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フューチャー・ファインダーズ(第2回/全3回)

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フューチャー・ファインダーズ(第2回/全3回)

リアクション


【9】


 光あるところ闇がある。陽の当たらない路地裏から、打ち捨てられた廃屋の窓から、黴臭い下水道から、闇は虚ろな眼で町の光を見ていた。
 闇の名は、ヌギル・コーラスという。その昔、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と呼ばれていたもの。
「折角、未来に来たのですし観光でもしていきましょう。私なりの”観光”をね……ククク」
 第8地区の中央広場に悲鳴が走った。突然、空から降ってきた人間の残骸に、祝祭の空気は一瞬で吹き飛んだ。
「きゃああああああああああああああっ!!!」
 人々にヌギルが襲いかかる。逃げ惑う青年の首をねじきり、立ち尽くす老人をすり潰し、泣き喚く少女を引きちぎる。災厄を前にして、無力な市民はなす術なく蹂躙され、ただの食料として消費されていく。
「ククク……美味、美味です」
 恐怖と絶望は、彼にとって甘露。甘く蠱惑的な感触をもって、空腹を満たす。
 そこに騒ぎを聞き付けたクルセイダーが現れた。
「”第8地区にて、危険因子の襲来を確認。神の名の下に我等の敵を調伏する”」
「おやおや、随分と歓迎されているようですね」
 体組織の一部となったギフトの成れの果て、クルーエル・ウルティメイタム(くるーえる・うるてぃめいたむ)が更なる力を与える。
 ヌギルは軽々とクルセイダーを持ち上げ雑巾のように絞った。骨の砕ける音が響いた瞬間、クルセイダーの身体は紫の煙になって霧散した。
「ああ。直接飲み込まないと食べ損なってしまうんでしたねぇ、あなた達は」
 クルセイダーは、聖剣を銃型のアタッチメントに取り付けた光線銃で銃撃を浴びせる。
「おおっと」
 ヌギルは素早く建物を登り屋上に。
 避けきれずに被弾した箇所からしゅうしゅうと煙が上がる。
「慌てなくてもお相手して差し上げますよ。一人ずつ確実にねぇ……ククク」

 確かに言っていた、メルキオールが自分達に協力すると。
 そう。あれは稲妻の轟く研究室だった。あの場所に、自分と彼はいたのだ。
 シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)の記憶がだんだん鮮明になるに連れ、月詠 司(つくよみ・つかさ)のほうも少しずつ記憶が戻りつつあった。
 どうもこの件の大きな鍵は彼が握っている気がする。直接、彼と会って確めなくては。
 二人は往来のある場所に行き、メルキオール(2023年の)を見た人間がいないか、尋ねて回った。けれど有益な情報はなかなか出て来ない。
「……でも、アイツもこっちに来てるのは間違いないはずよ」
「何か手がかりを得る方法があればぁいいんだけどぉ〜」
 司はぶりっ子口調で喋った。記憶は戻ってきているようだが、自分が男であることはまだ思い出せていないらしい。
 シオンに騙されて、取り憑いてる花妖精ミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)の声を内なる声と信じてしまった司は、自分はオカマなんだと思い込んでしまった。
 ただ、これだけは言っておきたい。彼の不幸はオカマになってしまったことではなく、性格に難のある二人をパートナーにしてしまったことである。
「あ!」
 不意に司は声を上げた。
「どうしたの?」
「思い出したかもぉ。そう言えばアタシィ、テレパシーが使えたんだったぁ」
 シオンは肘鉄を入れた。
「そんな便利なものが使えるなら、早く言いなさいよ……!!」
「ご、ごめんなさぁい〜」
 司はテレパシーでメルキオールに呼びかけることにした。
「今どこにいるのか、居所を聞き出すのよ」
「わかってるわぁ〜」
 けれど、いくら念を送っても返事がなかった。
「……もしかしてぇ、向こうはアタシのこと知らないんじゃ……?」
 そう言えばとシオンは思い出す。メルキオールとは海京の教会で会った。その時、司は少女の姿になっていた。名乗った名前も偽名だ。その状態で、向こうがこちらを認識していると言えるだろうか。たぶん、言えないだろう。
「ガガーン! し、しまった……!!」
 双方の認識が得られなければ、テレパシーは使えないのだ。
「なんかぁ暗礁に乗り上げたって感じィ」
『ほんとコイツ使えない〜』
 頭の中で、内なる自分ことミステルがぼやくのが聞こえた。
 その横を紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が通り過ぎる。
 ルカルカとのテレパシーのやり取りで状況は大体掴めた。ここですべきこともないし、一度恭也と合流するか、と彼はサルベージラグーンに足を向けた。
 その時、まわりから視線を感じた。
「ほらーあの人じゃない?」
「だよねー忍者なんて普通いないもんねー」
(……なんだ?)
 不可視の封斬糸を声のほうに飛ばし、糸を伝う声に聞き耳を立てる。
 彼女たちが話すところでは、忍者装束の人物を捜している銀髪和服美少女がいるとのことだ。銀髪和服美少女。唯斗にはとても心当たりのある単語だった。
(……まさか、エクスの奴か? あいつもこっちに……?)
 一体どこに? と腕組みしながら歩く。
「おかわりだ、主人!」
(どこに……)
「メニューのここからここまで持ってきてくれ!」
「どこに……ってうぉいっ!!」
 振り返った先には、レストランの看板。オープンテラスに座るのは紛れもなくエクス。彼女はメニューを広げて、ここからここまでと範囲攻撃ならぬ範囲注文という大技を繰り出していた。
「おお、唯斗。ようやく会えたな。捜し疲れて休憩していたところだ」
「感動の再会に浸っているとこ悪いが、今すぐさっきの注文を取り消してもらおうか」
「断る。食事ぐらい好きなものを食べさせろ」
「その代金を出すのは誰だと思ってるんだ!」
「……みみっちぃ奴だ。器の小さい男はおなごに好かれんぞ」
「店のメニュー全部食い尽くす女子には好かれんでもいいわ!」
 その時、悲鳴が上がった。
 唯斗は凄まじい殺気に気付き、その方向を睨み付ける。そこにヌギルがいた。
 通りの人々を”散らかし”ながら、その災厄は唯斗の目の前の少女を喰らおうと迫った。
「きゃあああああああーーーっ!!」
 しかしその前に、エクスが立ちはだかる。
 剣の舞で具現化した刃が、ヌギルに突き刺さった。
「ぐ……!?」
 その攻撃にのけ反ったものの、身体を軋ませ、ゆっくりと元の姿勢に戻る。
「これは美味しそうな食材が出てきましたね」
「食事は静かに楽しむものだ。礼節をわきまえておらんな、おぬし」
「ククク、何分、悪食なもので……」
 ヌギルは不敵に笑うと、壁を伝ってその場から離れた。
 そこに彼を追跡するクルセイダーの一団が現れた。
「……まずい」
 咄嗟に唯斗はエクスを抱きしめ、クルセイダーの目を誤摩化す。
 ヌギルと渡り合う力を持った人間となれば、教団の注目を集めることは間違いない。それも悪い意味で。
 幸い彼らの目には、恋人を守るただの仮装青年に映ったのだろう、足を止めることなくクルセイダーは去った。
「……近いな、唯斗」
 唯斗の胸に顔を埋めるエクスは上目遣いで彼を見た。
「……店の品を食い尽くすおなごは好かんのではなかったか?」
「今日に限っては未遂だから、そのルールは対象外だ」
 唯斗は不穏な空気に包まれた通りを睨んだ。
「……こりゃとっとと柊のとこに行ったほうが良さそうだな」