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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

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地に眠るは忘れし艦 ~大界征くは幻の艦(第2回/全3回)

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ヴィムクティ回廊

 
 
「待て、ブリッジになんの用だ?」
 フリングホルニのブリッジ入り口で警備をしていた酒杜陽一が、中に入ろうとしたエヴァルト・マルトリッツを呼び止めた。
 前回の戦闘では、フリングホルニ艦内でのいくつかのトラブルで、指揮系統が乱れてピンチを招いている。同じ轍は踏むまいと、酒杜陽一は艦内警備を強化することにしていたのだ。
「どけ」
 邪魔だとばかりに、エヴァルト・マルトリッツが言う。
「そういう口きくから、ダメなんだよ」
 ロートラウト・エッカートが、エヴァルト・マルトリッツに言った。
「いったい何の騒ぎだ?」
 エステル・シャンフロウのそばに控えていたグレン・ドミトリーが誰何する。
「俺は、その、ちょっと謝りたかっただけだ」
「謝る?」
 エヴァルト・マルトリッツの言葉に、何のことかと、グレン・ドミトリーとエステル・シャンフロウが振り返った。
 次回の戦闘のために艦隊フォーメーションのシミュレートを行っていたリカイン・フェルマータも、何ごとかとエヴァルト・マルトリッツの方を見る。
「その、帝国の領主がシャンバラにわざわざ乗り込んでくるなんて、何か裏があると疑っていた」
「それはそれは……」
 エヴァルト・マルトリッツの言葉に、グレン・ドミトリーとエステル・シャンフロウが顔を見合わせて苦笑する。ある意味、聞き慣れた言葉だ。帝国に信用されているのであれば、ちゃんとした騎士団か特務部隊が事にあたっているはずである。もっとも、その余裕がないというのも本音ではあろうが。
「だが、それは俺の間違いだったようだ。その……、非礼を詫びたい」
 エヴァルト・マルトリッツが頭を下げた。
「顔をあげてください。その信頼こそが、今の私の力です。いろいろとしがらみや思うことはあるでしょうが、その中で、私たちができる最善のことをしましょう」
 エステル・シャンフロウが、エヴァルト・マルトリッツにそう語りかけた。
 
