太陽の刻印へエネルギーが流れている、ということですね」
 封印の時期的には、遺跡が封じられたのは一万年前。一方、こちらの茨はその誕生から五千年程だ。時期が合わないが、もし”真の王”を名乗っている存在が、一万年からずっと、何らかの動きを続けていたのであれば、封じられた超獣のエネルギーを利用することを思いついて、記憶の封印の永世的な力の供給先として利用していたのかもしれない。
「案外、アルケリウスが超獣を復活させようとするところまで見越して、そのエネルギーを横から拝借するつもりで封印をしていったのかもしれないね?」
「だとしたら、随分底意地の悪い輩ね」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が嫌悪に眉を潜めた。
「それで、対策は見つかったのか?」
 ダリルが問うと、途端、朱鷺は面白くなさそうに溜息をついた。
「何の捻りもなく、アレですね」
 もう少し面白い術などあれば良かったのに、と声が語っている。
「あれが、茨の女王を形作る核です。破壊してしまえば、それまでです」
 ただし。傷ついた分のエネルギーは、すぐさま補填されてしまうのだ。倒すためには、刻印を一撃で全てを粉砕してしまうしかないが、守りに特化した女王が、そう易々とそれを許すとは思えない。となれば、それぞれが必殺の一撃を繰り出すしかないが、そうなれば、当然。
「……問題は、エリザベートね」
 ルカルカが呟き、きゅ、と唇を噛んだ。



 彼らの懸念どおり、現時点でも大きな負担を抱え込んでいるエリザベートは、余り表情には出さないが、その額には汗が滲んでいる。その汗を拭いながら、明日香は心配そうに眉を寄せた。
「お茶を淹れて来ましょうかぁ?」
 少しでも、気分が良くなるかもしれません、と言ったが、エリザベートは首を振った。
「それよりも、甘ぁいクッキーが食べたいのですぅ」
 冗談めかしたが、流石に明日香は誤魔化されてはくれない。お茶を飲む余裕すらないのかと、更に心配そうな顔をされて、エリザベートは「そんな顔しないで欲しいのですぅ」と呟いたのに、明日香も表情を幾らか緩めたものの、心配なのは変わらない。
「人数が多いと、負担も大きいんでしょうか……」
 思わず、と言った調子で呟いた明日香の言葉に、エリザベートは首を振る。
「人数、より、戦闘が激しくなったから……ですぅ。封印も、契約者も……大ババさまの記憶にとっては、異物ですからねぇ……」
 それが記憶の表層で暴れているため、記憶自体が持つ防衛本能のようなものが、その異物を拒絶しようとしているのだ。それを押し留め、尚且つ入り口を無理やりこじ開けたままで固定化しているのだから、負担は言うに及ばずだ。
 浩一も眉を寄せたが、事実として手段があることを説明する。
『前線の皆には申し訳ないですが、ガス欠を待つという手もあります』
 幸いにも、遺跡には司やアリーセが居るのだ。彼女たちが、遺跡に残った刻印を消滅させれば、茨の女王はエネルギーの供給先を失うことになる。あとは、残されたエネルギーを使い切るまで、ひたすら持久戦である。ただし、女王に残されているエネルギーはどの程度か判らない以上、その間にこの人数で耐え切れるかどうかは五分五分、といったところだ。それが判っていても、エリザベートへ負担の掛かることを、皆が躊躇っていた。だが、そんな懸念を吹き飛ばすように、エリザベートは大げさに溜息を吐き出した。
「そんな弱音……聞きたく、ありませんねぇ」
 苦しげながらも、幼い声が膨れたような声が言う。
「これでもイルミンスール魔法学校の校長先生なのですよぉ? 見くびらないで欲しいですねぇ」
 不敵な声と共に、その目がちらりと明日香を見る。その視線の意図を悟って、明日香はエリザベートの小さな手をきゅっと握り締めて、こくんと頷いた。言葉になど出さなくても、それだけで、大丈夫だと、傍に居るよ、とお互いの気持ちは繋がっている。それに勇気付けられるようにして、エリザベートはびしっと片方の指先を、懐中時計に向けて突きつけた。