    ★    ★    ★
 
 信頼を行動で示すと言うので、酒杜陽一はブリッジの警備をエヴァルト・マルトリッツとロートラウト・エッカートに任せて、艦内の見回りをすることにした。
「うーん、ずいぶん土佐とは設計思想が違うみたいだね」
 伊勢からフリングホルニに移乗した笠置生駒が、ブラブラと艦内をうろつきながら酒杜陽一とすれ違った。
 一瞬、酒杜陽一が笠置生駒を注視したが、その姿は艦内をスパイしていると言うよりは、お上りさん的な好奇心で一杯のようであったので、問題なしと他のブロックへと進んだ。
「伊勢は戦闘用の設備が多くてせせこましい感じがあったけれど、こっちはずいぶんゆったりしている感じだね」
 人が余裕ですれ違える通路を歩きながら、笠置生駒が言った。
 戦闘空母である伊勢には各部砲塔などや戦闘ブロックが多く、居住性に難がある。対するフリングホルニは、もともと領主の乗る旗艦として設計されているので、司令基地としての性格が強い。そのため、艦載イコンや、そのための機材、及び多数のパイロットやメカニックを問題なく搭載できるように設計されていた。余裕がなければ、乗組員のメンタルな部分に問題が発生しやすいからだ。館内設備も、極力客船のような落ち着いた装飾になっている。これは、ほとんど固定武装がないために、館内スペースに余裕があるからだ。
 攻撃は、完全にイコンによって行われるように設計されている。イコン自体が、状況に応じた武装に換装できる自由砲台のような物なので、指示さえ間違えなければ、かなり汎用性に富んだ攻撃が可能なのだ。仮にそのイコン破壊されても、別のイコンがあればすぐに砲台を交換できることになる。実際、甲板にヴァラヌスをならべての一斉砲撃を行えば、かなりの火力を有することになる。
 見回りを続ける酒杜陽一は、イコンデッキへと回ってみた。
 イコンデッキでは、あわただしくイコンの修理や調整が続けられている。
「ようし、換えの装甲板、ハンガーの方へ運んでくれ!」
 天城一輝が、フリングホルニ内の運搬車に装甲を積んだユリウス・プッロに言った。毒島大佐の流星のショルダーアーマーの部品が運ばれていく。ハンガー脇のクレーンで、それを持ちあげて装着することになる。
「使い慣れた飛空艇があれば、もっとスムーズなんだがなあ」
 天城一輝のつぶやきを聞いて、そばにいた緋王輝夜たちが申し訳ないと、ぺこぺこしていた。エッツェル・アザトースがここで何をしたのかを聞くたびに、少しずつ血の気が引いていく気がする。
「はーい、こちらイコンの修理用の資料でーす」
 ローザ・セントレスが、周囲のメカニックたちに、持ってきた資料のコピーを配っていた。
「何、これって、鏖殺寺院イコンの解析資料集じゃない」
 資料をもらった十七夜リオが、ちょっと困ったように言った。
「元の資料に、いろいろと最新情報を書き加えてあります」
 ローザ・セントレスがちょっと自慢そうに言うが、今現在十七夜リオが調整しているのは、ジェファルコンタイプのメイクリヒカイト‐Bstだ。鏖殺寺院のイコンの資料では、あまりちょっと役にたちそうにはない。
「ニルヴァーナには鏖殺寺院の一派もいますから、敵の識別コードを更新するにはいいんじゃないでしょうか」
 イコンのコックピットから身を乗り出して、フェルクレールト・フリューゲルが十七夜リオに言った。
「そうだね。それはそれでいいとして、少し動かしてくれるかしら。微調整したいから」
「了解しました」
 全領域対応化を確実な物とするために、二人はさらに細かい調整を続けていった。
「スラスターの交換、右に続いて左、開始するよ」
「了解だ、やってくれ」
 無限大吾の返事を聞いて、仁科姫月がスラスターのジョイントを外していった。
「移動開始するぞ」
 ワイヤーに吊されたスラスターユニットがフリーになったのを確認すると、成田樹彦がクレーンでパーツを引き上げていった。そのままクレーンを操作して、下に下ろす。ローザ・セントレスがそれを運び去っていくのと入れ違いに、新しいスラスターを仁科姫月がいる位置までクレーンで吊り上げていく。
「これで、アペイリアーももっと動けるようになるんだね」
 仁科姫月がスラスターを取りつける様子を見あげながら、西表アリカが言った。
「まだまだ、調整が必要だがな。接続が終わったら、コックピットに入るぞ」
「うん」
 無限大吾に言われて、西表アリカがうなずいた。
「ところで、セイルはどこに行ったんだ?」
「さあ。あの子は、イコンには興味がないから」
 一応周囲を見回してセイル・ウィルテンバーグを捜してから、西表アリカが無限大吾に言った。
「さあ、これで完了だ。ふむ、我ながら、完璧だな」
 フォン・ユンツト著『無名祭祀書』が運んできたLord−Byakheeの最終調整を終えたフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が、満足そうに真新しいイコンを見あげた。
「よし、何はともあれ、お祝いだ」
 とっておきの黄金の蜂蜜酒を取り出すと、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が気前よく瓶を開けた。甘たるい酒の香りが、イコンデッキにほのかに漂った。
「クンクン、これは、酒の匂い……」
 酒の香りに引き寄せられて、一升瓶をかかえたシーニー・ポータートルがふらふらと近づいてくる。
「いやあ、いいイコンやなあ」
「ほうほう、このよさが分かるか」
 あっという間に意気投合したシーニー・ポータートルとフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が、酒盛りを始めてしまった。いやはや、酒の力は恐ろしい。
「ニルヴァーナは、まだかな〜♪」
「お姉様は、まだおしごとー?」
 秋月葵の膝の上にちょこんと座って頭をなでなでされながら妖しい同人誌を読んでいたフォン・ユンツト著『無名祭祀書』が、本から顔をあげて聞いた。
「えーっと……、あれれ? どうしたの、黒子ちゃん」
 あらためてフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』の様子を見た秋月葵が、何やら様子がおかしいのでちょっとあわてた。どうやら、シーニー・ポータートルが酔いつぶれてしまったらしく、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』があわてている。
「どうしたんだ」
 その様子に気づいて、酒杜陽一がやってきた。
「仕方ないな」
 酒杜陽一が、酔いつぶれたシーニー・ポータートルを担ぐと、そのまま医務室へとむかった。
「酔っ払いだ。頼む」
 医務室に詰めていたコレット・パームラズに言って、酒杜陽一がシーニー・ポータートルを渡した。
「もう、黒子ちゃんがお酒なんか持ってくるからいけないんだよ。せっかく、これからニルヴァーナへ行くっていうのに、他の人を酔いつぶしちゃったらダメなんだもん」
 医務室の中で、秋月葵がフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』を相手に、お説教をした。
「うー、この者が、こんなに酒に弱いとは思ってもいなかったのだ」
 やれやれと、酔いつぶれてベッドに転がされているシーニー・ポータートルを見て、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が軽く頭を掻いた。
「すぐに、元気になりますよ」
 コレット・パームラズが、シーニー・ポータートルに点滴治療をしながら答えた。
「お願いしますね」
 秋月葵が、コレット・パームラズに言った。
 まあ、秋月葵はフリングホルニの艦内をいろいろ見たかったから、医務室の設備を見学することができたので怪我の功名というところではあったのだが。医務室には、各種医療設備が整っていて、手術や集中治療も可能となっていた。
 ベッドをのぞいていくと、なんだか唸り声が聞こえる。
「う〜、う〜」
 見れば、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が、布団で簀巻きにされてベッドの上に転がされていた。また何かしでかさないようにと、リカイン・フェルマータによってここに閉じ込められているのである。もしフリングホルニ内に危険が迫れば、殺気看破などで感じとってテレパシーで知らせてくるだろう。体のいい、生きた警報装置だ。
 そんなリカイン・フェルマータの思惑など気づきもせず、秋月葵はあえてシルフィスティ・ロスヴァイセを見なかったことにした。