「私のことは心配いらないのですぅ。絶対に、記憶も道も消させませんから、一気にやっちゃってくださぁい!」




 エリザベートの声を受けて、皆はすぐさま戦闘態勢へと移行した。
 今まで散々力を抑えて戦ってきたのだ。その発露とばかりに、一同の力が弾けた。

「いっけえええ!」
 最後方から、最初に飛び出したのは、ミアの乗ったレキのペンギンアヴァターラロケットだ。ここへ到着した折も使ったそれの威力はわかっている。止まる必要も無い故に、迷い無く正面を突っ切るロケットは、再び茨の女王の、その足元へと突き刺さった。今度こそタイミングよく降りることの叶ったミアは、上体をを起こしざま、ロケットの突き刺さった部分へとブリザードを放つ。びきびきと凍っていく茨は、その再生が出来ずに動きを止めた。
「行け……っ!」
 そこへ続けて飛び込んだのはレキと、甚五郎に羽純、そして生駒とジョージだ。それぞれ、凍りつかせた茨を砕き、続けてその切り口へと、カルキノスのブリザードが浴びせられ、更に再生を阻み、女王の中心へ向うための道を切り開いていく。
 だが当然、女王もそれを手をこまねいてみている訳ではなかった。足元で次々に茨を破壊していくレキめがけて、その槍のような指を振り降ろした。が。
「させませんわよ……!」
 一閃がひらめき、指がざっくりと切り落とされた。強化光翼で飛翔する、ノートだ。
「自分より高さのある相手を見上げる気分はいかが?」 
 巨大な女王より更に高くからを見下ろしながら、その顔は不敵に笑う。
「炎と開始のルーン……ケン! さぁ、反撃開始と参りましょうか」
 言って剣を突きつけたノートは女王の指届かぬ高さから、一気に降下した。その炎は、女王の右腕を包み込んで、激しく焼いていく。その間、振り下ろされようとしていたもう片方の腕に飛び込んだのは、山海経だ。
「此処より進む事能わず!」
 正面突破に突き進む者達の後ろにつき、氷術と火術を併せた術の壁を作って防ぎ、更にもう一撃と伸ばされた腕は、コウとクレアの銃が次々と屠っていく。更に「そこ、来ますわ!」と、先程までの攻防戦のこともあって、パターンを見切っているセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)の声に、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)の、炎と闇を纏った槍が、茨を飲み込んで払った。
 そうして、どんどんと前進され、危機を察したのか、茨の女王は上体をぐっと丸めるようにして、刻印を内側へと隠したのだ。人型をとっていたとはいえ、茨の塊であり、植物だ。そうなると、全身を無数の剣で覆った茨の球体のような姿で、中を窺うことが出来ないかと思われたが、弱点が知れた時点で、既に勝敗は決していたに等しかった。
「そんなものでは、隠せませんよ!」
 覆い隠された胸元の刻印の位置を見破り、誌穂は炎の投擲槍、魔槍スカーレットディアブロを構え、更にそれを朱の飛沫によって更に炎を強化すると、その位置めがけて、全力で投擲した。ごうっと音を立てて放たれた槍は、刻印を隠そうとした茨を焼き払いながら突き進み、刻印を剥き出させた。
「……ッ、見えた、今だ!」
 ダリルが合図した瞬間、防御を捨てたゴッドスピードで弾丸のように飛び込んだルカルカは、右手の妖刀白檀で刻印に向かって魔障覆滅を放った。瞬間、防衛本能が働いたのか、全身の棘が一斉に吹き出して牙をむいたが、それが自身の体を傷つけるのにも構わず、左手の獅子の爪を更にその奥へと突き入れた。
「我は射す、光の閃刃……ッ!」
 声と共に、光が弾けた。それは、内側からその体を切り裂き、刻印を完全に消滅させたのだった。
「やった……!」
 ザカコが思わずと言った調子で叫んだ。
 刻印を失った途端に、茨の女王はまるで枯れるようにして萎れていった。
 そして、それが砂のようにざらり、と消えていくのに併せて――……

「……ッ、扉が……!」